七十一話 レイvsシャバハ・vsデュラハン
「殺れ……!」
その時放たれたシャバハの命令と共に、レイ目掛けて禍々しい渦が突き進む。
「……やあッ!」
そんな渦を一瞥したレイは何とか出来ないかと試す為、渦に向かって剣を振った。
「……ッ! ……"無"は斬れない……!」
──が、レイの予想通り斬撃は渦をすり抜けてしまった。それを見たレイは身を捻り、横に移動するように渦を避ける。
「……やっぱり……直接本体を……!」
そしてシャバハに視線を移し、勇者の剣を横に薙ぐ。
「フフフ……無駄な足掻きだな……。幽霊・亡霊には物理的な攻撃は効か無ェんだよ。まあ、例外もあるがな?」
その斬撃を透かせて避けるシャバハ。
シャバハに当たらなかった斬撃は真っ直ぐに進み、シャバハの後ろにあった建物を破壊する。
「……ッ。でも……何で自分の身体も透き通らせる事が出来るの……!?」
そしてレイは、シャバハにも斬撃が当たらない事へ疑問を感じていた。霊の性質その物を纏う事は、通常出来ないからだ。
シャバハはそんなレイの様子を眺めて嘲笑いながら話す。
「そんなの簡単だ。俺は普通のネクロマンサーじゃねェって言っただろ? 自分を半分霊体にするなんて朝飯前だ。……いや、今は昼飯前か……?」
曰く、シャバハは自分を霊体にする事も出来ると言う。
言ってしまえば、レイの攻撃は効かないがシャバハは一方的に攻撃できるという事。勿論それが全てという訳では無いが、大体そういう事だ。
「……!」
レイはシャバハを睨み付け、脳内でどう行動するべきか思考を続ける。恐らく何かしらの弱点はある筈だが、レイには思い付かなかった。
「……だったら……当たるまで斬る……!」
しかし諦めるレイではなく、弱点を見つける為に行動に出る。完全無欠な力というモノは、存在するかもしれないが扱う者はごく僅か。この世界で十人も居ないだろう。
シャバハがその数に入っていないと考え、気力を保ち続けるレイ。
「やあッ!」
次の瞬間、まずは先程と同じような軌道で斬撃を放ち、攻撃を仕掛けた。その斬撃はシャバハに当たらず、シャバハの背後へと進み行く。
「はあッ!」
そして、次は縦に空気を切り裂いて斬撃を放つ。その斬撃もシャバハへとは当たらず、先程と同様背後へと向かった。
それと同時にレイは地面を蹴り、シャバハに向けて駆け出す。
「やあああぁぁぁぁぁッ!」
続け様に上下左右斜めと己の剣を振るい、その全てをシャバハへ嗾ける。今回もシャバハを狙ったか定かでは無いが、粗が多い太刀筋。
「……? 闇雲に剣を振るっている……って訳じゃ無えよなァ……? ……それとも……」
シャバハは訝しげな表情でそれを見るが、反応という反応は示さずにレイの放った斬撃を見届けていた。
「まあ、どうでも良いか。……どうせ当たらねェし」
少し考えたシャバハは面倒だと思考全てを一蹴し、何もする事無く止まっている。
勿論斬撃はシャバハに当らず、建物を両断しながら飛んで行った。今回はシャバハを狙ったように見えたが、また当たらなかったらしい。
シャバハ余計に避ける事で避けた先に当たるよう仕向けたのかもしれないが、粗の多い闇雲な太刀筋は当たらない。
「オイオイ? 何か考えているかとも思っていたが……本気で適当に振っただけかァ……?」
半ば呆れてレイに言うシャバハ。何かの考えがあって闇雲に剣を振るっていたと推測していたシャバハだが、あまりの粗っぽさにその可能性は無いと思い始めていたのだ。レイはそんなシャバハを無視し、シャバハとの距離を詰める。
「無視……か。……やっぱ何か考えているのか……? 面倒だな……さっさと終わらせるか?」
シャバハへ向かうレイ。シャバハはそんなレイに向けて禍々しい渦を放つ。
これはネクロマンサーが扱う呪術の一種だ。その渦に巻き込まれた場合、恐らく身体にあらゆる不調をきたすだろう。最悪死に至る筈である。
「……!」
