七百二十七話 戦場跡地
朝食を終えたライたちは、森や高原を抜けて進み、洞窟内を歩んでいた。
此処は山に穴を空けて造られた洞窟。もといトンネルであり、自然に出来たものではない。なので崩落の危険性もあまり無さそうだ。
そんな洞窟は横に広く連なる山にあった事を考えれば、"ミナス・イリオス"から他の街へ行くに伴い通過路として形成された道なのだろう。国境の街から"ミナス・イリオス"まで、人間の国の道中は森が多かったが此処からはその様な箇所が多く存在している。つまりしっかりと整備されて流通も盛んであると推測出来た。
「洞窟はもうすぐ抜けるな。皆、大丈夫か?」
「うん。平気。少し暗いけど、整備された道だからね」
「問題無い。寧ろ、洞窟は居心地が好い。日差しが入らないからな」
「私も平気だ。まだ歩き始めて数時間。そう簡単には疲れないさ」
「大丈夫……」
整備されており、それなりの広さもある洞窟。暗いのは構造上仕方の無い事なので、特に問題も無く進めていた。
洞窟内には水滴の音が聞こえ、何処かで水の流れる音も聞こえる。水流、水流は水流だが、水源と街まで引かれている水路があるのだろう。おそらく山に降った雨がこの洞窟に流れ、その水が水源から水路を経て街まで続く仕組み。自然を利用した形が形成されている事から、街は近いと判断出来た。
「お、光が見えてきた。そろそろ出口か」
「そうみたいだね。何かドキドキするよ」
「ふふ、確かに洞窟……というよりトンネルには不思議な感覚がある。別世界に繋がる扉のような感覚だ」
「確かにそうだな。出口と入り口で全く違う場所が映される。不思議な感覚だ」
「……うん……」
トンネルとは不思議である。そんな事を話し合うエマとフォンセ。
確かに場所や国が違えば広がる景色も変わる。森から入って抜けた先に別の街がある事も度々。まるで別の世界にワープしたような感覚になるのも頷ける。
それから少し進み、光がより強くなる。そしてライたちはトンネルを抜け、その先に映し出された光景に言葉を発した。
「なんだよ……これ……」
「……っ」
「成る程、こう来たか」
「……。悲惨だな」
「……。……」
──その言葉は、決して穏やかなものではなかった。
「此処は……戦場か……!」
ライたちの視界に映し出された光景は、放置された死体の山。
時間はあまり経っていないのか、死臭はしない。しかし時間があまり経っていないからこそ、まだドロドロである濃い赤の血液が傷口からゆっくりと流れていた。見れば頭の無いものもあり、烏が死後硬直したてのほんのりと柔らかな肉を啄む。死後硬直して転がる頭の肉は最も柔らかい目玉から入り、脳まで嘴を突き立てて脳漿ごと貪っていた。
辺りには黒煙が立ち込めており、火薬の匂いが充満している。山積みになった死体は放置されており、生焼けの状態でその肉は烏の餌だ。
あまり見たく無いが、生きたまま焼かれたものもあり、藻掻き苦しむおぞましい姿で硬直している。磔にされたものもあり、そこには身ぐるみを剥がされ蹂躙されて用済みとなった女子供の死体もある。
悲惨、凄惨、無惨。見るに耐えない死体の山と痛々しく生々しい戦の痕。ライは歯噛みした。
「忘れていた……。いや、知っていた事だけど、今まで訪れた街からしてその現実から目を逸らしていたみたいだな……この世界には争いが蔓延っている……人間・魔族・幻獣・魔物。全ての種族がその渦中に居るんだって……」
「酷い……御先祖様が望んだ世界は……こんな世界じゃない……」
「生き物は常に争い続けている。やはりそう簡単には変われないのだな」
「この有り様。ヴァイス達の仕業では無いようだな。奴等は死体を散らかしはしない。……だからこそ更に惨いのだが……」
「酷い……」
言葉は違えど、ライたちの感想は全員が同じようなもの。洞窟内を進んでいた時は何時ものような大自然か街が映り込むと考えていたばかりに、ライたちの精神的ダメージには拍車が掛かっていた。
だが、常人ならこの光景を見ただけで気分が悪くなって吐き気を催すだろう。ライたちにそれが無いのは幾つもの死線を乗り越えた来たからこそ身に付いた精神力の強さが要因のようだ。
ふとライは今しがた自分が抜けてきたトンネルに視線を向け、何かに合点がいったように言葉を続けた。
「成る程な。このトンネルは、謂わば障壁なんだ。水の補給や通り道って側面も当然あるけど、"ミナス・イリオス"方面に飛び火しないように自然の山を障壁にしているのか……」
それは確かな推測だった。
戦火が他の街や場所に及ばぬよう、山その物を壁にした構造。常人や少し鍛えた兵士では山を砕くのにも時間が掛かるので実に合理的である。
おそらくアポロンやアルテミスはこの現状を知らない。傷の新しさから、始まったのはつい数日前という事が窺えられた。
「今の時間は太陽の位置から九~十時。もう戦っていないのを見ると、別の場所に移動したみたいだな」
