七百二十五話 リヤンの出生・太陽神と月の女神の街・終結
──"ミナス・イリオス"。
「お?」
「む?」
戦闘が終わった事で"ミナス・イリオス"の街に戻ってきたライたちとエマたち。
厳密に言えば、少なくともエマたちは"ミナス・イリオス"内で戦っていたがそれはさておき。そんな彼らは、レイとアポロンを抱えるライ。フォンセ、リヤン、アルテミスを抱える大人姿となったエマが出会う形になった。
幹部が重症なのでそれを住民達には見えぬようこっそり移動していた二人だが、考える事が同じなので同じ道で出会ったのだろう。
「エマ。無事だった……って訳じゃ無さそうだけど。その様子を見ると勝ったんだな」
「ああ。そう言うライも無事ではないが勝利したようだな。流石だ」
互いの背負う者たちを見やり、仲間の戦況を理解した。
向こうが負傷しているのを見ると、中々の接戦だが勝利したと判断するのは早かった。因みにライは、エマの身体に傷はないがボロボロになった衣服やボサボサになった髪から相応の傷を負っていたと判断したのだ。
見て分かる程までに衣服や肉体的損傷以外のダメージは酷く、今の姿で人目に付けば暴行を受けた後か恥女と思われてしまうかもしれない。
元々負傷した幹部を背負っているのでそれ以前の問題だがそれはさておく。ともあれ、ライとエマは人目に付かぬよう進みながら会話する。
「そう言えば、珍しく大人の姿になっているんだな」
「ああ。この人数は問題無く運べるが、如何せん童女の姿では持ち運べる範囲が狭いからな。まあ大きさなど僅差だが、周りの警戒をするには背丈も高い方が良いからな。気配だけじゃなく、視界で確認出来なくちゃならない。ライはこの姿が嫌いか?」
「ハハ、そうか。あと、その姿も別に嫌いじゃないさ。良いと思うよ」
「ふふ、そうか」
エマが大人になっているのは自身の持てる範囲を広げるのと視界を確保する為との事。
エマは自分の姿がどうか遠回しに訊ねたが、ライの嫌いじゃないという言葉に本心で軽く笑う。
現在もライとエマは人目に付かぬようレイたちと幹部二人を運んで進んでいる。目的地は決まっていないが、先ずはアポロンかアルテミスの城に運ぶのが第一目標だろう。
「だけど……二人が自分達だけで俺たちを付けていたのを見ると、兵士達には荷が重いと判断して城に残したのかもな」
「そうかもしれないな。二人の性格から、周りを巻き込むような行動は起こさない筈。兵士達には簡単な言い訳をして自分達だけでやって来たのかもしれない」
気を失っているアポロンとアルテミスを見やり、そう言えば部下となる兵士達が居ないと気に掛ける二人。
アポロンとアルテミスの性格からして、余計な犠牲は避けたいと考える筈。なので二人は兵士達に伝えずライたちを追跡していたと考えるのが最適だろう。
「となると、兵士達には見つからない方が良いな。内密で外出と追跡をしていたなら、誤解を生むかもしれない。まあ、侵略者の俺たちに誤解も何もないんだけど」
部下の兵士達は前線に出ていない。なので部下兵士達にも見つからぬよう気を付けなくてはならなそうだ。
と言うのも、今頃城に居ない二人が傷だらけで帰って来たら誰だって警戒する。そして同じく怪我人を連れるライとエマ。ライ本人も怪我しているのを考えると事情聴取されるのはほぼ確定。そうなってはボロを出してしまうかもしれない。
それらを踏まえた結果、兵士達にはバレぬようこっそりと城に帰し、こっそりと"ミナス・イリオス"を出るのが一番だろう。
「……ん……ライ……エマ……私はもう平気……」
「お、目が覚めたか。リヤン」
移動の途中、エマの背でリヤンが目覚めた。ヴァンパイアの力やその他不死身生物の特性を宿すリヤンだからこそ早くに目覚めたのだろう。
それならもう少し早く目覚めても良かったが、あくまでその生物の力であってリヤンの力ではない。なので再生にも少しの時間が掛かるのだ。
そんなリヤンが目覚めたならばと、ライはリヤンに向けて言葉を発する。
「リヤン。良かった。起きたんだな。……それで、起きたばかりでこう言うのもあれだけど……レイたちを治してくれないか? 俺の回復魔術じゃ全員の応急処置が精一杯なんだ」
自分の腕の負傷は先延ばしにし、レイたち。アポロンやアルテミスを含めた者たちの治療を頼んだ。
ライの回復魔術では大して治療出来ないのと、エマの血では本人は気にしないがエマ自身が傷付く事を考え、傷も癒えた様子のリヤンに図々しいと理解しながらもお願いしたのである。
その言葉に対し、リヤンはニコリと微笑んで頷いた。
「うん……良いよ……。あと……ライも治さないと駄目……心配だから……」
同意しつつ、当然ライの傷も癒すようにエマの背に凭れながらライの手を引く。同時に癒しの力を使い、痛々しく傷付いた両腕を治療した。
次いでそこから更に広げ、ライに背負われているレイ、アポロンとエマに背負われているフォンセ、アルテミスに力を使う。よって、まだ意識は失っているが傷は完全に癒えた。
