六十九話 レイvs????
──ヒュウ、と風が吹き抜ける。
遠くの方からは何かが崩れるような、何かが爆発するような音が聞こえてきた。暗かった視界が開け、瞳には快晴の大空が映り込む。
「……。……此処……は……?」
その爆発音によってか、ミノタウロスによって意識を失っていた──レイの意識が戻った。
「…………。イタタ……」
一先ず起き上がり、辺りを見渡そうと考えるレイだったがミノタウロスによって受けたダメージが大きく、思わず肩が竦んでしまう。
そのミノタウロスはというと、レイの近くで気絶している。レイは剣で切り裂いたが、絶命させるまではしなかったのだ。
「……おーい……リヤンー? 居るのー?」
何とか立ち上がったレイは、先ず始めにリヤンを探す。
幹部の側近と戦っており、ミノタウロスからリヤンを庇う際にダメージを負ってしまった事を覚えているレイ。
「……私が……私が気を失わなければ……」
リヤンを探しながらレイは、つくづく自分の実力不足を実感した。
しかし、今はリヤンと幹部の側近を探す事が最優先の為、リヤンの捜索に思考を向ける。
「どこ行っちゃったんだろう……建物の崩壊が酷いし……もしかして……」
想像したく無い最悪の事態を想像してしまい、直ぐに首を横に振ってその考えを消し去るレイ。
「大丈夫だよね……。リヤンも覚悟を決めて来たんだし……リヤンも……」
少し焦りを見せるレイは身体の痛みを堪え、足早にリヤンを探す。
辺りには邪魔な瓦礫が多いが、その瓦礫を切断して行動範囲を広げた場合、そこにリヤンが居たらリヤンまで切り裂いてしまう事になる為、万が一を考えたレイはそんな真似をしなかった。
「……けど何か……さっきより痛くないなぁ……」
そしてレイは気絶していたからか分からないが、何故か怪我の調子が少し良くなっている事に疑問を覚える。
ミノタウロスによってかなりのダメージを受けていた筈なのだが、どういう訳か動けるレベルにまで回復していた。その事が疑問なのだ。
「……ううん。それならそれで好都合……!」
しかし、傷が治りかけているのならば別に良いだろうと考えるレイは瓦礫を登って降りて、登って降りてを繰り返しながらリヤンを捜索する。
「……あ」
そして少し歩くと、近くに人影が見える。レイはリヤンかと一瞬で思うが、ある可能性を考えて一旦足を止めた。
(……あれって……リヤンかな……? リヤンにしては身長高いし……。……髪は長いけど……何か雰囲気も違う……リヤンじゃないかも……)
そう、その者はリヤンじゃない可能性がある。というより、その可能性の方が高いのだ。何故ならリヤンとの共通点は"髪が長い"くらいしか無いからである。
(良く見ると……あの人男性だ……。なら……幹部の側近? ……幹部?)