「……。行くの?」
「ああ。戦争には色々と理由があるから、何処の手助けをする事もしない。だから……俺が共通の敵となって一時的にでも戦争を中断させる……!」
戦争には、様々な国政的理由がある。
それは人や土地、食物の売買から金銭的理由に国の意思表示まで様々だ。
なので迂闊に手を出し、片方の味方になる訳にもいかないのだ。まあ前には魔族の国にてマルスたちの味方として参加したがそれは勝手が違う。
ともあれ、この状況であったのならライたちの存在は好都合である。おそらく国民にも魔王の存在は伝わっている。それは最近の出来事ではなく、半年前にライが一つの街を落とした時に広まったもので大抵の者は疑心暗鬼の筈。しかし戦争を始める者達は心の片隅にでも残しているだろう。幹部や支配者の力は借りれないからこそ、そのどちらにも属さない存在は脅威であり仲間になるかもしれない期待もある。
それらを踏まえた結果、ライが力を誇示する事で世界征服までに戦争を中断出来るかもしれない。
「レイ、エマ、フォンセ、リヤン。皆は手を出さないでくれ。レイたちの存在も多少は広まっているんだろうけど、名前や祖先は言っていないからあくまで魔王の事が中心になっていると考えられる。となると、他の者達には魔王の存在を証明するだけで事足りると思うんだ」
「ライ……」
「ライ」
「……」
「……ライ……」
だが、共通の敵になるのはライだけのつもりである。
その街で広めても構わないと言ったが、名前は広めぬよう釘を刺しておいた。他の幹部のように魔王の子孫が居る事や他の事は知らないと考えれば、ライ一人で向かって魔王の存在を少しでも伝える事が出来るだけで他の者達がその存在を危惧して全体的な争いが少しは収まると考えたのだ。
しかしライ一人というのも気掛かりなレイたち四人。問題は全く無いと思っているが、やはり心配になるのが仲間という存在。レイ、エマ、フォンセ、リヤンは意を決したようにライを見た。
「分かった。けど、気を付けてね。ライ」
「心配は無いと思うが、気を付けろよ」
「気を付けてくれ、ライ」
「気を付けて……」
「ああ。まあ、少し力を見せたら戻るつもりだからな。目的以外の必要以上の関与はしないさ」
四人に見送られ、ライは軍隊の後を追う。この有り様からして数時間前に移動したと考えれば、ライの速度なら直ぐに追い付くだろう。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は人々の亡骸を見やり、一先ず埋葬する事にした。この者達の故郷が分からない以上、送り届ける事は出来ないが何れ故郷からの迎えが来る事を信じ、目立つように埋葬するつもりだ。
ライとレイたちは一度分かれ、悲惨な戦場を進む。
*****
「撃てェ!」
「殺せェ!」
「仕留めろォ!」
「迎撃せよ!」
「迎え撃て!」
「滅ぼせェ!」
ライが少し進み、物音の聞こえる場所に来ると既に合戦が始まっていた。
弓矢の弦を引く音に銃声、砲撃音に金属音。幾度と無く耳にしてきた嫌な音が空気の振動と共に周囲へ響き渡る。
「さて、どうやって行くか……」
現在、ライは物陰に隠れて戦場の様子を見ている。実力者達が行うような大きな破壊は無いが、大きな破壊が無いからこそ兵士達の戦闘がより悲惨に見え、傷や負傷が目立っていた。
各々が相応の意識を持って戦っているのは分かるが純粋に殺戮を楽しんでいる者も居るかもしれない。ともあれ、出て行くタイミングが掴めない以上考えている暇も無いだろう。
「……まあ、威圧を放って行けば相手も止まるか。(魔王。力を使うかは分からないが、取り敢えずお前を纏う。頼んだ)」
【クク、良いぜ。にしても、やっぱ戦場ってのは面白ェな。全員がウエの言いなりになって争ってやがる。生きながらにして傀儡って訳だ】
(兵士達にもそれ相応の信念があるんだろ。家族だって居る筈。望んで居るのは上層部と一部だけだと思いたいけど……)
思いたいが、ライは先程見た必要以上の虐殺にもしかしたら全員が望んで戦っているのかもしれないと不安になる。
大体の場合は自分の命が大事。なので戦争や争いも本人が望まぬ場合が多い。が、見せしめとはいえ先程見た死体の山のようにする必要があるのか気に掛かるところだ。
戦に出ている兵士はまだしも、殆ど分からなかったが女性や子供の死体も山積みにされていた。焼かれ、撃たれ、切り裂かれ、凌辱を受けた者も居るだろう。それが本当に望まぬ意思の戦闘なのか、それだけがどうしても疑問だった。
【クッハッハ。んなもんやった本人にしか分からねェよ。戦争なんてそんなもんだ。だからこそ面白ェんだからな。そんな奴等を正面から粉砕するのは気持ち良いぜ】
(物騒な事を言うな。あくまで威圧。相手次第ではまあ、お前の望み通りになるかもしれないけど、基本的には平和に行かなきゃな)
【ハッ、どの口が言ってんだ】
