七百三十六話 近況報告
──"人間の国・ポレモス・フレニティダ・アレスの城"。
「ほら、俺様が帰ったぞ。客とやら、さっさと出て来い」
ライたちとの勝負を後にしたアレスは自身の城に帰っていた。
勝負を切り上げたというより邪魔されたと思っているアレスの機嫌はあまり良くはなく、兵士達を部屋の外に出してダルそうに貴賓室のソファに深く座る。
そして既に座って紅茶を飲んで寛いでいる、おそらく帰って来たと同時に呼ばれて出てきた客人とやらの方に視線を向けた。
「支配者直属の伝達係様が一体全体何用で? この街について文句を言いたいなら下がってくれよな。この街の方針は上手くいっている。まあ、昨日から変に賑わっちまって楽しいけどな」
「やれやれ。相変わらずの奴だな。何故お前のような者に幹部の座が勤まっているのか疑問に思うよ」
「ハッ、俺様程の器と力の持ち主だ。大抵の国でも幹部になってくれって泣いて頼まれるだろうよ」
その客人、支配者ゼウス直属の伝達係ヘルメス。アレスは面倒臭そうな態度で接しており、ヘルメスは呆れるように話していた。
仲が良いか悪いかは分からないが、少なくとも良いという雰囲気はなかった。喧嘩する程に仲が良いとも言われるが、純粋に面倒臭さと呆れが織り混ざる不仲に近い間柄だろう。
「それで、態々アンタが来たって事は何か重大な事なんだろ? まあ、大体は検討が付いているけどな。この国に攻め入る侵略者達についての事と見た」
「その通りだ。この街にはまだ侵略者の特徴を伝えていなかったからな。常に周りが戦争を行っているし、正直言って面倒臭いと思って数週間伝えていなかった」
「本当に正直だな。ま、別に構わねえが。それに、この街を侵略しようって輩が居るなら正面から粉砕するだけだ」
周りの影響もあり、"ポレモス・フレニティダ"には侵略者に関する情報がこの数週間のうちに入って来ていなかった。なので侵略者達に関する情報を今持ってきたとの事。
アレスは全く気にしておらず、心の底からどうでもいいと言った面持ちだった。
「予想通りの反応だ。お前には一応、それが俺の役割だから教えたに過ぎない」
「ああそうかよ」
「それで、その者達の特徴だが──」
「──へえ?」
ヘルメスからしてもちゃんと話を聞いて貰えるとは思っていなかったらしい。伝達と報告が仕事なので教えただけと言う。
斯く言うアレスもアレスでそれを理解しており、その様な態度で返す。しかしその者達の特徴を聞いた途端、顔色を見る見るうちに喜色のモノへと変化させた。
「……。その様子……どうやら既に会っているみたいだな。この街の状況から考えるに……ただ適当に暴れ回っていたのではなく、その者達両方と相対していた……ってところか」
「ハハ、流石だな。ま、俺様の顔に出やすいってのもあるんだろうが……概ねその通りだ。違いを挙げるなら片方は組織全員じゃなく、三人しか見ていねえって事くらいだな」
アレスがその様な表情を浮かべた理由は楽しめる相手がもう既にこの街へ到達しているという事実から。
司る事柄からしても好戦的なのは見ての通り。なので強敵と戦えるというのはアレスからすれば嬉しい事なのだろう。
「まあいい。彼らと一戦交えるに当たってアレスなら説得の必要も無さそうだ。寧ろそれを望んでいると見た方が妥当か」
「そうだな。周りでは戦争が起こっているが、この街には飛び火しないから退屈している。俺様が直々に出向いても良いが、幹部がどちらかに手を下すのは野暮な事って訳で手出しはしない。なら両陣を相手取るってのも良いが、目的あっての戦争の邪魔は出来ないからな」
「始めの言葉は捨て置き、戦争の狂乱を司り粗野で残忍で不誠実な性格の割りにはまともな考えだな。他の争いに態々加わる真似はしないか。国を管理する俺たちからしても都合は良いがな」
「ハッ、当然。基本的に野暮な真似はしないさ。まあ、さっきみたいにたまには他人同士の争いに加わる事もあるが、それは小競り合い程度のモノに限った話だ。向こうから来ない限り国レベルの争いに手出しはしないと言っておこう」
司る事柄と伝承はあまりよろしくないアレスだが、人間の国にて幹部を勤めている以上幹部業はそこそこ真面目に塾す。
時と場合次第では態度も変わるらしいが、私的に戦争を引き起こすなどはしないらしい。
