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七百四十三話 東側・東の頭

 ──"ポレモス・フレニティダ・東側"。


「もう戦いは始まっているみたい……」


 南側から駆け付け、東側に来たレイは周りの様子を窺いながら状況を確認していた。

 建物の一部は砕けており、人通りは少ない。残っている数人は生物兵器の兵士達と交戦中だった。


「オイ、女! 危ねえから下がってろ!」

「おかしいな。住人は既に避難させた筈」

「新手か!?」


「え!? いや、違います! えーと、そう! 何かお手伝い出来たらと……」


 どうやらこの街に居る住人は避難済み。此処に居る者は街の兵士じゃないところを見ると、東側のチーム派生のグループの者達が食い止めていると言ったところだろう。


「手伝い? 気持ちはありがてえが、見たところかよわい女のアンタに手伝える事はねえ。下がってな!」


かよわい……。……いえ。私、確かに女ですけど戦えますから!」


「気持ちだけでいいんだ。無理はするな」


 舐められている。というより、身を案じられている様子のレイ。現在の状況もあるからか、他のチームやグループの者達に比べて比較的優しい様子だが足手纏いのように思われているようだ。

 レイは少しムッとして返答するが軽くなだめられてしまった。


『『『…………!』』』


「あ、危ない!」

「……っ。来やがったか。下がってろ!」

「こういう役目は俺たちのものだ」

「ま、コイツらは何故か倒せねえけど」


 その会話の途中、生物兵器の兵士達が武器を構えてけしかける。即座に反応を示したレイの言葉に反応するよう振り向き、生物兵器の剣や槍をこの者達が剣や刀で受け止めた。

 火花が散って力み、味方であろう者達は吹き飛ばされる。生物兵器の怪力は鬼に匹敵するもの。少し強い人間でしかないこの者達にとっては一体だけでもかなり厳しいだろう。それが三体は居るこの状況。本人達からしたら絶望的でしかない。


「伏せて!」

「「「…………!」」」


 それを見兼ねたレイの言葉に反応を示し、慌てて伏せる三人。次の瞬間三人の視界には、飛ぶ斬撃によって両断された三体の生物兵器が目の前に転がった。

 転がる生物兵器は動きが止まり、そこから動く事はなかった。


「倒したのか……? あの女が!?」

「斬っても撃っても刺しても倒れなかった謎の兵士が……」

「一体……何が……」


 その生物兵器を見やり、驚愕と困惑の狭間のような表情で生物兵器とレイを交互に二度三度と見やる。当然だろう。生物兵器は不死身。それを知っているのだから。

 東側の様子からしても、既に戦闘をおこなっていた事だろう。なので不死身である事を知る機会はあった。だからこそ、そんな不死身の存在をあっさりと倒したレイは驚愕されるのに値しているのだ。


「私、大丈夫です。今みたいに戦えますから!」


「あ、ああ。その様だな……分かった」

「「…………」」


 不死身の生物兵器を倒した。レイはそれについてあれこれ質問されるより前に戦える事を示す。それなら勢いそのまま質問攻めにされる事無く協力出来るからだ。

 確かな実力は見せる事が出来た。加えて不死身の兵士達の決定打になれる。なのでこの者達が断る理由も無くなった事だろう。そうと決まればレイは勇者の剣を構えて東側の戦いに参加する。


『『『…………』』』

「あの兵士共はまだまだ居やがるな」

「一人一人が厄介で複数人……面倒極まりねえな」

「まあ、倒せる奴が加わってくれた。さっきよりはマシだな」

「頑張ります……!」


 三体の生物兵器は仕留めたが、その数はまだまだ居る。数百数千のうちの三体を倒しただけだからだ。

 その全てが不死身の肉体を持っており常人よりも遥かに強い力を持っている。今まではレイたちや他国の主力クラスだからこそ対処出来た存在だが、そんなモノが主力クラスの居ない街に送られたら最後、成す術無く侵略されてしまう事だろう。

