七百十九話 エマの力の利用法
アルテミスが光の矢を複数放ち、それをエマが次々と躱していく。が、やはり避けた場所に矢が刺し込まれてエマの身体から鮮血が流れる。
因みに現在位置は寒色側の街のまま。だが少しは移動した。加えて朝なので住人は居ない。と言っても少しは人通りがある。要するに寒色側の住人が居ない場所に移動して戦っているのだ。
周りの建物は住宅などではなく廃墟が多い。寒色側の廃墟区で戦闘を織り成しているという事である。
「エマさん。移動してくれて助かりました。あの場所でも住人は居ますので、人の少ない此処に来てくれて本当に助かります」
「ふふ、気にするな。それに、侵略者の私に礼を言っても何も始まらないだろう」
廃墟区にも日差しは差し込み難い構造となっている寒色側。
建物内の砕けた天井からは光が差し込んでいるが、元々エマとアルテミスは廃墟区の建物が日差しを隠す道で戦っている。なので日差しに当たる心配は無さそうだ。
「いえ、住人を気遣う侵略者は少ないかと」
「そうか。……しかし、その矢は避けても避けても刺さってしまうな」
「逆に聞きたいのですが、心無しか矢の刺さった場所が次から次に治癒していませんか?」
「さあな。けどまあ、私の肉体の回復力が少し早いのだろう。気にする事はない」
「気にしないのが無理な相談ですけど」
避けても当たる矢と、受けても再生する身体。二人は相手の力量がよく分かっていないので少々困惑していた。
再生力と必中の矢。分からない事は考えても分からない。それなら相手に知られていない自分の力を使って試してみれば良いだけの話。故にエマは相手に向けて駆け出した。
「遠距離から攻める貴様が相手なら、一気に詰め寄るのが一番だ」
「それをさせないと言いたいですけど、矢を受けても怯まない貴女が相手ではさせないのも一苦労ですね」
高速で迫り来るエマに対し、一回で複数の矢を放つアルテミス。正面に一本。上下左右に二本ずつ。計九本の光の矢がエマを狙う。その速度は見切れないものではないが、またもや避けた瞬間に当たってしまった。
胸と両腕両足。矢の突き刺さった場所から真っ赤な鮮血が噴き出し、辺りをほんのりと赤く染める。
エマは突き刺さった矢と周囲の鮮血を見やり、何でもないように呟いた。
「ふむ……やはり当たるか。矢が瞬間移動している訳でもないが、一体どうやっているのか」
「そう言う貴女も相変わらずダメージなど受けていない様子……。その再生力に先程落とした霆。薄々思っていたのですけど……もしかしてヴァンパイアって貴女ですか? 傘は差していないようですけど」
「ふふ。さあ、どうだろうな?」
アルテミスの問いには答えず、エマは不敵に笑いつつ嗾ける。
ヴァンパイアという事は恐らくバレているが、まだ特殊な力は使わず物理的。肉体的な攻撃で攻めていく。
「答えないなら結構。別にヴァンパイアでも構いませんから」
それをアルテミスは未来予知染みた動きで全て躱し、光の矢を再びエマに放って今度は頭や首などの急所を狙う。
逆に今度は避けようと動かなかったエマだがやはり受けてしまい、頭と首から鮮血が噴き出す。それでも特にダメージは無く、手足と違って中々勢いがあるなとでも思っている様子だった。
「成る程な。必中の矢が武器という訳ではなく、ただ単に動きを予測して矢を放っていただけか。私の攻撃を次々と避けられるその様子からして、かなりの反射神経と動体視力を持っていると窺える」
「さあ、どうでしょう。本当に未来を見ているのかもしれませんよ?」
「ふっ、未来予知……というより予言はもう一人、アポロンの役割だろう。私と貴様。素性は互いに隠しているが、両方とも確定と見て良さそうだ」
必中の矢など使っていない。ただ単にアルテミスは、避ける方向も予測して矢を放っていたという事。そう推測したエマに本人は何も返さない。となれば答えは決まったも同然だ。
沈黙は是というが、必ずしもそうなるとは限らない。しかし今回は高確率でそうだろう。となれば話は早い。光の矢を避けるには、実体が無くなれば当たるという事も無くなる筈だ。
「はあっ!」
「要は当たらなければ良いだけか」
次の矢が放たれた瞬間に霧となって実体を無くし、光の矢を通り抜けさせた。
その霧状のままアルテミスの背後に回り込み、身体へ纏割り付くように絡み付く。
現在のエマに実体は無いのだが、纏割り付くと同時に実体を持たせて拘束した。同時に、両手足が動かせなくなったので倒れるよう地に伏せる。元々長時間は霧になれないので拘束出来れば上々だろう。
「……っ。しかし私の動きを止めたところで、貴女が動けなければ意味が無いのじゃないですか?」
「ふふ、そうだな。しかし、そろそろフォンセとリヤンも傷を癒してくるという事を踏まえたらどうだろうか」