レイはその渦を避け、空気を切り裂き、吸い込まれないように気を付けながらシャバハへ向かう。
「やあッ!」
そして再びシャバハへ向けて剣を横に薙ぎ、森を断つ斬撃を浴びせる。
しかしすり抜ける。そうこうしているうちにレイとシャバハは数メートル程まで距離が縮まっていた。
「……お前……何がしたいんだ? 何かを企んでいるようだが……今はただ単に剣を振るっているだけに見える……。……まあ、作戦があるならそれを教えるような愚かな真似はしねェだろうがな……」
「……よく分かっているね……」
シャバハは訝しげな表情を解かずにレイへ言い、レイはそれに返した。
互いに互いの腹を探るよう、暫し沈黙が続いていたが、シャバハは脱力したように肩を竦ませて口を開いた。
「……あー……。考えんのも面倒臭ェ……もうどうでも良いや。……さっさと殺っちまうかァ……?」
──次の刹那、先程までとは比にならない程の渦が巻き起こり、周りの瓦礫を飲み込んでいく。
「……!?」
それを見たレイは冷や汗を流し、警戒を最大に高めてシャバハを確認する。シャバハは両手を広げ、渦を身体に感じながら言葉を続けた。
「……ネクロマンサーってのは何も呪術だけを使う訳じゃねェ……魂を自分の肉体に入れ、自身を強化する事も可能だ。それに加え、今の渦は自立していてな……俺の言う事なんか聞きやしねェ……。そしてこの渦には何百何千の怨霊が宿っている。……要するに……お前一人vs俺ら多数……って訳だ。逃げるなら今だぜ?」
「誰が……私は逃げる訳ない!!」
レイは剣を大きく振り落とす。それと同時に大地が大きく切断され、巨大な亀裂が入る。
その衝撃に耐えきれなくなった大地は浮き上がり、小さな丘が造られた。
「その剣……普通じゃねェな……」
その斬撃を『横に避けた』シャバハはレイを一瞥し、レイの持つ剣を眺める。その破壊力はレイの力で放たれたモノでは無く、剣の持つ力と推測していた。
(避けた……すり抜けさせなくて……やっぱり……!)
その様子を見たレイは疑惑を確信にし、次の瞬間に駆け出してシャバハとの距離を詰めて行く。
「……ほう? 成る程な……ようやく理解した。お前の考えを……やっぱ中々鋭いな」
シャバハは自分が避けた瞬間に距離を詰めるレイを見、その作戦に気付いた。
レイが考えていたであろうギミックが解けた悦びを噛み締めるシャバハは、近付いて来るレイへ話す。
「お前……『俺が物理的に戦うとき』は『相手の攻撃を無効化出来ない』って知ったな? いや、推測していた……って言った方が良いか?」
「はあッ!!」
ザンッ。と天地を切り裂き、山河を切り裂く勇者の剣が振り落とされる。それを紙一重で避けたシャバハはレイへ向けて言葉を続ける。
「返事は剣による攻撃……まあ、正しいな。そしてお前の推測は見事に的中した。完全に分かったかは分からねェが、大方はお前の思う通りだ」
「やあァ!」
剣を地面に滑らせ、流れるように回転して斬撃を放つレイ。それは再び建物を切り崩し、崩壊させる。
仰け反ってそれをかわしたシャバハはレイの足に自分の脚をぶつけ、レイのバランスを崩して話続ける。
「俺は自分の肉体で戦うときは相手の攻撃をすり抜けさせる事が出来ねェ。当たり前だ。……寧ろ、なんで俺は相手を一方的に触れるってのに俺は相手に触られねェんだよ……って話だ。幽霊だろうが亡霊だろうが、相手が触れたらそれに触れる事は出来る。壁にせよ、動物にせよ人にせよ……触れた時点でそれはもう、『この世に存在している』からな」
バランスを崩して倒れたレイに淡々と言葉を綴るシャバハ。レイは身を捻って立ち上がり、渦を切り捨ててシャバハへ向き直る。
「……空気を消し去る程の切れ味を持つ剣か……。フフフ……これは面白いな……。何処の業物だ?」
「……。先祖代々伝わる……ミール家の剣……!」
カチャ、とシャバハへその剣の持つ銀色の刃を向けて光らせる。シャバハはその剣を一瞥するが、レイの言葉から別の事を考える。
