七百三十話 街の事情
──"ポレモス・フレニティダ"。
「おはよう……レイ……エマ……フォンセ……リヤン……」
「おはよー……ライ……エマ……フォンセ……リヤン……」
「ああ……おはよう……ライ……レイ……エマ……リヤン……」
「……。……おはよう……ライ……レイ……エマ……フォンセ……」
「ふふ。ああ、おはよう。ライ、レイ、フォンセ、リヤン。今日は特に不思議な夢も見ていないみたいだな」
翌日、ライたちは"ポレモス・フレニティダ"の宿で目を覚ました。
というのも、昨日は様々な事があって心身ともにそこそこ疲労していた。なので街の探索は後回しにし、安全そうな宿を見つけて休んでいたのだ。
色々と嫌なモノを見て嫌な者達に絡まれたのであまり良い目覚めではないが、挨拶は欠かさずに行う。
その後朝食や歯磨きなど朝の支度をし、面倒事に巻き込まれぬよう考え、一先ずは宿の窓から改めてこの街を眺める。
「やっぱり、別に常日頃から荒れているって訳じゃ無いみたいだな。今の時間帯は他の人間達も普通に生活しているみたいだ」
「うん。この光景だけなら他の街とあまり変わらないね。夜は基本的に治安が悪いけど、それは他の街と同じだもんね」
道行く人々。それは剣呑な雰囲気でもなく、朝の空気も相まって穏やかなものとなっていた。
夜は元々、人目に付きにくい事もあってその様な輩も集まりやすい時間帯である。現在の時間帯も他の街に比べたら少々荒れているが、それでも朝や昼は比較的平穏なのだろう。
夜に行動する者は昼間に休んでいる者も多い。なのでその様な者はあまり彷徨いていない。そう考えれば別におかしい事でもなかった。
「取り敢えず外に出てみるか。安全な室内から見ただけじゃ、大きな事が起こらない限り基本的に安全に見えるからな」
「ああ。それが良いだろう。今までの街より治安が悪いと言っても、魔族の国はこれが当たり前。魔物の国はその更に上をいく治安の悪さだった。まあ魔物の国は自然体なだけだが……兎も角、街を知るには実際に見て回った方が良いのは変わらない」
ライの言葉にフォンセが同調して話、それにレイたちも頷いて返す。
治安の悪い場所には何度も行った事のあるライたち。なので昨日の出来事では残忍な殺され方をした遺体を見た以外は恒例と言えば恒例と言えるレベルの問題だった。
なので街を見て周り、この街の状況や勢力関係。その他諸々の事を知る必要がある。
そう決めたライたちは宿の外に出て、街の探索を開始するのだった。
*****
「どうだい、ヴァイス。調子は良いかい?」
「まあね。私の調子はそこそこ良いよ。まあ、実験の調子はあまり良くないかな。材料が早速手に入ったのは上々だけど、やっぱり失敗も多い。材料にも限りがあるから、余計な労力を加算させないように気を付けなくちゃならないね。もう少し上手くすれば成功率も上がると思うのだけれど」
時同じくして"ポレモス・フレニティダ"にて、裏路地の昨日のグループが縄張りにしていた場所でヴァイス達が実験を行っていた。
様々な幹部の力やシヴァ、ドラゴンの力も吸収したヴァイスは創造力にライの成長が合わさり、かなり高レベルな施設を片手間で造る事が出来ている。なので昨日集めた材料から生物兵器を創り出す実験も可能になっているのだが、元々数十万人を犠牲にして数体から0体まで成功率の幅が狭い実験。あまり効果はよろしくないのだろう。
「ふん。知らない。失敗しちゃえば良いんだ。私を材料集めに使っちゃってさ。殺さないように捕らえるのって結構大変なんだよ?」
「フフ、すまないね。けど、態々向こうから名乗り出てくれたンだ。その意思を無下にする訳にはいかないだろう?」
ヴァイスの目は笑わず笑って返す。
マギアは昨日の気持ち悪い連中を捕らえたがあまり良い気分ではなかったらしい。その者達の性格もそうだが、何より面倒臭さが勝っているようだ。武器を持って少しイキっているだけの者達などマギアのお気に入りから程遠い存在。なので機嫌が悪いのだろう。
ヴァイスはその横に視線を向け、拘束されている者を見つめる。
「さて、次だ。最初に私たちに突っ掛かってきた君達は最後にしてあげたよ。感謝してくれ。基本的に最後の者達が成功率高いからね」
「「「…………」」」
拘束されているのは、最初に絡んできた者とシュヴァルツ、ゾフル、マギアと会話した口が達者だった者達。
