七百二十四話 ライ、レイと太陽神・決着
「此処なら君達の望み通り……存分に戦えるよ……!」
空間を移転させた瞬間、アポロンは──本物の太陽をたった数百メートル頭上に創り出した。
本来なら数百メートルまで近付けば骨も残らず消え去るが、無限地獄を体験したライと勇者の剣を持つレイは暑いながらも耐える事が出来ていた。
「レイ、大丈夫か?」
「う……ん……。頭が痛くてクラクラするけど……平気……」
「平気か? それ」
だが、レイは割りと危ない様子である。
能力を少し理解してきた勇者の剣があるのでまだ大事には至っていないが、ライたちの中でも一番常人に近い存在。
勇者の剣が無ければその場で死してしまう可能性もあるので不安である。
「うん……大丈夫……だから……気にしないで……」
「そうは見えないけど……まあ、限界が来たら言えよ。この空間を破壊して元の場所に戻るから」
レイの性格から、説得しても意味が無いだろう。しかしそれでもレイが心配なライは、いざと言う時はアポロンの創った空間を破壊して戻ると告げた。
そして改め、二人は本気になったアポロンの創り出した太陽に向き直る。
「何も言っていないのに待っててくれてありがとさん。お陰でレイが危なくなった時の対処法を思い付いたよ」
「そうかい。それは良かった。話している途中で仕掛けるのは無粋だからね。待つだけなら構わないさ」
太陽を数百メートル頭上に、ニコやかに笑って応えるアポロン。親切なのが逆に不気味だが、本当に裏なども無いのだろうという事は窺えられた。
そして目の前、というより上の太陽。態々それを創ったという事は、やはりやるつもりの事は一つなのだろう。
「さっきの小型太陽。それの代用品……というよりそれを本気にしたのが今の太陽か?」
「うん、そうだよ。爆発も矢としても剣としても、威力は先程の比にならない。一撃一撃が太陽の攻撃だからね。それにしても、あまり驚いていないようだね。既に何処かで似たような力を見たのかい?」
その事を指摘し、頷いて返すアポロン。しかしそれなりの自信作だったようだが、あまり驚きが無い様子を疑問に思っていた。
そんなアポロンの疑問に対し、ライは軽く笑って返す。
「ハッ、そんな感じの戦い方をする支配者様が居たからな。まあ慣れている方だ」
「成る程。創造神のシヴァか。確かに彼の創造能力に比べたら僕の創造能力は圧倒的に劣る。彼は片手間で宇宙を創るからね」
太陽などの惑星や恒星をその場で形成して叩き付ける戦い方をしていた支配者、シヴァ。
ライはシヴァと戦い、シヴァの戦闘も何度が見ているので驚きは無かったのだ。
それを聞いたアポロンもアポロンで納得する。
ライたちの住む宇宙の基盤を創ったのはグラオ・カオスとかつての神だが、シヴァも他の宇宙を形成している。そんな者の力を見れば、確かに驚きは少ないだろうと理解出来たようだ。
「さて、これくらいにしよう。話続けるのも嫌いじゃないけど、本当の意味での本気を出す予定なんだ。君達なら平気だと判断した。よって、久々に全力で相手をするよ」
数百メートル上の太陽を動かし、それをさながら隕石のように落下させるアポロン。その速度は時速数十キロ程でゆっくりだが、恒星一つの範囲。速度の遅さはあまり関係が無いだろう。
ライならばその間に範囲外へ離れる事も可能だが、それはしない。このままでも問題無いからである。
「少し遅いな。先に壊してやるよ……!」
落下と同時にライが跳躍し、頭上の太陽へ向かう。その事からレイは何かを察して勇者の剣を構え、アポロンはライの様子を見届ける。
光を超えた速度で迫るライは空中で魔王の力を纏い、そのまま太陽に向けて拳を打ち付けた。
「オラァ!」
──そして太陽が砕けた。
比喩はなく、文字通り粉々に砕け散ったのだ。
太陽を砕くだけなら魔王の力を纏わなくても問題無いが、アポロンの力からなる太陽なので異能を無効化する力を纏って殴り抜いたのである。
砕かれた太陽は内部から爆ぜるように飛び散り、超新星爆発が巻き起こって崩壊する。
周囲には赤と青や紫に緑など鮮やかな彩色の火花が散り、ガスのように広がって数十光年が焼き尽くされる。本来の超新星爆発は暫く残るものだが、次の瞬間にそれら全てが消し飛んだ。
「さて、次だ……!」
──ライの手によって。
もう一度超新星爆発に拳を放つ事でそれを消滅させたライ。下方に視線を向けると、太陽神アポロンと勇者の剣を盾に無傷のレイが映り込んだ。
「まさか、意図も容易く太陽を消し去るとはね。驚いたよ」
「……? あれ……無傷……」
太陽を一瞬で消滅させたライに驚くアポロンと、勇者の剣を盾にしたとは言え無傷の自分に驚くレイ。