瓦礫の影に隠れ、その者を観察するレイ。やはり人違いだったようだ。その骨格と背の高さから男性と推測するレイ。
その男性は飄々とした態度を取りながら、瓦礫の真ん中で口笛を吹いている。
暫くフラフラと揺れていたが、その揺れが止まる。
「……」
レイは身を更に屈めて姿を隠していた。息を殺し、視野に入らないようにする。その男性は空を見上げながら、呟くように一言。
「……あー……ここら辺の筈なんだけどな……」
「……」
どうやら誰かを探しているらしい。レイはその様子を眺め、警戒を高める。
もしも"あれ"が幹部か幹部の側近ならば戦いは避けられないからだ。そして、その男性は欠伸をしながら呟く。
「……で、『何時まで隠れているつもりなんだ』? ……もしかして……アンタが牛の化け物にやられて瀕死だった人?」
「……!?」
ビクッと肩を震わせるレイ。気配を消して隠れていたつもりだったが、その者には意味が無かったらしい。
そして"牛の化け物"という事から、ミノタウロスの事も知っている様子のその男。
「なら丁度良いや……俺の狙いはアンタだからな……。さっさと出てこいよ。……それとも、俺が行こうか?」
「……!」
次の刹那、ザア。と強風がレイの横を吹き抜け、風を受けた思わずレイは手で顔を覆う。
髪が靡き、ゆらゆら揺れる。そしてその風は収まり、
「……ほら、来たぜ?」
「……!?」
その者は──『レイの背後に立っていた』。
「…………ッ! いつの間に……!?」
レイは後ろを振り向き、大きな反応を示す。
先程まで瓦礫の真ん中で佇んでいた者が一瞬にしてレイの背後へ回り込んだのだから当然だろう。幾らレイが顔を覆ったとはいえ、その一瞬で来たのだから。
「…………!」
レイはその者を睨み付け、腰に携えられている剣を握り締めていた。それを見た男は軽薄な笑みを浮かべる。
「フフフ……やっと出てくる気になったか? まあ、元々出て来てはいないけどな。……それともその剣は、ただの脅し……的な何かか?」
レイの腰にある剣を一瞥し、フッと笑う男。レイはその男の様子を見て出方を窺っていた。十中八九幹部の側近なのだろうが、何を仕掛けてくるのか分からないので警戒しているのだ。
「おっと……そうだ。名前を言わなきゃ俺が誰か分からねェな? まあ元々、互いに知らない身だが……俺は『シャバハ』……変な名前とか言うなよ?」
そんなレイに対して言葉を続け、シャバハと名乗った男。その男は飄々としており、まるで戦闘意欲が無いようにも見えるが戦う気は満々らしい。
「…………!」
レイは何も言わずに剣をそっと抜き、シャバハに向けて構える。その剣は日の光に反射しながら銀色に輝き、レイは何時でも迎え撃てる体勢に入っていた。
「オイオイ……アンタの名前は教えてくれないのか? ……なあ? 『レイさん』……?」
「!?」
レイはシャバハの言葉を聞き、驚愕の表情を浮かべる。
何故ならそう、レイはまだ名前を名乗っていなかった。なのだがしかし、シャバハはレイの名前を言い当てた。
やはりミノタウロスとの戦いを何処からか見ていたのだろうか。
それとも、戦闘の始めからレイたち全員を見ていたのだろうか気になるところである。
「……アナタ……一体何処から……!?」
レイは驚愕の表情を浮かべたままシャバハへ問う。何処からか見ていた可能性がある。となれば、レイの戦い方なども知られてしまっている可能性もあるのだ。
シャバハは「うーん」と考え、レイに向けて言葉を返した。
「そうだなァ……まあ、教えてやらない事も無いが……敵に情報を与えるのは得策じゃねェよな……? ヒントを与えるとすりゃ……『お前の名前を聞いた奴から聞いた』……って事くらいだな。……あ、お前の仲間からじゃねェからそこは安心しな」
「…………」
シャバハが淡々と言葉を綴る。"名前を聞いた奴から聞いた"。という事は、レイの名前を知っている者がおり、その者が耳打ちをした。という事とシャバハの仲間が何らかの拍子でレイの名前を耳にし、それをシャバハへ伝えた。という線が高い。
だが、歩いている時にたまたま耳に入った名前の者がレイだった。という事も考えられ、シャバハがキュリテのような超能力者だという可能性もある。
何処から名前を聞いたか、何処からも聞いた可能性は幾重にもある。そんなに数があるのなら、考えるだけ無駄だろう。
今は目の前のシャバハに集中するレイ。
「……」
「さっきから黙ってんな……警戒し過ぎだぜ……? ……まあ、警戒するな……って方が無理な話か」
シャバハはフフフと不敵な笑みを浮かべて笑い続ける。その態度は軽く、飄々としたまま変わらない。しかし、一見隙だらけだからこそ警戒していた。
そして、レイはそんな風に話しているシャバハの隙を突き、
