七百十一話 勇者の剣の秘密・鍛冶と炎の神の街・終結
未だに半壊しているヘパイストスの城。しかし食堂は無事である。
兵士達に呼ばれたライたち五人とヘパイストスは、その食堂に来ていた。既に料理は並べられており、作られたての温かな品々がロングテーブルに乗っている。
メニューはこんがりと焼き目のついたパンにスクランブルエッグ。芳ばしい香りを放つ肉と新鮮な野菜とスープ。簡易的な物だが、再生直後の現状仕方の無い事だろう。
因みに余談だが、これらの食べ物はデメテル達が"エザフォス・アグロス"から持ってきてくれたらしい。
鍛冶から造られる物の交易があるので、それが一日不通になった事を疑問に思ったデメテルが調べたとの事。
何が起こるか分からないこの世界だからこそ幹部同士の交流というものも重要なのだろう。
その後、ライたちは食前の挨拶を交わして朝食でも昼食でもない、間食に近い食事を摂る。
食事を摂りつつ、他愛ない談笑。場所によっては静かに食すものだが、それは食事その物が神聖な時間である事か、咀嚼音やナイフにフォークなどの音を立てないという意味がある。今のライたちにはあまり関係の無い事だ。
なので談笑しつつ食す中、パンを千切って口に入れ、噛んで飲み込んだ後にライがヘパイストスへ訊ねた。
「それで、アンタ……レイの剣について何か言いた気だったな。一体何の事だ?」
それはヘパイストスが気に掛けていたレイの持つ勇者の剣について。
ヘパイストスはその事を聞きたがっていた。なので先を促したのだろう。
同じく食事を摂るヘパイストスは肉を食した後でライの言葉に返答する。
「ああ。最初に見た時から疑問に思ってな。鍛冶の神である私は、大体の武器なら見ただけでどんな力を秘めているのか。どんな物質が使われているのか。何者が所有者なのか。その他にも様々な事が分かる。だが、その剣からは何も見えない。いや、それもおかしい。見えないが、気配は感じる……」
鍛冶と炎の神であるヘパイストスは、見ればその武器の持ち主や特性について分かるらしい。
しかし、勇者の剣からは、見えるようで見えない。見えないようで感じる。矛盾の気配が漂っているとの事。
確かにレイの剣は頑丈。恐らく魔王の力を纏っても砕けないだろう。
「気配……? それに、見える見えないとか、俺にはよく分からない事だらけだな。けどまあ、そのよく分からない何かを感じているという事か」
「ああ。普通の剣でない事は一目見て分かった。そうでなければ昨日、鍛冶を止めてまで確認はしない。実に興味深い。私に教えられる事なら教えて欲しいものだ」
ライたちの様子から、剣の正体が教えにくい事であると理解したヘパイストスは慎重に話す。
相手が言えない事は深く追求しない。なので聞けたら良いなという程度の感覚なのだろう。
「それは、俺が決める事じゃないな。レイ。どうする?」
別に先祖がバレようと、あまり関係はない。しかしこれはライが決める事ではなく持ち主のレイが決める事である。
食事の途中、スープを一口飲んだレイはライたちを見渡し、頷いて言葉を発する。
「うん。良いよ。ヘパイストスさん。教えてあげる……けど、此処は人目も多いから食事の後で。それが条件かな」
「ああ、分かった。教えてくれるというだけで有り難い事だ。ならば今はこの食事を楽しむとしよう」
此処が人間の国である以上、世界的な英雄が侵略者の元に居るのは都合が悪い。その英雄の名も穢れてしまう可能性があるからだ。
しかし、この二、三日。たったそれだけだがこれまでの性格からして、ヘパイストスはそれを教えたとしても英雄に対して悪評を広める男では無いだろう。なのでレイは教える事に決めた。
教えてくれるならとヘパイストスも肯定して返し、ライたちは食事に戻る。
それから数十分。食事を終えたライたちはヘパイストスの城にある貴賓室へと入るのだった。
*****
──"スィデロ・ズィミウルギア・ヘパイストスの城・貴賓室"。
