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七百二十八話 戦地

「ちょっと痛い思いをさせる事になるけど、まだ殺さない。色々と聞きたい事があるからな」


「「「…………っ!?」」」


 動きを決めてからの行動は迅速だった。

 一人の兵士の懐に入り込み、拳を振り抜いて顎を狙う。そのまま天空に打ち上げ、落下の衝撃で一人の兵士が意識を失った。


「ほら、楽しもうぜ?」

「ヒッ……」


 一瞬で他の兵士の元に入り込み、腹部を軽く小突いて意識を奪う。

 今のライは全く本気ではない。魔王の力のみならず、自分の力も使ったら兵士が死んでしまうだろう。なので攻撃は軽く撫でるようなもの、速度も音速以下に抑えてけしかけていた。


「……ッ! 数では此方が優位に立てている! 一気に攻めろォ!」


(俺はただ、あの惨状の根元が知りたいだけなんだけどな。そしてこの戦争を俺が世界征服を終えるまで中断させる。全ては理由次第だ。まあ、教えられたら教えられたで実行犯には相応のやり方をするつもりだけど)


 兵士に囲まれながら、そんな事を考えて周りの兵士を薙ぎ払うライ。

 背後の者には肘打ちを放って意識を奪い、正面の者は回し蹴りの風圧で吹き飛ばす。幹部直属の兵士でもないこの者達は大した力も無く、少し加減を間違えれば殺してしまうかもしれない相手。調整しながら仕掛けるというのも中々に大変な作業である。


「「「ハァ!」」」

「遅い」


 背後の者に背面で拳を叩き付けて倒し、背負い投げのように数人を巻き込んで吹き飛ばす。同時に後ろ回し蹴りで周囲から飛んでくる銃弾や魔法を打ち消し、その風圧で周りの者達を天空に舞い上げた。

 通常兵器は別に防ぐ必要も無いが、同時に周囲の兵士達を打ち倒せるのでついでに防いでいるのだ。そこから一騎当千の力を見せ付け、兵士達を圧倒していく。


「教えてくれれば、被害も出なかった……かもしれないのにな」


 そして物の数分で数人を残して全員の意識を奪い取ったライは山積みの兵士達に腰掛けて主軸らしき者達に告げる。

 まだ武器は構え、警戒はしているが戦意は既に喪失している状態。精神的に追い詰め、恐怖に恐怖を重ねれば人は真実を話したくなる。なのでライは更に威圧を込め、一番の権力者らしき者へ脅すように言葉をつづった。


「で? あの場所……どっちの仕業だ? 見たところ……戦争に関係無さそうな者達も殺していたみたいだけど」


「ヒ、ヒィ……! あ、アイツらは……ただ邪魔だったから片付けただけで……」


「……っ。邪魔だったから……だと?」


「は、はい! 彼処の近くには街があります! そこから近辺にある"ミナス・イリオス"に避難しようとして山を通ろうとした女とガキが居たから……戦争で押されてムシャクシャしていたからストレス発散の為に殺しました! けど、数が居たから部下と分散して……! 嫌がるなら死刑だって脅せば言う事を聞く……見せしめに部下も殺した。けど、犯人は俺一人じゃない! 部下達も同罪だ! そうだろ!?」


「……」


 邪魔だったから。避難しようとしていた。ストレス発散、つまり八つ当たり。加えて部下に指示を出し、片棒を担がせた事も白状する。その罪は全て部下に擦り付けた上で。

 恐怖に怯えて洗いざらい吐くそれを聞いたライは無言で兵士の指揮官のような者を睨み付け、頭を掴む。


「アンタ……そんな理由で無関係の者を巻き込んだのか……? 挙げ句の果てに惨殺したと……?」


「ヒィィィ……た、助けて……助けてくだひゃい……! そこに転がっている部下達は好きにして良いから……俺の命だけでも……!」


 その力は更に強まり、指揮官のような者は涙を浮かべて命乞いをする。

 そんな様子を見たライは一瞬止まる。部下を差し出す姿勢は気に食わないが、それ程までに必死だと少々困る。流石に殺すのは問題があるかもしれない。しかし、それでは殺された者達が浮かばれない。死者と話す事は出来ないが、やはり良心が枷を掛ける。なのでライはもう一つ質問をした。


