七百十五話 人間の国・三人目の幹部
──"アポロン"とは、オリュンポス十二神の一人にして太陽の神だ。
太陽のみならず音楽や詞のような芸術面、牧畜の守護神や光明の神と唱われており、矢を扱う事に長けていて純粋な腕力も強い。
その姿は今目の当たりにしたように絵に描いたかのような好青年だが、伝承によっては残忍な側面も持ち合わせていると謂われている。
プラス方面への影響が多くも残忍な面も併せ持つ太陽神、それがアポロンだ。
太陽神、アポロン。
何の変哲も無い声にライたちが反応を示した理由は、この者、アポロンが放っていた気配によるもの。
幹部にして天を照らす太陽の化身。そんな気配があれば大抵の実力者は気付く事だろう。
「アポロンさんでしたか……先程凝視してしまった事を踏まえ、度々すみません」
「ハハハ。気にする事は無いと言ったじゃないか。けど、僕の気配に気付ける君……いや、君達。うん。中々の実力があるようだね」
ライの事に対し、軽く笑って返す。
しかし自分の気配を見切った事からライには確かな実力があると理解していた。
だがこの国を旅している時点でそれなりの力が秘められているのは分かりきっている事。なので特に警戒はしていないようだ。
「まあ、それなりですかね」
「別に謙遜しなくても良いのに。けどまあ、その心意気も分かるよ。力を振りかざしても得は無いからね」
アポロンは爽やかに笑い、ライの事を評価する。
力を持っているにも拘わらず、その力を見せ付けようとはしない。要らぬ拳は振らないという行動を称賛しているのだろう。
「ハハ、そうですか。……そう言えば、アポロンさん外に出ているのですね。幹部という役職は休む間が少ないと思っていました」
ふとライが気になった事をアポロンに訊ねる。
幹部というのは通常、かなり忙しい身にある。それは昼夜問わない。恐らくそれは昼と夜で役割が決まっている"ミナス・イリオス"でも同じだろう。なので気になった。今まで見てきた幹部からして、本来なら昼時の今も城に居る筈だからだ。たまに外を彷徨いている者も居たが、それは勝手に飛び出したか何らかの問題があって遂行せざるを得なかった場合くらいである。
偶然休憩時と重なった可能性もあるが、ライたちの目的からしても幹部と会うのが早過ぎるのはやはり気になるものだ。
「ハハ。確かにその通りだね。だから僕はこっそり来ているんだ。案外見つからずに行けるものさ。此処のカフェの常連でね、一日に二、三回は来ている」
どうやらお忍びらしい。やはり幹部業は忙しいらしく、暇が無いのでこっそり来ているとの事。
確かに此処の味は一級品。自身の職を放棄してまで来たくなるのも頷ける。そう言った者が何人か居たのを考えると、割りと幹部には自由な者も多いらしい。
軽く笑いながら、アポロンは言葉を続ける。
「じゃあ、次は僕が聞こう。君達はこの街の名所を見てみたかい? 他の街に負けないくらい良い所が多数あるんだ」
「名所?」
それは、名所を観光したかどうか。
"ミナス・イリオス"にも観光名所のような場所があるらしく、幹部として旅人にオススメしたいようだ。
ライの言葉にアポロンは返す。
「ああ。例えばこのカフェもそうだね。まあどちらかと言えば穴場スポットだけど。それと、この街には絶景ポイントがあるんだ。街全体を見渡せる丘には昼と夜で街が違う顔を覗かせるし、先代アポローンに縁のある神殿。二色の境目にある景色も不思議な感覚を楽しめる。その他にも色々あるから、良かったら色々見て回ってくれ」
「ええ。機会があれば是非」
様々な名所。幹部としてだけではなく純粋に楽しんで欲しいようだ。
ライも興味はある。今は他にもやる事があるので後々行くかもしれないと返した。
「ハハ。機会は今作れば良いさ。とは言えないね。旅人には旅人の用事があるから。良い街だよ。夜になったらもう一つの方にも行ってみると良い」