その達者だった口は声帯が抜かれているので話す事は出来ていないが、どうやら涙を流して喜んでいるらしい。
それもそうだろう。暫く行動していた仲の良いグループの仲間達。その仲間達が目の前で実験と称され、生きながらバラバラになって再生を繰り返したり生きている上で与えられる苦痛を複数回与えられたりと愉快な光景が見れたのだから。そして最後にしてくれるヴァイスの寛大さ。涙を流さずにはいられないだろう。
「うン。残りは纏めて実験しちゃうか。元々鍛え上げられた兵士の方が成功率は高いけど、元より私の創る理想郷に君達の入るスペースは無いンだ。悪いけどさっさと意識を奪って直属の兵士にするかあの世に行って貰うよ」
「「「━━━ッ!!?」」」
「うンうン。返事が無いのは肯定って意味だね。君達は物分かりが良くて助かるよ。さっき壊れてしまった物達と君達は一言も発せずに実験に協力してくれる。私にとってはとても有り難い。本当に感謝しているよ」
何よりも冷め切った目付きでわざとらしい口元以外の表情を変えず、淡々と綴るヴァイス。
どうやらこの者達は快く実験を受けているらしい。沈黙は是とも言う。声帯が無いのは捨て置き、そんな物分かりの良い物達にヴァイスは感謝の言葉を述べて施設の中にある装置に入れた。
「さて、先ずは再生力の実験だ。今から男女問わず常人が生きていく上で体験しうる痛みを君達に与えるよ。少しずつ不死の細胞を移植して再生力を高める。その他にも様々な細胞を与えて力や魔力を上昇させるとしよう。それと、もし成功したら人格を消す。もしくは私たちの言いなりに動くよう改造するけど何とか意識を保ってくれ。そうだね……君達は君達で一人になろう。成功すれば上々、失敗しても形が出来ていればOK。壊れたら廃棄。何も言わないなら肯定と受けとるよ」
「「「━━ッ!! ━━━━ッ!!」」」
「良し。肯定してくれたね。何度も言うけど、本当に有り難い存在だよ。態々君達から実験に名乗りを挙げるなんて。不死身の兵士達は何人居ても足りない。不死身とは名ばかりに、その存在を消せる者がこの世界には多過ぎるからね。その為に何万人も何十万人も犠牲にしなくてはならない。嫌になっちゃうよね。……まあ、犠牲者は元々失格の存在だから居ても無駄。死ぬか生物兵器になって始めて役に立つ存在だけど」
聞く耳を持たず、ヴァイスは早速実験を始める。いや、元々この者達は何も話していない。なので悪いのはこの者達だろう。
声帯が抜かれては話せないというのはヴァイスにとっては大した事ではない。元よりヴァイスは再生の力を扱えて、今はこの者達に受けさせている実験よりも大きな苦痛と共に生物兵器の完成品と自分がなったのだから。
「じゃあマギア。また頼むよ。肉体が残っている状態で死んだら、魂を引き戻してくれ」
「はあ……|了解……。けど、弱い人だと痛みだけで死んじゃう事もあるから結構面倒臭いんだよ?」
ヴァイスに言われ、渋々自分の肉体と魂を切り離すマギア。元々リッチなので、まだ全知全能になっておらずとも魂の切り離しから他人の魂を呼び戻す事まで可能なのだ。
それでもその肉体が残っていなければマギアの力でも魂を呼び戻せず、今までも実験で肉体ごと消滅した者の魂は戻せなかった。出来るのは自分だけと分かっているが、本人からしたらそれがかなり面倒のようである。
「さて、長い道のりの始まりだ」
「「「━━ッ!!!」」」
材料達の涙でぐしゃぐしゃになった顔は気にせず、淡々と作業を開始するヴァイス。生物兵器を生み出すにはこの人数では全然足りない。その場合は他のグループを探すのも手だろう。
人目の付かぬ裏路地にて、ヴァイス達の実験が始まった。
*****
ヴァイス達が裏路地で実験を行っている頃、ライたちは表通りを進んでいた。
相変わらず街路樹はなくゴミも落ちている。一部建物の煉瓦は剥がれており、硝子が割れている状態だが道行く人々の様子は窓から見た通り他の街と変わらず良い意味での喧騒が広がっていた。
「やっぱり夜だけ治安が悪くなるのか? まあ、昨日の黒煙の事を誰も話していないのは気になるけど」
「その位置に行ってみる? 何か分かるかもしれないし」
「ああ、それが良いかもな。何かが発火した事で生まれた黒煙なら、その手掛かりも残っているかもしれない」
