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七百十四話 配色の理由

 街の探索を始めてから、一、二時間が経過していた。

 既に日の位置は真上に近くなっており、そろそろ昼時だろう。そんな時間帯。"ミナス・イリオス"の暖色側ではライとレイが色について話を聞いていた。


「この街って、他の街とは少し違った配色してますよね。何か理由とかあるんですか?」


 直接聞くという訳ではなく、少し遠回しに訊ねるライ。

 因みに現在位置は近くにあったカフェ。昼食はエマたちと共に食べる予定なので茶などを軽くたしなむ程度である。そのついでに街の事を聞いたのだ。

 場所は店主の近くにあるカウンター席。情報を集めるならその方が良いと、ライとレイは個人経営のカフェで話を聞いているのである。


「ええ。まあ理由があると言えばそうですね。見たところ、旅の方ですか? それなら知らないかもしれませんね。フム、回りくどくなりますが、色の事については話すのに必要な手順なので教えておきましょう。……先ず、この街の幹部制度は少し特殊でね。二人の幹部が街を治めているのですよ」


「……! 幹部が……二人……?」


「はい。まあ、他の街にも幹部が二人居る場所はありますよ。知っていると思いますがこの国には幹部が多い。恐らく他の国を含めて最多でしょう。けど、他の国には側近が居るので総合的な数はあまり変わりませんけどね」


 幹部が二人。それが色と関係しているのかは分からないが、店主曰く必要なものとの事。何はともあれ、思わぬ情報が転がり込んだのは都合が良い。

 加えて他の街にもこの様な幹部制度があるらしく、征服するに当たって重要な情報となるだろう。ライとレイは静聴する。


「それで、この街では昼と夜で違う顔を覗かせます」


「違う顔?」


「ええ。昼は暖色こちら側の街が活動を起こし、夜は寒色むこう側の街が目覚めます。この街では昼と夜。二つの時間によって片方が眠り、片方が目覚めるのです」


「……。変わった街ですね。普通、何人かの見張りを残して街はほとんど全員が同じ時間に動くものだけど」


 昼と夜。その時間帯によってこの街は変わるらしい。

 ライはその事が疑問だった。魔族の国のように夜の方が活発になる事はあれど、就寝など本来は殆どの者が同じ活動を行う。

 国によって違うならまだしも、街でその様に習慣が変わるのはおかしな話だ。

 カフェの主人は笑って返す。


「フフ、他の場所で普通ではなくとも、此処ではそれが普通なのです。けれど、利点はあります。先ず他の街にあるような隙が生まれない。この物騒な時代、いつ何時なんどき夜襲されるかも分かりませんからね。先日も近隣の街で襲撃があったそうです。しかも幹部の街を狙った。その時は昼間のようでしたが、その様な例が最近多発しています。なので昼夜問わず突然の襲撃に備えられるこの制度は利点がある」


「成る程……」


 確かに、人間の国では誰もが眠る夜なら襲撃がしやすいだろう。幹部の街を襲うような命知らずは限られているが、限られているからこそ危険である。

 なのでこの街のように昼と夜で活動する都市を分ければ、人数は少なくなれど大抵の襲撃には備えられる。


「さて、本題です。この街の幹部は二人。そして活動する時間も二つ……昼間に一人の幹部、夜にもう一人の幹部の治める地域が活動をする……即ち、此方側では昼が昼で夜が夜。そして向こう側では昼が夜で夜が昼のような扱いになります。色によって区分されている理由は、そこの地域に住むに当たって自分達の活動する時間を理解して貰う為なのです」


「へえ……幹部が二人だと、その様な分担が出来るという事ですか。それは良い制度ですね」


「ええ。これが自慢ですから。まあ、突然の奇襲は最近頻発している事件……前までは分断はされど比較的平穏でした」


「ハハ。困りますね。その者達は」


「ええ、とても」


 クスリと笑い、ライとレイの飲み干したカップを下げる主人。ライはその者達に心当たりがあり過ぎる。が、変に警戒させないよう軽く流した。

 色分けの理由は分かった。となると、寒色側に行ったエマたちの事が気になる。

 向こうでは、今は夜という扱い。ならば大した収穫は得られない事だろう。


「そろそろ昼だし、一旦エマたちと合流するか」


「うん。結構色々聞けたからね。お腹も空いてきたし」


 先程の話が終わった時に移動し、現在主人は調理場の方に居る。なのでこの会話は聞こえていないだろう。聞かれても問題無いが、このまま紅茶だけ飲んで帰るのも気が引けるのでライは調理場に居る主人へ聞こえるよう、声を出した。