此処はヘパイストスの城にある、本来は客人などと会う部屋である貴賓室。
部屋の全体的な色合いは鮮やかな赤を基調としたもので、所々に金と銀の装飾が行われている。特に目立った物などは無く、赤い絨毯。光沢のある木製テーブルに柔らかなソファとシンプルな景観だった。
そこにヘパイストスとサイクロプス。そして本題のライたち五人が集まっていた。
「重要そうな話だったから、他の兵士達は部屋の外で見張りをさせている。聞くのは私とサイクロプスだけだ」
『……』
「うん、分かりました。けど、そこまで畏まらなくても良いですよ。その方が気が引けちゃいますから」
面持ちから重要な話という事は理解している。なので兵士達は貴賓室に入れず、あくまで主力の二人が聞くという体勢になっていた。
だが、そこまで構えられるとレイとしても話し辛い。なので軽く笑って楽にして良いと告げた。
「フム、そうか。なら、お前も敬語を止めると良い。先程は普通に話していたからな。その方が楽なのだろう」
「アハハ……。はい。ううん。……うん。じゃあ、分かったよ」
互いに思い詰めるのは良くない。なので楽な体勢となり、簡単に話すような状態で寛ぐ。
改めて構えたのを見直したレイは、前置きなどもせず単刀直入に告げた。
「この剣は私の祖先……世界を救った英雄、勇者が持っていた剣なの……」
「『……!?』」
そんなレイの言葉に、ヘパイストスとサイクロプスが驚愕の表情を浮かべてレイと剣を二度見する。
二人も二人で何を言われるか、相応の覚悟はしていたようだが、やはり目の当たりにする。実際に聞くと違うものがあるのだろう。
「勇者の剣か。いや、成る程……この剣が勇者の剣ならば気配の理由が分かった気がするな。かつて世界を荒らした魔王と全てを消し去ろうとした神を討ち滅ぼし、本人は聖域に居るという存在……そんな規格外の者が持っていた剣なら私が分からないのも頷ける」
だが、ヘパイストスは即座に落ち着きを取り戻した。そこは幹部として流石と素直に称賛出来る事だろう。
元々有り得ない事の無い世界でも、有り得る事の可能性は低い。なのである種の奇跡を目の当たりにしているような状況で即座に落ち着けるのは精神力の高さを示していた。
「勇者の剣については、私もよく分からないの。強大な力が宿っているのは知っているけど、その詳しい能力が分からない。武器に精通しているヘパイストスさんなら、何か分からないかな?」
「何か……か」
勇者の剣。それは頑丈である。そして切れ味も良い。レイが知っているのはそれくらいだ。
それだけなら名高い良剣とほぼ同じだが、勇者の剣は根本的な部分が違う。それが何かは分からないが、感覚でただの名刀とは違うと理解しているのである。
そう言われてもと困るヘパイストス。だが、今一度レイの手にある剣を見て言葉を綴った。
「そうだな。まあ、ある程度の事は分かる。殆どの事は知らないが、お前が勇者の子孫である以上、推測の範囲なら大凡を理解した」
「……」
勇者の剣について、ある程度の事を分かると述べるヘパイストス。だが、殆どの事は知らないらしい。
それは矛盾している事柄だが、あくまで推測。それも、こうある筈という希望論が大凡を占める推測なので分かっているが分からないと告げたのだろう。
だが、武器に深く精通しているヘパイストスの推測なら信憑性は高い。なのでレイは無言を貫き、ヘパイストスの言葉を待つ。
「フム、答えるとするか。あらゆる武器を見てきた私が思うに、この剣はそのどれとも似つかない異質な存在だ」
「異質な存在……うん、その通りだね」
異質という事は持ち主であるレイも知っている。
この剣は強度も切れ味も高い。しかしそれらはただ通常よりも高いだけではなく、"絶対"という言葉を用いて初めて何とかその強さを表現出来るかもしれないという程に常軌を逸しているのだ。
その事を話したのは知っている事から入る事で知らぬ事へ対しての不可解な部分を軽減する為だろう。その証拠にヘパイストスは更に言葉を続ける。
