七百九話 ライvs鍛冶の神・決着
「さて、私から攻めてみるか」
「来い……!」
対魔族用の剣を取り出したヘパイストスが一気に踏み込み、ライに向けて駆け出した。
それをライが紙一重で躱し、死角に回り込んで裏拳を放つ。ヘパイストスはその裏拳を屈んで避け、腕を振り上げてライへ魔族用の剣を突き上げた。それを仰け反って躱したライがそのままバク転し、両手を地面に着けて距離を置く。距離を置くと同時に踏み込み、加速を付けた拳を打ち付けた。
「オラァ!」
「……!」
放たれた拳は剣で軌道を逸らして避ける。避けた瞬間にライの腹部へ蹴りを放ち、その身体を打ち抜いた。
だが本人も自覚しているように常人や一般的な兵士よりは強いが、他の幹部や主力達に比べたら少々力の無いヘパイストス。ライの身体に蹴りは当たったが少しだけしか離す事が出来ず、その隙を突いてヘパイストスの腹部に拳を振り上げて叩き込んだ。
「ガホッ……!」
「そらよっと!」
拳を受けて吐血した瞬間、頭目掛けて回し蹴りを放つライ。
それを直接受けたヘパイストスが吹き飛び、何度目かとなる瓦礫の山に突っ込んで砂塵を舞い上げる。
「この場合は……」
それを見届けたライが少し右にズレ、次の瞬間に足元から蛇腹剣が出現して先程まで居た場所を切り刻む。
そう、ライが右にズレたのはヘパイストスの策に嵌まらぬ為である。此処が瓦礫以外何もない荒れ地なので軽く躱せているが、ヘパイストスは巧みにあらゆるやり方で仕掛けてくる。
仮に今回とは違う方法で勝負を受けてくれたとして、ヴァイス達の襲撃が無ければ、恐らくもっと様々な罠が張り巡らされていた事だろう。悲惨な状態だが、今の状態のお陰でライが余裕を持って挑めていると考えても良いだろう。
「読まれたか。流石だな」
「これくらいで褒められても嬉しくねえよ!」
称賛しつつ、大鎚を振り下ろすヘパイストスとそれを避けるライ。刹那に大鎚は消え去り、蛇腹剣が放たれた。それも避けた瞬間にヘパイストスの身体が眼前に迫っており、対魔族用の剣が振り下ろされる。
避けても避けても無限に湧き出る武器。なのでライは剣の柄を掴んで受け止め、ヘパイストスの身体に蹴りを放った。が、剣を離したヘパイストスが飛び退いて蹴りを躱す。同時に対魔族用の弾丸が込められた銃を放って嗾ける。
「危ないな……!」
それを前にライは足元を踏み砕き、瓦礫を壁にして銃弾を防いだ。
通常よりも高い威力を誇る弾丸は瓦礫の壁を容易く貫通するが、一瞬でも視界から消える事が出来れば上々。速度を上げ、瓦礫の壁から飛び出して未だに銃を撃ち続けるヘパイストスに迫った。
「なにっ?」
が、そこにヘパイストスは居なかった。設置され、弾がなくなるまで自動的に撃ち続ける銃のみがそこにあったのだ。
そんな疑問は束の間、背後からライに声が掛かった。
「体感している事だけが事実ではない。私が銃を撃ち続けていると錯覚したお前の油断が自身にダメージを与える」
「……ッ!」
刹那に背部を斬られ、痛みが身体を迸る。様々な策を講じるヘパイストスから姿を隠すのは逆に無謀だったようだ。
肉体的な能力で傷は付いていないが、刃物で斬られた痛みはある。やはり一筋縄でいく相手ではないのだろう。
「中々痛いな……! 刃物で痛みを感じたのは久し振りかもしれない……!」
「傷も出血も大した事がないのによく言うものだ」
斬られてそのまま落下したライに痛みはあるが、外傷はない。それでもダメージを受けたように話す。だがヘパイストスは肩を落としていた。
確かにダメージらしいものはあった。だが即座に立ち上がった様子からしても大したものではないだろう。なのでヘパイストスは、相手の方が強いという思考の元で手応えの無さに肩を落としたのだ。
「苦労する。大抵の武器が効かない体質……対魔族用の剣を用いてもこの様だと気が滅入るな」
「一応俺に確かなダメージはあったんだ。そう悲観されると俺が惨めに思える。素直に誇って欲しいものだな」
「これが勝負である以上、勝ちたいものだからな。これ程までに手応えが無いとマイナス思考にも陥る」
「じゃあ、俺に勝てるよう頑張れよ。俺は負けるつもりなんか更々ないけどな……!」
それだけ告げ、ヘパイストスに向けて一気に加速した。ヘパイストスも対魔族用の剣を構え、肉迫するライを迎撃する体勢に入る。
正面から向かうライは直前で跳躍して背後に回り込み、背後から膝蹴りを放った。
だがヘパイストスはそれを読んでいたかのように避け、背後に剣を薙いで牽制する。それを躱したライは片足で剣を弾き、懐に潜り込むように拳を振り上げた。