「すみません。一旦席を外します。昼食刻にもう一度来ますけど、これから三人増えても良いですか?」


「構いませんよ。何処で食べるのかはお客様の自由ですから。お仲間と行動しているのなら、是非来て下さい。個人経営なのでご覧の通り、閑古鳥が五月蝿いくらいですもの」


 このカフェの紅茶は美味だった。料理も提供しているらしく、腕も確か。昼食には持ってこいだろう。

 なのでライとレイはこの店で昼食を取りつつ他の情報を集める事にしたのである。

 エマたちとは待ち合わせ場所もあり、昼に集合して話を整理するつもりだった。人が少なく腕の良い主人が居るこのカフェは当たりだ。

 二人が席を立ち、一旦カフェの外に出る。そのままエマたちとの合流地点に向かうのだった。



*****



「フム、やはりこの街……少なくとも此方側は夜と見て良さそうだな」


「ああ。時間的には昼だが、この場所にとっての昼は夜と見て間違いなさそうだ」


「うん……。やっぱりこっち側は昼間に積極的な活動をしていないみたい……」


 寒色側を探索して数時間。エマ、フォンセ、リヤンの三人も昼間に寒色側の者達は活動していないという事を理解していた。

 人通りはかなり少ないが居るには居る。だが、どちらかと言えば自宅に帰る為の行動だ。その事と開いている店の種類。そして現状から本当に昼が夜であるのだと推測したのだ。


「そうなると、この街は二分割で行動を起こしているのか? 一体何の為に……」


「理由は分からないが、その様な在り方もあるという事か。二つあった城についても気になる。このまま此処で燻っている訳にもいかないだろう。時間的にも頃合い……一先ずライたちと合流するか」


「ああ」

「うん……」


 数時間は探索したが、人通りがこの有り様故に推測以外の情報を得る事は出来なかった。

 なのでエマはライたちと合流する事を告げ、フォンセとリヤンも頷いて返す。

 "ミナス・イリオス"の寒色側から、暖色側に向かうのだった。



*****



「あ、エマ! フォンセ! リヤン!」


 互いに合流すると考えて十数分。利害が一致しているのか、その短時間でこの広い街にてライたちとエマたちは合流を果たした。

 エマ、フォンセ、リヤンの三人を見つけたレイが声を張って手を振り、エマたち三人は軽く笑いながら手を振って返す。

 互いの距離が少し縮まったところで、ライたちは自分の得られた成果について話始める。


「──という事で、俺たちは一人の店主が個人経営しているカフェでこの情報を得たんだ。エマたちは?」


「私たちが得られたものは特にないな。強いて言えばライたちも聞いたような昼が昼の場所と昼が夜の場所の二つがある事を推測したくらいだ。当たっていて何よりだよ」


 ライたちが掴んだ情報とエマたちが考えた推測はほぼ一致していた。違いを言えば街の住人から聞いた事かそうではない事かくらいである。

 恐らく場所が逆でもこの結論に至る事は出来ただろう。

 そしてエマたちは、ライから聞いたもう一つの事が気に掛かっていた。


「幹部クラスの主力が二人か。それは厄介だな。確か、"エザフォス・アグロス"でライはもう一人の幹部と戦ったのだろう?」


「ああ。その幹部、結構やる。まあ当たり前だけどな。それも、あくまで偵察が中心だったから本気では戦っていない」


 気掛かりなのは、二人居るという幹部の存在。

 昼と夜で行動を別にするらしいので両方と鉢合わせる事は無さそうだが、可能性はゼロではない。もし二人同時に相手をする事になれば骨の折れる作業となるだろう。

 ライが前に会ったヘルメスのように任務を優先とした行動なら然程厄介な存在ではないが、この街を治める幹部からすれば任務は任務でも街の護衛が任務。それを優先とされれば苦戦を強いられるのは火を見るより明らかである。


「フム、最悪の事態にならないのが一番だが……この手の場合、何故か同時に相手をしなくてはならない状況が来る事が多い……今回もそうなのかもしれないな」


「ハハ、多分魔王の力が作用しているんだろうな。勝てない相手じゃないからこそ、纏めて一網打尽に出来るのは俺たちにとって都合が良い……だから最悪の事態が起きても、切り抜ける事も出来ているんだろうさ」


