七百三十三話 裏路地調査
「昼間だけど、建物の影が重なり合っているから随分と暗いな」
「うん。夏だからジメジメしているし、少し匂って空気も悪い……」
「私としては昼間でも日差しを避けられるこの環境は悪くないと思うがな。まあ、総合的に見れば確かに悪いものだが」
街のチームやグループが密集しているという裏路地にて、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は探索していた。
煉瓦造りの道に蜘蛛の巣や割れた窓ガラス。そしてゴミがあちこちに散乱しており、昼間にも拘わらず建物が重なる事で影が生まれて薄暗い此処はあまり良い環境ではない様子だ。
「こんなところを拠点にしていたら気が滅入るな……。性格も歪みそうだ。……まあ、俺の性格が良いかって言われたらそうでもないけど」
「どちらにせよ、身を隠すなら打って付けの場所という事だな。目的は行方不明者の捜索。というよりも犯人探しだ。私たちの知る者が犯人だった場合、言わずもがな既に行方不明者は全滅しているだろうが」
その様な事を話しつつ、目的であるチームやグループ。そして犯人探しを始めるライたち五人。チームやグループがあまり活動していない昼間なのでこの裏路地に人が居るかは不安だが、何とかなるだろうという曖昧な気持ちで進む。
変に構えていても仕方無い。なのであまり情報は得られないと考えた上で行動を起こした方が感覚的な疲労も少なくなる事だろう。
「オイ、女子供がこんなところに何の用だ?」
「……思ったよりあっさり見つかったな。人」
進む途中、帽子を表情が見えない程にまで深々と被りつつ物陰で腰を降ろしながら酒瓶を持つ男性が話し掛けてきた。ライはそちらに視線を向けて男性の姿を確認し、気付けば周りに下衆な笑みを浮かべた者達が取り囲む。
「こんなところに何の用だよ……可愛い子ちゃん達と女を連れる生意気そうな糞ガキ。今は昼間だぜ?」
「……。昼間だからなんだよ。阿呆なのか?」
「あ? 舐めてんじゃねえぞクソがッ!」
囲んだ者達の一人が小物染みた言葉を吐き捨て、ナイフを持って脅すように刃の部分をライに向ける。
思ったより早く人に出会えたのは好都合だが、この様に面倒臭い絡まれ方をされては話を聞けないだろう。
「やれやれ。相変わらずの街だな。此処は。まあ、それが幹部の方針で街の護衛にもなっているから良いんだが」
酒瓶を持った男性が立ち上がり、少し酔っているのかフラフラとライたち。ゴロツキ達を背に立ち去る。それと同時に酒を飲み、男性の近くにナイフが刺さった。
「オイおっさん。テメェも来いや。酒買う金あんなら俺たちに小遣い寄越せや」
「……」
「……。あの人、仲間って訳じゃなかったのか」
その男性もゴロツキが囲み、仲間かと思っていたライは特に関係していなかった事へ意外そうに呟く。
男性は再び酒を飲み、片手で目の前の一人をどかしてそのままフラフラと覚束無い足取りでその場を去った。
「オイ、何しやがんだテメ──」
──そして、男性を囲んでいた者達が倒れ伏せた。
「……!? なっ!?」
それを見たリーダーらしき者は驚愕の表情を浮かべ、懐から別のナイフを取り出して構える。戸惑いながらも行えるこの動きからして、おそらくこの者も軍事経験がありそうだ。
しかし酒飲み男性は意に介さずもう一度酒を飲み、そのまま真っ直ぐ何処かに消え去った。
「取り敢えずアンタも寝てたらどうだ?」
「……!」
酒飲み男は自分を囲んでいた者達以外には特に何もせず消えた。なのでライが後処理として残った一人を片付ける。と言っても軽く小突いて気絶させただけである。
実際気絶というのは中々に問題のある状態だが、まあ気にせずとも良いだろう。元々絡んできたのは向こうだ。
事を済ませたライたちはライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンと五人が集まり、裏路地を進みながら会話を行う。
「あの男、ただ者ではなかったな。幹部や側近と言った主力の立場では無いようだが……」
