七百十話 街の再興
「凄い衝撃だったね……。近くでライ達が激しい戦いをしているのかな?」
「そうだろうね。ライの目的は私たちも知る通り世界征服。人間の国の幹部達とは必然的に全員と戦う事になる」
遠方にて白い雷光と漆黒の渦がぶつかり合う様は、近隣の山で戦闘を行っていたヴァイス達の視線にも映り込んでいた。
その衝撃波を感じたマギアが訊ねるように呟き、それにヴァイスが返す。
ライたちの目的はヴァイス達も知っている。なので幹部とライが戦う事は分かっていた。
それを聞き、今度はシュヴァルツがヴァイスに訊ねる。
「それで、どんな状況かは分かるのか? 多分勝つのはライだろうけどな」
「そうだね。状況なら"千里眼"で見えている。生物兵器の完成品が宿していた基本的な魔法や魔術。超能力は使えるからね。ああそれと、戦いならたった今ライが勝利を収めたところだよ」
生物兵器の完成品。その力と人間の国の主力、他国の支配者を除いた幹部と側近たちの力を取り込んだヴァイスは超能力も使えるようになっているので遠方の様子も分かるのだ。
それを見ていた結果、ライが勝利を収めた所も確認したらしい。
そしてそんなヴァイス達が行っていた戦いだが、その戦いはと言うと。
『仕方無い。共に行ってやろうではないか。ほんの暇潰しだ』
「それは良かった。私としても少しばかり危なかったからね。そンな者が味方になるのは心強い。まあ、無理矢理にでもさせるつもりだったけど」
ロキが丸め込まれていた。何があったかは不明だが、どうやらヴァイス達と共に行動する事になったらしい。
因みに今のヴァイスは火傷のような怪我が癒えている途中。シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフにも何らかのダメージがあり、ロキ自身も重症だった。
これからするに、かなり激しい戦いだったようだ。この山の木々は既に燃えて消え去っており、黒煙と焼けた土のみがその場に残っている状態である。
『だが、約束通りある程度私の自由は保証して貰おう。縛られるのは好きじゃない。これは嘘ではなく事実だ。その点は理解しているな?』
「ああ。勿論さ。君を敵に回すのが得策じゃないという事は文字通り、身を持って理解している。あくまで君はブランク解消の為、そして私は街を襲撃する為。お互いが手を組ンだ以上、上も下も無い。対等な立場の同盟という訳さ」
協力はするが、上下関係は無い。そしてロキの自由も保証する。それがヴァイス達とロキの元で行われた同盟らしい。
ロキの性格上、そうする事で初めて話が纏まったのだろう。何時裏切るかは分からない。だが純粋な戦力としては申し分無い。利点も互いにあるが、何処かそこはかとなく脆い同盟だった。
『それで、何処へ行くのだ? 人間の国の幹部とあの少年が戦ったのを見ると、互いにダメージはある筈。攻めるか?』
話が付いたところで、ロキはヴァイスにこれからどうするのかを訊ねる。
あの衝撃からしてただ事ではないのは確か。決して無傷で終わる戦いでも無いだろう。なのでその隙を突いて攻めるのはどうかという提案だったが、
「いや、それは私たちも同じだ。全員、それなりにダメージを負っている。グラオは比較的ダメージが少なくて私とロキは既に再生したけど、他の皆が居るからね。それに、ライ達には優秀な回復役が二人……いや、ヴァンパイアのような特異な例を含めれば三人居る。私たちも回復して攻めたとすれば、疲労の差でどうしても私たちが不利となってしまうだろう。だから、一先ずは休息を取りつつ他の街を襲って生物兵器を増やしていくさ」
『なんだ。つまらぬな。だが、今回はそれに乗ってやろう。ブランクを解消するに当たって、順序はどうでもいい』
ダメージと疲労。それらを踏まえた結果、今ライたちに挑むのは得策ではないと判断したヴァイス。
今回はロキもそれに乗ったらしく、ヴァイス達はこの場を去る事にした。
この山は放っておいても良いだろう。何故ならライたちとの戦闘の余波で周囲の山がこうなるのもおかしくないからだ。それならば別の戦闘があったと理解されない筈である。
ヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフ、そしてロキ。この七人は次の街を破壊する為、ライたちにバレぬようこっそり移動するのだった。
*****
──"スィデロ・ズィミウルギア"。
ライとヘパイストスの戦闘が終わった"スィデロ・ズィミウルギア"では、再び街の再興が行われていた。