「成る程……。確かにそれなら駆け付けて来る可能性がありますね。もしかすれば、もう近付いている可能性もある。早いところ抜け出しますか」
エマに抱き付かれ、全身が拘束されて地に伏せたまま考えるアルテミス。
本来なら幼い姿のエマの拘束を解くのは造作もない。だが、ヴァンパイア特有の怪力によって動けないが為に造作もない作業は難航を極める事になりそうだ。
「少し動けるならそれで十分です……!」
「ほう?」
なのでアルテミスは微かに動く腕を使い、光の矢を放ってエマの身体を貫いた。
当然ダメージはないがそれによって小さな隙が作られる。そこから更に矢を放ち、エマの両腕を切断して脱出した。
「すみません。腕を切り落とすのが一番早いと判断したので切り落としました」
「そうか。けど、まあ気にする事はない。直ぐに再生する」
両腕を広い、一先ずくっ付ける。くっ付けずとも自然に再生するが、身体の一部はあった方が良い。その方が早く再生するからだ。腕を落とす機会があれば試してみれば良いだろう。ヴァンパイアならではの特権である事が身に染みて分かる。
腕をくっ付け、即座に再生させたエマは起き上がり直後のアルテミスに構える。ヴァンパイアの怪力を持ってしても、与えられるダメージは限られている。
純粋な力や耐久力では魔物の国の幹部が頭一つ抜けているが、世界最強の国の幹部が相手なのだ。山河や惑星を砕く事の出来ない力のエマは、ヴァンパイア特有の特殊能力にて相手を翻弄し、ジワジワと攻める戦法が一番効果的なのである。
「さて、仕掛けるか」
「風……ですか」
そう告げると同時に天候を操り、暴風を引き起こす。アルテミスは涼しい顔をしているが、エマの力は侮っていない。何も考えずに暴風を引き起こす訳が無いと分かっているからだ。
なので何かさせる前に光の矢を放ち、先手必勝で牽制する。今度も狙いを定めて射ったがエマは身体を霧に変えて躱し、風に乗るよう流されてアルテミスに迫った。
「速度を補う風? いえ、その程度では無いでしょう。他にも何か策はあるのですよね?」
「ああ、正解だ」
回り込み、その近くを光の矢が掠める。だがエマは意に介さず、風に乗りながら周囲に静電気を集めた。同時に風を竜巻へと変化させ、自身は安全地帯からアルテミスを竜巻の中へと閉じ込める。
「静電気は雷。竜巻で逃げ場を無くし、一気に攻めるという事ですか」
竜巻の中、衣服を揺らしながら推測するアルテミス。周りの廃墟は竜巻に飲み込まれて崩壊し、電気をよく通す物質に静電気が纏割り付いてより大きな雷へと変換させる。
「まあ、そんなところだ」
──次の瞬間、轟音響かせる竜巻の中、更なる激しい雷音と共に瞬いた。
竜巻は依然として消える気配も弱まる気配も無く、更に力が上がり猛威を振るう。半永久的に天候を操れるエマの力が合わさる事で収まる事無く周りを飲み込む力となるのだろう。
そんな竜巻の中にて、もう一度激しい光が瞬いた。
「かなり強力な力ですね。天候を操るという事はそういう事。更に極めれば災害魔術に匹敵する力を宿せるかもしれませんよ」
「む?」
──アルテミスの手によって生み出された光が。
光の矢を生み出す力があれば、更にそれを広げる事も可能。それをしなくともその気になれば破壊出来る。よってアルテミスは容易くは無いにせよ、それなりの余裕を持って脱出したのだ。
だが、エマが反応を示したのはアルテミスが脱出した事ではない。アルテミスの言葉を聞いたエマは「成る程」と頷いて言葉を続ける。
「それは盲点だった。確かに私の操る天候は災害魔術に類似しているな。魔力はほぼ皆無。仮にあったとしても微量な魔力しかないが、それでもやり方次第ではライたちの力になれるかもしれない」
天候を操る力の利用法。それが反応を示した理由である。
この数千年間、エマはただ己の欲するままに欲望を満たしてきた。力の強さは関係無く、ただ旨い人間を食するだけである。
なので基本的に力のある者と関わる事の無かったエマは戦闘を中心とした力は鍛えていなかったのだ。それでも自然とそれなりの力は身に付けたが、主に中心となるのは吸血能力と再生力。日差しの耐性に催眠くらいである。
特に人間達から見た普通の生活をするに当たって、日差しの耐性はそれなりに必要。前までは日の下に出るだけで消滅していたが、今では弱くなるが消滅はしにくくなっている。
つまりそれらを鍛える事に集中した数千年を過ごして来たので、天候を操る力に着目する機会は無かったという事だ。
「おや、どうやら敵に塩を送ってしまったようですね。余計な事を言ってしまいました。これは失態です」
「ふふ、良いではないか。この塩は有効活用させて貰おう」
アルテミスにとって、人間の国にとってエマは敵。先程放った自身の言葉を失態と切り捨て、その失態を取り返すべく光の矢を構えた。
「……。どうやら、来てしまいましたか」