「ああ。元々人間の国は世界最強を謳われている。それは幹部や支配者を含めた力が大きいけど、住人や他の人間を総合的に見ても上位に位置するから謂われている事だ。今までの街は戦争が無かったから住人があまり戦わなかったけど……抗争が常に起こっているこの街には人間の国、本当のレベルを持つ者達が多いのかもしれない」
今までの街では、幹部や主力を除いて噂に聞く強さを感じられなかった。それは戦争などの争い事が起こっていなかったのが大きな要因だろう。
しかしこの国では戦争に巻き込まれている訳では無いが常に治安が悪くチームやグループ間での内戦が行われている。だからこそ、他の国なら幹部程では無いにせよ側近くらいの力なら宿している者が居るのかもしれない。
それらを踏まえれば、ただ情報収集の為に行う探索だとしても少しは警戒しなくてはならない。元より首謀者が居ると考えて行っている探索なので、厳密に言えば今まで以上に警戒しなくてはならないという事だ。
「さて、取り敢えずコイツらは放って置いていいか。昼間に寝ている人の姿もこの裏路地じゃよく見るし」
「ああ、そうだな。この者達は暫く放って置こう。行方不明者が続出と言っても、全員が居なくなった訳じゃない。先程のような者が他にも居るなら、今回の事件? が誰かによって行われた事だとしても一筋縄ではいかない筈だからな」
「それを踏まえた上で、関与している者を炙り出せれば上々か」
「今日は念の為に五人全員で行くか。首謀者がアイツらなら、鉢合わせたら大変だ」
達人クラスの者は人間の国に多数ではないにせよそれなりに居る。先程の酒飲み男をそれだとするなら、この街のレベルは人間の国の中でも上位に位置するものになるだろう。それだけならまだ想定の範囲内だが、そんな者達と争う事になれば苦労するのは目に見えている。今回の探索も大変なものになりそうだ。
なので今回は五人全員で進む事にした。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は久々に分かれる事なく裏路地を調べるのだった。
*****
「知りま……せん……。すみ……ません……でした……」
「特に知らない……か。やっぱこうなるよな。さっきの男性にまた会えれば良いんだけど」
「ふむ、思った以上に難航を極めてしまっているな。消えたという情報しか残さない……それ程慎重かつ狡猾な者達が犯人のようだ」
裏路地の探索を始めてから三、四時間が経過しており、現時刻は正午に迫ろうとしていた。
それまでに得た情報は無し。女性から貰った羊皮紙と同じような事ばかりである。
それは女性の羊皮紙がそれ程までに優秀だったのか、犯人が居るならかなり慎重で証拠を残さない者なのか分からないが、かなり苦労していた。
ライたちは情報を得る為にグループやチームに話し掛けては悪い意味で絡まれたら返り討ちにし、話し掛けては返り討ちにしを繰り返している。現在も尚、つい先程まで元気だった者を含めて足元に意識を奪った数人が転がっている状態だ。
「てか、傍から見たら俺たちは完全な悪人だな。グループやチームに話し掛けては構成員全員を仕留めるって……」
「今更だろう。元より世界を治めるのが目的なのだからな。殺さないだけ温情だ。……フム、相変わらず此処の者達は不味いな」
倒れた者達の側に寄り、少し持ち上げて首筋から血と生気を吸い摂るエマ。
この街に来てからあまり旨くは無いらしいが何度か血と生気を吸っているので力は大分蓄えられていそうである。
「というか……エマが今までの人達から血と生気を吸っているからヴァンパイアの仕業って聞き付けて別の問題が起きるかも……」
「ふふ、このままこの街に留まっていたら何処からか依頼を受けて狩人でも来るかもしれないな。ヴァンパイアは稀少生物。捕らえて売れば一生どころか何回か人生をやり直しても遊んで暮らせる程の金額が手に入るのだからな」
「アハハ……早いところ事を済ませなきゃならないね……」
問題は行方不明の事件だけでは無かった。エマが血と生気を吸っているので別の問題、もしかしたら"ヴァンパイアによる襲撃事件!"。的なものに変わってしまうかもしれないという事だ。