「はい。それでは」
再び席に着き、置かれた紅茶を飲み込むアポロン。
ライたちが巷で噂の侵略者とは気付いていないようなのでこの場は去る事にした。特徴と言っても力を直接見せなくては分からない特徴の多いライたち。何人組か、髪や目の色で共通している者は多いからだ。
ともあれ、意図せず幹部に出会うという不測の事態はあったものの、何事もなく済ます事は出来た。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人はカフェを後にするのだった。
*****
──ライたちがカフェから出て数時間後。既に日が暮れ始めていた。
現在位置はアポロンに勧められた街全体を見渡せるという丘であり、昼の街が眠り夜の街が起き始める時間帯なので覗かせるという違う顔を待機している状態だ。
他にも勧められた二つの境目や先代アポローンに縁のある神殿はまだ見ていないが、ある程度街の探索は済ませてある。
「それで、夜はどうするんだ? 一応境目にあった宿に泊まる予定だが、寒色側の街も見てみるのか?」
「ああ。エマたちが行った時は昼だったからな。改めて夜の街を見てみなきゃ探索を終えた事にはならない。まあ、流石に夜通し探索するのも考え様だから頃合いを見て戻るけどな」
ライたちは、夜に行動する予定がある。それは昼間に見れなかった寒色側の夜の顔を見る為である。
昼間の状況や幹部については大体分かった。と言ってもアポロンの実際の強さは分からないが、それでも収穫はあっただろう。
なので次は、夜の"ミナス・イリオス"について知る必要があるのだ。先ず幹部が誰なのか。街がどのように動いているのか。それらを知らなくては返り討ちに遭うかもしれない。それを避ける為にも探索は必要という事である。
「お、変わるか……」
「わあ……!」
「ほう?」
「ふむ……」
「綺麗……」
──そして、日が沈んで街が変わった。
暖色側から光が消え去り、寒色側に淡い光が映り込む。
昼間は明るく目立つ配色だった暖色側の街には街灯も少なく、空の色がそのまま反映されたようなほんのりと明るい黒と化す。対する寒色側は青や紫、藍色などの光が浮き上がり、昼の空や薄暗い海のような落ち着く色を醸し出す街と化した。
境目にある広場は寒色と暖色が混ざり合うように不思議な色となり、街その物が変化したかのような錯覚を生み出す。
「……さあ、行くか。夜の"ミナス・イリオス"に」
「うん」
「「ああ」」
「うん……」
完全に色が変わったのを見届け、丘から街中へと移動する。確かに良い景色で、悪くない時間は過ごせただろう。
決して楽ではない旅を続ける以上、今の様に少し休む事も必要だ。
暫く眺めており、少しばかりの休息を得たライたちは夜の"ミナス・イリオス"に繰り出した。
*****
──"ミナス・イリオス・寒色側"。
日が沈んで月の明かりが街を照らす現在、昼間の静けさからそれなりの賑わいを見せていた。
しかし此方側には比較的静かな者が多いらしく、昼間の暖色側に居た者達のような明るさはない。
だがそれは気が滅入る静けさではなく、身が落ち着く静けさ。周りの色が相まり、夏の夜特有の湿り気などもなく目の保養となる街並みだった。
「良い雰囲気だ。落ち着くというか、暖色側とはまた違った良さがあるな」
「うん。周りの色が寒色だから空の月や星の光の邪魔にもなっていないね。風情を大切にして街並みを作ってるよ」
この場所は派手な色が使われていない。道を歩くのに不便のない光が周りを照らしつつ、眩し過ぎず邪魔にもならない。
空の様子や街の景観を重要視している作りのようだ。
「活気の暖色側と静寂の寒色側……色のみならず性格や方針も対になっているようだな。まあ、夜は音が響く。だから敢えて静かな空間を作っているのかもしれないがな」