「……ミール家……? いや、確か……そんな家どっかに無かったか……? 俺の知り合いにはミールって奴がいねェが……何処かで聞いた名だ……」
それはレイの名字だ。元々勇者の子孫であるレイ。その名字は千年経とうが変わらない。なので昔話や神話に出てくる勇者の名字として、ミールと言う名はよく使われるのだ。
普通にミールと言う者もいるが、レイの場合は普通とは違う剣を所持している。これらを見てレイを勇者の子孫と疑う者は少なくないだろう。
そして、シャバハはようやく思い付いたように嗤いながら話す。
「……成る程。成る程成る程……。……フフフ……どうやら、俺は凄ェ者を目撃しちまったらしいな……。……お前がそうなのか……お前が勇者の子孫か……そうかそうか…………だとしたらよォ……」
肩を震わせて笑うシャバハはレイの方を睨み付け、
「……ミノタウロス如き相手に死にかけてんじゃねェよッ!!」
黒い渦を放った。どうやら魂を憑依させても黒い渦を放つ事が出来るらしい。
「……! この技……!」
しかし、シャバハが放ったその渦は、渦というには少々『鋭かった』。それはさしずめ、黒い矢か槍を彷彿とさせる代物だ。
「……ッ!」
レイはその矢のような渦を斬る事が出来ないと判断し、下へ掻い潜ってそれを避ける。
「テメェ! 世界を救った勇者の子孫のくせしてよォ! 何でそんなに弱ェんだよ!? 数千年の時が経過して英雄の血は薄れちまったのかァ!?」
「……ッ」
黒い矢のような呪術を次々と放つシャバハ。レイはそれを避けるので精一杯だった。
汗が垂れ、その剣で、その身を持って、その呪術を避ける。少しでも油断したら身体は射抜かれ、呪術によってレイの肢体は蝕まれてしまうだろう。
何故突然シャバハが逆上したのかを理解できないレイ。それが表情に出ていたのか、シャバハはレイに向かって言う。
「何故って顔してやがるな? なら教えてやるぜ……。……テメェ……勇者ってのはなァ……俺たち魔族にとっても英雄なんだよ!」
「……英雄?」
シャバハの言葉に聞き返すレイ。勇者という者は、人間にとっては確かに英雄だろう。世界を支配していた魔王を倒し、世界を消そうとした神を倒して世界を救ったのだから。
しかし、魔王は魔族なのだ。なので魔族達にとっては、その技をも引き継がれている魔王こそが英雄なのではないだろうか。と思うところである。
「フフフ……その顔を見りゃ何考えているか手に取るように分かる。確かにかつての魔王も魔族たちにとっては英雄だ。だから、その魔王を倒した勇者も英雄って事だよ」
英雄というのは誰も出来なかった何かの快挙を成し遂げた者の事を言う。
つまり、誰も支配できなかった世界を支配した魔王と誰も倒す事が出来なかった魔王を倒した勇者は魔族達にとっては同列という事なのだ。
「だからこそ……だからこそ! 英雄の血を引き継いでいる子孫がこの弱さじゃ、張り合いが無ェんだよォ!!」
刹那、レイに向けて数千、数万の呪術が放たれる。
シャバハが激昂した理由は勇者の子孫であるレイが弱いからとの事。矢のような、槍のような呪術の塊は真っ直ぐにレイへ向かって行く。
「くっ……!」
キィン、キィンと金属音を響かせレイは勇者の剣で呪術の塊を弾く。
どうやらその塊には触れる事が出来るらしい。先程避けたのは判断ミスだったようだ。だが、弾いている時間も長くは続かなかった。
「きゃ……!」
地面に黒い矢のような物が衝突し、大地を抉ってレイを浮き上げたのだから。
「これで……終わりだァ!!」
最後に腕を伸ばし、合図するように空中へ飛ばされたレイへ黒い矢を放つ。
「……! 防ぎ切れ……無い……!」
その瞬間、レイの浮かんでいた場所に黒い矢や槍のような呪術が降り注ぎ、土煙や砂埃や瓦礫を舞い上げ、その全体が吹き飛んだ。
カツン。と、空から降ってきたレイの剣が地面に当たり、その音を辺りへ響き渡らせる。そこに、レイの姿は無くなっていたのだった。
