七百三十二話 生物兵器の実験成果
街の探索を再開したライたちは、"ポレモス・フレニティダ"の中央を目指す。
中央。つまり中心街。何となく中心街ならば色々な情報を得られるだろうと考えたのだ。
「流石に中心街は賑わっているな。外側……とは少し違うけど、街の出入口付近では荒れていた建物や散らかっていたゴミ類も少ないや」
「うん。外部を綺麗に見せて内部が汚れている街はたまにあるけど……周りが戦場だからその逆なのかな? 近付き難い街を意図的に生み出しているのかも」
そして到着した中央区、外観に比べてその中心街は整っており、今まで寄った通常の街と同じような雰囲気だった。
表向きが綺麗で裏が汚れているという街は、ライたちは見ていないがたまにある。だがこの街はその逆であり、寧ろ人を寄せ付けぬように造られた街なのだろうという事が窺えた。
というのも、昨日見たように街の外では戦争が続いている。その兵士達が戦場から新たな拠点を作る為に危険な街より安全な街を狙うのは必然的に決まっている。自分の利益を優先した事で起こる戦争では、何の関係もない街が狙われるというのはこの世界でよくある事なのだ。
「まあ、さっきの女性は幹部が居るって言っていたし、そう簡単には攻められないと思うけど。この街の幹部はちゃんと政治を行っているのか気になるな」
最も幹部が居るらしいこの街は滅多に狙われないだろうが、それでも幹部の評価はよく分からない。
あまり良くはないのか、逆に評価されているのか。街の者達は特に何も話していないので、ライたちは知らぬ幹部の評価や信頼も気になっていた。
「態々住人がこの様な体制を自らとっている事も踏まえて、あまり良い評価は無さそうだがな。神と言っても基本的に自分勝手な存在が多い。この世界ではかつての魔王や神という、人間・魔族・幻獣・魔物に神々や悪魔達問わず共通の敵になりうる存在が居たから現在は地域の伝承問わず他の神々がちゃんと行動を起こしているが、根本的な性格は変わらない筈。人間の国では先代から力を受け継いだ神々が治めているが、基本的に性格は伝承通りだった。評判の低い神が街を治めていれば……まあ、中々に大変な状況かもしれない」
この世界では、かつての魔王や神が人族・魔族・種族・神族問わず全ての敵となっていた。勇者ノヴァ・ミールが居なければ今頃全てのあの世と天界、天上世界も崩壊していた可能性がある。
そんな事があったが為に、この世界の神々は態々本来ならあまり干渉する必要の無い地上に降りて偵察や観察などの行動を起こしている者もちらほら居る。幻獣の国で出会った斉天大聖・孫悟空。捲簾大将・沙悟浄。天蓬元帥・猪八戒もそのうちの一人一人だ。
なのでそんな神々の代表格である人間の国の主力達。オリュンポス十二神と他数人。観察かどうかは分からないが、幹部や支配者という立場のその者達は天界などにも情報を伝えている事だろう。
その一角の、この街の幹部の評価は他国からの侵略にどのような影響を及ぼすのか。それは重要な事だった。
その事についてライは頷いて返す。
「ああ。俺もそう思っていたよ。神と言っても、中には悪魔のような性格の者も居る。この街の幹部である神の評価が低ければ、他の街や国が戦争を引き起こすかもしれないからな。その為の体制がこの国の治安の悪さなら、攻める事は出来ない。住人なりの必死の策だろうからな」
この街の幹部の存在。幹部という名があるだけで大抵の戦争行為は免れるが、この街の治安という壁が剥がれて幹部があまり動いていない事が露になれば瞬く間に争いが起こる。当然それなりの行動は起こしているのだろうが、基本的に何もしていないと考えるのが妥当だろう。
「後は……この街での兵士代わりみたいなチームやグループを探してみるか? この羊皮紙に書かれている事だと、一般的な住人よりチームやグループの者達が中心的に狙われているみたいだ」
ライは羊皮紙を開き、改めて行方不明者の情報に目を通す。細かく見てみれば、チームやグループという常人よりは力のある存在が狙われているという事が窺えた。
それからするに、もしも人的要因による行方不明ならば手っ取り早く戦力を集めたいという向こうの考えも挙げられる。となると、首謀者が居ればやはり兵士の補充が目的なのかもしれない。
「改めて考えると……やっぱりアイツらがこの事件? ……を引き起こしていそうだな。兵士は誰でも欲しがるから違うって線も残っているけど、このタイミングだもんな」
「うん。この羊皮紙に他の街破壊の情報も羅列しているし、向こうも向こうで順調なのかも……」
兵士は何処の国や街でも欲しがるだろう。しかし様々な事件が起きているこのタイミングでの今回の出来事。
そう考えれば、ライたちの予想は益々信憑性を増してくる。
「その為にも……やっぱチームやグループと会ってみなくちゃならないかもな。それが原因で絡まれて俺たちが返り討ちにすると此方から嗾けて打ち倒したみたいで嫌だけど……この街の情報は基本的にそれらを経由すれば手に入るものが多い」
「そうだな。どの道この街の幹部やその者達と相対する事になる。それを考えれば、兵士落ちの者達やゴロツキは大した相手にはならないさ」
「ああ。少し危険だけど、次は裏路地に行ってみるか」
ライたちは次の行動を決めた。この街にて重要な存在の一つであるチームやグループと言った団体。それらを通す事で初めて別の情報に繋がると考えたのだ。
危険と言えば危険だが、神話級の存在を打ち負かしてきたライたちにとっては大した危険ではない。攻撃されても向こうの武器が砕けるだろう。
