七百二十六話 平和な夢・侵略者の報告
──辺りには歓声が響き渡っていた。
「これより、勇者ノヴァ・ミールとスピカ王女の結婚式披露宴を開催致します」
その声と同時に、広い式場に集まった人々。外にまで広がる会場が更に沸き、新郎新婦、勇者と化粧を施し美人さに磨きの掛かった国のお姫様がレッドカーペットを歩いてきた。
わあ、結婚式。綺麗だなぁ。御先祖様もしたんだし……私もいつかするのかな?
「それでは──」
それから司会進行、祝辞など、結婚式で行われる事柄が流れるように続いた。
いや、少し早くないか? 俺から見てまるで加速でもしているかのような速度で続き、一瞬にして終盤に差し掛かった。
いや、これも多分夢。だからこそ目覚めの時に合わせて事が進むように調整されているって線も考えられる。そもそも夢ってそんなものだっけか?
「──汝、健やかなる時も病める時も──」
それから定型文のような事を言い、新郎、新婦、勇者と王女へ綴る。
ふむ……結婚式か。果たして私には相手が居るのか分からないな。私は魔族だが……一体誰と結ばれるのか。一生孤独なのか……。
「それではお二方。誓いの口付けを」
「……」
「……」
勇者と王女が神父の言葉で近付き、口付けを交わす。
キス……本で読んだ事あるけど……こんな感じなんだ……。私も結婚とか出来るのかな……。キス……どんな感覚なんだろう……。
「……」
「……」
口付けを終えた二人は少し恥ずかしそうに頬を染め、普段はおそらく明るい性格の勇者と王女にしては静かに事が済んだ。
結婚式か。俺には縁が無さそうだな。呼ばれる機会はありそうだけど、祝辞の部分が早くに終わったから分からないな。
御先祖でもこんな感じになるんだ。確かに皆の前でキスは恥ずかしいかも……。
ふむ、勉強になった。使う機会があるかは分からないが、役立てよう。
……。また他の声が聞こえる……。また、みんなも見ているのかな……。
「アナター! ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」
「……。帰って早々、何をふざけているんだよ……」
「もう! こういうのはノリが大切なの! ノリが悪くなったわね、勇者様!」
「勇者様って……お前の前じゃ俺は普通のノヴァ・ミールだよ」
「ふふ、私ももうスピカ・ミールだもん♪」
唐突に場面が切り替わり、勇者と王女の新婚生活が始まっていた。
それにしても、てっきり城にでも住んでいるのかと思ったけど、一般的な住宅に二人暮らしか。この時代ではどんな建物が一般的な住宅なのか分からないけど。
「それで、どうするの? 何でも言って! 頑張るから!」
「何を期待しているのか……取り敢えず食事にしよう。腹減ったー」
「もう。……ふふ、相変わらず子供みたいね。ノヴァ」
「そうか?」
仲が良さそうな二人。結婚して御先祖様の性格が変わったかと思ったけど、どうやら違うみたい。ずっと子供のまま。
なんか、私が知っている誰かに性格が似ている気がする。
「どう? 美味しい?」
「ああ。とても旨いよ。けど、王女のスピカが料理なんてして良いのか? 一応メイドや執事は城に居るけど……」
「当たり前だよ。今の私はノヴァの妻ですもの。王女でもあるけど、貴方の妻って役割が一番大事!」
スピカの料理を食し、笑顔で応える勇者。
ふむ、この会話からするに敢えて二人暮らしをしているという事か。城での生活の方が楽が出来る筈だが……楽よりも優先したい事があるみたいだな。
「そう言ってくれると嬉しいな。この平和が末永く続くと良いのに」
「きっと続くわ。だって貴方が救った世界ですもの!」
平和を願う二人。けど……この数年後に二人は私の先祖? 父親? によって……永遠に会えなくなっちゃう……。そう考えると、何か複雑な気持ちになる……。
「───」
「───」
そして何時も通り、唐突に言葉が遠くなる。
二人の御先祖様。その平和は、今じゃもう。
勇者の人間らしい立ち振舞い。これが恐れられぬやり方か。
もう少し……勇者さんたちの私生活を見てみたい……。
「──」
「──」