ヘパイストスが土台を造り、フォンセとリヤンが魔術を用いてその通りに組み立てる。瓦礫などはライ、レイ、エマ、サイクロプスや兵士達が撤去し、作業は迅速に進む。
無尽蔵ではないが、頑丈な建物を組み立てるくらいなら尽きにくい魔力を持っているフォンセとリヤン。これなら街の形もなるべく早くに形成される事だろう。
「便利なものだな。魔術というものは。この国には魔法や魔術を得意としている者も居るが、この街は基本的に科学で成り立った。この世界では科学より魔学が発展しているのも頷ける」
「ふっ、それ程でもないさ。魔法や魔術は使える者が限られているが、科学は誰にでも"楽"と"力"を与える事が出来る代物だ。両方に利点はあるだろう」
フォンセとリヤンの魔術を見、染々と話すヘパイストス。
魔術の便利さを目の当たりにして科学を謙遜しているみたいだが、フォンセの言うように魔法・魔術と違って使い方さえ分かれば誰でも使えるようになる科学道具。
大々的な復興などは魔法・魔術が適しているが、様々な者が日常を送るに当たって一番便利なのは科学だろう。
この様に、発展の方向は違ったりするが両方に利点は多い。科学も魔学も優劣を付ける事は出来ないだろう。
「けど、良いのか? 街の住人には伝わっていないだろうけど、俺たちは侵略者って立場にある。そんな俺たちと街を再生させても問題無いか?」
「構わないさ。お前達は誰に言われずとも街を立て直していた。それを気にするのも今更だろう」
「そうだな。責任は俺たちにもあるし、手伝うなって言われても手伝うつもりだった」
「じゃあ何故聞いたのか疑問だが、面倒な話はしなくても良いだろう。他の幹部たちも、大半は分かってくれるだろう」
「全員じゃないのか」
「人はそれぞれ違うのが当然だ。全員が同じ考えなのは気味が悪いだろう」
戦闘直後とは思えない程に仲良くなっているライとヘパイストス。
元々堅い性格のヘパイストスだが、堅い性格だからこそ明確に敗れたと理解しているのだろう。頑固者は逆に話を聞いてくれないが、ヘパイストスはまだ話の分かる者だった。
「さて、大体出来たかな」
「随分と早いものだ。優秀な者が味方に居るとこれ程までに作業が進むのか。サイクロプスも優秀だが、一人と五人では大きく違うか」
作業開始から数時間。ヘパイストスの城を訪問し、ヴァイス達をいなしたのが昼前程の時間帯。今ではすっかり日も落ち、何人かの作業人を除いてライたち五人とヘパイストス、サイクロプスの二人だけとなっていた。
因みに日が落ちたのも数時間前。今は既に明け方近くの時間。ほぼほぼ徹夜で作業を進めたので広い"スィデロ・ズィミウルギア"の十分の一くらいは復興出来ていた。
「ほぼ徹夜で十分の一……数十万戸が関の山か。私の魔力も少し減ってきた……中々辛いな」
「うん……疲れた……」
額の汗を拭い、肩で息をするフォンセとリヤン。魔力にも限界はある。
それなりの強度と人が住むに当たって不便さを少なくさせる為に調整しながら造った建物。その微調整諸々で魔力が消費し、それによって疲労しているのだ。
「ご苦労だった。お前達は侵略者だが、今回の件は素直に礼を申したい。数時間前の勝負とは別に、しかと礼をしたいのだ。少年ともう一人の侵略者によって壊された箇所も既に修繕を終わらせた。まだ半壊しているが、多少は寛げるだろう。私の城に来てくれ」
諸々の事を終わらせたライたちへ、今一度ちゃんとした礼を申したいヘパイストスが城に誘う。
敵を招くのは思うところもある筈だが、仁義を通しているのだろう。
「そうか。もう夜が明けるけど、休む場所を提供してくれるなら有り難い。闇討ちされる可能性もあるけど」
「闇討ちなどせぬ。素直に礼を申したいだけだ」
「ハハ。冗談さ。アンタと戦ってその性格は理解したからな。アンタは闇討ちするような者じゃない。まあ、闇討ちされたとして、闇討ちされる相応の事をしている俺は別に卑怯とは言わない。言う資格も無いさ」
何はともあれ、一先ずヘパイストスの城に向かう事となったライたち。まだ半壊しているらしいが、城程の大きさならば半壊していても十分な広さは確保出来るだろう。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とヘパイストス、サイクロプスの二人。そしてヘパイストスに仕える兵士達は、一旦城に向かうのだった。
*****
「ゆっくりして行ってくれ。各々、個別に部屋も用意してある。もう夜明け近いが睡眠は必要だろう」
「ああ、助かるよ」
それから少し進み、高台にあるヘパイストスの城に来たライたち。
