七百十七話 尾行と追跡
──翌日、と言っても早朝の更に早い時間帯。人によっては目覚め、人によっては眠るこの時間帯は夜と朝が織り混ざる時である。
そんな時の中、"ミナス・イリオス"寒色側の城で手元の資料を纏め終え、夜に向けて一眠りしようとしたアルテミスの元に部下兵士達が数人、扉の前から話し掛けてきた。
「アルテミス様。お話があるようでお客人が……」
「……。そうですか。ええ、構いません。入ってください」
何やらあった様子の兵士。一晩中仕事をしていたアルテミスは眠気を堪えつつ部下兵士と客人とやらを呼び寄せる。
「やあ。朝早く……いや、朝遅くかな? 兎に角、こんな時間に悪いね。……早速だけどアルテミス。君に話がある」
そしてアルテミスの元には、部下兵士と一人の幹部が姿を現した。
赤毛混じりの金髪を掻き、少し眠そうな雰囲気の幹部──アポロン。
この時間にアポロンが来るのは珍しい。まだ少し眠いであろう様子から、本当にただ事ではないという事が理解出来る。
なのでアルテミスは纏め途中の資料を置いてデスクから離れ、兵士を下げて自室のソファに腰掛ける。眠気覚ましのコーヒーを自分とアポロンの分二つ置いて向き直り、言葉を続けた。
「一体何事ですか? 貴方がこの時間に来るのは珍しい……。確かに昼でも夜でもない中間の時間帯ですけど……」
「ああ。まあ、それなりに重要は話ではあるね。今のこの国で起きている問題、それに関する事だ」
「……」
コーヒーを一口飲み、アポロンの言葉に耳を傾ける。
基本的に穏やかなアポロンが真剣な表情をするのは珍しい。それこそ、本当にそう言った何かがあるという証明だった。
アポロンも出されたコーヒーを含み、飲み込んで言葉を続ける。
「最近巷を荒らしている二つの組織? の話は知っているよね。片方は五人組。もう片方は六人の主力に数百の生物兵器を連れているという二つの者達だ」
「ええ。知っております。小耳には挟んでおりますし、ヘルメスさんからも伝令を受けているので」
アポロンが出した話題は、アルテミスの耳にも入っている人間の国を侵略しようと目論む二つのチーム。
知っているので頷いて返し、それを確認したアポロンは更に続ける。
「どうやら、そのうちの片方が"ミナス・イリオス"に入っているらしい」
「……!」
その言葉を聞き、見て分かる程の反応を示すアルテミス。
侵略者の話は聞いている。それなら当然の反応だ。もう一口コーヒーを飲み込み、少し落ち着かせてから言葉を返す。
「それは確かな情報ですか?」
「ああ。確かな筋から得た情報だよ。名前は広まっていないから分からないけど、特徴は分かる。それはアルテミスも知っている事だね。過激派の方はリーダーが特徴的な三色の髪色をしているらしいけど、そんな者は見ていない。つまりもう片方の、そこまで過激な力尽くの侵略はしないけど最終的には力で攻める者達が居ると見て良いだろう」
ヘルメスから得た情報は、名前以外の殆ど。
髪色や肌の色に年齢や人数等々。しかしそれと同じ特徴の者はこの街にも多い。なので観点を少し変え、特徴的な者達を切り捨ててもう片方の者達に着目する事にしたようだ。
その結果、この街に来ているのは五人組の方であると推測する事が出来た。
「五人組の者達……そして黒髪の男性に女性が四人……。──……っ。少なくとも、私と貴方は昨日その者達によく似た存在を目にしていますね……」
「うん。おそらく……あの少年達がその侵略者かもしれない……」
出来ればそうであって欲しくない。そんな面持ちの二人。だが、これまでの情報からしてほぼ確実にそうである。
アポロンとアルテミスはいたたまれない様子だが、まだ結論付けるには早いと、こう提案した。
「此処で僕の考えだ。……今日一日、少年達を追跡、尾行してみよう。それで尻尾を出すか出さないかを見極めてみる。……まあ、彼らはかなりの実力者……それも一筋縄じゃいかなそうだけどね」
「ええ、そうですね。正直一眠りしたいところですけど、街に危機が訪れる可能性を考えたら眠る暇もありません。協力しましょう……!」
アルテミスが同意し、アポロンが頷いて返す。因みにアポロンも昨日はその事について色々と調べものしていたのであまり寝ていないが、それはアルテミスも理解している。
何はともあれ、今日一日、幹部二人がライたちを追跡する事となった。