「単刀直入に言おう。恐らくだが、その剣は伝承を含め、この世の全ての武器を遥かに凌駕する力を宿している」
「……!?」
その言葉に今度はレイを含めたライたちが驚愕した。
伝承。神話。その他全ての武器。それを遥かに凌駕する力となれば、言葉で言い表すには難しい程の力だ。
信じられない面持ちのレイは何とか落ち着き、ヘパイストスへ質問する。
「えーと……それって、その……持ち主が必ず勝利する力だったり、一振りで宇宙を焼き払う力だったり、全ての願いを叶える力だったり……その全てを超えるってこと?」
「ああ。あくまで推測だが、ほぼ確実にそうだろう。少なくとも、我らの主神。いや、人間の国の支配者が持つ宇宙を焼き払う霆より遥かに強大な力を宿している」
「そ、その根拠は……?」
「私が読めなかった。それだけで異常だが、恐らく支配者のような全知の者でも読み切れない力だろう。推測だから根拠と言い切れるものはないが、勇者が持っていた事も踏まえ、全知全能を超えた力が宿されているのはほぼ確実だ」
「……っ」
勇者の剣は、ありとあらゆる神話の力を遥かに超越した力を宿しているとの事。
レイの言ったように、穿てば持ち主に必ず勝利を運ぶ武器。全宇宙を焼き払える武器。全ての、どんな願いをも叶える事の出来る物。それら全てを遥かに超越した剣。
その力は、正しく全知全能。無限のその先まで一瞬にして到達する力を秘めているのは確実だ。
ライや魔王(元)が物理や異能に対して無限の耐性を持つ者なら、さしずめ勇者の剣は無限の力を持つ物だろう。力というのは、攻撃も守護も。戦闘やその他全てに置いて必要な力全てを表す。完全に扱えれば、ライや魔王(元)、ヴェリテ・エラトマの力をも凌駕するのは目に見えている。
それが意味する事はつまり──いや、言葉で表し切れる力ではなかった。
「何度も言うがあくまで、だ。詳しい事は全知全能の支配者に聞いた方が良いだろう。それと、何やら神聖な力も感じる。全ての力を宿すのだから当然だがな。要するに厄災などを払い除けたり、次元や概念その物を切り裂く力も持っているだろう」
「……」
厄災を払い除ける力。加えて次元や概念を切り裂く力。それらには既に心当たりがあった。
生物兵器もこの剣ならば不死身の性質を打ち消せたり、異能を切り裂いた事もあった。何なら、ライや魔王(元)のように自分自身に降り掛かる異能を無効化する事も可能だろう。
なのでその事には特に反応を示さない。そもそも、色々と知り過ぎたので気持ちの整理も含めて落ち着きたい心境なのだ。
それを理解したのか、ヘパイストスは最後に訊ねる。
「まあ、固まるのも分かる。これが最後の質問だ。それを持っていて、自分の身体に何か変化が起きたりしたか?」
最後の質問。それはレイ自身の身体に何らかの影響が出ていないか。
神話の武器類や物には力を与える物もある。なのでそれが気になったのだろう。
レイは頷いて返した。
「変化……うん、心当たりがある。私がダメージを負って死んじゃいそうになると、急に身体が軽くなって力が溢れる……」
「成る程……」
その言葉を聞き、「フム……」と何かを察するヘパイストス。
ここからは聞かずとも答えてくれるだろう。なのでレイとライたちはヘパイストスの返答を待ち、ヘパイストスは更に続ける。
「恐らく──先程から"恐らく"という間接文が多いが、気にしないでくれ。……ともあれ、恐らくそれは勇者の宿していた力だろう。勇者の子孫と言っていたな? それなら、かつての持ち主である勇者の力が自然と身体に入ってくるのだろう」
「勇者の……力……」
時折高まる力。それはレイの身体に宿る勇者の血と剣に宿る勇者の力が共鳴する事で引き起こされる現象との事。
確かに力の持ち主と同じ血が流れているなら微かな魔力や別の力が反応する事もあるだろう。妙に納得出来た。
