七百六話 ヴァイス達の目的
力を込め直してからの行動は、全員が迅速だった。
「行くぞ……!」
魔王の力を三割程纏ったライが五人の中から飛び出し、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの残った四人が続くように行動を起こす。
レイとエマ、リヤンが敵陣に向かい、フォンセが遠距離から魔術でサポートへと回る。ヴァイス達とロキ、ヘパイストスもそれに対して行動を起こした。
『焼き払え!』
「"水"!」
「今……!」
「効かないよ♪ "土の壁"!」
ロキが全体に炎を放ち、マギアが水魔術で消し去る。その間にリヤンがマギアに迫り、近付いたのを確認したマギアがその方向に壁を形成して防いだ。
「そこだ! "破壊"!」
「させないよ!」
そこにリヤンを狙ったシュヴァルツが破壊魔術を形成して嗾け、レイが剣で受け止める。それによって空気が揺れ、衝撃が伝わって幾つかの空間が砕け散った。
「ハッ、隙だらけたぜ!」
「おっと、その隙は狙わせない」
雷速で迫るゾフルの手刀を正面から受け、己の肉体を破壊して押さえ込むエマ。雷によって貫通力の上がっている手刀だが、ヴァンパイアであるエマは銀や弱点となる物以外で貫かれても全く以て問題無かった。
「隙を突いても意味がないのなら、纏めて敵を射抜きますか。"無数の槍"……!」
「その攻撃も意味が無くなるがな。"風の壁"!」
隙を突いても意味がなく、逆に攻められるのならとハリーフが無数の槍を放って主力たちを狙う。それをフォンセが風魔術を用いて全て防ぐ。
サポートに徹すると考えて行動を起こしているフォンセに抜かりはなかった。
「フム……数なら此方の方が有利。だけど、ライとグラオは二人と数人で争っているし、約一名……君が私しか狙わないから数の有利が少なくなってしまっているよ」
「そうか、それは悪かったな。先程まで我を忘れていた」
ヴァイスが周りの戦闘を眺めて戦況を纏める中、先程の様子とは打って変わったヘパイストスが槍で鋭い突きを放った。
ヴァイスはそれを紙一重で躱すが、その変化に気付く。
「おや? 先程までの君には落胆していたけど、今度の一撃は中々鋭いじゃないか。ただ単に力を隠していただけかな?」
「さあ、どうだろうな。それを言う理由も無いだろう。こうしなくては本当にこの街が復興出来なくなる」
ヴァイスの質問には答えないヘパイストスだが、殆ど肯定していると言って良いだろう。
その証拠に突きを避けたヴァイスがカウンター気味に迎撃したがヘパイストスはそれを躱し、槍を背後から回し込んで死角を作りつつ狙い打つ。ヴァイスはそれも避け、跳躍して距離を置きながら力を込めた。
「しかし見たところ近距離が得意なようだ。遠距離からの対処も見ておこう」
「……?」
ヴァイスがヘパイストスから距離を置いた理由。それは遠距離攻撃の対処を見る為らしい。
"サイコキネシス"を用いて周りの瓦礫を浮き上がらせ、高速で飛ばして嗾ける。
「成る程な。だが、この程度は軽くいなせる……!」
確かめようとしている事は分かった。しかし自分を狙った瓦礫の山を直接受ける訳にもいかないだろう。なので迫り来る瓦礫に構え、正面のものを躱して砕き、いなして防ぐ。
「そらっ!」
「よっと!」
『フッ……!』
魔王の三割とライの力。グラオの力にロキの炎。世界を軽く崩壊させる事の出来る力のぶつかり合い。
今のライならば少し調整を誤れば意識せずとも宇宙が崩壊してしまうかもしれない程の力となっていた。
その様な力を放ってもこの世界が砕けないのは疑問に思うところだか、上手く調整しているのだろう。
「まあ、小手調べはこれくらいかな。私もそろそろ力を少し出そうかな。"女王の炎"!」
「……ッ。いきなり来たか……! "魔王の水"!」
自分から攻めていなかったマギアがリッチとしての炎魔術を放ち、それをフォンセが魔王の魔術で消し去る。出現した瞬間に消したので世界は蒸発しなかったが、とてつもない水蒸気が全ての視界を閉ざした。
恐らく"スィデロ・ズィミウルギア"のみならず此処から半径数千キロは水蒸気が埋め尽くしている事だろう。
「オラァ!」
「そらっ!」
そして一方で起こっているライとグラオの鬩ぎ合いによって全ての水蒸気が晴れた。
『水蒸気を晴らしてしまったか。これでは死角から仕掛ける事が出来なくなってしまうな』
そこに目掛けて炎を放ち、ライたちとヴァイス達。ヘパイストスを狙うロキ。
