七百三十五話 両陣営の目的
槍を構えたアレスは片手で大きく回し、旋風を巻き起こしながらライたちに迫った。
因みにこの旋風はアレスの能力という訳では無い。純粋な腕力からなる風である。
大気を揺らす勢いで迫るアレスに向けてライは拳を構え、グラオは立ち竦むように構えている。
「ハッハァ! 楽しませてくれよ!」
迫ると同時に跳躍し、高々と槍を掲げて振り下ろす。それによって空気が切断され、真空を生み出してそのまま地面に一撃。既に瓦礫まみれとなった裏路地がその一撃で更に砕け散り、大地を割ってその砂埃が真空に飲み込まれて消えた。
「成る程、避けたか」
「ああ。態々受ける必要も無いからな」
「同感だね。まあ、僕的には同じタイミングで避けたライを狙っても良かったけど、ライが僕の移動場所を推測して逆の方向に避けたから君の方が近くなったけどね。アレス」
アレスの凶槍から上空へと逃れた二人。既に死角へと回り込んでいたがその位置は即座に特定され、背面へ槍を振るって牽制される。
当然斬撃を飛ばす事も可能らしく、真空の刃となった斬撃がそのまま進み、ライは拳を放って斬撃を砕いた。
「へえ? 斬撃を砕く拳か。何とも奇妙な力を持ってるじゃねえか。まあ、物理的な力に物理的な力をぶつければ砕けるか。別におかしくない」
「いや、そういうものなのか?」
自分で実行しておいてあれだが、飛ぶ斬撃に質量は無い。それを砕くのに物理的な力が必要なのかどうかは気になるものである。
しかしこの戦闘に関係の無い事は気にしなくても良い。興味関心を持つアレスは一先ずさておき、近くに着地して出方を窺う。
「また止まるのか。もっと積極的に攻めて来いや!」
──が、さっさと次に進みたいアレスは間隔を開けずに間を詰める。槍を振り回し、ライへ嗾けた。
「ハハ、僕なら積極的に攻めるんだけどね!」
「ハッハ! そうか、それは良い!」
そんなアレス目掛けてグラオが飛び出し、グラオの拳を槍の柄で受け止める。槍が軋んで生じた振動が周囲を駆け巡る。槍は折れずにその場へ残り、空には雷雲が広がっていた。
「ライから離れたなら都合が良い。まあ、ライなら当たっても問題無かったと思うが、貴様らを纏めて潰せれば上々だ」
「……へえ?」
「ほう?」
そこから一筋の雷光が瞬き、限りなく黒に近い灰色の暗雲より霆が降り注いだ。
その霆はグラオとアレスの二人に直撃し、爆発のような轟音が響き渡って周囲に煙と微かな静電気が残る。一方ではライたちの邪魔をせぬようにレイたちがシュヴァルツとゾフルを相手取っており、数の有利が生きる場面となっていた。
「レイ、リヤン! 二人の相手は任せた! 私は向こうを手伝う!」
「うん!」
「うん……!」
「ハッ、舐められたもんだな。向こうに人員を充てる方が良いと考えたか?」
「クク、腹立つな。俺も元々は幹部の側近程度の役職だったが、今はその時よりも成長したんだからよ!」
シュヴァルツとゾフルの相手はレイとリヤンが居れば十分過ぎると判断したフォンセが二人に言い残してライたちの元に向かい、同意する二人を他所にシュヴァルツとゾフルは少し苛立ちを見せる。
何よりも下に見られるという行為が気に食わないのだろう。少しの苛立ちをそのまま、此方の二人も嗾けた。
「"破壊!"」
「ハッ、くたばりやがれ!」
「"破壊"……!」
「倒れないよ!」
だが当然レイとリヤンも応戦する。あらゆる武器をも遥かに超越する勇者の剣を扱うレイに様々な力を使うリヤン。そのどちらでも破壊魔術や炎と雷に対処出来るが、今回は先程のようにリヤンがシュヴァルツ。そして先程とは違い、レイがゾフルを相手にしていた。
破壊と破壊がぶつかり合って消え去り、炎と雷が切り裂かれて霧散する。役割分担は長旅で既に鍛えられており、咄嗟の状況でも己のやるべき事は理解しているのだ。
「"炎"!」
そして、先程エマが降らせた霆の煙目掛けてフォンセが灼熱の炎魔術を放つ。
真っ赤に燃え盛る炎は直進して黒煙に迫り、吸い込まれるように噴出された。それによって黒煙は赤い炎に包まれ、そこへライが漆黒の渦を纏って迫り行く。
「そこだ!」
「ハッ、バレていたか!」
「まあ当然だよね!」
狙ったのは黒煙から抜け出したグラオとアレス。現在魔王の力を一割程度纏っており、自身の力は魔王の六割に匹敵するもの。
