七百二十九話 人間の国・治安の悪い街
「この街は……"ポレモス・フレニティダ"か」
街に辿り着いたライたち五人は、街の看板からその街の名を確認していた。
街の名は"ポレモス・フレニティダ"。先程遠方から見えた黒煙は兎も角、一見は普通の街と同じである。煉瓦造りの建物と歩廊を柑子色の光放つ街頭が街を静かに照らし、辺りも静まり返っている。
しかし人間の国は現在夏であるが街路樹に葉は無く、見れば煉瓦造りの建物の硝子も割られており壁の煉瓦も幾つか欠けていた。加えて辺りはゴミだらけだ。時間が時間なので周りの様子が見えにくく人通りは少ないが、感覚では普通の街とも違う。それが犇々と伝わってきた。
「あまり良い雰囲気じゃないな。人通りが少ないのに剣呑な気配が至るところから漂っている……」
「うん……。さっきの戦場と言い、この辺りは争いが続いているのかな……」
「別におかしな話ではないな。今まで私たちが寄った街は幹部の街や近場に危険区域があった街だから戦争をしている所が少なかっただけで、世界中は争いと狂気に満ちているからな」
「ああ。例え此処がどんな街だったとしても現在は戦争中の場所ってだけかもしれない」
「……」
仮に戦争が行われている街だとしても何もおかしくない。この世界自体がその様な様子なので当然と言えば当然の事である。
ライたちが寄った街は、ライたちの目的からして幹部の居る事が多かった。なので他の街の者が滅多に戦を仕掛けなかっただけで、元よりこの世界はそう言う世界になっているのだから。
「こんな街で夜と考えれば……」
「……。嫌な予感がするね……」
この空気と雰囲気に気配。治安が悪い事はこの街に居るだけでも分かる。なのでライとレイは嫌な予感がしており、エマ、フォンセ、リヤンも周りを見渡す。
そして予感通り、ライたちは複数人の者達に囲まれた。
「ケヘヘ……こんな時間に外から何の用だ? 悪い事は言わねぇ。金目の物と女置いてさっさと消え失せろ。この世からな」
「また絵に描いたような悪党だな……。悪役専用の学舎でもあるのか?」
「あ?」
その手にはナイフを持っており、つるんでいる者達も鉄パイプに煉瓦など手頃で武器になりそうな物を持っていた。
どうやら狙いは金銭にレイたちのようだが、街に着いて早々絡まれるとは中々に運の無いものだと失笑する。
「テメェ……何笑ってんだ? ガキだからって容赦しねえぞ?」
「ああいや、悪いな。別に喧嘩を売るつもりはない。金銭ならほら、これをやるよ。仲間や命は差し出せないけど、これで勘弁してくれ」
そう言ってライは数枚の金貨を差し出す。
先程の出来事もあったのであまり事を大きくしたり目立つような行動は避けたいところ。レイたちや命を差し出すつもりはないが、ゴロツキは条件として金銭を挙げているのでそれで解決出来ないかを模索しているのだ。
その者達は「クックッ……」と歯を剥き出しにして醜く笑いながら言葉を続ける。
「ガキの癖に中々持ってんな。世間の渡り歩き方も知っているみてぇだ。……だが、簡単に金貨を出せるならもっと持ってる筈だろ? それに、俺たちは暇してんだよ。女と遊ばせてくれ」
「……」
思った通りと言うべきか、予想はしていたが聞く耳を持たない。簡単に金銭を差し出した事からまだ持っている筈、加えて自分達にビビって動けない。とでも考えているのだろう。
それなら脅せばまだまだ出せるという結論に至るのは見たところ単細胞なこの者達にしては必然。ライは肩を落とした。
「悪いな。アンタらの相手をしている暇は無いんだ。俺たちは疲れている。此処を通してくれ」
「テメェ、人が下手に出てりゃ良い気になりやがって……やっぱ遠さねえ!」
「アンタ……出会った時から下手に出ていなかっただろ。図書館で言葉の意味を調べてくる事をオススメするよ。間違った言葉を使っていたら恥を掻く事になるからな。俺自身、もしかしたら知らないうちに間違った言葉を使っているかもしれないし」