(思っているだけだから言ってはいないな)
【クク……一本取られたぜ】
魔王の力を纏い、周囲に漆黒の気配が立ち込める。
そのオーラは具現化して瞬く間に周囲へ広がり、合戦を続ける兵士達がその異様な気配に停止した。
「な、なんだ……!?」
「……は、吐き気が……」
「目眩が……」
「何が……!」
「影……?」
「うっ……」
ライの纏う気配。それに気付いた兵士達は各々に体調不良を訴えるような症状が現れ、全員が最大限に警戒を高める。
中には意識を失う者も現れ、全員の注意はライに向けられた。ライはゆっくりと歩み寄り、魔王の力を片手に集中させて視覚的に巨大化させる。さながら漆黒の巨腕を持つかのような風貌で姿を現した。
「なあ、アンタら……戦争してんだろ? 俺も混ぜてくれよ……」
不敵な笑みを浮かべ、好戦的な演技を行う。戦闘好きの者達は何度か見た事があり、戦闘途中に割り込まれた事も多々あるライ。
だからこそ盛り上がっている戦場の入り方やどの様な言葉を放てば良いのかライなりに分かっているのである。
「な、何者だキサ──」
「──魔王だ……!」
兵士の一人が何かを言おうとした瞬間、ライは軽く指を弾いてその衝撃波を飛ばした。
よって、軍隊の後方が巨大な爆発を起こして連なっていた山が砕け散る。
因みに弾いたのは魔王を纏っていない方の指。その衝撃だけでも十分に脅せると判断した上での攻撃だ。無論、誰一人傷付けてはいない。
「や、山が……消し飛んだ……!」
「ま、魔王……魔王ってあの魔王か……!?」
「そんな馬鹿な……! 魔王は既に勇者が封印を……!」
「──したなら解けたって考えるのが合理的だろう? アンタら、そこまで頭が回らない程に馬鹿なのか?」
ライの思惑通り驚愕の表情を浮かべて魔王という言葉に反応を示す兵士達。あまりこの様な事はしたくないライだが、意外とノリノリだった。
年齢的にも自分を大人に見せたがる、ミステリアスな雰囲気を出したがる、背伸びしがちな言動を行う年であるライは、その様な行動に対してスラスラと言葉が出てくるのだろう。
「魔王の封印が解けた……! そんな馬鹿な……!」
「だが、指を弾いただけであの力……幹部に匹敵する実力を持っている……!」
「そう言えば……前に魔王に襲われた街があるとか……」
「な、な訳ねーだろ! 何かの災害でもあって街が崩壊したから、助けて貰う為の口実だろあれは!」
「けど、可能性はあるよな……?」
たった数言でイメージが完成され、誇大化している。やはり相手を恐怖に陥れるには力を分かりやすく誇示するのが最も適しているのだろう。
ライは力尽くの侵略を望まぬので、この様にあまり被害を出さず説得する時にしか使わないつもりだが、御伽噺の侵略者が力を見せしめて侵食していく理由がよく分かった。
「う、撃てェ!! アイツも生き物だ!! 今の世界はかつての勇者が居た時よりも科学技術も魔法技術も遥かに発展している!! その現代技術を持ってすれば恐れるに足らぬ相手だァ━━ッ!! 兵士にも代わりは多数居る!! 構わず殺せェ!!」
「「「…………っ!!」」」
不穏な空気が立ち込める状況、それを打破すべく指揮官のような者が指示を出して兵士達が敵味方関係無く武器を構えて集中砲火する。代わりはいくらでも居るというその言葉に歯を食い縛る者も居たが指揮官には逆らえぬのが定め。渋々従い、ライを狙った。
銃弾が音速で進み、矢と魔法がぶつかって爆発を起こす。そこに砲弾が入り込み、その爆炎を更に広げた。
「やったか!?」
「ああ。あんな事言われて従うなんてよくやったよ」
「……!?」
手応えを感じた兵士が言葉を発した瞬間、軍隊の中に侵入したライが言葉を発する。それによって周りの兵士達は飛び退き、震えながら刀剣や銃に矢、杖。様々な武器を構えてライを警戒する。
その様子を見やり、自分に向けられている武器を一瞥したライは言葉を続けた。
「なあ、此処から少し進んだ場所で悲惨な……。……。……っ。お、面白そうな現場が広がっていたけど……アンタらのどっちがやったんだ?」
「……」
そして最も気になっている、先程見た悲惨な現場の状況からどちらがやったのかを訊ねる。
善人と勘違いされぬように敢えて魔王の言うような面白そうという言葉を苦痛に感じながらも使って訊ね、ヴァイスのように何も見えていない冷徹な双眸を向ける。
「なあ、どっちがやったんだ?」
「……っ」
無言の返答。ライはもう一度訊ねるが、返事はない。
それならばと肩を落とし、自分を囲むように連なる兵士達を見渡し、更に綴った。
「じゃあ、こっちも相応のやり方でやってみるか……」
魔王の力を高め、兵士達に警告する。と言っても別に言葉には出していないが、この威圧からして勝手に警告されていると思われている事だろう。
ライと戦争中の兵士達。先程見た光景のように、必要以上の被害を増やさぬ為にライは魔王の力を使って兵士達を脅すのだった。