アポロンはさておき、レイは死なないにしても多少のダメージは負うと考えていた。しかし現在がこの様子。無傷の姿である。今一度勇者の剣に視線を向け、その剣尖から柄まで軽く見渡した。
「やっぱり……これが御先祖様の……勇者の剣の力……なのかな……? 大まかな能力が分かったから前より強化されているのかも……」
以前のレイなら、超新星爆発程の衝撃を何とか受け止めたとしても本体のレイには甚大な被害が及んだ事だろう。
しかし今のレイは違う。超新星爆発のような破壊エネルギーを食らっても、勇者の剣で受け止める事が出来れば無傷で済むらしい。
それはレイにとって、明確に強くなったと言える成長だった。
「君も無傷か。やっぱり手強いね。太陽でも敵わないなんて。一つじゃ駄目なのかな」
「さあ。けど、ライなら全宇宙を埋め尽くす太陽があっても破壊すると思うよ……!」
「そうか。にわかには信じられないけど、それは紛れもない事実なんだろうね。彼の力はそれくらいある」
レイの様子を見、少し自信を無くすアポロン。
倒せない事は理解していたが、太陽を用いても無傷である二人を見、自信喪失しているのだろう。
加えて数十光年を吹き飛ばす超新星爆発も容易く防がれた。中々にキツイ状況であると理解していたが、予想以上の力にその理解は更に深まった筈である。
「仕方無いね。じゃあ次は……複数の太陽を使うとしようか」
「……!」
「へえ?」
そう言って創り出した、複数の太陽。全て本来の太陽と同じ大きさであり、近距離であるが為に上は見渡す限り目映い光に包まれていた。
それなりの実力者も含め、大抵の者はこの場に居るだけで失明。もしくは蒸発してしまう事だろう。
此処に居るのが太陽その物を司る神と物理と異能を無効にする力を持つ者。そしてこの世に存在する武器から存在しない可能性のある武器まで、全てを遥かに凌駕する勇者の剣を持つ者だからこそ行動出来るようだ。
「やはりと言うべきか、この空間でも身体の形を残しているとはね。うん。やっぱり君達には全力で挑めるみたいだ。……戦わないならそれに越した事は無いけど」
そんな様子を見、ライとレイなら大丈夫であるとようやく全力を出す気になったアポロン。
乗り気ではないが、ヘパイストスのように頑なに戦わない意思を見せるという事もない様子。創り出した太陽を構え、一気にライたちの元へ降下させた。
「滅多に言わないけど、今回ばかりは言っておこうかな。"太陽の雨"」
降り注ぐ無数の太陽。アポロンは技の名を滅多に言わないらしいが、今回は全力なのでそれを告げた。
魔法や魔術のような力にアポロン達が使うような技は言葉に発する事で魂と自身の力が鳴動して威力が増す。本気だからこそ、アポロンはそれを実行したのだ。
その威力は凄まじく、先程のような速度ではなく音速以上の速度で落下している。これなら着弾するのも一瞬だろう。
「広範囲に降り注いでも、俺たちが食らうのは俺たちの居る範囲だけだ!」
「うん……!」
そんな速度で降り注ぐ太陽に向け、今度は魔王の力を纏ったライが拳を放ち、レイが勇者の剣を放った。
二人の放った二つによって無数の太陽が広範囲消え去り、全てが超新星爆発を起こす。数光年を包み込む大爆発が何もない天空を覆い尽くし、周囲。銀河系程の範囲が目映い光に飲み込まれた。
数個破壊しただけで十万光年以上の範囲が消え去る訳がない。この太陽は通常の太陽と違い、それを実行出来るように強化されていたのだろう。本気とは言え、まだあくまで小手調べ。それでこの範囲を消し去られては中々大変である。
「ふむ、どうやら……銀河系破壊規模の攻撃だと流石に無傷という訳にはいかなかったようだね」
「ああ。魔王力を三割纏って俺の全力と合わせたけど……まだまだだな。俺は。宇宙を砕く拳を此処で放つ訳にもいかないし、攻撃を防ぐってのは大変だ」
「破壊するのは簡単だけど……それを防ぐのは難しいもんね……」
銀河系破壊の爆発に巻き込まれ、袖が爆ぜて片腕が砕けているライと無傷の剣は持ちつつも、破れた衣服やその隙間から見える全身がボロボロで火傷したような痕のレイが姿を見せる。
ライもレイも、自分一人なら自分を犠牲にすれば良いと判断して先程の攻撃を防ぐと同時にアポロンへ嗾けた筈。しかしこの状況でそういう訳にもいかず、攻撃は防いだが肉体的損傷は激しかった。
「普通なら生きているのがおかしいんだけど、今更かな。悪いけど遠距離から今のような攻撃を連続で撃たせて貰うよ」
「させるかよ……!」
「させない……!」
アポロンが再び太陽を形成するよりも前に、ライとレイが駆け出してアポロンの元へと迫った。
ライは先程よりも更に速く光の領域を超えに超えた速度で向かい、瞬間移動と見紛う程の速さでアポロンの背後を取った。
「……っ。マズイね。追い付けないかも」
「オラァ!」
