七十三話 ゲーム終了
死霊の叫びが聞こえそうな程ドス黒い大渦は、依然勢力を増して巨大化する。木々や瓦礫のみならず、"イルム・アスリー"の地面を抉って浮き上がらせる大渦。
「"竜巻"!!」
「はあッ!」
「え、えーと……やあッ! ……かな?」
そんな大渦に向けてフォンセが魔術で竜巻を創り出し、キュリテがエアロキネシスで風を操り、リヤンがイフリートの風魔術を放出して大渦に当てる。
しかしそれを全て受けても全く微動だにしない大渦。
「さて……未だに狙いを定めている勇者の子孫と、その仲間が戦っている最中だが……俺もずっと掴まれている訳にもいかねェよな?」
シャバハは大渦を相手にするフォンセ、リヤン、キュリテを見てライに話す。ライは肩を竦め、小首を傾げてそれに返した。
「そうか? 俺的にはもう少し大人しくしてて欲しいんだが……。そういう訳にもいかねえか……」
「ああ……だな」
次の刹那、シャバハの背後に黒い渦が起こり、ライを弾き飛ばした。それによって二人の距離が開き、足で地面を擦って互いに向き直る。
「俺ァ肉弾戦もそれなりに出来てな。魂を身体に入れっぱなしだから少し遊ばせてくれや?」
ライが離れ、身体を動かして身体の感覚を確かめるシャバハはまだ魂を身体に入れ強化している状態だった。なので肉弾戦を行うにしても十分に立ち回れるのだろう。ライはそれを眺め、ため息を吐いて返す。
「オーケー……。いつの間にか傷を塞いだらしいし……少しダメージを与えなきゃレイの攻撃で気絶しないか。まあ、俺は脚しか使わない……使えないからな。片手もあるがそれはお前を押さえる為だ……」
互いに離れ、互いを確認するライとシャバハ。風によって瓦礫から小さな石が地に落ち、カツンと音が響いた──
「オラァ!」
「ゴラァ!」
──その刹那、ライの脚とシャバハの脚が激突し、土煙が舞い上がる。
「ほらよっと!」
「……!」
その衝撃で舞い上がった土煙を前にライは直ぐに身体を捻り、回し蹴りをシャバハへ放つ。
それを脇腹に受けたシャバハは対処しきれず、有無を言わずに吹き飛んだ。そしてそれは土煙を晴らす。
吹き飛ばされたシャバハは瓦礫の山を貫通し、遠方にある大きな瓦礫に激突してその動きが止まる。
それを確認したライは直ぐ様大地を蹴り、シャバハへ向かって突き進む。
「チッ……! やっぱ慣れていない肉弾戦は苦手だ……」
「なら降参するか?」
「アホ」
いつの間にか近付いて来ていたライに一言だけ言い、立ち上がって呪術を放つシャバハ。それは拘束用の呪術らしく、ライの身体を締め付ける。
「……ッ! これは……」
ライは腕ごと胴体を縛り付けられ、身動きが取れなくなった。そんなライを見、シャバハはからかうように言葉を続ける。
「腕と胴体を縛ったぜ? 怪我しているところは安静にしなくちゃよ?」
「余計な……お世話だ……!」
ブチッと呪術を引き千切るライ。
別に脚が使えれば縛られていても問題無かったが、その呪術はライの精気を吸いとっているらしく、縛られたときに少し痺れや痛みを感じた。
「……ヴァンパイアの力を持った呪術……? いや……元々アンタがアンデッド系列の技を使えるのか?」
「さぁな?」
ライが自分の感覚から推測し、シャバハが笑って濁しながら返す。
何はともあれ、何かしらの技を使うというのは確定的だ。特に気にせずシャバハへ向けて走り出すライ。
「まあ良いか……!」
瞬間に、踏み込むと同時に大地は大きく傾き、それを砕いてライは加速する。
「オラァ!」
一瞬にして距離を詰めたライはシャバハを狙って蹴りを放った。
「何度もやられるかよ……!!」
シャバハは返り討ちにすべく、呪術を纏った自分をライにぶつける。二人は激突し、その衝撃で小さなクレーターを造り出した。
「まだだッ! 行け! テメェら!!」
そしてシャバハは天に腕を掲げ、何かに合図をする。
それと同時に地面が盛り上がり──
「……ッ! あれは……」
ライの足元から現れたのは、
「"グール"、"ゾンビ"、"ミイラ"……!!」
『グルルルル……』
『ア゛ァ゛……ア゛ァ゛ァ゛……』
『………………』
──"ゾンビ"とは、死した者がある方法で蘇ってしまったモノだ。
その多くは人肉を好み、ただ肉を食す為だけに動いている。
ゾンビは能力が厄介で、ゾンビに噛まれたり、引っ掻かれたりすると噛まれた者や引っ掻かれた者もゾンビになってしまうという。
大抵のゾンビは腐っている為に走る事が出来ず、歩いたり這ったりして人を追う。
仲間を増やすという、根本的な部分はヴァンパイアに似ていなくも無いが、ヴァンパイアとは決定的な違いがある。
それは、その本能だ。
ヴァンパイアに血や精気を吸われ、ヴァンパイアかグールになってしまった場合、本人は意識を持つ事が出来る。