「つか、性格云々はお前が言えた事でも無いだろ。主神以外ではコロコロ変えるその性格のお前がな」
「これは仕方無いさ。一つの性格や態度だけじゃ集められない情報もある。他の組織に潜入したりするなら、様々な側面は必要不可欠なのだからな」
「面倒臭えな。お前、本当はどんな性格なのか教えてくれよ」
「温厚で慈悲深くて誠実な性格さ」
「自分でそう言う時点で違うだろ」
性格云々について語り合い、侵略者についての報告を終えるヘルメス。こうして見ると仲がそれ程悪いようにも見えない。逆に、様々な側面を持つヘルメスの素が合間見れそうな悪友と言った感覚だ。
しかし情報を伝えたならと席を立ち、飲み干したカップを置いて言葉を続ける。
「まあ、その者達とは俺も少し因縁がある。そしてもう一つの方の情報も集めたいと思っていたところだからな。邪魔にならない範囲で暫くこの街に滞在するつもりだ。"裏向き"は良い街だからな」
「そうかよ。んじゃ、今日は城に泊まるのか?」
「ああ。大体の仕事は終わっているし、既にゼウス様からの御許しも頂いている。兵士達にも伝えてある」
「足だけじゃなく手回しも早えな。別に良いがな」
幹部二人が揃った"ポレモス・フレニティダ"。情報収集が目的と言っているので手を出すかは分からないが、一時的にヘルメスが滞在する事となる。
この街でもまたもや大きな波乱が起ころうとしていた。
*****
──"ポレモス・フレニティダ・裏路地"。
「ようやく戻って来たようだけど……その様子、材料集めの途中で何かがあったのかな?」
「まあね。中々面白い事があったよ」
アレスとヘルメスが顔を合わせている時、"ポレモス・フレニティダ"の裏路地にあるヴァイス達の拠点には意識の無いゴロツキを連れたグラオ達が戻って来ていた。
その見た目は、衣服などの見た目だけはボロボロであり、少し汚れている様子のグラオ、シュヴァルツ、ゾフルを見たヴァイスはその事から何かがあったと察して訊ねる。グラオは笑いながら返していた。
「フム……もしかしてライ達でも居たのかな? 君たちが此処に居る材料によって衣服がボロボロになって土汚れが付く姿はそこそこ全能に近くなった私でも想像が出来ないからね」
「うん、そんなところかな。まあ、予想よりも良い収穫があった……って思ってくれれば良いよ」
グラオの示す良い収穫。それは本当にそうなのだろうと言う事が分かる。
前提としてライたちが居たのは確定。となると残りは、"そんなところ"。と少し濁らせた部分である。その事についてヴァイスは訊ねるように言葉を綴った。
「成る程。ライたち以外にも何か発見があったのか。それがこの街で……考えられる線は少し強めの材料が居たか、或いは……幹部に会ったか。と言ったところかな?」
「ハハ。その通りだよ。態々濁らせたのに直ぐに分かっちゃったか。まあ、ヴァイスなら僕たちから直接聞かなくても"テレパシー"があるんだろうけどね。取り敢えず答えるなら幹部に会った……かな。けど多分、チームやグループを率いるリーダーにはそれなりの実力者も居るかもしれないね」
グラオの考えている事はお見通しと言わんばかりの推察力。まるで心が読まれているようである。
最も、ヴァイスは生物兵器の完成品の力を複数取り込んでいるのでその気になれば本当に"テレパシー"も使えるが、今回の推察は超能力や相手の心を読む力は使っていない。本来のヴァイスが持つ鋭い観察眼という事だ。
「ライ達に幹部の存在か。確かにそれらは中々良い収穫だね。けどまあ、見つかってしまったなら此方としてもそろそろ仕掛けなくちゃならなそうだ」
「ハッ、ようやくか。俺もそろそろ大々的に暴れたいと思っていたところだ。やってやろうじゃねェか」
『その者達が居たのなら私も行けば良かったかもしれないな。勿体無い事をしてしまった』
存在がバレてしまった以上、ヴァイスとしても動き出さない訳にはいかない。シュヴァルツもその事に賛成しており、近くではゾフルも頷いている。そしてロキは行けば良かったと少し後悔しているようだ。
何はともあれ、自分達の存在がバレてしまったヴァイス達だがそれと同時に二つの強大な力の存在を知る事となったのは都合の良い事なのかもしれない。