「危ないな。その拳の一撃一撃に惑星を揺るがす、もしくは崩壊させる破壊力が込められているか。本気になれば無限を超える程に広がる多元宇宙を一瞬で崩壊させる事が出来るらしいからな」
「らしいな。けどまあ、魔王の十割を何度か纏った事があるけど、別に問題は無かったからな。基本的に別世界で使っているってのもあるけど、全ての多元宇宙を崩壊させるなら異世界も何も関係無い。多分、まだ完全には使い切れないんだろうよ」
ライの全力。今までライが支配者などに放った最後の一撃は全てその時点のライにとっての全力だった。
しかし、それから更に成長を続けている。ライの奥底はライ自身がよく分かっていなかった。もしかしたら無限に成長し続ける可能性もあれば、急に成長が止まる可能性もある。そればかりはその時にならなくては分からない事だろう。
「という訳で……俺も今の俺の全力に近い力を使うとするよ……!」
「……。ほう?」
そしてライは力を引き上げた。
今までは魔王の三割と四割の中間に匹敵する力。今は全力の一歩手前、魔王の六割に匹敵する力だ。
それは"エザフォス・アグロス"に居た伝令の神ヘルメスに使った力と同等。戦闘が得意ではないヘパイストスにはこの力が良いと判断したのだろう。
「行くぞ……!」
そしてライは第六宇宙速度。光の速度でヘパイストスに向けて加速した。
目を閉じて開けたら視界に入り込む景色と同等の速度。その速度で迫るライに対して盾を造り、正面から受け止める。しかしその盾は意図も容易く崩壊し、ヘパイストスの腹部に深々と拳が突き刺さった。
「ガハッ……!」
同時に光の速度で吹き飛び、吹き飛んだ瞬間に複数の武器を地面に突き刺して勢いを止める。
光の速度で吹き飛ぶ自分を止められるヘパイストスも大概、とてつもない力を秘めている事の証明だった。
「速いな……目で追う事も難しい速度だ」
「普通なら目ですら追えないんだけどな」
横から差し込む光速の蹴りを槍で受け止め、ライから距離を置くヘパイストス。刹那にもライは仕掛けるが、確実にその動きを見切って避けていた。
戦闘が苦手と言っても幹部相応の身体能力を持つ。そもそも、様々な武器を全て達人以上に扱える時点で戦闘が苦手と言うのも疑わしい事態だ。
「きっちりと俺の動きに対応してくるか。アンタ、本当に戦闘が苦手なのか?」
「ああ。他の幹部に比べたら大した事は無い。基本的に優劣の無い幹部だが、優劣というものは戦闘のセンスではなく役職で補うものだからな。幹部として最低限の力は必要だが、鍛冶を中心に行う私はこんなものだ」
「成る程ね。つまり逆に言えば他の幹部達はアンタの上をいくって訳か。……大変だな」
鍛冶を中心に行うヘパイストスで最低限の力との事。それならこれから戦うかもしれない他の幹部達を考えれば気が滅入るものである。確かに伝令を中心とするヘルメスも然程力は無かった。全てが力で決まる訳ではない人間の国だからこそ、各々に定められた役割があるのだろう。
ライの述べた大変という言葉。それはヘパイストスと自分に向かって言った言葉だった。
「他の幹部以前に、私に勝たなくては先に進めないだろう。戦闘は苦手だが、あまり舐めない方が良い」
「舐めちゃいないさ。始めからな……!」
踏み込み、一気に加速して突き進む。速度は光。それを捉えたヘパイストスが槍を円状に薙ぎ払う。
槍を避け、柄に乗って進み、ヘパイストスの眼前に迫ったライは拳を打ち付けた。
「フッ……!」
「おっと……!」
対するヘパイストスは槍を上に払ってライを弾き、空中に槍の剣尖を突く。それを片手で抑えたライは槍を軸に身体を捻り、そのまま回し蹴りを放った。
ヘパイストスは槍を捨ててその回し蹴りを避け、新たにナイフを取り出して放り投げる。真っ直ぐに投げられたナイフをライは足で弾き、そこ目掛けて銃弾が放たれた。
「……っ。やっぱり巧みに色んな武器を使う者の相手は大変だな……! 行動に規則性が無いから推測も難しいもんだ……!」
「と言う割りには全てをきちんといなしているな。持ち前の身体能力に反射神経が備わっているからこそ、確実に見切って避けられるか」
「その反射神経と身体能力を持ってしても苦労する時点でアンタは強いよ。かなりな」
銃弾を避けたライの隙を突き、槍を刺し込むヘパイストス。ライは身体を少し逸らしてそれを避け、脇に槍の柄を挟んで停止させた。
ヘパイストスは巧みに様々な方法で攻めて来る。故に動きを読み切る事が出来ず、確実な一撃を入れる事が出来ないのだ。