「んな事はどうでもいいんだよ! やっぱ殺すか……!」
ライたちが疲れているのは事実。肉体的には然程疲れていないが、戦場での出来事などがあったので精神的にも少し休みたい気分なのだ。
しかしこの者達は一向に引くつもりはない様子。分かり切っていた事だが、この手の者達には力で物を言わせなくてはならないのかとため息を吐いた。
「その気がねえなら、無理矢理事を済ませば良いだけだ!」
ライがため息を吐くと同時に、ゴロツキがナイフを振り回して飛び掛かってくる。
「やっぱこうなるか……」
「……ッ! ガハッ……!」
ライはその一撃を紙一重で躱し、膝蹴りを腹部に叩き付けた。それによってゴロツキは吐血し、足元に吐瀉物をぶちまける。同時に背部へ肘を打ち付け、そのまま意識を刈り取る。
「あ……吐瀉物に顔が……」
倒れ伏せたゴロツキを見やり、少し戸惑うライ。理由は言わなくとも良いだろう。
冷や汗を掻きつつも我関せずの態度を取りながら一先ずそのゴロツキは無視し、他の者達に向き直った。
「ハッ、雑魚がでしゃばるから返り討ちに遭うんだよ。使えねえな」
「奴は俺たちの中でも最弱。そいつを倒したくらいでいい気になるなよ?」
「ナイフじゃリーチがねえから素手にやられるんだよ。馬鹿が」
聞いてもいない事を話、各々の武器を構えたゴロツキ達がライたちを囲みながらゆっくりと移動して出方を窺う。この動きからして完全な素人という訳では無さそうだ。
おそらく元々は兵士だったか、幼い頃に鍛練を行っていた。もしくは徴兵されて戦争の経験があるのだろう。
「ライ。此処は私に任せてくれ。最近は摂っていなかったから、不味そうだが意識を失う程度に頂くとするよ」
「ああ、そうか。じゃあ任せたよ」
その者達を見やり、折角だからとエマが名乗り出る。ライはその意味を理解し、この場をエマに預けた。
そんなライたちの様子を見、ゴロツキはニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。
「ククク……こんなガキが相手か。俺は幼女趣味は無いんだがな。まあ、顔はかなり整っている部類に入る。良い値で売れるかも知れねえな」
「何気持ちの悪い事を言っている。まだ自分達の立場を理解していないのか、貴様ら?」
「あ? 何言って──」
「──微睡みに沈め」
言葉を続けるよりも前に、エマは周りの者全員に催眠を掛けた。それによって意識が消え去り、先程まで達者だった口から何も発されなくなる。
エマはその者達を集め、その白い牙をゴロツキの首筋に突き付けた。そこから血を啜り、生気を奪う。ライの意思もあるので殺しはしないが、暫く何のやる気も起こせないようにはするつもりである。
「フム、やはり不健康であまり旨い血ではないが……久々の糧……私の力としてやるから感謝するが良い」
ペロッと舌舐めずりをし、昇り始めた月を背に不敵に笑うエマ。月明かりでキラキラと輝く髪は流石ヴァンパイア。中々絵になるものである。
この街に来ていきなり絡まれるのは幸先悪いが、なんとかなるだろう。
改めて、ライたちは少しばかり治安の悪い不穏な気配が漂う街"ポレモス・フレニティダ"に入るのだった。
*****
「オイオイ、中々治安の良い街だが……こんなところに幹部が居るのか?」
「ああ、居るよ。街の方にはあまり手を加えていないみたいだけど、確かに幹部は居る。この"ポレモス・フレニティダ"にはね」
ライたちが街に入った頃、ライたちとは真逆の入り口にてヴァイス達七人がやって来ていた。
シュヴァルツからしたら街の雰囲気は良いらしく、それについて幹部の有無を気に掛ける。と言うのも、本来の幹部という存在は街の秩序を守る存在。その幹部が居るのに良い雰囲気──荒れているという事が疑問なのだろう。