*****
アポロンとアルテミスの話し合いから数時間後、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は暖色側と寒色側の境目にある宿で目覚めた。
「おはよう。四人とも」
「うん……おはよう……」
「ふふ、おはよう」
「ああ……おはよう……」
「……。おはよう……」
何時も通り朝の挨拶を交わし、眠そうな目を擦るレイ、フォンセ、リヤンの三人と比較的目覚めているライ。そして普段通り起きていたエマ。
それから何時ものように身支度を整え、何時ものように食事やその他の事を済ませる。
「さて、今日はどうする? まだ予定は決まっていないけど」
「そうだね。街の探索……かな? 昼は寒色側が起きていないけど」
「また分かれて探す……というのが合理的か?」
「そうだな。特にやる事も見つからない。それが一番だろう」
「うん……」
一先ず今日一日も何組みかに分かれて探索を行うという事にした。
元よりやる事は少ない。幹部に挑むとしても、力が全てではない人間の国では何らかの切っ掛けが必要。なのでまたそれを考えなくてはならないのが少し面倒である。
そしてまたクジを簡単に作ってチームを分けた結果、奇しくも昨日と同じチームになった。
*****
「昨日と同じメンバーか。別に何の問題も無いが……何だろうか。何とも言えない感覚だ」
「……。うん……何だろう……」
「ふふ、男女間では色々な事があるからな。そのうち分かるだろう」
寒色側を探索するのは昨日と同じくエマ、フォンセ、リヤンの三人だが、フォンセとリヤンは何となく何とも言えない微妙な気持ちになっていた。
それを見たエマは「若いな」と軽く笑い、二人を省みず先に進む。他の生物がただの餌だったエマにそう言った経験は無いがそれが一つの感情であり、そう簡単に触れる訳にはいかないものなので口出しはしないのである。
「さて、今日は何か面白い事があるかどうか、楽しみだ」
「あ、おい。エマ。待ってくれ」
「あ……エマ……フォンセ……」
昼間の寒色側に、目ぼしいものは特にない。なのでそれを見つけるのも一つの醍醐味だろう。
先に進むエマとその跡を追うフォンセ、リヤン。二日目の探索が始まった。
*****
「さて、何処に行く? 昨日のうちにある程度は見たけど」
「そうだねぇ。ライと一緒なら何処でも良いよ♪」
一方のライとレイ。ライは普段通り。レイは少しばかり機嫌の良い様子で暖色側の探索をしていた。
昨日のうちに暖色側は色々と見ていた。なので探索と言ってもやる事が殆どない状態である。
「まあ、決まっていないなら決まっていないなりに、成り行きで行動するか」
「うん。ライの……というよりあの力なら歩いているだけでこっちに都合の良い事を起こしそうだもんね」
やる事は見つからない。ならばやる事が向こうから舞い込んで来るのを待つのが吉だろう。
ライとレイ。二人は"ミナス・イリオス"の街を軽く探索するのだった。
*****
「どう。そっちは?」
《特に変わった様子はありませんね。貴方も?》
「見ての通り……って見えないか。まあ、何も無さそうだね。今のところは」
エマ、フォンセ、リヤン。ライ、レイ。
その五人が二つのチームに分かれて行動する様子をアポロンとアルテミスは観察しながら、少量の力を使って遠方にも声を届かせられる能力で互いに報告し合っていた。
アポロンの現在位置はライとレイを確認出来る高い建物の屋上。だが姿と気配は最小限に抑えており、それなりの実力者でも見つけにくい体勢となっていた。
「そう。まあ、まだ追跡は始まったばかりです。これから何かを起こすのを待つのが良いでしょう。昨日何も起こさなかった事を見ると、比較的穏健派という情報からして……此方から仕掛けなければ向こうも行動を起こせない可能性もあります」
《了解。けどまあ、気付かれたら警戒させてしまう。それが原因で敵意を向けられる対象になる事を考えて、バレるのはご法度だね》
「ええ。そのつもりです。跡を付けられたら私も警戒しますから。なのでバレないよう、より一層気を付けています」
そして対するアルテミスの現在位置もアポロンと似て一際大きな建物の物陰。エマ、フォンセ、リヤンの三人にバレにくい位置で陣取っていた。
追跡している事がバレてしまえば、それによって防衛として相手に行動を起こす口実を与えてしまう事になる。なのでそれを避ける為にも、絶対バレる訳にはいかないのだ。