街の様子は特に悪くない。しかし昨日見た黒煙が気になるのでその方向へ行ってみる事にした。
これからどの様な探索をするかを決めていないので気になるところから調べてみるという考えのようだ。
それから数十分後、恐らくそうであろう黒煙の立ち上っていた場所にライたちは到着する。
「……。特に変わった様子は無いな。少し焦げているけど……それだけだ」
「うん。立ち入り禁止の看板とかも無いし街の皆は全く気にしていないみたい」
そしてその場所は簡単に見つけたが、周りの人々も気にしている様子はない。寧ろ人々の注目はその焦げ目を見ているライたち五人に向けられていた。
どうやらこの光景はこの者達にとって日常のようだ。
「君達。この辺じゃ見ない顔だけど、この痕が気になるのかな?」
「え? ああ、はい。昨日来たばかりで……それで、昨日此処から黒い煙が立ち上ってましたよね? 誰も気にしないのですか」
ライたちが見ている時、それを見兼ねた一人の女性が話し掛けてきた。どうやら外から来たライたちが珍しいので話し掛けてきたのだろう。
ライは返答すると同時に質問を返し、女性は軽く笑いながら答える。
「此処じゃこれが普通だからね。幹部さんの方針もあって、この街ではいくつものチームが徒党を組んでいるんだ。だから日夜……というよりは夜を中心に抗争が行われていてねえ。最近は何時にも増して物騒だから外部からの干渉は少なくなって良いんだけど、こんな風に建物への被害が大きいんだ」
どうやら"ポレモス・フレニティダ"ではその様な抗争が夜間に行われており、それによる被害が相次いでいるらしい。
女性曰く幹部の方針らしいが、その事からするにチームには街の防衛も含まれているようだ。それなら昨日のゴロツキに戦闘経験がありそうな者が居たのも頷ける。基本的に治安は悪いが、それがこの戦時中の国では良い方面もあるのだろう。
それを聞いたライは呟くように話す。
「チーム同士の抗争……確かに物騒ですね。有り難う御座いました。これ、少ないけどお礼です」
「あら……って、金貨……!? ちょ、ちょっとこれはどういう……!」
ライは情報料として金貨を渡したが、女性は唐突な金貨に戸惑い小声で話す。だがライは軽く返した。
「おそらく貴女はそこまで悪い人じゃない。けれど、俺もタダで情報を受け取ろうとは思っていませんよ。此処のように世間から見たら治安の悪い街で態々俺たちに話し掛けたのを見ると、ただ情報を与えようって訳じゃないんですよ?」
「……。成る程ね。随分と物分かり良いわね。フフ、この街ではそれが常識……貴方、世間の渡り方を知っているようね」
この女性は、悪い者ではない。しかしこの街は場所が場所。治安の善し悪しは街に住む者への生活にも影響を及ぼす。同じ治安の有無でも魔族の国では戦闘が対価のようなもの。この街では何事にも実用的な対価が必要と推測したのだ。
女性は更に続ける。
「けど、金貨一枚もくれるなんて太っ腹過ぎるわ。これじゃ等価じゃない。他のゴロツキは分からないけど、私も筋は通す。と言っても出来る事は少ないから、この街の情報が書かれた羊皮紙を渡しておくね」
そう言い、ライに文字の書かれた羊皮紙を渡す女性。金貨は一枚でもあればかなりの贅沢が出来る。なので相応の対価は払えないがその代わりに情報提供してくれるのを見ると、やはり悪い者では無いらしい。
ライは情報が書かれた羊皮紙を受け取った。
「有り難う御座います。この街の事は何も知らないので助かります」
「いいのよ。だって、金貨一枚の等価にはまだまだ足りない程だもの。アナタ達もグループやチームに気を付けるのよ」
「あ、はい」
もう既に一つのチームを戦闘不能に陥れた事は言わない。余計な誤解を招く事になるかもしれないからだ。
それからライたちは焦げ目のあった場所を離れ、近場のベンチに座って貰った羊皮紙に目を通した。
「昨晩から行方不明者が続出……生死不明……か。物騒って言えば物騒だけど……何か違和感があるな……」
書かれていた事で一番気になったのは行方不明者についてのもの。その情報には何処か違和感があり、チーム同士の抗争のような問題ではないと思えた。
人間の国"ポレモス・フレニティダ"での一日目は、金貨一枚と引き換えに思わぬ形で情報が手に入るのだった。