「その様だな。やっと来てくれた」
構えると同時に眉を顰めるアルテミス。エマは嬉しそうに笑いながら告げ、廃墟区に現れた二つの人影に視線を向ける。
「遅れてすまない。ようやく傷を癒せた」
「場所はエマの竜巻で気付いたよ……」
フォンセとリヤンである。
アルテミスの矢を手足に受けて少しの間は動けなかったが、ライたちの中でも治癒を行う機会の多い二人は生きているのならばどんな傷も治せる力を有していた。
傷を治せば後は早い。エマが生み出した竜巻を追って此処に来たとの事。確かに気配を探るより早く見つけられるだろう。
「派手な竜巻はその為に……けど、人数が増えたところで意味がありません。エマさん。貴女と違ってあの方達は私の矢から逃れる事が出来ないのですから」
フォンセたちが来た事により、竜巻の別の理由も分かったアルテミスは即座に光の矢を打ち込む。
先を予測して矢を放つと知っているのはエマだけ。なのでそれをフォンセとリヤンに教えられるよりも前に、行動を起こすと決めたのだろう。
「チッ、厄介だな……! ……くっ!」
「うん……! 痛……っ!」
それを見たフォンセとリヤンは矢を躱す。しかし、やはり躱せずに命中してしまった。
また足を狙ったのか、二人の太腿から真っ赤な鮮血が流れる。矢の速度もかなりのもので、光速の半分程。秒速十五万キロである。エマ、フォンセとリヤンは自分が狙われているなら見切る事の出来る速度だが、フォンセたちが狙われた場合エマは身体が追い付かない。故に二人はそれを食らってしまったようだ。
光速の半分の速度で放たれる矢は凄まじい破壊力になっていると思われるが、魔力とは違う力からなるアルテミスの矢。範囲は決められ、肉体的損傷も調整出来るらしい。あまり傷付けたくないアルテミスだからこそ与えるダメージも最小限に抑えているのだろう。
「優しい女神だ。だが、今の状況ではその優しさが仇となる」
「ええ、そうかもしれませんね」
アルテミスに構え、天候を操って正面に進む竜巻を放つエマ。どうやら類似災害魔術の形成をする為に力を試しているようだ。
基本的に通常の魔法・魔術の上位互換となる災害魔術。その理由は通常の魔法・魔術で災害を創り出すのに必要な魔力の消費量が災害魔術は少ないからだ。加えてそこから派生させればかなり強大な力となりうる。応用は少なくとも、その圧倒的破壊力が災害魔術が上位たる所以である。
「けれど、今の貴女が放つ竜巻くらいは簡単ではないにせよ破壊くらいは出来ますよ!」
「ふっ、そうか」
迫り来る竜巻に向け、太い光の矢を一本放って崩壊させた。
その風の隙間から身体を霧へと変えたエマが実体に戻して迫り、アルテミスは即座に矢を構えて放つ。その矢はエマに命中するがエマは動じず、矢によって損傷した身体を切り離して投擲する。
「自分の肉体を……!」
「飛ぶ拳だ。粋なものだろう?」
「ヴァンパイアというのは厄介なものですね……!」
アルテミスはその腕を躱し、エマは本体の意識を切断して腕から再生して背後を取る。
「……っ。まさか自分の身体が囮……!」
「ああ。分身みたく同時に共存は出来ないが、意識を手離せば肉体の一部からでも再生出来る」
「ヴァンパイアってそんな感じでしたっけ……」
「細かい事は気にするな。少なくとも私がそうなのだからな」
背後に回り込んだ瞬間に殴り付けて吹き飛ばし、天空から霆を落としてアルテミスの身体を焼き尽くす。
先を読んで行動を起こすアルテミスも今の攻撃は読めなかったらしく直撃した。
「私たちも二度目の復活だ。援護をするぞエマ! "雷"!」
「うん……! えい……!」
一方でアルテミスに受けた傷を癒し、魔力を込めた二人が雷を放つ。
エマの落雷に合わせた雷魔術は強大な破壊力となって感電させる。次の瞬間に目映い閃光が散って廃墟に雷撃が霧散した。
「……っ。はぁ……はぁ……。かなりの威力ですね……数億ボルトの自然の雷が十倍以上には膨れ上がりました……」
「無事か。流石は女神。存外タフなようだ」
「ええ、一応神様ですので」
雷によって生じた黒煙の中からは衣服がボロボロになり、その肉体も少し焦げ、一部に赤黒い亀裂の見える半裸のアルテミスが姿を見せる。
今の雷はそれなりに堪えたようだが、流石は月の女神。疲弊はすれど一筋縄ではいかなそうだ。
「仕方ありません……少し本気を出します……!」
「少し……か」
「ええ。本当の本気を出さなくてはならない時が来るのもそう遅くはならないと思いますけどね……!」
光を込め、弓矢を形成するアルテミス。先程の物より性能が上がったのか、纏っている力はかなりのものだった。
しかしそれだけで退く訳にもいかないエマたち三人。本気に近付いた月の女神の実力。お手並み拝見と言ったところだろう。
四人の織り成す此方の戦いもまだ続くのだった。