「ハハ、悪いな。ありがとう。リヤン」
「うん……」
「ふふ、もう少し自分を大切にしろよ。ライ」
リヤンの力で治療を施され、ライは礼を言う。その様子をエマは保護者のような目線で微笑ましそうに眺めていた。
それから少し経ち、自分で動けるようになったリヤンもライとエマを追うように進む。そして目的地である城に到着した。
「着いたみたいだな。彼処は……暖色側の城だ」
「そこから横に進めば寒色側の城にも行ける。後は二人をバレないように帰すだけだな」
「出来れば、月側と太陽側って言って欲しいね」
「それと、コソコソ行動する必要はありませんよ」
ライたちが城を見つけ、行動に移ろうとした時。二人の背からアポロンとアルテミスが言葉を発し、ゆっくりと背から降りる。
ライ、エマ、リヤンはそんな二人に視線を向け、言葉を続けた。
「アンタ達も起きたみたいだな。大事に至らなくて良かったよ」
「ハハ。君達のお陰でね」
「まあ最も、原因もアナタ達なのですけど」
軽く笑い、アポロンとアルテミスの無事を確認する。それに返答する二人も軽く笑って返した。
一見は穏やかだが、そんな訳もない。先程まで争っていた相手。まだ警戒している状態だ。
「……っ。此処は……」
「う……ん……? ……!」
そして続くよう、レイとフォンセも目覚めた。同じタイミングで治療したので目覚めるのも同じタイミングなのだろう。
目覚めた瞬間、レイは慌ててライから飛び退いた。
「わ、私、ライに……!」
「ん? ああ、悪い。背負われるのは嫌だったか?」
「あ、えーと……そうじゃなくて……」
赤面しつつ、ライから離れたレイは口をモゴモゴと動かしながら黙り込んでしまった。
何はともあれ、これにて全員の意識が戻った。それならこっそりと城に潜入してアポロンとアルテミスを送り届けなくとも良いだろう。
なのでライは踵を返して振り向き、警戒しつつも言葉を続ける。
「じゃあ、俺たちはこの街を出て行くよ。ある程度は見て回ったし、アンタ達と決着も付いた。……まあ、まだやるって言うならそれに応えるつもりだけどな」
「ふっ、別にもうやらないさ。僕は負けを認めたからね。おそらく君一人にも勝てないだろう」
「私も同じです。女足る者、一度言った言葉を取り消す訳にも行きません故に」
決着は付いた。なのでもう一度再戦などもしないらしく、アポロンとアルテミスは背を向けるライたちを見届ける。
そんなライたちに向け、アルテミスが言葉を発した。
「一つ窺いたいのですが。良いですか?」
「……?」
それは、何かを聞きたいとの事。戦う意思が無いなら純粋な疑問だろう。
断る理由も特に無いのでライは警戒を解き、頷いて返す。
「ああ。別に構わない。戦いは終わったからな」
「はい。では……アナタ達は、やはり昔から今まで語られる神話に出てくる者達の子孫ですよね? フォンセさんは魔王の。リヤンさんは神の。そしてレイさんは……おそらく勇者の……」
それは、ライたちの先祖について。
ライ、エマは特別な祖先が居る訳では無く、レイに対しても曖昧だがフォンセとリヤンは確実。そんな存在が居れば詳しく聞きたくなるのも頷ける。
「……。それは、俺の口からは言えないな。三人の許可が必要だ」
レイたち三人を見やり、自分が勝手に言う訳にはいかないと視線で訊ねるライ。
対するレイ、フォンセ、リヤンの三人は頷いて返答する。
「うん。私は勇者の子孫。アナタ達に教えても広まる事は無さそうだから、教えておく」
「同じく。私はかつて世界を支配していた魔王の子孫だ。まあ、私の事だけは情報が入っているらしいから、答えなくとも良さそうだがな」
「私は……神様の……」
全員その通り。人間の国である以上、余計な混乱を招くのを防ぐ為に確実に敵であると分かる魔王以外の祖先は伝わっていなかったが、本人の口から肯定する事が告げれた。
それを聞いたアポロンと自ら訊ねたアルテミスは驚愕しつつも、その強さと気配。感覚から大凡の推測はしていたので納得する。
「やはりそうでしたか。かつて世界を支配していた魔王や全てを消し去ろうとした神は兎も角、何故勇者の子孫である貴女が世界征服などに協力しているのか疑問です」
「えーと……それは……」
言われてみれば、何故レイが世界征服に協力しているのかはよく分からない。
口実では自分自身を精進させる為に協力しているが、本来の世界征服というものは悪党が行う事だからだ。
エマは暇潰し。フォンセは奴隷生活に嫌気が差していた。リヤンは成り行き。
リヤンも謎と言えばそうであるが、世間体なども気にしない性格で世界を見て回るにはその方法が手っ取り早い。かつての英雄とされる勇者の子孫であるレイが精進の為だけに世界征服に荷担するのはアルテミスにとって問題なのだろう。
「……。まあ、理由なんてものは自分の意思がそれを望んだ……で済ませば良い話。それが知れれば上々です。……それで、本題からは逸れるのですが……リヤンさん。貴女にも一つ聞いても良いですか?」
「……はい?」