*****
『…………!』
デュラハンはフォンセとキュリテ目掛けて鞭を振るう。
剣ではなく鞭を振るっている理由は範囲が剣よりも広いからであろう。しかし、フォンセとキュリテにとってはその鞭が打ち付けられる速度など欠伸が出る速度だ。難なく避ける事に成功した。そしてその鞭を避ける中、フォンセはキュリテに耳打ちをする。
「……。キュリテ。少し言いにくいのだが……私はまだ完全に魔力が回復した訳じゃない……だから……デュラハンの大部分を任せても良いか? ……"空間移動"でレイの場所に向かう為と、向かった後に戦闘できるだけの体力は残しておきたい」
「良いけど……やっぱレイちゃんの元にも"テレポート"で移動した方が……」
キュリテはフォンセの言葉に了承したが、それならば"テレポート"でレイの元に向かった方が良いと言う。
フォンセの魔力を温存する為にも、自分の超能力の方が負担を少なく済むと考えるキュリテ。
「……いや、相手が何の能力を所持しているか分からないからな……。"テレポート"は点と点を移動し、その場に現れる術だが、"空間移動"は読んで字の如く空間を移動する魔術。相手の様子を窺う為にも"空間移動"の方が適していると思う……!」
しかしフォンセはそれを拒む。だが、フォンセの言い分にも一理あるのだ。
フォンセも言った事だが、"テレポート"は点と点の移動。つまり、その場所に何があるかは分からないのである。
対して"空間移動"は"テレポート"と違い、その空間に入る事が出来る術。空間に入るというのはこれ即ち、別の次元へ移動するという事。
"テレポート"が"今いる場所"→"別の場所"。と移動するなら、"空間移動"は"今いる場所"→"別の空間"→"移動"→"別の場所"と、四つの過程を経て移動するのだ。
要するに、過程は回り諄いが何があるか"テレポート"よりは分かりやすい移動法が"空間移動魔術"なのである。
「……分かった。けど、無理はしないでよね?」
「……」
キュリテの言葉にコクリと頷くフォンセ。その様子を見るにキュリテはフォンセの言い分を飲み込んでくれたらしい。
話を終え、改めてデュラハンへ向き直るフォンセとキュリテは同時に駆け出した。
「まあ、デュラハンは死んでいるのか分からないけど……取り敢えず吹き飛ばそうか……!」
『『…………!?』』
そしてキュリテは掌をデュラハンへ向け、遠方の物を操ったり破壊したりするサイコキネシスを放つ。そんなサイコキネシスを受けたデュラハンは馬ごと遠方に吹き飛んだ。
「フォンセちゃん! 掴まって! デュラハンを吹き飛ばした方向には人の気配が無かったから、"テレポート"でデュラハンのあとを追うよ!」
「……分かった!」
キュリテが手を差し出し、それを握るフォンセ。次の瞬間にはその場から二人の姿が消える。
『……』
吹き飛ばされたデュラハンはその衝撃で落ちた首を探していた。
『……』
『……!』
そして、首無し馬がデュラハンの首を持ってくる。デュラハンはその首を片手に持ち──
「はあッ!」
『『…………!?』』
──キュリテに再び吹き飛ばされた。
「悪いな。姿を見られたら地の底まで追い掛けて目を潰すというなら、私たちはお前を倒さなきゃならない。視界を失いたくは無いからな」
そんなキュリテの後ろからフォンセがひょっこりと現れて言う。
そして、
「少しなら魔術を使っても大丈夫か……"土の檻"!!」
土魔術を利用し、土から檻を作ったフォンセは首無し騎士と首無し馬を閉じ込めた。
取り敢えず動きを止める事を優先したフォンセ。フォンセの目論み通り、デュラハンは身動きを取れなくなる。
動きを封じるという方法は、"気を失う事が無い者"や"痛覚が無い者"に有効な方法である。こうしてデュラハンとの勝負に決着が着いたのだった。
勝負が決まった瞬間にレイの元へ向かうフォンセとキュリテ。
二人はレイの無事を祈り、フォンセの"空間移動"で直ぐにレイの元へ急ぐ。