しかし、ゾンビに噛まれたり引っ掻かれたりした場合は意識を持つ事が出来ない。
新鮮な肉を求め、仲間を増やして歩き続ける生きた屍……それがゾンビだ。
──そして"ミイラ"とは、古代のある国で創られた死体だ。
かつてのとある国において、そのままの状態で保存しておけば死人が蘇ると信じられており、内蔵を抜き取った者を包帯などで巻いて墓に埋める習慣があった。
多くは貴族や王族の死体で、その者が選んだ墓に保存されているモノだ。
それが意思を持つと、墓荒らしなどの前に現れて墓荒らしを殺すと謂われている。
一部の噂ではミイラ取りがミイラになった時、墓を荒らした為に殺されたというのもある。
死体が蘇り、動いた時にそれは怪物の意味でミイラとなる。
生き返った死体、それがミイラだ。
「グールにゾンビにミイラ……。……死して尚生き続ける怪物を使うたあ……死霊人卿の本領発揮……ってところか……」
ゆっくりとライへ向けて歩みを進めるグールとゾンビとミイラ。数はそれぞれで数十体は居る。
その三種類を一瞥し、苦笑を浮かべてシャバハへ話すライ。
「ハッハッハ……本当なら他にも居たんだけどな。……デュラハンってのがよォ。……まあ、どうせテメェの仲間にでもやられたんだろうさ。だが、今はこの三種類が相手だし……流石のお前も腕が使え無いんじゃ……「そうか、それは悪かったな。先に謝っておくよ……」まともに戦え……あ?」
ライはグール、ゾンビ、ミイラなどには目もくれずにシャバハの言葉を遮って話す。
シャバハは訝しげな表情をするが、ライは気にせず言葉を続けた。
「……コイツらは瞬殺だ」
──その刹那、グール、ゾンビ、ミイラの三種類が……『消し飛んだ』。
「…………は……!?」
ライは魔王の力を使わずに大地を踏み込み、その衝撃によって痛みも傷も意に介さない不死身の三体を瓦礫ごと消し飛ばしたのだ。突然の出来事にシャバハは素っ頓狂な声を漏らす。
「数が増える敵は厄介だからな。さっさと終わらせたよ」
ライの足元には、ライが放った熱と衝撃によって気化した巨大クレーターが造り上げられていた。そこからは煙が舞い上がっており、風に巻かれて消え去る。
「ハッハッハ……そう来たか……! これは予想外だったぜ……!」
それを確認したシャバハから、思わず苦笑を織り交じえた笑いが溢れてしまう。肩を震わせて笑うシャバハはライの方に向き直る。
「じゃ、俺自らが戦闘に行くとするかァ……!」
ユラリと揺れ、前屈みに倒れるよう力を抜いたシャバハ。そのまま倒れるように踏み込み、姿を眩ませた。
「……!」
ライはピクリと反応するが、
「幽霊は何で姿が見えないか知っているか? 光すらも透き通らせるからだ」
「……ッ!」
反応が一瞬遅れ、シャバハによって腹部を蹴り飛ばされる。ライはそれによって吹き飛び、瓦礫にぶつかって瓦礫の山を崩し去った。
「魂で強化した蹴り……テメェにゃ全く効いてねェみたいだな……」
「ああ。俺は頑丈なんでね……」
シャバハは効いていない様子のライを見、残念そうに話す。対するライは起き上がり、身体の土汚れを払っていた。
「さて……攻撃はしない。……って言ったが……そういう訳にもいかねえみたいなんで、行かせて貰うかあ……。今さら……って気もするがな」
「……!!」
次の瞬間、ライは一瞬で移動し、シャバハの正面に現れた。
「ほーら……よっとォ……!」
そのままの勢いで蹴りを放つライ。シャバハはそれを防ぎきれず諸に食らい、更に瓦礫を粉砕して吹き飛んだ。
「ライたちの方は終わりそうだな……」
そして、今も尚黒い大渦の相手をしているフォンセはライの居る方向を一瞥して話す。
「けど……こっちはどうだろうね……。……私は超能力者だから呪術には詳しく無いんだよぉ……」
「私も……魔術自体がほぼ初体験だもん……」
それに返すのはキュリテとリヤン。この三人は残った力で大渦を何とかしようとしているが、その渦は予想よりも遥かに凄まじい力を持っていた。ふと、その大渦に対処しているフォンセは一つの事が気になる。
「そういえば……リヤンって魔術を使えたのか……?」
それは、リヤンが今使っている魔術についてだ。
リヤンには何の能力も無いと思っていたであろうフォンセは、何故か魔術を扱えているリヤン。それが気になっていたようだ。
「えーと……私も……さっき気付いたばかりで……」
リヤンは言葉を濁らせて応える。
フォンセは「そうか……」と短く相槌を打ち、改めて大渦へ意識を向ける。そして横目でリヤンを一瞥し、フッと笑って一言。
「なら、自由に扱えるよう努力しなくてはな……」
「……うん……!」
リヤンの反応にふふ、と笑い、大渦へ魔術を放つフォンセ。