秩序を守る存在が居れば大きく荒れる事も無い筈。なのに荒れ果てているのが気になっていた。
ヴァイスは確かに居ると言ったが疑問は解消されていない様子。なので説明する。
「まあ、此処の幹部は元々人間の国での評価が低い。力は確かにあるンだけど、それは先代から変わらない事らしいンだ」
「評価が低い、か。幹部にとっての評価を街の貢献にするなら、街に貢献していない。だから街の治安が良い。成る程な。合点はいく。……つか、何でテメェはそんなに詳しいんだ?」
「そりゃそうさ。私は情報を集めてから行動を起こしているからね。何の策略も無しに、行き当たりばったりで上手く行ける存在は極僅か。それこそ、世界が自分の都合良く回る能力でも持っていないと上手くいかないさ」
「ふゥん?」
どうやらヴァイスはこの街について既に色々と調べており、大凡の情報は入手しているらしい。
それを聞いたシュヴァルツは、ヴァイスならまあ普通にそれくらいするだろうと納得したのでこれ以上は特に何も言わなかった。
「クヒャヒャ……オイ、テメェら……旅人か? そこに居る女と金目の物全部置いて死にやがれ」
「……」
そして先に進もうとした途中、目の前に一人の男が立ちはだかってヴァイス達を脅す。見れば数十人の仲間がおり、それなりの大きさを誇るグループを作っているみたいだ。
「さて、先に進もうか。今日は運が良い。早速新しい材料が手に入った。まあ、失格だし生き残れるかどうかは分からないけどね」
「クク、そうだな。オイ、マギア。ご指名だから事を済ませておけよ」
「えー? もう、面倒臭いなぁ……」
その男性と数十人の者達を見、失格を言い渡した後で気にせず先に進むヴァイス達。指名されたマギアだけを残し、街の方に向かう。
マギアは面倒臭がりながらもヴァイスの言う事を聞いて残り、その者達に向き直った。
「オイ、テメェ……無視してんじゃねえよ。死にてえのか?」
「女を置いて行くのは英断だが……金だよ金。さっさと金を寄越しやがれ!」
だが、その者達も引かない。既に数人がマギアを囲って肩に手を触れたりなど身体をまさぐっているが、金銭も欲しいらしい。だがヴァイスは気にせず進み、グラオ、シュヴァルツ、ゾフル、ハリーフ、ロキもその後に続く。
「ケッ、雑魚が。怯えて去る事しか出来ねえのかよ」
「あ? ゴミの分際でよくもまあ、そんな口を聞けたもんだな」
「クハハッ、上等だ。チンピラ。売られた喧嘩、俺たちが買ってやるぜ……!」
そのうち一人の挑発へ順に乗るゾフルとシュヴァルツ。ヴァイス、ハリーフは呆れ、二人に向けて言葉を発した。
「はあ。君たちは簡単に乗せられちゃうね。まあいは。じゃあ、私たちは先に行くよ。後で追い付いてくれ」
「任せろ。コイツらにゃ、俺たちが主人って事を叩き込まなきゃならねェ」
「誰が誰の主人だ、ああ?」
「はあ。私もさっさと終わらせて行こっと。身体にベタベタ触ってきて気持ち悪いし。……ねえ、貴方達。此処じゃ目立つから人目の付かない所に来て」
「ハッハッハァ! 物分かり良いじゃねえか。さてはアンタも溜まってんだな?」
「まあね。──……ストレスが」
シュヴァルツ、ゾフルが十数人。マギアが残りの十数人を相手取る。二人は乗り気だが、マギアは呆れ果ててため息しか吐けない様子である。
そしてその日の夜、最後に大きな悲鳴が街の出入口付近に響き渡った。人々はまた誰かが馬鹿騒ぎをしていると気にも掛けないだろう。治安の悪い街だからこそ、謎の悲鳴は茶飯事。心配する者も極僅かなのである。
その日は終わり、夜が明ける。昨日の翌日、つまり今日。数十人のグループが行方不明になったというニュースが"ポレモス・フレニティダ"全体に存在する様々なグループと住民達に伝わるのだった。