実質七割の力で放たれた拳は被害を抑えるように力が調整されており、的確に二人を狙って二人纏めて殴り付けた。
「「……!」」
「……ッ!」
殴られると同時にアレスの槍の剣尖がライの腹部に突き刺さり、グラオの足がライの首を打つ。しかしライのみならず、アレスの槍の石突きはグラオの顔へ仕掛けられており、グラオの拳はアレスの腹部に突き刺さっている。
結果として三人が同時にほんの少しのダメージを負って吹き飛び、即座に地面へ腕と槍を突き刺して勢いを殺す。そのままでは数千キロ以上は吹き飛んでいたかもしれないが、どうやら数百メートルの範囲で留まったようだ。この街の地面も大概頑丈である。
だがおそらく、この街"ポレモス・フレニティダ"では常に抗争が起こっているのでちょっとやそっとの攻撃では砕けぬよう魔力やその他の力によって工夫されているのだろう。それが作用した事によって腕や槍がブレーキとなってライたちは止まれたのだ。
「ライ。大丈夫か?」
「平気か?」
「ああ、問題無い。けどやっぱり手強い相手だな」
数百メートル先なら声も届く。エマとフォンセはライを心配して声を掛けるが、どうやら大丈夫らしい。即座に起き上がってグラオとアレスが吹き飛んだ方向に視線を向けた。
その場所でも二つの影が立ち上がっており、どうやら二人にも大したダメージが与えられなかったと窺える。
「やるね。結構効いたよ」
「ハッ、嘘は止めておけ。俺様があまり効いていないんだ、アンタがそう簡単にダメージを受ける訳が無いだろう?」
立ち上がったグラオとアレスの距離はライよりも近い。なので互いに受けたダメージについて話していた。
だが、やはりと言うべきか推測通り、大したダメージは入っていなさそうな状態である。
「全然堪えていないな。分かっていた事だけど、今回も長期戦になるか?」
「そうかもしれないな。まあ、ヴァイス達が居ないのは幸いだろう。アレスは両方の敵と考えて、グラオが頭一つ抜けているが私たち五人が居れば対処法はいくらでもある」
「それもそうだな。決して弱くはないけど、他の仲間が居なければ戦力も落ちている筈だ」
グラオ達は三人しかいない。ライたちはロキが加わった事を知らないが、それでも戦力が半分なのは知っている。
ライたちの知る残りの敵、ヴァイス、マギア、ハリーフ。何れも粒揃いの相手だがこの三人しか居ないのはライたちにとってチャンスである。
「相変わらず舐められたものだな!」
「行かせない……!」
「チッ、邪魔だァ!」
舐められたと考え、破壊魔術を纏って迫ろうとするがそれを見兼ねたリヤンが割って入り相殺する。シュヴァルツは腕力で振り払い、リヤンに向き直った。
「ハッ、こっちもそろそろ仕掛けるか!」
「……!」
ライとグラオ、アレス。シュヴァルツとリヤンのやり取りを見たゾフルが己を雷へと変換させ、雷速でレイの背後に回り込んで雷の破裂音を響かせる。レイは即座に振り向き、貫通力の高い雷速の突きを勇者の剣で防いだ。
「危ない……!」
「チッ、外したか。正面からじゃ駄目とは分かっていたから背後から攻めたが……横の死角が正解だったか?」
「貴方の動きは見切れるから。正解なんて無いよ……!」
「クハハ、言うじゃねェか」
距離を置き、軽薄な笑みを浮かべるゾフル。今のレイに死角らしい死角は生まれていない。レイも成長しているのだから当然だろう。
レイもリヤンも、自分たちで敵の主力を対処出来る。なのでライたちの邪魔をさせない為に二人へ向き合っていた。
「向こうは平気そうだな。此方としても、既に裏路地は滅茶苦茶になっちゃったし早いところ終わらせなくちゃな……!」
「ああ。本来の目的である情報収集なら既に良いものが手に入った。後は体勢を立て直して改めるのが先決か」
「別に此処で倒すのも良いが、勝てる保証は無い。一先ずさっさと仕掛けるか」
レイたちの無事を確認したライたちはグラオとアレスに向き直り、その瞬間にライは二人に向けて攻め入る。
エマとフォンセもライのサポートをすべく遠距離攻撃の力を纏った。
「お、来たか。じゃ、僕も行こうかな!」
「俺様もまだまだやれるぜ! 態々城を抜け出して此処に来たのが面白そうって思ったからだからな! もっと退屈凌ぎに付き合え!」
ライたちの動きを確認し、グラオとアレスも一気に加速する。