「だが、仕掛けるっ言っても何時仕掛けるんだ?」
「そうだね……明日。明日のうちに決行するとしようか。今日は半日過ぎた。夜に仕掛けるのも良いけど、生物兵器の成果を見るなら明るい方が都合が良い」
ヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフルにハリーフ、ロキ。七人が仕掛けるのは明日。おそらく朝から仕掛けて来るつもりだろう。
"ポレモス・フレニティダ"に起きる予定の波乱。それは近隣で行われている戦争とは比にならない程のものとなりそうだった。
*****
──"ポレモス・フレニティダ・中央街・表通りの茶店"。
「取り敢えず、今回の出来事を纏めると能力の高い酔っ払い。ヴァイス達の存在。そして幹部がアレスって事くらいか。グラオ達がゴロツキを連れ去ったのを見ると行方不明事件の犯人もヴァイス達って見て良さそうだな」
「ああ。概ね予想通りだった。しかしこの街では大きな動きを見せず慎重に誘拐していた理由が気になるな。私たちの存在を知らなかった事からして、普通に考えれば幹部を警戒していた……という事になるが」
「先ず間違い無さそうだね。それがヴァイス達の狙いなのかも……」
「となると、奴等も何れは攻め込んで来るか。今日は無さそうだが……」
「いつもあの人達は計画を練っているのかな……」
「確かにいつも唐突に攻めて来るな……まあ確かに選別の為には直接乗り込んで街の者達の強さを窺えば簡単に終わる事だけど」
裏路地跡地から抜け出したライたちは、現在中央街にある休める店に入っていた。正午という事もあるので話し合いのついでに食事も摂ろうと考えているのだろう。
「しかし……裏路地が消し飛ぶ程の騒ぎがあったのにこの街の人々は全く気にしていないのが気になるな……日常茶飯事だから気にしないのか?」
「有り得るな。だが、裏路地がしょっちゅう消し飛ぶ訳も無いだろうに。慣れというものは恐ろしいものだ。いや、そもそも慣れでどうこうなるものか?」
現在、この店のみならず街全体で見ても全員がいつもと変わらぬ日常を送っている。と言ってもこの者達のいつもは分からないが、おそらくいつものだろうと考えた上での言葉だ。
これ程までに落ち着いている街の者達。もはや慣れ以前の問題な気もするが、騒ぎが大きくなっていないのなら逆に良いかもしれない。自分たちの行動を優先する時間が与えられるからだ。
「取り敢えず、これからどうするかだな。今まで姿を隠しながら行動していたヴァイス達の存在が俺たちや幹部にバレたとなると、向こうが本格的に攻めて来るのも時間の問題だ。その前にこの街で拠点を探すか、いつものように迎え撃つか」
姿を隠していた者が見つかってしまった時に行う行動は、その場を離れるか嗾けるか。ヴァイス達の強さを理解しているライたちからすれば、逃げるという選択肢が既に無い事を知っている。なので攻めて来る体で先を進めていた。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンはそんなライの言葉に返す。
「私は探すだけ探してみた方が良いと思うな。何れは決着を付けなくちゃならない相手だし……何百万人が犠牲になっているか分からないもん」
「ああ。今日中に行動する可能性が低いと考えれば、探してみるのもアリだな。まあ、拠点は転々としているだろうから見つけ出すのには一苦労するだろうが」
「私も賛成だ。どうせ特にやる事も無いからな。それなら敵の拠点でも探していた方が良いだろう」
「私も……ライたちと一緒に行く……」
行動の答えは満場一致で街の探索。ヴァイス達の拠点を探し出す事となった。
"ポレモス・フレニティダ"も広大な街なのでそう簡単に拠点は見つからないだろうが、しらみ潰しで探したとしても場所を絞る事は出来る。場所さえ絞れればライたちとしても行動を起こしやすいだろう。
「良し、じゃあ昼食を終えたら行くか」
「うん!」
「「ああ」」
「うん……」
行動を決めたらそれからは迅速。今は昼食の途中なので休憩のようなものだが、食後は捜索を開始する予定だ。
アレスとヘルメス。ヴァイス達にライたち。各々の近況報告を終えた両陣営は自分たちの出来る活動を行うのだった。