そうと決まれば行動は早い。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は新たな目的地である裏路地方面に向かうのだった。
*****
「フム、まあこンなところかな。百個未満の材料で二体の生物兵器を作れたのはまあまあ。まあ、まあまあでまあまあな結果だね。実にまあまあだ」
「まあまあって言い過ぎだろ。つかそれって、別に良くはないって事だろ?」
生臭い鉄の匂いが充満する場所にて、元々何だったのか分からない肉塊と骨に臓物を前に二体の生物兵器を作り出したヴァイスが話していた。
シュヴァルツの言うように、別段悪い結果では無かったようだが良い結果でも無かったらしい。
「そうだね。確かに良くは無いけど……決して悪くはないさ。仮に最高が未完成品が一体でも作られるってことなら。数十個の材料で二体なら中の上って感じかな」
「それでまあまあか。ま、こんな奴らでも生物兵器である以上、並大抵の街なら一体送り込むだけで壊滅させる事が出来る。不死身の肉体に簡易的な魔法・魔術。そして鬼に匹敵する腕力とそれなりの武器術。主力クラスからしたら雑魚だがな」
生物兵器は、以前なら数十万の犠牲の上でようやく一体作れるものだった。なので数十個で二体というのはヴァイス達からしたら大きな快挙なのだが、それでもまあまあらしい。
ヴァイスは口元以外全く笑わず不敵に笑って言葉を続けた。
「フフ、収穫と言えば大きな収穫だよ。今までは材料が勿体無かったから一人一人に改造を施していたけれど、それは逆に効率が悪かった。犠牲になる材料は百個未満で百個に近い。とはいえ、一気に数十個を使って……そうだね。大体七十~九十個に対して二人のペースで生物兵器を量産出来れば数十万の犠牲に対して数千体の生物兵器が作れる。これは大きな収穫と見て良いだろう。まだ実験回数が少ないからこれからも試してみなくちゃならないけど……推測の範囲で思い付くその方法は多分──」
今までの数からして、生物兵器を増やすのに余計な犠牲。というよりもただの無駄遣いが多かった。その無駄を減らせるのは大きな進歩と見て良いだろう。
その方法についてもある程度の検討は付いているが、まだ確証は無い。たった数十回の実験数では足りないからである。それを踏まえた上で出した結論が"まあまあ"という評価であったという訳だ。
『フッ、中々面白いやり方をしているな。そんなに兵士を量産してどうするつもりだ?』
「なに。別に大した事じゃないよ。それくらい作る事が出来れば完成品。または未完成品でも良い。強力な兵士が手に入るからね。私の行う選別の範囲を広げて行くだけさ。言う事を聞かないなら力で抑え込む。恐怖政治に近いけど、私の選別に合格した者が恐怖に屈する事は無いだろう。だから一先ずは力を使うのが第一優先事項さ。不老かは分からないけど、世界の管理も不死身の私やグラオにマギアが居れば簡単に出来る。その管理の必要の無い世界を作ろうって考えているンだけどね」
兵士の量産。目覚めてまだ一ヵ月~二ヵ月未満のロキからすればそれは中々に興味深い事らしい。
しかし思考の無い生物兵器では上手く扱って人々を策に嵌めるのは難しい。なので純粋な力のみで一度抑え込み、それからの事は後々考えるらしい。
曖昧な点もいくつか見られるが、穴があるならそれを防ぐ事は可能。ヴァイスなら即座に修正してより良い選別へと移行する事だろう。
それは他の者達にとっては全く良くない事であるが。
「取り敢えず、さっさと他のチームやグループを襲撃しようよ。ヴァイスはまだ実験を続けているから退屈してしょうがない。敵もあまり強くないからね」
「ああ、グラオに同意見だ。手応えのある相手と戦りてェもんだぜ」
「そうだな。やっぱ強い奴と戦いてェ」
生物兵器の量産は上々。だがグラオ、シュヴァルツ、ゾフルの戦闘好き三人は退屈しているらしい。
と言うのも、グラオ達にとっては大した強さではないチームやグループの者達。その者達を殺さぬように捕らえ、痛め付ける為だけに戦うのはつまらないのだろう。
ヴァイスはそちらを見やり、再び全く笑わずに笑って言葉を続ける。
「そうだね。丁度材料も使い切ったし、そろそろ次の補充を考えていたところだ。うン。取りに行ってくれ」
「よっしゃ。任せろ!」
「そんなおつかいみたいなノリで行くものかな……」
材料の補充を頼むヴァイスとノリノリで握り拳を作るシュヴァルツ。マギアは呆れ半分で指摘しており、一先ずはグラオ、シュヴァルツ、ゾフルの三人が材料集めに行く事となった。
「そう言えばロキ。君は行かないんだね。君が付いてきた理由はブランク解消の為。他のチームやグループを潰していくという作業は打って付けだと思うけど」
『それは通常の戦闘だった場合だ。今回は全てが生け捕り。そんなやり方ではなまった身体を目覚めさせる事も出来ぬだろう』
そんな中で戦いたがっていたロキの存在を気になったヴァイスだが、手加減に手加減をした上で生け捕りにする今回のやり方はあまり気に入らないらしい。
元よりブランク解消には強敵との戦いが手っ取り早い。だからこそ今回のように大した相手ではない存在に対して手加減しつつ連れ戻るというやり方では満足しないのだ。
「フム、そうか。確かに君からすればそンな感じだ。君が加わる条件がある程度の自由を約束する事……うン。これ以上は何も言わないよ」
『ウム。それで良い。まあ、この街の幹部とやらにも何れ挑むのだ。私はその時動く』
ロキの自由は仲間の条件。故にヴァイスは何も言わず、向かったグラオ、シュヴァルツ、ゾフルの三人を見送った。
人間の国"ポレモス・フレニティダ"。ライたちとヴァイス達の三人は、同じようなタイミングにてその街での裏路地を調べる事になるのだった。