 幹部を二人相手にするのは面倒極まりないが、その方が事は早く済む。なので魔王の力が何らかの形で関与してライたちにとって最善の策を導き出しているのかもしれない。

 こればかりはその方が都合が良いと。だが運命とやらが判断してくれるしか無いので大変だ。都合が良くとも面倒なものは面倒なのである。

 そんな事を話しているうちに目的地に辿り着く。ライはエマ、フォンセ、リヤンに向き直って言葉を続けた。


「さて、着いた。此処がさっき言っていた個人経営のカフェだ。落ち着く場所で過ごしやすい。店主の腕も確かだった」


「ほう? それは楽しみだな」

「ふむ、私の場合は飲食をせずとも良いが、落ち着く場所は歓迎だ」

「うん……楽しみ……」


 カフェの外装とライの言葉を聞き、楽しそうに笑うフォンセ。落ち着きを考えるエマ。そして、これでも楽しみにしているリヤン。

 ライたち五人は個人経営のカフェに入って行くのだった。



*****



「いらっしゃいませ。おや、君たちでしたか」

「ああ。旅仲間を連れてきたんだ」

「フフ、お待ちしていましたよ」


 カランカランと、ライたちが入店する事でドアベルが客の少ない店内に響き渡る。

 昼時という事もあって、先程よりは人の姿もチラホラ映り込んでいた。やはり時間帯次第では人の少ないカフェも少しは入ってくるのだろう。

 莫大な資金でもない限り、個人経営ではそうでなくては成り立たないので当然と言えば当然だ。

 店主の前にあるカウンターは先客が何人か居る。五人居るライたちが入ると狭くなってしまうので窓際の席に座り、歓談をおこなっていた。


「此処がその店か。確かに良い雰囲気だな。レトロな空間を意図的に作り出す事で落ち着けるように工夫されている」


「ああ。店内には喧騒もなく、その静寂は心地好い静寂だ。シンプルな景観だから視覚情報も少なくて心の底から休める」


「うん……落ち着く……」


 カフェの内装はエマの言うようにレトロな空間を作り出している。木製テーブルと木製の椅子。天井から吊るされるランプくらいしか明かりの要因がないので全体的に薄暗いが、窓から入り込む日差しによって店内は程好い明るさになっていた。

 この構造からして、やはり夜には開かない。もしくは入店者が限られているのだろう。


「ハハ。それは良かった。早速注文しようか」


「ふふ、そうだな。ライおすすめのカフェ……どんなものか確かめてみよう」

「アハハ……そんな見定めるような事をしなくても……」

「私はもう少しカフェの内装を見ておくよ」

「じゃあ……私は……」


 落ち着きのあるカフェ内で料理を頼み、各々(おのおの)で寛ぐライたち。

 くつろぐと言っても落ち着きを見せた優雅なもの。最初に運ばれてきた紅茶を一口飲み、他愛ない会話をしながら食事を待つ。

 店員が店主一人だけのこのカフェは注文したものが来るのは少し遅い。気長に待つのも一興という事だ。

 それから十数分後に注文した昼食が運ばれ、ライたちは食事を摂る。何時ものように簡易的な物を頼んだが、腕は確かなので美味なものであった。

 そして一通り食し終えたライたちは代金を払い、カフェから外に出ようとした──


「マスター。相変わらず美味しいね。この紅茶」


「フフ、自慢の紅茶ですから。あ、コーヒーも如何?」


「それは昨日飲んだから、今日は紅茶の日さ」


 ──その時、聞こえてきた声にライたちは足を止める。

 その者はカウンター席に居た者で、見た事は無い。しかしその声、いや、声も聞いた事が無い。その気配が気になったのだ。


「……ん? やあ、君達。見ない顔だけど、旅の者かな?」


「あ、はい。すみません。マジマジ見てしまって」


「ハハ。気にする事は無いさ」


 立ち止まっていると、その視線に気付いたのかその者が紅茶を飲むのを止めてライたちに挨拶を交わす。

 赤毛混じりの金髪に、心の底から浮かべている笑顔。その瞳は空のように青く、好青年の具現化のような者だった。

 その青年は紅茶から手を離し、立ち上がってライたちに一言。


「……うん。君達が旅人なら、僕の立場的に言っておかなくちゃならないね。──ようこそ太陽と月、昼夜の街"ミナス・イリオス"へ。僕はこの街、この国を治める幹部の一角、──"アポロン"。以後お見知りおきを」


「……!?」


 ──その者から発せられた名は、ライたちの表情を驚愕のものへと変化させるのに十分過ぎる名だった。

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