 だからこそ、生物兵器の数をなるべく減らす事で世界的に広がりそうな余波を少しでも抑えなくてはならないのだ。


「はあ!」

『『『…………!』』』


 返答した瞬間に踏み込み、目にも止まらぬ速度で生物兵器に迫って斬り伏せた。まだまだ数が居るので止まる事無く更にけしかける。

 流れるような身のこなしで敵陣に入り込んで内部から生物兵器を討っていく。横に薙いで斬り伏せ、縦に振り下ろして両断する。そこからその場で回転して周りの兵士を仕留め、跳躍と同時に大地へ勇者の剣を突き立てて道を砕き衝撃波で生物兵器を舞い上げた。同時にレイも跳躍して浮き上がった瓦礫を足場に舞い上がった生物兵器を次々と空中で斬り仕留める。

 一瞬にして数十体の生物兵器を仕留めたがまだまだ存在している現状、レイは休む間も無く一気に落下して着地と同時に踏み込み加速し更なる兵士達を斬り伏せた。


「なんだあの剣捌き、瞬く間に敵兵が活動を停止していやがる……!」

「こりゃ、俺たちの出る幕がねえかもしれねえな」

「心配は杞憂だったか」


 舞でも舞っているかのように華麗な剣捌き。それを見た東側の者達は感心と驚愕に揺れていた。

 女だから。危険だからと戦わせないように止めていた手前、この様な実力を見せられては気落ちするのも無理はないだろう。自分達よりも余程腕の立つ剣士だったのだから当然だ。


「って、見惚れている場合じゃなかった。俺たちも俺たちで倒せないなりに進行を食い止めるぞ!」


「ああ。あれを見せられてゆっくりしている訳にもいかない!」


「俺たちも仕掛ける!」


 だが、レイの剣戟けんげきは逆に刺激を与えたようだ。その証拠に意気消沈気味だった者達が活気を取り戻した。

 例え倒せなくとも動きを止める事は可能。だから生物兵器達の進行を止める事で被害を抑えるつもりのようだ。


「まだまだ……!」


 やる気を出した三人を尻目に、レイは眼前の生物兵器達を斬り倒して直進する。

 四人で協力するのも良いが、おそらくあの者達では自分に合わせる事が出来ない。だからこそ先に進んで少しでも他の者達の負担を減らすのが目的だった。

 生物兵器の兵士達を討ち仕留めながら更に進んだレイは東側の広場に出て辺りを見渡す。──そこには、生きてはいるが微塵になった生物兵器達が倒れていた。いや、倒れていると言っても良いのか分からない状況だろう。何故なら不死身の生物兵器が一体も立てていない程なのだから。


「これは……」

「……新手か……!」

「え……!?」


 ──そう、生物兵器は。

 この場には生物兵器以外にこの状況を作り出した者が立っていた。

 その者は艶のある美しい髪を靡かせ、レイを見るや否や駆け出し、刀を片手に振り下ろす。レイは慌てて勇者の剣で防ぎ、周囲に金属音と共に斬撃の余波が広がり建物が両断された。


「……先程の兵士より遥かに強いな」

「ちょ、ちょっと!」

「加えて口も利くか」


 何か大きな勘違いをしているらしい。その者は構わず刀を振るい、レイは勇者の剣でそれをいなす。再び金属音と火花が散り、二人は互いに距離を置いた。


「ま、待ってください! 私はそこに居る兵士の仲間じゃ──」

「問答無用!」


 どうやら話を聞く耳は持たないようだ。その者は構わず刀を振り下ろし、レイがそれを防いだ。

 だがこの状況ならそれも仕方あるまい。その者からすれば、突然攻めてきた兵士達を片付けたと思った矢先に腕の立つ剣士が姿を現したという現状、何処からどう見てもレイが首謀者と疑われる状況である。


「一体何が目的でこの街に来た……! 侵略か?」


「えーと……その……」


 その者の質問に対し、思わず言葉を途切らせてしまう。侵略が目的であるのもあながち間違っていない。なので何をどう答えようか悩んでいるのだろう。正直に言えば話は拗れ、嘘を吐いても騙せる様子ではない。どう転んでも不利な状況である。


「沈黙は何かやましい事がある証拠。やはり敵の主力か……!」

「ち、違いますってば!」


 確かに疚しい事はあるが、敵の主力ではない。なので何とか疑いを晴らしたいが、相手はかなりの強者。刀の猛攻をいなすだけで精一杯だ。

 上段に下段。左右に斜面とあらゆる方向からけしかけられる刀。何とかそれを抑えるが相手は動きも軽やかであり、近くの瓦礫を足場に三角飛びで空中に舞い上がり、死角からレイを強襲。それを防ぐがそのまま背後に回り込まれ、背面を見ずに剣で護る。一旦距離を置いたかと思えば次の瞬間に肉迫して突きが放たれ、剣の腹を滑らせるようにそれをかわした。