リヤンも頷き、大渦へイフリートの魔術を放つ。そんなやり取りをする中、キュリテが一つの事を提案する。
「……ねえ、魔術と超能力って……『合わせる事』……出来ないかな……?」
「「…………?」」
キュリテの提案に"?"を浮かべるフォンセとリヤン。キュリテが突然そのような事を言ったのだ。怪訝そうな表情を浮かべるのも仕方ない。キュリテはそんな二人に言葉を続ける。
「二人の魔術を私の超能力で強化して、それであの大渦を打ち破るって事……。それならシャバハの技を破壊できるんじゃない?」
それは二人の魔術をキュリテが強化するという事。
炎魔術なら"サイコキネシス"や"パイロキネシス"で火力を上げ、水魔術なら"サイコキネシス"や"アクアキネシス"で水力を上げ、風魔術なら"サイコキネシス"や"エアロキネシス"で風力を上げ、土魔術なら"サイコキネシス"や"エレメント"を流してより強靭にと、全能に近い超能力で魔術を強化できればシャバハの大渦を止められるだろう。
「やってみる価値……あるかもな……」
「……うん……!」
「じゃ、早速……やっちゃいますか!」
フォンセとリヤンが互いに風魔術を放出し、キュリテがそれに念力を放つ。
風? には風をぶつけて相殺する。という事だろう。
死霊の大渦は近くにあった瓦礫を全てを飲み込んでおり、あと少しも経たずにフォンセ、リヤン、キュリテにぶつかるだろう。
限られた時間の中で力を溜める三人は、その目で大渦を捉えていた。
「……あっちはそろそろ片が付きそうだな……」
「どっちの意味でだ?」
大渦を横目で一瞥するライとシャバハ。二人は互いに肩で息をし、疲労困憊していた。
ライの場合は疲れのみならず、砕けた腕から緩やかに血液が流れ出てきている。
「どっちもだ。まあ、俺は仲間を信じるからな。さっさとアンタを……」
シャバハの方を向きながらドンッと地面を蹴り砕き、粉塵を舞い上げて加速したライは──
「拘束する……!」
「……!?」
一瞬にしてシャバハの背後に回り込み、残った片腕でシャバハを押さえ込んだ。
「テメ……! 今にも千切れそうなボロボロの片腕を抱えたまんまで……その、残った腕で俺を押さえきれるとでも思っているのかァ……!?」
痛々しい片腕を一瞥し、ライへ話すシャバハ。ライはニッと笑ってシャバハの言葉に返す。
「ああ、問題無いさ……あと……数秒だけだからな……!」
「!!」
──ライの言葉と同時に、大渦が……『吹き飛んだ』。
シャバハは思わず大渦があった方向を振り向く。
そこには、
「「「………………」」」
その大渦を祓ったであろうフォンセ、リヤン、キュリテが居た。
三人の近くには小さな風が渦巻いており、それは大渦を完全に消し去ったと同時に消える。それによって周りには視界が消えるほどの土煙が巻き起こった。
「……な……!?」
絶句。自分が出せる最大の技を砕かれたのだ。無理もないだろう。そしてシャバハは──『ニヤリと笑い』その事について口を開く。
「……まあ……魂ってのは元々形が無いモノだからな……その渦はまたくっ付くぜ? どうやら意味がなかったようだな?」
フォンセ、リヤン、キュリテが吹き飛ばした大渦は小さく纏まり、小さな渦を創り出す。それを見たライはシャバハへ不敵な笑みを浮かべて言う。
「……ハッ、その渦は……『それを操っている主が気を失ったらどうなるんだ』?」
「……あ? …………!?」
シャバハは余裕の態度を消し、ライへ返そうとした。が、煙が晴れると同時にその影に気付いた。
「テメェ……いつの間に……!?」
「アナタがライとの戦いに夢中だった時から……!!」
その影──レイは既に準備を整えており、何時でもシャバハを斬れる体勢に入っていた。
「アンタは俺との戦いに夢中だったからな……目と鼻の先に近付いてきてきたレイに気付かなかったんだろ?」
「…………ッ!!」
──次の刹那、
「はあァッ!!」
レイは勇者の剣をシャバハへ振り下ろした。
「テメェ……! 離しやがれ! テメェも巻き添えだぞ!?」
「ハハ……大丈夫だ。俺は斬撃が通るよりも速く動ける……。……つーか、離したらアンタも自分を透過させて逃げる気だろ?」
シャバハは逃げる為にライへ話すが、ライはそれを見通しておりシャバハの作戦は無事成功しなかった。
「……!!」
──刹那、ザンッとレイが放った斬撃が命中し、シャバハは切断され──てはいないが、確かなダメージを受ける。ライも逃げる時に少し切れて出血したのは秘密だ。
「テ……メェ……ら……! まだ……だァ……! ……ガハ……ッ!」
バタン。シャバハはその斬撃により、吐血して完全にその意識を失う。
この瞬間、ライ一行vs"イルム・アスリー"メンバーとの戦闘は──ライ一行が勝利を収めたのだった。