七百二十話 太陽神の側面
──エマ、フォンセ、リヤンとアルテミスの戦いが"ミナス・イリオス"寒色側で続く中、街中から荒れ地へと移動したライ、レイとアポロンの戦闘も続いていた。
此処に来ればそれなりの力は出せると告げたアポロン。それを有言実行すべく、アポロンは片手に力を込めた。
「まあ、先ずはこれくらいだろう」
「それは……太陽か」
力を込めて創り出したもの。それは直径二〇センチ程の小さな太陽。恐らく温度は通常の太陽と同じ。だが周りへの影響が出ていないのを見ると力の範囲は抑えているようだ。
ライの言葉を聞いたアポロンは爽やかな笑顔で続ける。
「ああ。けど、これを君達に向けて放り投げる訳じゃない。折角創ったんだからね」
「へえ。じゃあどうするんだ?」
「僕は弓術にも長けていてね。この太陽から矢を作る事も簡単に出来る」
刹那、小さな太陽に手を翳したアポロンから無数の矢が放たれた。
太陽の輝きを纏って放たれた矢は真っ直ぐライに進み、ライは軽く逸ってそれを躱す。
「それ、弓術関係あるか?」
躱すと同時にアポロンを見やり、小首を傾げて訪ねる。瞬間的に無数の矢が迫るが拳を振り上げた風圧で消し去り、その返答を待った。
アポロンは軽く笑って返す。
「ああ、関係あるさ。僕は太陽神であると同時に、様々な分野を司っている事を知って欲しい。なるべく戦いたくないから、力を小出しにする事で戦わずに降参して欲しいなー。なんて考えたりね」
「悪いけど、アンタも知っているだろ? 侵略者は還付無きまでやられるか、目的を達成するまで帰れないってな」
「それは太陽を破壊するよりも大変な作業になりそうだね」
誰も居ない荒れ地であるが為に、ライも力を解放する。まだ魔王の力は纏っていないが、先程よりは遥かに強大な力だ。
つまり要するに、音速から第三宇宙速度に引き上げて直進したという事である。
「オラァ!」
「速いね。大体第三宇宙速度くらいか。太陽神の僕に太陽系脱出速度で迫るとは中々の皮肉じゃないか」
「ハッ、こうも簡単に避けられちゃ皮肉も何も無いけどな……!」
第三宇宙速度。即ち太陽系の重力を振り切る速度。それを見切って躱しつつ推測を織り交えるアポロンはまだ余裕がありそうだ。
しかし当然だろう。先程までは子供のごっこ遊びのようなもの。現在は少し力を解放したとはいえ、ライにとっては簡単な駆け足みたいなものである。
「やあ!」
「へえ? これが本来の範囲かい? いや、まだ本来の力は引き出していないだろうね。それでもかなりの広範囲に広がる斬撃だけど」
ライの直進をいなしたアポロンに向けて勇者の剣が振り下ろされ、斬撃が高速で飛んだ。
しかしそれを意図も簡単に躱し、躱した先──前方数十キロを切断した剣の切れ味を称賛する。
本気になれば更なる広範囲を切り伏せる事も可能だが、まだ力は出し切らない。徐々に慣らしていき、ヘパイストスに教えられた勇者の剣、本当の強さを引き出すのがレイの目的だった。
「そらっ!」
「斬撃に気を引かれているうちに死角から爪先蹴り。うん。中々良い連携だ」
レイの斬撃を称賛するアポロンの背後から迫り、爪先蹴りを放つライだがそれも避けられる。標的の居なくなった蹴りは大地を粉砕し、巨大なクレーターを造り出した。
「外したか。けど……そらよっと!」
「っと……」
しかし当たらなければ何の意味もない。相手次第では脅しにも使えるが、アポロンが相手ではまた軽薄な口調で称賛されるのが関の山だろう。
なので言葉を続けられるよりも前に、ライは連撃を嗾けた。
連撃となる回し蹴りも躱されるがその方向にレイの斬撃が迫り、アポロンは飛び退くようにそれを避ける。その隙を突き、ライは跳躍して上から拳を叩き込んだ。
「オラァ!」
「……ッ。やるねぇ……!」
不意を突かれたアポロンの身体に拳が打ち込まれ、先程造ったクレーターを更に広げる勢いで衝突する。予想通り、そのクレーターは更に深く広く陥没した。
だがアポロンは両腕でガードしたらしく、直撃は避けた。しかし元より腕は肉体の一部。顔のような急所への直撃が無かっただけで重さと衝撃は確実に加わっている事だろう。
「ハッ、まだまだ序の口だ……!」
「そうかい……!」
アポロンに跨がる形となったライは更に力を込め、両腕で顔を覆っているアポロンに重い一撃を打ち放つ。それによって更に深くクレーターが沈み、数千メートルの深さのある大穴が形成された。