ライたちは主に誰が誰と戦っているか決めているが、ロキは手当たり次第。誰を狙うとも定めていない。なので誰彼構わず、戦う相手を次々と変えているのだ。
「この程度で俺を止められると思うなよ……!」
グラオと交戦しつつ、その炎に回し蹴りを放って打ち消すライ。
一回の蹴りのみで全てを消し去り、迫っていたグラオに拳を打ち付けてグラオの攻撃を相殺する。
「なんか、ついでに僕と戦っている様子だね」
「ああ、そうかもな。当たり前だけど味方以外全員敵だから、一人だけを相手にし続ける訳にはいかない」
自分よりも炎を優先されたグラオは少し文句を言いつつ、ライはそれに頷いて返す。
味方以外は当然、全員が敵。なので一人を優先する事は出来ないのだ。グラオはため息を吐き、力を込め直した。
「そう言えば、全員で戦っているんだったね。今のところ君達の中で一番強いのはライだけど、潜在能力がライ以上な者は多い……他の者達と戦ってみるのも悪くないかもしれない」
「それをさせる訳にはいかないな。ついでにアンタを止めるとするよ」
「出来るかな?」
大地を踏み込み、光を超えて互いが互いに進み行く。一瞬よりも更に速く到達して殴り付け、その威力と衝撃で二人の身体が吹き飛んだ。
「重い拳だけど、今回はその重さが仇になったかもしれないね」
「……。あ、やっちまった」
飛ばされた勢いそのまま、別の場所で戦うレイたちの元に迫るグラオ。一瞬にしてレイとシュヴァルツの近くに来、割って入るように拳を打ち付けた。
「……ッ!」
「へえ、受け止めたか」
「あ、おい。テメェ! 邪魔すんじゃねェよ!」
放たれた拳を剣で受け止め、重さに歯を食い縛りながらも何とか堪えるレイ。グラオはそれに感心しており、邪魔されたシュヴァルツは腹立たしそうに告げる。
そのシュヴァルツに対し、グラオは笑って言葉を続けた。
「ハハ。シュヴァルツ。これは乱戦なんだ。君も誰とも戦っていいんだ。ライが空いたよ?」
「チッ、まあ確かに誰とも戦えるのは良い事だ。今回は乗せられてやるよ」
標的をレイからライに変え、大地を踏み込んでライの元に向かうシュヴァルツ。全員が戦う相手を定めているので乱戦という割りにはそこまで入り混じった戦闘に見えないが、戦闘好きの者達は近場に居る他の相手と戦えるので逆に楽しんでいた。
レイとグラオ。エマとゾフル。フォンセとマギア。ヴァイスにヘパイストス。リヤンとロキ、ハリーフは相手を決めていないが、混雑とした戦いは続く。
「埒が明かないな。力を少し解放しても、街への被害が増えるだけだ」
「もう既に壊滅してんだろ。これ以上壊れる事もねェ。もっと楽しもうぜ? こんな風にな! "破壊"!」
「生憎、楽しんでいる暇は無いんだ。俺には俺の目的があるからな」
周りの様子を眺め、そろそろ終わらせたいと考え始めるライ。しかしまだ戦いたいシュヴァルツがそれを阻止するように破壊魔術を放って返答したライが正面から打ち砕く。
ライの目的である事について、現在の"スィデロ・ズィミウルギア"の様子は理想通りではない。大半はヴァイスの仕業だが、余計な破壊が多過ぎるのだ。
「だから、少し時間が掛かったけど、有言実行をするか。アンタらにトドメを刺してケリを付ける!」
この場全体に届くよう、大声を出して告げるライ。それと共に自身に力を込め、魔王の力を引き上げた。
「……!」
その言葉を聞いてこの場に居た全員が反応を示し、各々で別々の場所に分かれる。
結果として、レイたち。グラオ達にロキと敵味方が綺麗に分断された。
「じゃあ、もう少しライと戦おうかな?」
「ちょ、テメ、女剣士狙ってたんじゃねェのかよ!?」
「二人か……!」
ライが力を込めた瞬間、グラオがライに迫って蹴りを放つ。それをライは腕で受け止め、その瞬間に破壊魔術が放たれた。
破壊魔術を正面から砕き、シュヴァルツの身体を殴り付ける。グラオは前に躍り出て拳を掌で受け止め、更に力を込めたライが拳で二人を吹き飛ばした。
「ハッハ! やっぱ良いな、強敵との戦い《タイマン》はよ!」
「いや、一対一じゃないだろ」
「ハハ。楽しいから良いじゃん」
距離を置き、二人が嗾ける。その二人に向け、ライは前述したよう、ケリを付ける為に隙を窺いながら着実に力を溜めていた。
「おや、決めるつもりか」
その一方で、分断されていないのは別の場所で力を確かめていたヴァイスとヘパイストス。
ヴァイス達の元にもライの言葉は届き、"サイコキネシス"と共に瓦礫の弾丸を止めた。
「今だ!」
「……」