ヴァイスの時は押されていたヘパイストスだが、今の行動からするにその時は全く本気では無かったという事だろう。
「だから、もう少し力を出す……!」
「……!」
──瞬間、ライは光の速度を超えた。魔王の七割匹敵する、現時点でライの出せる全力に切り替えたという事だ。
光の速度からそれを超える速度に切り替えたライの緩急でヘパイストスはたじろぎ、その隙に重い一撃を腹部に差し込んだ。
それを受けたヘパイストスは吹き飛び、数回目となる瓦礫の山を崩して直進する。同時にライが上から複数回転した回し蹴りを叩き込み、下方に巨大なクレーターを造り出して無理矢理引き止めた。
「ぐっ……! 力を……高めたか……! 重い一撃を受けてしまった。いや、蹴りを合わせて二撃か……!」
「そんな事を訂正する余裕があるなら、まだやれそうだな。今の攻撃でレイたちと街からかなり離れた。そろそろケリを付けさせて貰う……!」
落下した直後にヘパイストスは起き上がるが、再び膝を着く。今の攻撃を踏まえてそろそろ限界も近そうだ。
これ以上やるのは危険と判断し、殺す事が目的ではないライは拳に力を込め直した。
「そうか。なら、私もそれに応えた方が良さそうだ。必殺技のような攻撃も無いが、神話クラスの武器に匹敵する物は扱える……!」
「最初からそれを使わなかったって事は……これがあくまで勝負だから。もしくはそれ程身体への負担が大きいからか」
「フッ、さあな。だが、正真正銘、これが全力の一撃となる……!」
瞬間、ヘパイストスの片手に無数の霆が現れた。
その霆はバチバチと破裂音を響かせ、周囲の空気を震わせる。
「……それは、ゼウスの……!」
「模倣品だがな。これに宇宙を砕く力は無い。だが、相応の力はあると見て良い」
ヘパイストスが取り出したのは、先代ヘーパイストスがゼウスに創った武器。その模倣品だった。
本来ならその武器を用いて全宇宙を焼き払う事も可能だが、あくまで模倣品。レプリカであるコレにそんな力は宿っていない。
だがしかし、それでも銀河系くらいなら容易く焼き払う事が可能な力だろう。
「ハハ……しつこいようだけどアンタ、本当に戦闘が苦手なのかよ?」
「これは武器の強さだからな。誰でも簡単に他人を殺せる武器があれば、その者は力が弱くとも周囲から恐れられるだろう? 私の力が弱くとも、武器が強ければ力の差を覆す事も可能だ」
「ハッ、確かにその通りだな(魔王、今回はこれだけになるけど、お前を纏う……! アレが相手になるとそれくらいは必要だ……!)」
【ハッハッハ! ようやくか! だが、あまり気にしてねェよ。今回は少し前に力を使えたからな!】
ゼウスの武器の模倣品が相手では、例えそれが本物でなくとも流石のライも分が悪い。なので魔王の力を宿す事にした。
魔王(元)の事は暫く放っておいたが、今日はヴァイス達との戦闘もあったので機嫌は良かった。
「……。爆発的に力が上昇したか。コレを受けるのに適した力という訳だ」
「ああ。その通りだ」
力が漲り、漆黒の渦が周囲を覆う。銀河系を崩壊させる力がぶつかればこの世界が壊れてしまうかもしれないが、その点はしかと理解しているのか、ヘパイストスは空へと跳躍した。
それを追うようにライが続き、跳躍した瞬間にヘパイストスが構えを取る。
「コレで終わらせる……!」
「来い……!」
──刹那、ヘパイストスに纏っていた無数の霆が一段と瞬き、閃光の如く速度でライを狙う。魔王の力を纏ったライは閃光の速度にも待つ余裕が生まれ、正面に拳を放つ。
そして白い雷光と漆黒の渦が衝突し、世界に多大な衝撃波を迸らせた。
*****
「……衝撃だけでこの威力か……。予想以上の力だな……」
「アンタも、模倣品とは言えあの威力は半端じゃない……まだ手が痺れている……」
地上に戻り、崩壊した"スィデロ・ズィミウルギア"に劣らぬ程までに全身がボロボロとなったヘパイストスと、片手が霆によって焼け爛れたライが会話を行う。
未だに腕から煙が立ち上っているが、どうやら決着は付いたらしい。
「取り敢えず、この勝負は俺の勝ちだな。アンタ、もう思うように動けないだろ?」
「いや……何とか歩く事は可能だ。だが……お前が勝ちという点には納得しよう。いや、せざるを得ない……!」
お互いに満身創痍の状態。その気になれば何とか戦えるかもしれないが、これは命懸けの戦いではない。なのでヘパイストスより比較的ダメージが少ないライの勝利という事になった。
ライとヘパイストス。礼代わりの勝負は、ライが勝利を収めるのだった。