「ふふ、そうだな。けどまあ、落ち着いて歩ける空間も悪くない。エマからしても、夜に行動が出来るのは有り難いんじゃないか?」
「ああ。別にあの傘は差しても構わないが、こうして自由にフォンセたちと共に行動出来るのは良い」
街の作りを考えつつ、傘要らずでライたちと行動出来る事をエマは楽しんでいた。
レイとフォンセが選んでくれた傘なので愛着はあるが、空を含めて周りをよく見れる今の状態も良いのだ。
「それで、探索と言っても何をする? アポロンのように偶々彷徨っている中で出会える程楽な事じゃないだろう」
「まあな。けど、俺にはアイツの力がある。都合の良い事を引き寄せるなら、大抵は思った通りに事が運ぶと思うんだけど……今はどうなんだろうな」
これからの行動は決まっていない。
思わぬ所でアポロンに出会ってしまった以上、ライたちの事がバレる可能性も高まった。故にこれからは幹部に関する情報を集めるのが優先する事だが、それはそれで考えようがある。
恐らく拠点は二つのうち一つの城だろう。しかし寒色側の幹部に出会っていない以上、性格や他の事が何も分かっていない。なのでいきなり城に乗り込むのは却下。となると偶々出会うのを待つしかないが、果たして本当に出会えるのか不安である。
ライたちにも睡眠は必要。なので昼間よりも活動出来る時間は少ない。これから行動を起こすとして四、五時間が関の山だ。探索は嫌いじゃないが、時間がある。なので早いうちに見つけたいものである。
「アポロンみたいに行き付けの店でもあれば良いけど……幹部は忙しいだろうし、やっぱ城に居る可能性が一番高いか?」
「アポロンも自由人という訳では無かったが、部下達に隠れてこっそりと街に繰り出していた……此方側の幹部の性格が重要か。ライの言うように城に居るか、こっそりと抜け出しているか、分からないものだな」
幹部に就く者は、基本的に真面目。職に疲れて抜け出す者も何人かは居るが、絶対に国を裏切らずその業を遂行する。寧ろ裏切る方が利点が少ないので当然だろう。
アポロンは抜け出す癖のある幹部だったが、もう一人は分からない。自分の城に籠って職や趣味を行う者か、アポロンのように時折抜け出して自由を謳歌するか。
何はともあれ、リスクは大きいが一番手っ取り早い方法はこれだろう。
「仕方無い。城まで行ってみるか。乗り込むんじゃなく、遠くから様子を見てみよう」
何もかも分からないのでヘパイストスのように城へ乗り込むのは却下だが、城の近くに行くという案は中々良いものである。
最も、ヘパイストスに城に侵入した時も幹部の性格はよく分かっていなかった。幹部が一人だけなら乗り込むのも良いのだが、二人居るという事は下手を踏めば挟み撃ちに遭う可能性がある。なのでこの街では直接乗り込むのは後でと考えているのだ。
「ああ、そうだな。このまま彷徨いて居たとしても意味がない……直接乗り込むのも不安要素が多い。まだ夜になったばかり。城の近くに行くだけなら問題無いだろう」
「うん。どの道幹部の事は確認しなきゃならないもんね。まだ挑む訳じゃないから、お城の方に向かうのはありだと思う」
「同感だ。寒色側も昼間に来たお陰で大凡の構造は理解している。それなら残るは幹部の城だけだからな」
「うん……」
ライの意見にレイたち四人も賛成する。挑むに当たって、そのうち城には行く事になる。なのでそれが少し早まるのは無問題だ。
昼間にアポロンと出会っていなければまた行動が変わったかもしれないが、ライたちの特徴は伝えられていると考えて侵略者という結論に何れは到達するだろう。だからこそ、早いうちに行く必要があった。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は寒色側の幹部の情報を集める為、二つのうち一つの城に向かうのだった。