「アンタ……家族は?」

「……」


 それは家族の有無。戦争で押されていたから苛立ちが抑え切れなかった。それなら戦争を始めた者に責任があるとも言える。大切な家族が居ればこの者も不可抗力の可能性がある。

 なのでそれを聞いたのだが、またもや無言になる指揮官。その事から既に嫌な予感はしていた。だが、ライは指揮官の頭を地面に叩き付け、苛立ちと怒りを発散するように怒鳴る。


「チッ、また沈黙か……! アンタに家族は居るのかって聞いているんだよ!! さっさと答えろ!!!」


「い、居ましたが俺が殺しまひてゃ!!」

「……っ!」


 後半の方は呂律が回らないながらも返ってきた返答は、予想通り嫌なものだった。ライは歯を食い縛って堪える。

 この者が家族も殺した。では何故か。それを聞くまでもなく、指揮官は言葉を続ける。


「両親と祖父母は人殺しなんて止めろって俺の昇進の邪魔するからムカついて殺した……。つ、妻と娘も居たけど……妻は俺の言いなりにならないからムカついて殺した。どうせ無理矢理孕ませた女だったから別に要らない……け、けど娘は生かしてやった。ま、まあ、生かしてやった娘は酒が飲みたいから資金集めの為奴隷商人に売っぱらった。女は良い金になるからな……! その後貴族の慰み者になって精神を病み、人知れず命を絶っていた……だが、どうでも良かった。俺はただ、俺が大事だから……! あ、アイツらの犠牲があったお陰で俺は……俺は軍隊を率いる指揮官になれた……! 犠牲の元に俺の幸福が存在していたんだ……! だから、感謝はしているよ!」


「………………………………………………。……そうか」


 その者の言葉を聞いたライは此処に来た事を後悔した。これ程までに腹の立つ存在が居るのだろうかと自分のよく知る悪人的存在、ヴァイス達の事を考えるが悪のベクトルが違う。

 その者の頭を押さえながら少し空を見上げ、独り言を呟いた。


「これで何度目か……俺の街の一部を除いた奴等……そしてオークにペルーダ……他にもやったよな……ああ……道中で出会った魔物達……意外と良い奴だったのかも……生きるのに必要だもんな……餌。悪い事したなぁ……何百年後……また彼処に訪れる機会があったら謝っておくか……ああいや、俺とは別の場所に行くかもしれないな……他にも生物兵器の兵士達……意識は無かったけど……事実は変わらないよな……」


「……?」


 その独り言に、指揮官は涙を浮かべながら"?"を浮かべる。

 一通り自分のしてきた事をおさらいしたライの目からハイライトが消え去り、何よりも、ヴァイスよりも冷たい目付きとなって指揮官を見下ろし、一言。


「アンタ……もういいや」

「……ぇ──」


 ──指揮官が言葉を続けるよりも前に頭を殴り付け、半径数キロを崩壊させた。


 それによってその者の頭は赤い果実のように潰れ、ライの足元から数百メートルに真っ赤な鉄臭い果汁が飛び散る。同時に岩盤が浮き上がり、足元から広範囲を粉砕した。

 これでも抑えた方だろう。今のライの心境は、下手したら戦争を中断させる為の行動で全宇宙を崩壊させ兼ねないものだったのだから、


「あーあ……やっちゃったよ……これじゃ完全に悪役だ……。いや、まあ世間から見たら十分悪役なんだけど……。……俺……まだ上手く自分を制御し切れていないんだな……」


 罪悪感からか、また別の心境からか独り言が自然と多くなる。まだ意識のある兵士達も居るが、兵士達は既に武器を降ろして降伏していた。その顔を涙と鼻水で濡らしながら。


(あー……怖がらせちゃったか……。怒りに任せて暴力を振るうのは駄目だろ……俺……悪い事したかもな……他の兵士達には……)


 その様子を見、ライは居たたまれない気持ちになる。

 確かに脅すつもりで演技をしていたが、それは要らぬ犠牲を阻止する為の行動だった。しかし指揮官を殺めてしまった今からどんな言い訳をしても言い逃れは出来ないだろう。

 そんなライの心境とは裏腹に、愉快な声の者が話し掛けてきた。


【ククク……良い事をしたじゃねェか。俺も俺は大事だが、部下や家族にはそこそこ良い待遇をしてやったからな。それらを自分で殺して減らすなんて勿体無ェ。暇潰しも出来なくなっちまう。部下とのゲームは唯一俺が負けるかも知れねェ遊びだったからよ】