別にそれだけなら問題無いが、複数の問題を抱えるという事が最も面倒な問題になる。早いところ事を済ませるというのは、これ以上長引かせて行方不明者が更に増加するのを阻止するのが一番優先するべきである。という事だ。
「やっぱりしらみ潰しで探すより、当てになりそうなモノを探した方が良いか。当たり前だけどな。……まあ、その当てが無いからしらみ潰しで探すしかない……キリが無いな」
「まあ、この街に居るという事は分かっているんだ。あまりのんびりはしていられないが、そう急ぐ事も無いだろう」
「うん……。急ぎ過ぎると見落としたりして余計見つからなくなりそう……」
「ああ、それは分かっているけど……急ぎ過ぎないように急ぐってのも大変だな」
急がなくては犠牲者が増える。しかし逆に急ぎ過ぎれば重要なところを見落としてしまう。
片方を行うには片方が疎かになってしまうこの状況。優先事項は分かっているのに動けないとは何とも牴牾しいものである。
するとその直後、何処からか何かの砕ける音が聞こえてきた。ライたち五人はそちらを見やり、音の出所を探す。
「どうやら、何かの問題が向こうから転がり込んで来たみたいだな。音だけだけど」
「十分だ。チーム同士が抗争していても良し。別の存在だとしても工事以外で何かの砕ける音は聞こえない。つまりどう転んでも何かは掴めるという事だ」
この数時間のうちにライたちが起こした以外の抗争音などは聞こえていなかった。そろそろ昼時という事もあり、夜の間に暴れ回っていた者達も目覚めている可能性があるという事。先程よりもチームやグループが多く見つかると見て良さそうである。と、そう考えれば音の出所へ行かない手はないだろう。
「行くか!」
「うん!」
「「ああ」」
「うん……」
そうと決まれば行動は迅速。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は音の出所を確かめる為、その音の聞こえた方向に向かうのだった。
*****
「さて、ここら辺か? 音の出所は。……って、一目見たら分かるな」
先程の場所から数分後。ライたち五人は音が出たであろう場所に来ていた。
そこにある建物は見た瞬間それと分かるように砕けており、辺りからは煙が立ち上っている。
「ハッハッハァ! この程度かテメェらァ!」
「やっぱり大した事ないね。あー、あとシュヴァルツ。なるべく証拠は残さないのがヴァイスの方針だから街の破壊はあまり起こさないようにね」
「ハッ。雑魚しかいねェな。もう少し骨のある奴は居ねェのか? ああ?」
「……」
「「……」」
「「……」」
そして、そこでは見覚えのある者達が暴れていた。それを見た瞬間にライたちは気配を消し去って様子を窺い、殺されてはいないが意識を失っている者達に視線を向ける。
既に動く事も不可能な様子であり、その事からしても行方不明事件の犯人は予想通りであったという事が分かった。
しかし今現在気配を消しているライたちだが、おそらくもうすぐバレるだろう。完全に気配を消し去るのは至難の技。それならばと、今のうちに互いに視線を合わせて裏路地の構造を利用し、バレる事を前提とした動きで知った者──グラオ達を囲んだ。
「……。成る程。こう来たか。ハハ、僕たちの望みが叶ったって見て良さそうだね」
「クク、そうだな。だが、今回は向こうから攻めてきたか。俺たちゃ、まだアイツらには手ェ出してねェぞ?」
「好都合だ。雑魚しか相手にしてなかったから、もう少し本気で戦りたいと思っていたところだからな!」
そして予想通り、前から気付いていたのか囲んだ時に気付かれたのか分からないがライたちの存在に気付くグラオ達三人。
此処で一気に嗾けても良いが、正面から攻めるのは無謀だろう。だからと言って長く様子を窺うのも問題がある。
なのでライたちは様子を窺いつつ、なるべく早くに行動を起こすよう態勢を整える。よって、臨戦態勢に入ったライたちとグラオ達が互いの動きを確認しながら警戒を高めた。
ライたち五人とおそらく首謀者であるグラオ達三人。顔はまだ見ていないが、人間の国"ポレモス・フレニティダ"の裏路地にて八人が出会った。