今は魔王の三割に匹敵する力。星を砕くまでは行かなくとも、山河を崩壊させる威力は秘められている。腕で顔を覆っていようと、その衝撃はとてつもないものだろう。
「上出来だ。だが、弱めた力じゃ大したダメージは与えられないだろ?」
「ああ、知っているさ」
クレーターの奥底にて、大したダメージの無い二人が向き合い、アポロンがライを空へと殴り上げた。
アポロンは拳闘の神の側面もあり、相応の力を秘めている。強靭な壁も片手で粉砕する事が可能だ。
そんなアポロンに掛かれば、自身にのし掛かるライを殴り付けて吹き飛ばすのもそう難しい所業ではない。が、ライには元々物理的な力も効き難いので地上にて無傷で二人は向き合った。
「色々な側面があるんだっけな、アンタ。太陽系を始めとして預言者や拳闘。牧畜に芸術、治癒、弓術の神って顔もあるよな……アンタの言う先代からそれを全て受け継いでいるのか?」
「さあ、どうだろうね。僕は他の幹部に比べたら自分の能力も教える方だけど、全てを教えたら本末転倒さ。僕が圧倒的に不利になってしまうだろう?」
「ああ、そうだな」
互いに交わし、再び太陽系脱出速度である第三宇宙速度で迫るライ。
アポロンは軽く見切って躱したが、躱した方向に斬撃が通り過ぎ、頬を掠めて血が流れる。その方向を見、更に続けた。
「また油断しちゃったか。君、剣士なのに遠距離からしか仕掛けて来ないね。何でだい?」
「ライの邪魔になるからね! まあ、貴方が相手ならライは一人で十分だと思うけど、私も私で実力を確かめてみたいから……!」
「成る程ね。自分が精進する為に僕を狙う。悪くない考えだ。けれど、それなら邪魔になるならないより、やっぱり自分から迫った方が良いと思うけどね」
「余計なお世話!」
会話を中断させ、クロスを描いた斬撃を飛ばす。先程から一定方向の斬撃は軽く見切られているので死角を減らしたのだ。
だがアポロンはそれを斜め方向に高く跳躍して避け、レイの方に視線を向けた。
「アンタが来るの、待ってたぜ!」
「君が待っているのは知っていたよ。彼女、敢えて僕が避けられる死角を作っていたからね」
避けた方向にはライがおり、空中で体勢を変えて回し蹴りを放つ。アポロンはそれも予測していたらしく空中で身を捻って躱し、逆にカウンター気味にライの脇腹を狙う。そこに向け、再び斬撃が飛んできた。
「おっと……。……あ、しまった」
「そらっ!」
その斬撃を反射的に避けたアポロンは何かを察し、刹那に頬を蹴り抜かれて大地に勢いよく激突する。その衝撃で別のクレーターが造られて陥没し、大きな砂塵を舞い上げた。
「はぁ。何て息の合ったコンビネーションだ。やっぱり上級者二人を相手取るのは骨が折れるね」
落下した直後に砂塵の中から炎の矢が放たれ、ライは蹴りの風圧でそれを消す。
少し後に砂塵が晴れ、中からは治療を施したアポロンが姿を現した。
「やっぱり治癒神の方面もあった……。となると、伝承にあるアポローンの力は本当に全て受け継いでいると見て良さそうだな」
「やれやれ。一応隠していたつもりだったけど、この状況じゃ言い逃れは出来ないかな、どうも。取り敢えず……そうだ。よく見抜いたな。少年。……とでも言って肯定しておく事にするよ」
「ハッ、そうかい。別に言わなくても良いぞ」
「いやいや、そんな訳にはいかないさ。こういうのは口上が重要なんだからね」
軽薄に笑い、肯定の言葉は必要であると話すアポロン。本人の性格もノリが良いのでその場の勢いを重要視しているのだろう。
それなら別に指摘する事もない。ライとレイは再びアポロンに構え直した。
「じゃあ、構わず攻撃しても良いよな?」
「何処から"じゃあ"に繋がるのかは疑問だけど、別に構わないさ」
許可を得、アポロンに向かって再び第三宇宙速度で迫るライ。許可が降りなくても攻めるつもりだったが、ノリが良いアポロンはそう言った面にも応えてくれるようだ。
「さて、背後ががら空きだけど……」
第三宇宙速度そのまま足を突き出し、高速の蹴りを放つ。それを仰け反って避けたアポロンは仰け反ったまま太陽に手を掛け、複数の矢を放とうと試みる。
「させないよ!」
「まあ、こうなるよね。最も、さっき彼を狙っていたとしても当たらなかったんだろうけど」
そこに勇者の剣からなる斬撃が割り込み、アポロンは跳躍して躱す。
例え炎の矢を放っても当たらなかったと自負しているようだが、色々と試してみるのも試行錯誤から作品を完成させる芸術の神としての性分なのだろう。
「そらよっと!」
「怖いね。石ころ一つで山が消し飛ぶ破壊力だ」