刹那に砕けていない方の腕によって殴り飛ばされ、同じく光の領域を数段階凌駕した速度で吹き飛ぶ。
殴られた瞬間に着地したので精々数光年程の範囲で停止したが、その後ろからレイが勇者の剣を振り上げてアポロンに狙いを定めていた。
「何で君がこの速度に追い付けるの!?」
「私、少し分かったの。この剣を使い塾せれば……何でも出来るようになるって……!」
「答えになっていない気がするよ……!」
返答と同時に勇者の剣を振り下ろし、アポロンは咄嗟に太陽の剣を創り出してそれを受け止める。が、軽く押されて勢いよく吹き飛んだ。
流石にライ程の距離は飛ばされないがそれでも数十キロは進み、大地へ転がるように停止した。
勇者の剣はまだ完全ではない。
ありとあらゆる伝承の武器を遥かに凌駕する力を秘めるそれは、言葉のままだとすると願いを言う。もしくは思うだけで全てを叶える力も備わっている事になる。
その他にも様々な用途はあるが、思った事が全て本当になるなら用途の説明は不要だろう。
当然、世界を救った勇者の力が備わった剣なので誰でもどんな願いを叶えられる訳では無い。適性者が使用し、その適性者が強く願う事で初めて健在する事になるのだ。
要するに、その力を少し使った事でレイは数光年以上を吹き飛んだアポロンに追い付けたという事である。まだ使い塾せていないのでどんな事も実現可能ではないが、少なくとも適性者がレイである事実は確立された。
「そら!」
「休む暇は無しか……!」
「うん……!」
「キツイね。かなり」
停止した瞬間、頭から振り下ろされる蹴りで大地に沈み、レイが放った剣に斬られる。
頭からは血を流し、身体には大きな切り傷が生まれたアポロンは小さな太陽を創造して爆発させ、その爆風で距離を置く。そして今までで一番強大な力を込め、数は一つ。大きさとエネルギーは最大の太陽を形成し、それを自身が得意とする弓矢状へと変換させた。
「結局はこれに落ち着くね。様々な力は使えるけど、これが最大の攻撃だ」
「ハッ、ならこっちもこっちで仕掛けるさ。レイ。今度はアポロンごと狙うぞ!」
「うん! 痛みも引いてきた。大丈夫!」
勇者の剣を持つ事で勇者の力が流れ込むレイからは痛みが消える。そして一度剣を鞘に納め、居合いの体勢に入った。
ライは魔王の力を更に一割引き上げ、自身の力と合わせて魔王の十割に匹敵する力を解放する。本来なら超えているべきだが、自身の力も魔王の力も成長途中のライには魔王の十割を纏わずそれに匹敵させる力を出すのが精一杯だった。
「"太陽の矢"!」
「オラァ━━ッ!!」
「やぁあ━━ッ!!」
──刹那、魔王の十割に匹敵する力と抜刀術。そして巨大な太陽の矢が消滅から激突する。
魔王の十割に匹敵する力は言わずもがな。勇者の剣も現在は相応の力。そして全力を込めた太陽の矢は銀河軍団を崩壊させる破壊力となってぶつかり合い、アポロンの創り出した空間を崩壊させた。
*****
「「……ッ!」」
ライとレイが崩壊した空間から戻った瞬間に膝を着き、自身の身体を見やる。
するとライは両腕が使い物にならなくなっており、レイは勇者の剣以外の全てがズダボロでそのまま倒れ込んだ。
周囲は変わらず荒れ地のまま。まだ動く事は可能なライは何とか立ち上がり、目の前に倒れるアポロンへ視線を向ける。
その視線に気付いたのか、アポロンは弱々しくも相変わらずの軽薄な笑みを浮かべて言葉を発した。
「どうやら……君達の……勝利のようだ……おめでとう……。まさか……無限に広がる空間をも砕くなんてね……」
「無限に広がる空間……。成る程な……。あの空間は広さが無限。端が無かったのか……」
「ああ……その通りだ……よ……」
互いに息は切れており、話すだけで全身を引き裂かれるような苦痛が伴う。
基本的に生身で戦うライは、どうしても強敵との戦闘後には常人なら数ヵ月から数年は完治しない程の傷を負っている。それ程の力が相手にはあるので当然だが、中々辛いものがあった。
それはさておき、簡単な応急処置の魔術で何とかほんの少しだけ痛みを和らげて言葉を続ける。
「俺たちの勝利って事は……アンタはもう動けないのか……?」
「……見ての通り……さ……意識も……朦朧としている……指……一本……動かせ……ないし……もう……すぐ……そ……の……意識……も……消え……」
答え切る前に意識を失い、辺りには閑散とした空気が立ち込めた。
ふと後ろを見ればレイも気を失っており、何とか応急処置は出来たがまだ激痛も残っているライは頭も掻けずにため息を吐く。
「……。じゃあ、俺たちの勝利を貰っておくよ」
静まり返った空間にライの言葉のみが木霊する。
ライ、レイと太陽神アポロンが織り成していた戦闘。それはライとレイが勝利する事で終わりを迎えた。