 互いの顔は息が掛かる程に近付き、その顔を改めて確認する。


「アナタは……」

「敵に名乗る名などない!」


 大きな瞳に艶のある黒い髪。声は高いがその強気な口調と、男性とも女性とも取れる中性的な、しかし整った顔立ちだった。

 力も強く、何とか刀を弾き返したいがそれがままならない状況。二人は暫し睨み合い、その均衡は次の瞬間に破られた。


「"破壊ブレイク"!」

「"槍の雨(ハルバ・マタル)"!」


「危ない!」

「……!」


 ──第三者の手によって。

 慌ててレイはその者を突き飛ばし、破壊魔術と槍魔術の雨を勇者の剣で防ぐ。それらは別の場所に逸れ、周囲の建物を粉砕した。


「また新手か……!」

「貴方達は……!」


「ククク、見た事ある顔付きじゃねェか。女剣士ィ!」


「何故君がこの街の者と戦っているのかは分からないですけど、私たちも混ぜてくれませんか?」


 第三者、シュヴァルツとハリーフ。この二人が一緒なのは珍しい組み合わせだが、東側に攻めてきた敵の主力の姿はこれにて明らかになったと見て良いだろう。

 その一方で、勘違いでレイに襲い掛かっていた者はレイの方を見て言葉を続ける。


「女剣士……私じゃなく君の方か。すまない。私はどうやら勘違いをしていたらしい。私を助けてくれたし、君は敵じゃなかった」


「いえ、良いですよ。この状況じゃ仕方の無い事です。あと、アナタ女性だったんですね」

「……っ。訂正しよう。やはり君も後で斬る……!」

「あ、気にしていたのですか……す、すみません……!」

「……。まあいい。顔立ちと素振り。あと、女性にしては膨らみが無いという事からして私は慣れている……! その所為で男に言い寄られた事もなく……チームのメンバーにすら女性として接されない……」

「あ、あの……本当にすみませんでした!」


 どうやら心底傷付けてしまったらしい。負のオーラが具現化して見える。

 この者の顔立ちは、美人という部類に入るだろう。だが、顔以外の要因が重なる事で女性扱いされない。それが嫌のようだ。


「オイオイ、俺たち早速空気になってんな。男だとか女だとか強さには関係ねェだろ。どれだけ俺を楽しませてくれるか。それしか興味ねェよ」


「楽しませてくれるか云々はさておき、確かにその通りですね。強さや選別に男女は関係無い。実力があるなら合格ですから。さっさと始めましょうか」


 レイと女性のやり取りを見、自分達が蚊帳の外である事を気に掛けるシュヴァルツ。男だとか女だとかはどうでもいいと考えているのでさっさと始めたいのだろう。

 魔族にしてはそこまで好戦的ではないハリーフもハリーフで先を促す。その言葉を聞いたレイと女性はシュヴァルツとハリーフに構え直した。


「今は向こうが優先か。名乗り遅れた。私の名は『アナトリー』。君は?」


「レイと言います!」


「成る程、レイ。悪いけど手伝って貰えないかな。さっき斬った兵士達も復活し始めている。私一人じゃ手を焼きそうだ」


「無論です。謝罪の意味も込めて精一杯手伝いましょう!」


「謝罪……? 別に謝罪など必要無いから。私は別に気にしていないし、謝罪される筋合いも無いし、そもそも何が何で謝罪って結論に至るのかも分からないから!」


「本当にすみません……」


 一言余計だったようだ。アナトリーと名乗った女性は顔を赤くして涙目になりながらレイの謝罪を否定する。それ程までに自分の性別を気にしているらしい。

 何はともあれ、レイと東側のチームの頭、アナトリーも協力する事となった。敵の主力はシュヴァルツとハリーフ。丁度2vs2の戦いで丁度良い。

 これにてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンとアナトリー、デュシス、ノティア、ヴォーリア。ライたち五人と東西南北の頭たちは敵の主力と相対する結果となる。"ポレモス・フレニティダ"にて行われる戦闘は、まだ始まったばかりだ。

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