ライたちが手伝ったのもあるが、確かに幾ばくかの修繕は終えており今居る者たちが全員入るのに申し分無い状態だった。
ヘパイストスに案内され、一人一人に割り振られた部屋に入る。時刻は夜明け前。眠気もある。なのでライは部屋に入ったら直ぐベッドの上に移動した。
(そう言えば……一人で寝るのは久々だな。地獄以来か……)
眠気に虚ろい、微睡む思考の中で今までの睡眠について考える。
レイたちと旅をしてから特定の場所に泊まる時も野宿の時も基本的に一人じゃなかった事から、何だか心細い感覚になる。まあ一人と言っても厳密に言えば魔王(元)が居るのだがそれはさておき。
ともあれ、一人の睡眠も悪くない。夜というものは気分を落ち着かせる時間帯で、人によっては機嫌が悪くなったり嫌な思い出などがフラッシュバックする時間でもある。だが、今の眠気からしてそんな事を考える余裕は無かった。
(ああ……駄目だ……眠い……寝るか……)
【クク、朝まで起きたくらいで眠くなるなんてまだまだガキだな。睡眠なんか取らずに世の中を楽しもうぜ?】
(朝までって、大人も子供も関係ねえよ。眠いものは眠いんだ。……というか、お前は実体が無くて自分が眠れないから暇なだけだろ……俺を巻き込むなよ)
【クク……痛みも何も感じねェこの姿は便利だが、退屈だからな。退屈ってのは地獄より地獄だ】
(そうかよ……)
魔王(元)との会話を終わらせ、微睡みに身を任せる。まだ魔王(元)の独り言が聞こえるが、それはただの愚痴だった。
なので気にせず目を閉じ、次第に意識が遠退く。一人を除いて静かな空間。時刻は朝方。そろそろ日も昇る。静寂が包み込む中、ライは眠りに付いた。
*****
「おはよう、皆」
「あ、おはよう。ライ!」
「ああ、おはよう」
「ふふ、おはよう。ライ」
「おはよう……」
──翌日、目覚めたライが部屋から出た時、丁度レイたちも部屋の外に出ていた。
今回は全員が眠気なども無く起きたようだが、現在の時刻は昼近く。エマを除いて強い日差しで目覚めたのでこの調子なのだろう。挨拶も厳密に言えば"おはよう"ではなさそうだ。
一先ず五人揃ったところでヘパイストスの城を見て回る。まだまだ修復が必要な場所は多く、この街の再興にも時間が掛かりそうだった。
そして部屋から暫く進むと、目の前からヘパイストスが歩いてきた。
「起きたようだな。この時間帯に起きたのを見るとそれなりに十分な睡眠が取れたらしい」
「ああ、お陰様でな。というか、アンタは結構早く起きたのか? それとも寝ていないとか? 寝起きって雰囲気じゃないよな」
そんなヘパイストスを見、その様子からしてライたちと違い寝起きではないと考える。
余程寝覚めが良かったという可能性や元々朝に強いという線もあるが、寝起きにしては言動がハキハキしているからだ。
ヘパイストスは軽く笑って返した。
「フッ、そうだな。寝ていないだけだ。夜通し作業をする事もある。徹夜には慣れているのさ」
「慣れるもんじゃないと思うけど……まあ、人それぞれか」
どうやら寝ていないらしい。本人曰く、慣れているとの事。眠気に慣れる事など普通は出来ない筈だが、神としての力があるので普通の人間とは少し身体の構造が違うのかもしれない。
その一方で、ライに続いてレイが挨拶を交わす。
「お早う御座います。ヘパイストスさん。……えーと、こんにちはの方があっているかな?」
「ああ。まあ好きにして良い。もう朝食……というより昼食が出来ている。お前達も来ると良い……それと……」
挨拶に返し、頷くヘパイストス。エマ、フォンセ、リヤンの三人は警戒しているという訳ではないが会釈だけ行った。
そしてヘパイストスは、何かを言い掛けて言葉を噤む。その様子が気になり、レイは小首を傾げて訊ねた。
「えーと、どうかしましたか?」
「ああ、一つ。お前達……いや、"その持ち主"について気になる事があってな……」
どうやら何かを気に掛けているようだ。
それが何か分からないライたちは小首を傾げ、意を決したかのようにヘパイストスはレイに向けて一言。
「その剣について聞きたいことがある」
気になっていたのはレイの持つ剣。レイの先祖、勇者の剣について。
どうやらヘパイストスはその剣を気に掛けているらしいが、思えば初めて剣を見た時も気に掛けていた。なのでレイはキョトンとしつつ言葉を続ける。
「……え? それって──」
「──ヘパイストス様。ライ様、レイ様、エマ様、フォンセ様、リヤン様。食事の準備が出来ました」
──が、言葉を続けようとした直後、兵士達がヘパイストスとライたちを呼びに来る。
食事の準備が整った。故に、この会話は一時的に中断されるのだった。