次いでライが近くの石ころを拾って投げ、わざとらしく怖がるアポロンがそれを避ける。その瞬間にライは迫り、同時にレイが逃げ場を予測して勇者の剣を放つ。
山河を砕く拳と山河を切り裂く斬撃。それを見たアポロンは、
「まあ、山河崩壊させる程度なら避けるまでも無いんだけど」
拳を掌で受け止め、斬撃を片手で粉砕させた。
元々惑星を砕く攻撃でもあまり食らわない人間の国の幹部。拳闘の神であるアポロンもそのようだ。
幹部の力がなければ他の国々が魔物の国によって滅ぼされてもおかしくない。そんな力関係があるからこそ、世界最強を謳われる人間の国の幹部大半も魔物の幹部と同じような耐久力が備わっている。
加えて幹部が持つかなりの力に様々なモノを司る伝承。ありとあらゆる方面で優位に立てる確かな力があるので人間の国は世界最強の国と言われているのだ。
「まだまだ!」
「へえ、その体勢から……」
だが、世界最強が相手でも関係無い。元より世界征服を目論むライは世界最強くらいに勝てなくてはならないからである。
拳を握られた状態で身体を浮き上がらせ、アポロンの側頭部に蹴りを打ち付ける。それをアポロンは先程斬撃を払った方の手で受け止め、受け止められたライは流れるように身を捻って脱出する。そこからレイが複数の斬撃を飛ばし、アポロンは飛び退くようにそれを避けた。
「加えて脱出を見計らった斬撃。うん。かなりのものだ。見事という他思い付かない連携。二人は相性が良いみたいだね」
「その見事を簡単に避けられたんじゃ、皮肉にしか聞こえないけどな。まあ、まだまだ仕掛けるさ」
「皮肉ではないさ。素直な称賛だよ」
実際、本当にただの称賛なのだろう。絵に描いたような好青年というのがアポロンの伝承。それはこのアポロンにも言える筈だからである。
現在、ライもレイもアポロンも、両者共に力は出し切っていない。なのでライは行動に移る事にした。
「じゃあ、もっと称賛されるように頑張るか」
「……!」
踏み込み、第三宇宙速度でアポロンに迫る。それは先程までと同等の動き。なのでライは、途中で速度を第四宇宙速度に引き上げて緩急を付けたのだ。
十倍以上膨れ上がった速度で迫られた事によって反応が追い付かなかったアポロンがライに殴り飛ばされる。そのまま荒れ地を更に抉って遠方の岩盤に激突し、その岩盤を崩した。
「成る程。速度の緩急は自由自在って訳か……」
「ああ」
「……ッ!」
岩の瓦礫から起き上がったアポロンに向け、上から回転蹴りを放って頭を大地に叩き付ける。倒すと同時に頭を蹴り上げ、無理矢理立ち上がらせて腹部を蹴って吹き飛ばした。
蹴られたアポロンが直進する中、第四宇宙速度で吹き飛ぶアポロンに追い付き、上から落下して動きを強制停止させた。
「そこっ!」
「あ、これはマズイね」
強制停止直後、レイが振り下ろした勇者の剣からなる斬撃でアポロンの身体を切り裂く。強靭な身体なので両断は出来なかったが、確かに斬られた箇所から出血していた。
「効いたよ。今のはね。僕じゃなかったら死んでもおかしくない連続攻撃だ……」
何とか立ち上がり、治癒の能力で己を回復させる。だがダメージが大きいのか、完全回復する前に治癒を止めてしまった。
しかし行動する分には問題無く、軽く身体を動かして向き直る。
「あれでも起き上がって、そのまま体勢を立て直すか。やっぱり幹部格って言うのはとてつもない力を秘めているみたいだ」
「うん……かなり大変な相手だね……!」
「ハハ。そう言って貰えると嬉しいね。どちらかと言えば僕が押されているから、評価をくれるのはありがたい。けど──」
軽薄に笑うアポロンは笑みを消し、言葉を続けた。
「──そろそろ此方としても少し力を出さなきゃならなそうだ」
「「……!」」
そして力を解放する。威圧のみでライとレイに凄まじい衝撃が迸った。常人ならその圧のみで意識を失い三日は気絶したままになるであろうその威圧感。
まだ本気ではなくとも、本気に近付いたその力に呼応するよう天空に浮かぶ太陽が鳴動する。それは気のせいか、それとも太陽神のアポロンに反応しているのか分からないが、今までの戦いとは比べ物にならない力が放たれるのは目に見えて明らかだ。
「此処からが本番って事か……!」
「本番っていうより、本番前の最終練習みたいなとのだね」
一転して先程までの軽薄な笑みと口調を向ける。この変わり様も中々恐ろしいものとなりそうである。
ライとレイが織り成す太陽神アポロンとの戦闘。それもまだ続くのであった。