だが、それは叶わない願いらしい。断片的に見えるかつての記録の記憶。この流れからするに、次見る時もまた更なる未来。俺たちから見た過去に進んでいる事だろう。
名残惜しい御先祖様の声と姿。
それを見る時間が無くなり、
私たちの視界は光に染まった……。
*****
──人間の国、アポロンとアルテミスが治める太陽と月の街"ミナス・イリオス"を旅立ってから一週間が過ぎていた。
その一週間目の朝。ライ、レイ、フォンセ、リヤンの四人は微睡みから覚めた。
「おはよう、レイ、フォンセ、リヤン」
「うん。おはよー、ライ。フォンセ、リヤンも」
「ああ、おはよう。ライ、レイ。リヤン」
「……。おはよう……ライ……レイ……フォンセ……」
目覚めると同時に挨拶を交わし、何とも言えない空気が流れる。
というのも、前のようにライたちは同じ夢を見ていた。今回見た夢の内容は結婚式と新婚生活。なので少し小っ恥ずかしさがあるようだ。
「「「…………」」」
「ん? どうかしたか?」
「あ、ううん。何でもない。まだ少し眠いだけ」
「ああ。まあそんなところだ」
「……うん……」
「……?」
このメンバーで唯一の男性であるライに三人の視線が自然に向かい、ライに指摘されて別の方向を向く。
ライは疑問を浮かべたままだが、あまり気にする事でもないと判断して立ち上がり、テントから外に出る。それに続き、レイ、フォンセ、リヤンの三人もテントの外に出た。
「おはよう。ライ、レイ、フォンセ、リヤン。よく眠れたか?」
「ああ。おはよう、エマ」
「おはよー」
「おはよう、エマ」
「おはよう……」
テントの外に出ると何時ものように、木の上で見張りをしていたエマが声を掛ける。それに返答するライたち四人。
今日も今日とて、世界を征する為の旅が始まった。
「……その様子、何かあったみたいだな。前みたいに共通の夢でも見たのか?」
何が切っ掛けかは分からないが、エマはテントから出てきたライたちの様子から何かがあったと分かったらしい。何時も挨拶をするからこそ少しの変化にも気付くのだろう。
ライはその言葉に頷いて返した。
「ああ。勇者の結婚式と新婚生活の夢だった。朝食の時にでも話すよ」
「ふふ。アイツの結婚式と新婚生活か。興味深い。あの純粋を絵に描いたような者がどの様な生活を送っていたのか気になるな」
見た夢の内容の概要を話、それを聞いたエマが興味深そうに呟く。
この中で、唯一かつての勇者に会った事のあるエマ。そんな勇者ノヴァ・ミールを知っているエマだからこそ興味があるのだろう。
その後朝食の準備を終え、ライたち五人は食事を摂る。
「成る程。意外にも初々しかったのか。奴も人の子だな」
「ハハ。意外にもって程勇者には詳しくないけど、会った事のあるエマからすればそれ程の事なんだな」
「ああ。良いか悪いかは分からないが、恥ずかしがるという素振りは一度も見た事が無かったからな。そういう側面があるという事を知れたのも中々の収穫だ」
保存食などを食しつつ夢についての話をする五人。睡眠を滅多に行わないエマにとっては中々に貴重な話である。
それ以外にも勇者を強者という側面でしか知らないのでそう言った方面でも面白い話なのだろう。
その他にも他愛の無い会話を続けながら食事をする。そして十数分で食事。終えたライたちは改めて身嗜みを整え、次の場所を目指して進むのだった。
*****
辺りには黒煙が立ち上ぼり、瓦礫の山が広がっていた。
この瓦礫の量からするに、恐らく発展した街があったのだろう。そう、つまり此処は巨大な街の跡地だ。
瓦礫の他にも様々な被害はある。燃え盛る炎に轟く雷鳴、砕けた空間。槍魔術の穴や蔓延るスケルトン。そんな崩壊し切った跡地にて会話を行う三人と瓦礫の上に立つ一人の姿があった。
『こんなものか。世界最強の国も大した事が無いな。私に傷一つ付けられない程とは』
「ハッ、こんなん世界最強の国の何でもねェよ。人間の国その物を人に例えりゃ、髪の毛一本抜いたに過ぎねェ」
「世界最強の由縁は幹部層の厚さと支配者の強さにありますからね。兵士も多いですけど、その者達の大半は選別対象外。全員生物兵器コースまっしぐらです」