「あくまでまだ可能性の段階だからね。行動次第では、そのリスクを承知した上で敢えて追跡が見つかるように工夫するのも考えているよ。それで何も無ければ良し、何かあればその時は……」
《……。はい。分かりました。お互いに頑張りましょう》
「ハハ。頑張るってのも中々大変だよ」
力を閉じ、会話を終わらせる二人。まだ断言は出来ないので追跡だけで手出しはしないが、時と場合、状況によってはアポロンとアルテミスが仕掛ける事も想定しているらしい。
穏やかな"ミナス・イリオス"にて、少しばかり穏やかではない日が始まった。
*****
「へえ。こんなところがあったのか。暖色側って言っても、全部が全部明るいって訳にもいかないみたいだな」
「うん。建物の影になっている場所の配色は黄色とか赤だけど、暗い場所だとまた変わって見えるね」
ライとレイは今、暖色側の裏路地に来ていた。
何でこの場所に居るのかと問われれば、表向きだけではなく裏の方を見ておこうという考えに至ったのだ。
此処は薄暗くて人目にも付かない。チンピラや表に出れない犯罪者などが好みそうな場所だが、そう言った者達の姿が見えない事からまだ居ないのだろうか気になるところである。
「……何故あんな場所に……やはり善からぬ事でも考えているのか?」
そして一際大きな建物に居るアポロンは、そんなライとレイが気に掛かっていた。
気に掛けていたのは元々だが、態々そんな場所に行く事自体が考えてみればおかしな話である。
加えてライとレイは男女二人。世間から見ればまだ子供だ。その事からするに、敢えて身を隠したという可能性を考慮する。
「けどマズイね。彼処に居たんじゃ、僕から見る事は出来ない……気配を消して近付こうか……」
裏路地は建物が道を隠しているので日陰になっている。つまり街全体を見渡せる高い建物の上からも見えにくい。
そこから下水道などを通って何処かに行かれては見失うのは確実だ。
それをマズイと判断したアポロンは少し考え、
「行った方が良いかな。身を隠すとかじゃなく、ただ興味本位で行ったなら悪い奴等に絡まれる可能性もあるしね」
行く事に決めた。
と言うのも、もし疑いがアポロンの早とちりでライたちが潔白だった場合、善良な市民を問題事に巻き込む事となってしまう。折角街に来てくれて、昨日知り合った者達。アポロンとしてもそれは避けたいところだ。
なので身は隠しつつ、気配も消して街に降り、こっそりと裏路地方面に向かって行く。
「さて、此処からは更に気配を薄めなくちゃな……」
裏路地に続く建物の前、幸い人も居ないので壁に凭れるよう中の様子を確認する体勢となる。
此処までは気配を消しつつ、見失わないように少し速く移動していた。なので改めて気配を消そうと考えたのだろう。
そしてそのまま裏路地を覗き込み──
「やっぱりアンタか。アポロンさん。何で俺たちを付けていた?」
「……!」
──背後に立っていたライに話し掛けられる。
裏路地にはレイが一人立っており、警戒を高めてアポロンを見ていた。
その事から全てを察したアポロンは軽く目を瞑り、呼吸して言葉を続ける。
「気付かれていた……つまり裏路地に誘導されていたって事か。成る程ね」
「ああ。それで、早いところ答えてくれよ。返答次第では……」
警戒を高め、力を込めるライ。それを見たアポロンはため息を吐き、軽く笑って返す。
「この力……やはり確定か。出来ればそうじゃない事を望んでいたのに。世の中上手く行かないものだね。ご託はこれくらいにして答えようか。ライ、レイ。そして他の三人。君達は僕が情報と独断で最近騒がせている侵略者と判断した。だから、その証拠を掴む為に跡を付けていた……という事だよ。逆に聞こう、君達は既に気付いていたね? なんでだい?」
「やっぱりそうか。このまま俺だけが聞くのも不公平だな。……じゃあ、俺も質問に答えるよ。……アンタは、気配は隠していたけど警戒を高め過ぎていた。だから何か企んでいるんじゃないかと考えたんだ」
「成る程。互いに互いを見定めていたという訳か」
穏やかな空気が一変、アポロンの周りに熱が集う。それによって大気が振動した。
それを見たライとレイも力を込め直す。もうこの際、自分たちが侵略者とバレた事は置いておく。向こうがその様な考えを起こしていたなら好都合だからだ。
ライとレイ。そして人間の国、幹部アポロン。重い空気と共に振動する大気が弾ける。朝から出会った三人は、不穏な空気で出方を窺うのだった。