そしてこれは最後の質問。なのでそれを終えたヘパイストスとサイクロプスは立ち上がり、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人もつられるように立ち上がった。
「これで以上だ。興味深い事を知れたのは私としても利点が多い。感謝しよう」
「あ、いいえ。それは私の方です。私、勇者の剣について何も知らなかったから……だから、貴重な時間でした」
「フッ、また敬語に戻っているぞ。だが、まあいいか」
軽く笑い、貴賓室からそのまま進んで外に向かうライたちとヘパイストスとサイクロプス。
何はともあれ、これにて勇者の剣についての話し合いが終わるのだった。
*****
それから少し進み、ライたちとヘパイストスは城の外に出ていた。
そろそろ旅路に着く必要もあるが、街の再興を手伝いたい気持ちもある。その事についてライが悩んでいると、ヘパイストスは言葉を発した。
「少年。お前達は次の街へ行くが良い。徹夜で街の復興を手伝ってくれたのだからな。これ以上縛る訳にもいかないだろう」
「あー、そうしたい気持ちもあるけど……この街は俺たちが原因でもあるからさ。何と言うか、気が引けるな……」
「気にするな。自分たちの事は自分たちでする。逆に、侵略者であるお前達に手伝わせる訳にもいかないだろう?」
確かにその通りかもしれない。侵略者が街の再興を手伝うのはおかしな話だ。
だが、ライにも責任はある。気にやんでいる様子のライに、ヘパイストスはため息を吐いた。
「今回は災害みたいなものだ。それを自分たちで再興出来なくては、私たちが弱くなってしまう。弱まらせたいのならその作戦は成功だがな。この作業には、私たちのレベルを上げるという意味もあるんだ。故に、お前達が居ては困るというもの」
災害が起きた時、作業の行える者が居るにも関わらず全てを他人に頼る。それでは弱くなってしまう。なのでヘパイストスは自分たちで作業を進めたいらしい。
ライはヘパイストス達を弱まらせたい訳では無いので、肩を落として言葉を続けた。
「そうか。うん、じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ。俺たちは旅を続ける。この国を征服する為にな」
「出来るかは分からないぞ。私以外にも強者は多々居る。この国が世界最強というのは、私たちも自負しているからな」
「ハッ、上等だ」
最後に敵意を向け、フッと笑ってライたちとヘパイストス達が別れる。
仲良くなるのは良いが、そんな訳にもいかないのが幹部という立場。なので互いに悪態を吐く事で因縁を植え付けたのだろう。
何はともあれ、ライたちはそこから半壊した街を進み、"スィデロ・ズィミウルギア"を後にした。
「良い街だったな。"スィデロ・ズィミウルギア"。いや、良い街ってのは俺たちが寄った大半の街に言える事だけど」
「うん、そうだね。私もご先祖様の剣について色々知れたし、有意義な時間を過ごせたよ」
「ふっ、それは良かった。その力、今後も必要になるだろうからな。特に、ヴァイス達が相手の場合」
「ああ。けど、あの街が良い街だった事は変わらないさ。私たちが手伝わずとも、あの調子なら数ヵ月もあれば完全に再生するだろうからな」
「うん……私もそう思う」
工業の街、"スィデロ・ズィミウルギア"。
国境の街を除き、最初に寄った幹部が居る自然の街"エザフォス・アグロス"とは対照的な街だったが、良い街である事は全員が理解していた。苦手だった煙などの匂いも何処か心地好さを感じる程に。
だが、そんな良い街は人間の国に多々ある。加えて幹部も居るそれらの全てを征服するというのは、決して楽な事では無いだろう。
世界征服という目標まで後少し。その少しは近くて遠い先の話。だが、ライたちには征服出来る確かな自信があった。
確実に近付いている目標の世界征服。それを終える為、ライたち五人は昼過ぎの道を進むのだった。