「やあッ!」
「……!」
勇者の剣を振るった。シャバハは紙一重でそれを躱してレイを一瞥する。
その斬撃は吹き飛び、シャバハの向こう側に向かった太刀筋の方向には切れ込みが出来て建物が切断された。
「ほう? 中々の威力を持つ剣だ……ミノタウロスだっけ? の頑丈な肉体を切断……って程じゃねェが……ダメージを与えるだけはあるって事か……」
切断された建物を一瞥して楽しそうに笑うシャバハ。ミノタウロスの身体は頑丈。そんなミノタウロスを倒せたという事から、ある程度の強さは推測していたようだ。
そして、そんなシャバハはレイに向かって言葉を続ける。
「瀕死の重体だったって『聞いたが』……どうやら戦闘を行う分には問題無ェみてェだな……いやいや、安心したぜ」
レイの容体も聞いていたと言うシャバハ。
その言葉でレイたちの所にシャバハは始めからおらず、ミノタウロスとの戦闘を見ていないという事になる。
レイを見ていたならば、誰かに聞く間もなく瀕死の重体と直ぐに分かっていた筈だからである。
「見たところピンピンしているみたいだな……治療魔法・魔術でも受けたか? それともお前が治療術を使えるのか?」
「……アナタに言う必要は無い!」
実を言うと、レイも何故傷の調子が良くなっているのか分からなかった。自分が気を失っている間に何があったのか分からないレイ。しかし、それを言わずに疑惑を持たせていれば相手も警戒し、簡単には近付かなくなる。一先ず言わないで置くつもりのようだ。
「……その様子を見るとお前も分かっていないみたいだな……。まあ、さしずめリヤン……だっけか? って奴が何かした……ってのが現実的だな」
「……っ」
レイは動きに出さず、内心で驚く。どうやらシャバハは相手の思考を読むのが得意らしい。
"テレパシー"の可能性もあるにはあるのだが、それを使っている様子は無い。そしてリヤンの名前も知っているようだ。とことん謎であるシャバハ。
しかし、リヤンが回復技を使えるのかを知らないレイは小首を傾げる。
「……まあ、分からないなら分からないで良い。仮に知っていようと情報を与えるのは得策じゃないって俺が言ったからな」
「……そう!」
次の刹那、レイは再び剣をシャバハへ振るう。
「おっと……」
シャバハはまたもやそれを躱し、直進した斬撃によって背後の建物が切り崩される。
そして切断された建物は崩れ、辺りに粉塵を巻き上げた。
「おーおー、怖いねえ……隙を見せたら即斬り掛かるかァ……」
余裕の表情と態度をしているシャバハ。そんなシャバハを無視したレイは大地を蹴り、シャバハとの距離を詰める。
「アナタも倒さなきゃ勝負は終わらないから……!」
「そうかい」
剣を構えるレイに対し、シャバハもようやくレイに向けて構える。レイは剣を薙ぎ、シャバハはそれを避ける。
元々やる気はあったのだろうが、イマイチその様子が見られなかったシャバハ。
何はともあれ、シャバハとレイの対決がようやく始まろうとしていた。
*****
「……さて……これで全部か……この街に居る部下とやらは……」
パンパンと、両手を叩いて埃や汚れを払う様子のエマ。
その周りには"イルム・アスリー"の警備? を任せられている部下の111人中、107人が転がっていた。
何故こうなったかは言わずしても分かるだろう。無謀にもエマへ挑んだ者達の末路である。
「ま……まさか……」
「幹部と……その側近を除く……」
「107人の俺らが……」
「ヴ……ヴァンパイア一匹にやられるとは……」
「それも……日傘を差して……」
「自由に行動できない……」
「昼……間……の……」
「ガハ……ッ……」
力尽きる部下達107人。この者達は途中まで意識が残っているのだが、気付いたら気を失っている。
「まあ、中々頑張ったと思うぞ? 五〇人でも勝つ事が出来なかった私を相手に、最後は七人だけで挑んできたからな。誇りに思え」
フッと笑いながら気を失った魔族達へ告げるエマ。
こうして、"イルム・アスリー"の外での戦いは決着が着いていた。
*****
カラカラと小さな音が響き、瓦礫と化した建物から小さな石ころが転げ落ちている。
「…………」
「…………」
そんな中、険しい表情のレイと余裕がある様子のシャバハがそこに居た。そんな場所にて次の瞬間、カツンと石ころが地面に落ちた。
「やあッ!」
刹那、レイは地面を蹴って加速し、シャバハとの距離を詰めて剣を振るう。
「フフフ……闇雲に振るっている……という訳じゃ無いだろうな」
そして当たり前のようにシャバハはそれを避ける。シャバハに当たらず直進した斬撃によって再び切断される背後の建物。
建物は崩れ落ち、その衝撃で周りに土煙が舞い上がる。その煙に紛れ、レイは身を眩ませた。
(……これなら……!)