(そうか。励ましてくれてありがとな。魔王。この感覚……多分罪悪感じゃないな。俺が世界征服するに当たって信頼を得られなくなる保身なんじゃないかって自分で思うよ。慣れない事をするとあまり良い結果は生まれないんだな)


 ライは人や生き物を殺した事はある。それに加え、間接的に殺している事も多くあるだろう。

 先程砕いた山の動物達は今まで通り魔王の気配を感じて安全な場所に避難したと思われるが、それ以外にライが殺めてしまっているものは多い筈だ。

 それらを踏まえた結果、一瞬世界征服という目標に迷いが生じた。が、直ぐに迷いは振り払う。その犠牲を避ける為に世界を征服するのがライの目的。これ以上悲しみは増やしたくないのがライの心境だ。

 ライは居たたまれない気持ちを無理矢理切り替え、意識の残っている他の兵士達に告げた。


「……めだ。興が削がれた。見たところ、先程の無能指揮官以外にその様な考えを持っている者は居ないらしい。もし居たなら、既に逃走を図っている筈だからな。これは俺の推測……というより願望だが……お前達は仕方無く命令に従うしか生きる術がない……という事にしておく」


 ライは口調を変え、高圧的な態度に適当な口実を付けてその場を後にする。このやり方なら尊厳を落とさず去る事が出来ると今まで相手にしてきた他の者達を見て知ったからだ。

 ともあれ、此処に居る兵士達は争っていた両軍共に確かな信念はあると分かった。昇進する為に自分以外の全てを犠牲にしても何とも思わない者など稀有だが、それでも一時的に休戦させるという作戦は成功した。

 気分は悪くなったが、それをレイたちに知られないならそれで良い。気分を悪くさせるのも問題だろう。それから少しゆっくり進んで数分後、ライはレイたちと合流した。



*****



「お……見えてきたな……。彼処が次の街か……」


 レイたちと合流したライは更に進み、街の見える所までやって来た。

 先程までの道中色々あったが、レイたちと再会する事で少しは気分が落ち着いたのだ。

 因みに女性や子供、可哀想な無関係者達の遺体はレイたちが少し目立つように埋葬していた。

 あの指揮官は戦場の近くに街があったと言っていた。流石にその街の者全員を殺したという事でも無いだろう。どれ程の近場かは分からないが、きっと身体だけでも元の街に帰れる事だと信じたいものである。

 街を眺めるライ。それに続き、レイたちも高所から遠方に見える街をながめた。


「さっきの場所から数時間……結構遠かったね」

「ああ。もう日が暮れ始めている」

「街に着くのはもう少し先になりそうだな」

「うん……少し遠い……」


 現在の時刻はもう夕刻。ライたちだからその時間で到達出来たが、常人ではその倍以上は掛かっていた筈。避難しようとしていた者達もこの街より"ミナス・イリオス"を選んだのはその距離が問題のようだ。

 と言っても距離だけならば"ミナス・イリオス"よりもあの街の方が近い。"ミナス・イリオス"との違いは道中の険しさに戦火の飛び火。そしてもう一つ──


「あの街も……少し荒れているみたいだな」

「うん……戦争……かな……。けど、少し小規模……街中の抗争なのかな?」


 ──戦争の真っ只中という事だった。

 幹部が居るのかどうかは分からないが、街の一部から黒煙が上がっている。広い街全体を見れば本当に一部なので戦争というよりもちょっとした抗争のようにも思えた。


「……。一先ず、行ってみれば分かるか。レイ、エマ、フォンセ、リヤン。行こう」


「うん、そうだね。見てみなくちゃ分からないもん」

「ああ。見れば何が起こっているのかも分かる事だろう」

「そうだな。それが一番だ」

「うん……」


 何が起こっているのか、黒煙が見えるだけで何も起こっていないのか。その答えはあの街にある。

 戦場を後にしたライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は、一応次の街に到着したのだった。

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