その隙を突き、一瞬にして跳躍したヘパイストスがヴァイスの心臓を槍で貫く。それによってヴァイスは吐血し、地面に血を吐き付ける。
見れば、脈打つ心臓が槍の先端に突き刺さって真っ赤な鮮血を流していた。
「……やったのか?」
心臓からは留まる事なく血液が流れるこの状態は本来なら即死のダメージ。の筈。
しかしヘパイストスは、勝利したにも関わらず腑に落ちなかった。
今一度ヴァイスの方に視線を向けると、心臓が抉り取られた状態で不気味に笑うヴァイスの顔が視界に映る。何が不気味か。刺されている、死んでいるのに笑っている事もそうだが、真に不気味だったのはその目が全く笑っていなかった事だ。
「……。生憎、殺っていない。君には殺る事は出来ない」
「なにッ!?」
そして、血の滴る音と共に本来の死体からは聞こえる筈の無い声が聞こえ、思わず槍を振り回してヴァイスの身体を瓦礫の方へ放り投げる。
瓦礫の山からはカラカラと音が聞こえ、貫いた筈の心臓も、投げられた衝撃で砕けた筈の身体も再生したヴァイスが姿を現した。
「いきなり放るなんて酷いじゃないか。肉体の再構築は少し大変なんだ。まだ力に慣れ切った訳じゃないからね」
「不死身……だがヴァンパイアではなさそうだな。例外はあるかもしれないが、基本的にヴァンパイアは日差しの元を歩けない。考えてみれば、お前の連れていた兵士達……その者達も再生していた……」
「合点がいったみたいだ。良かった良かった。そう、私は独自で改造を施して生物兵器となった。だから君の攻撃は無意味という訳さ」
気の抜ける機械のような声で淡々と綴るヴァイス。
ヘパイストスはその言葉に悪態を吐きそうになったが堪え、一つの疑問を思い浮かべた。
「……何故、再生という隠していた力を今見せた? 隙を突けたと思ったが、考えてみればおかしい。突き刺した時点でお前は冷たい笑みを浮かべていた……!」
「……へえ?」
そう、突き刺した瞬間に笑顔だったヴァイスはおかしかった。
突き刺した瞬間に確認した。それが不意の一撃だったなら、本来は別の表情になっている筈なのだ。何故ならライの方向を笑顔で見ていた訳ではないのだから。ヘパイストスが来た瞬間に笑みを浮かべた。来る事を理解していた。なのに受けた。
そう、まるで──わざと攻撃を受けたかのように。
「フフ……それは盲点だった。これ程までに上手く行くとは思っていなかったからね。気付かなかったよ」
「そしてあの笑みは心の底から浮かべた笑みではない。あれ程までに冷たい笑みなど浮かべる事の出来る者は限られている」
「……」
ヴァイスが言葉を続ける途中、ヘパイストスは逆に問い詰める。ヴァイスはそれを静聴していた。
「つまりお前は、来る事が分かっている上で私の攻撃を受けた。そして、あれが偽りの笑みであるという事を見抜かせる為に敢えて笑顔を作った。そういう事なのだろう?」
「……」
全て何かを狙った計算の上での行動。そう指摘するヘパイストス。
それを聞き、無言だったヴァイスは冷たい笑みを再び浮かべて一言。
「成る程。合格だ。君も選別する価値がある」
それと共にヘパイストスが嗾けようとした瞬間、ヴァイスは"テレポート"で消え去り、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフの元に寄った。
標的を失ったヘパイストスはそのまま瓦礫の山を貫き崩し、そちらの方向を見やる。
「シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフ。今日は此処で引き上げだ。一つの目的は達成された。もう一つの目的の為、此処は去ろう」
「あーあ、折角良いところだったのに。もう終わりか」
「チッ、しゃーねェ。全然ライと戦ってねェのに。ま、普段よりは楽しめたから良いけどよ」
「あー。今日もお気に入りを回収出来なかったなぁ」
「もう終わりかよ。早すぎんだろ」
「文句は言わないでくださいよ。それが目的だったのですから」
力を込め直したライに態々六人全員で向き合い、正面からその一撃を受けんとばかりの体勢となるヴァイス達。
ライは疑問に思いつつ、更に力を込めた。
「また、逃げる気か?」
そして拳を打ち付けた。
放たれた拳の衝撃は世界を揺らし、光を超越した速度でヴァイス達を狙う。
本来なら銀河軍団は消え去る威力だが、その辺りの配慮はしているのでヴァイス達のみを的確に狙いつけたのだ。
「オラァ━━ッ!!」
拳の衝撃が周囲を包み込み、次に視界が開けた時にはヴァイス達とロキの姿が消え去っていた。