レイは身を隠し、シャバハの死角から剣を突き出す。
その意図を読み取っていたシャバハは精神を研ぎ澄ませ、レイの気配を探ったあと──
「……成る程……分かった」
「……ッ」
──呟くように言い、レイの剣を避けた。
レイの剣先にシャバハが居なくなり、バランスを崩したレイは足元がフラ付いて蹌踉めく。
「お前が何処に身を隠そうと……俺は簡単に見つけるぜ?」
フフフと小さな声を出し、不敵に笑うシャバハ。
レイはシャバハを睨み付け、何とかしてダメージを与える方法を思考する。
シャバハは決して速いという訳では無い。常人よりは速いが、レイならば追い付けるレベルだ。
にも拘わらず、レイの斬撃が命中しないので思考しているのである。
「やあッ!」
「っと……」
取り敢えず牽制を兼ねてシャバハに剣を差し込むレイ。
その剣はシャバハの顔を狙っており、突きによって剣の先端がシャバハへと放たれた。そしてそれを仰け反って避けるシャバハ。
「はあッ!」
そんなシャバハに向け、流れるように剣を振り落とすレイ。
「……!」
仰け反っていたシャバハはそのままの体勢横からしゃがみ込んでに転がり、その剣から逃れ──
「今!」
──次の刹那、レイが剣を横に薙ぎ、シャバハごと背後にあった建物を切り落とす。
「……そういう事か……!」
シャバハは剣を避けたが、シャバハに向かって降り注ぐ建物から切り出された瓦礫。それは一直線にシャバハへと降り注いでいた。そんな瓦礫を見たシャバハはレイの作戦を推測し、クッと喉を鳴らす。
「……だが、生憎岩レベルの強度しかない建物なんか俺には効かねェぞ……? あと……少し無駄な動きが多いな……」
シャバハは脚を上げ、その降り注ぐ建物を砕こうとする体勢になる。
レイはフッ笑い、
「知ってるよ……!」
「………!」
ザンッと勇者の剣を振るい、無防備になったシャバハの脚を切り裂いた。
そう、一連の動きから建物を切り落とす流れまで全てがレイの計算通りなのだ。
無駄に大きな動きをして建物から気を反らさせ、建物に気付いた瞬間を狙う。
無駄な動きと建物の全ては、シャバハの注意をレイの剣から反らす為の下準備だったのだ。
「成るほ……どな」
脚の切断面から大量に出血し、辺りは赤く染まる。
それの影響で脚のバランスが無くなり、ズシャ地面に脚を擦りながらと倒れ込むシャバハ。
そして、その上からは先程切り裂いた建物が降ってくる。
「フフフ……お前が一枚上手だった……か」
シャバハは相変わらず余裕の笑みを浮かべているが為す術無く、切り落とされた建物に押し潰された。
「……」
しかし、あまりにもあっさりとやられたシャバハに対し、本当に倒したのかと疑問を思い浮かべながら警戒している様子のレイだった。