まだまだ戦い足りない二人にとっては寧ろ、そんなライたちの動きを待っていたかのようだ。といっても、何れは向こうから仕掛けて来ていたのだろうがそれはさておく。
「しゃあ!」
「そらよっと!」
「オラァ!」
アレスの槍とグラオの足。そしてライの拳が衝突する。それによって大気が揺れ、空が割れて周囲の建物が風に煽られた埃の如く天空へと舞い上がった。
"ポレモス・フレニティダ"が吹き飛ばなかったのは幸いだろう。
「そこだ!」
「"竜巻"!」
その瓦礫をエマとフォンセが竜巻で更に巻き上げ、グラオとアレスが飲み込まれた。
竜巻は触れるだけで様々な物を容易く崩壊させる程のエネルギーが秘められている。エマによって生み出されたそれがフォンセの力で更に強化されているのだから存在するだけで複数の都市が崩壊する程の力となっている事だろう。
しかし竜巻の中心にて一瞬何かが動き、そこから瞬く間に崩壊して二人の姿が露になった。
「ハッハッハ! 天候を操る力に天候を作り出す魔術か! 中々上等な力を持ってんじゃねえか!」
「まあ、君達もこれくらいじゃ僕を足止めする事も出来ないって分かっている筈だよね?」
槍を振り回すアレスとその槍を防ぎつつ脱出したグラオ。エマとフォンセに向けて話ながら二人も二人で鬩ぎ合い、弾き飛ばすように距離を置いた。
「狭っ苦しい裏路地も広くなった! まだまだ続くぜ!」
槍を構え、エマとフォンセは一先ず無視して距離の近いライに向けて加速する。グラオもグラオで迫り、ライは二人に向けて構え直した。
「アレス様。お客人です」
「……。あ?」
「「……?」」
そしていざぶつかり合おうとした時、複数人の者達が現れてアレスを呼び止める。
その整った服装からして裏路地にたむろするチームやグループの者達ではないだろう。おそらくアレスの率いる兵士と言ったところである。
「なんだよ。今良いところなんだから邪魔するなよ。分かってねえ奴等だな」
「文句ならゼウス様に。まあ、言おうとした時点で気付かれるのでしょうけど」
「やれやれ。俺様の部下に忠誠心のある奴は居ねえのか」
「貴方の性格でそれを言いますか。自由というのはこの国の方針。丁寧に接しているだけで十分と思いますが」
「しょうがねえ。オイ、ガキ。そして灰色と女二人。その他の奴等。今回はお預けだ。じゃあな」
兵士に言われ、アレスはため息を吐きながらも槍を仕舞って渋々自分の拠点。城に戻る。
となると残るはグラオ達だが、
「一体何なのか……あ、そう言えば僕も回収した人達の事すっかり忘れてたな……」
ハッとし、慌てて辺りを見渡す。既に敵意は無くなっており、本来の目的を先程の中断中に思い出したようだ。
レイ、リヤンと抗争を行うシュヴァルツとゾフルに視線を向け、言葉を続ける。
「シュヴァルツ! ゾフル! そう言えば僕たちは目的遂行の途中だった! だから取り敢えず目覚める前に回収した人達を連れて行かなきゃ後々面倒だ! 帰ろう!」
「あ? ったく。良いところだったのによ。まあ、確かに気を失っているから色々準備はしやすいか」
「チッ、今日はまだ仕掛ける時じゃねェか。元々暇潰しを兼ねて人材を集めていただけ。また今度だ」
今日の目的は戦闘ではない。と言う割りにはノリノリだったが、目的を優先しようという気概はあるらしい。
名残惜しそうな雰囲気を醸し出しつつ三人は何時ものように不可視の移動術を使い、その場から消えるように去った。残されたライたちも集まり、互いに話し合う。
「どうやら、行方不明者続出の犯人はやっぱりアイツらだったみたいだな。そして目的を優先して帰ったのを見ると、後日兵力を整えて攻めて来ると見て良さそうだ」
「うん。やっぱり事は大きくなっちゃうみたいだね……」
「まあ、仕方無いだろう。私たちの目的からして大きな事は必ず起きるのだからな」
ライたちの目的とヴァイス達の目的からして、相対するのは当然である。加えて幹部や主力との交戦も想定の範囲内だ。ともあれ今回の収穫は多かった。幹部の名と行方不明者を出している犯人が分かったのだからまずまずだろう。グラオ達やアレスとの戦闘も完全ではないが今日の分は一応決着が付いたと見て良さそうである。
"ポレモス・フレニティダ"、実質二日目の正午から数十分経た今日この頃。情報を得たライたちは、その情報を整理する為に崩壊した裏路地の外へ向かうのだった。