炎を消し去り、退屈そうに話すのは瓦礫の上に腰掛けるロキ。そして同じく瓦礫に座っているゾフルとハリーフがその言葉に返していた。
ロキは自分の力を取り戻す為にこの者、ヴァイス達に協力している。なので手応えの無い相手だとやる気も削がれるのだろう。しかしそれはゾフルやハリーフも同じ事。魔族としての性が抗争を求める。より強い者達との抗争を、だ。
そんな三人に向け、瓦礫の上に立っていた者、ヴァイスが瓦礫のそこから降りて言葉を発する。
「色々と言いたい事は分かるよ。それに、そろそろまた幹部の街を狙うつもりだ。けど、それとは別件で君達に話しておかなくちゃならない事がある。良いかな?」
「……? 別に構わねェが。なんだ?」
『それを今から話すのだろう。馬鹿が』
「あ?」
「二人とも、落ち着いてください」
何やらヴァイスから報告しておきたい事があるらしい。それが何か分からないゾフルはそれを告げるが隣でロキが指摘し、ハリーフが二人を宥める。マギアが居ない時はこういう役目をハリーフが務めているようだ。
それは捨て置き、それなりのチームになっているのを確認したヴァイスは言葉を続ける。
「単刀直入に言おう。次に死んだら君達を生き返らせる事は出来ない。それは私やグラオ、シュヴァルツにマギアも同じさ。三人には帰って来たら教えるつもりだよ」
「……なにっ?」
「ふむ……」
「……?」
ヴァイスの報告。それは次に死んだ時、どういう訳か生き返らせる事が出来なくなったとの事。元々死人を生き返らせるのはアンデッドにする他無いが、それを実行する術のあるヴァイスからそう言われてゾフルとハリーフは反応を示す。
その事情を知らないロキは特に話さず小首を傾げていたが、それを踏まえてヴァイスは説明する。
「どうやら最近地獄でちょっとした問題があったらしくてね。閻魔大王と大罪の悪魔達が常に見張りをしているみたいなンだ。その問題からして、他のあの世──"黄泉"、"冥界"、"ヘルヘイム"、"アヴァロン"。その他大多数の警備が強化されていると"死霊人卿"の能力で知ったよ」
ヴァイスは支配者と人間の国の者を除く幹部達の力を宿している。なので魔族の幹部の側近、シャバハが使っていた死霊人卿の力も使えるのだ。
それを聞いたゾフルが言葉を発する。
「マジかよ。まあ、もう死ぬ気は無いが……他の奴等が死んだ時大変だな」
『死んだ経験があるのか。しかし、それなら他の者の心配より自分の心配をした方が良いと思うぞ? 恐らくお前達二人がこの中でも最弱のNo.1とNo.2だろう?』
「んだとゴラァ!? 最弱かどうか決めてやろうか? あァ?」
『止めておけ。お前の炎じゃ私の炎には勝てんよ。しかも今の言葉……すぐに死にそうな者が言う台詞だと思うがね』
「テメェ……!」
『何か……?』
反応は示したが、ロキの言葉に頭の血を上らせるゾフル。喧嘩する程仲が良いというが、この場合はどうか分からないのでヴァイスもハリーフも止めなかった。
そんな二人を無視し、ヴァイスとハリーフの二人が更に続ける。
「となると、もう死ねないって事ですか。私は自分が最弱と理解しているので不安ですね。まあ、生き返る事自体がおかしいので逆に、普通に戻ったと考えるべきでしょうか」
「まあ、そうなるね。私達もその気になれば地獄や他のあの世を攻め落とす事も可能だと思うけど……魂その物の解放が向こう側から拒絶されている状態だからあの世を征服したとしても現世に生き返るには転生するしかないね」
魂の拒絶。現在の地獄ではあの世で魂や意識が封じられ、相応の罰を受けなければ解放されなくなっているとの事。転生すればこの世に戻れるらしいが、既に記憶は全て消えている。
結果として、生き返る事は不可能になったらしい。
「まあ、言いたい事はそれだけだね。後はこの街の生き残りを選別し終えたグラオたちを待とうか。それまでゾフルとロキの争いを見ているのも悪くない」
「この争いで死ぬかもしれないというのが一抹の不安ですけどね」
ヴァイスからの報告は以上。グラオ達とは別行動の途中らしく、殆ど退屈して待っているという事だろう。
ライたちが朝食を終えた頃合い、ヴァイス達も自分の目的を達成する為に行動してそれを終わらせていた。