聞きたい事は聞いた。その事実が知りたかっただけだからである。その話を終えたあと、アルテミスはリヤンに視線を向けた。
唐突に言葉を掛けられたリヤンは困惑しつつも反応を示し、アルテミスは続ける。
「貴女が神の子孫であるのなら、クラルテさんもかつての神と関係しているのでしょうか?」
「……」
アルテミスが気になった事、それはリヤンの親戚であるクラルテ・フロマも神の親戚なのかという事。
リヤンは首を振ってアルテミスに返答する。
「ううん……。多分……違うと思う……はっきりとは分からないけど……私のお母さんは神様の子供として私を産んだらしいから……」
「……!? そんな馬鹿な……! かつての神は数千年前に既に消滅した筈……えーと……その……何と言いましょうか……。……ま、交わる機会なんて無いと思いますけど……。それでは、リヤンさんは子孫というより娘……」
リヤンの返答に、少し紅潮しつつも驚愕の表情を浮かべて有り得ないと断言するアルテミス。
それもそうだろう。リヤンの言葉が正しければ、かつての神はリヤンの父親という事になってしまう。──かつて消滅した筈の神が、だ。
リヤンの母親の種族は不明だが、少なくとも大体一年程前にかつての神と出会わなければ子を宿す事も不可能な筈。なのに神の子として産まれてくるのは、有り得ないとしか言えない事柄だからだ。
「それは……分からない……。私もその場所を見ていないから……けど、知っている……」
「見ていないのに知っている……? えーと……益々謎が深まりましたね……」
「……」
それが何故なのかはリヤンにも分からない事。
何故ならそれは夢。かどうかは分からないが、意識が無くなっている時に見た記憶の断片で知った事だからだ。
なのでこれ以上アルテミスの質問に答える事は出来ない。それを理解したのか、アルテミスは口を噤む。
「……。分かりました。余計な詮索をしてすみません。詳しい事はクラルテさんにでも聞きたいと思いますけど……リヤンさん。貴女も会ってみますか?」
「……!」
そして放たれた、唐突な誘いにリヤンは目を見開いて驚愕する。
"会ってみますか"。その言葉が意味する事はつまり、支配者ゼウスの街に行ってみないかという事になる。連行ではなく、恐らく客人として。
唐突な申し出にリヤンは二度三度とアルテミスを見やり、ライたちに視線を向けた後で返す。
「ううん……。いい……。私はライたちと行くから……」
「……。そうですか。それならばもう何も言いません。では、また何れ何処かで」
断り、ライたちの側に近寄るリヤン。
アルテミスは本人の意思を尊重して無理強いはしない。リヤン自身にも会ってみたい気持ちはあるが、何れ会う機会はあるだろう。なので今はまだライたちと共に行く事を選んだのだ。
これにてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は"ミナス・イリオス"を後にした。
*****
「リヤン。本当に良かったのか? 簡単に会える機会を逃したけど」
"ミナス・イリオス"を背にライは、リヤンに向けて本当に良かったのかを訊ねる。
これから旅を続けるとなれば支配者の街までに多大な苦労を強いられる事になるだろう。アルテミスに着いて行けば簡単に会えた。その機会を無下にして良かったのか気になったのだ。
リヤンは小さく笑ってライの言葉に返した。
「うん……。今はライたちと……ライと一緒に行きたいから……」
「……。そうか。それは俺としてもありがたい。これからも宜しくな、リヤン」
「うん……」
その意思は本物。会いたい気持ちを抑え、共に旅をしてくれるのがライは嬉しかった。
レイ、エマ、フォンセもふっと小さく笑い、リヤンの背を押す。
「私たちも一緒だよ。リヤン!」
「ああ、当然だろう?」
「そうだよな?」
「わわ……! うん……。みんな大事……」
背中を押されて少し慌てるリヤンだが、レイたちとも行きたいのも本心。なのでライと同じく笑って返した。
「さて、まだまだ知らない事もあるし、行くか。次の場所に!」
「うん!」
「「ああ」」
「うん……!」
頃合いを見、ライは先を促す。レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人はそれに頷いて返し、ライたち五人は更に先へ進む。
"ミナス・イリオス"での行動も終わり、幹部二人に勝利したライたち。此処まで四人の幹部を倒し、また一歩目標へと前進した。
まだまだ先は長いが、着実に進めている事実があるのでライたちにとっては大きな一歩である。
この世界に知らない謎もまだ多い。ライたち出生もその一つ。特に親が神であり、産まれた時との辻褄の合わないリヤンは最も謎が深い者だろう。
何はともあれ、これから先もライたちの旅は続く。知らぬ謎も含め、見ていないものも数多く存在している。確実な一歩を確実に踏み出し、目的を達成させる為にもライたちは人間の国を進むのだった。