六百九十八話 侵略者たちの行動
「何時から気付いていた?」
「お前達が城に入った時だ。気配は消していたが、何者かが通る空気の歪みを感じた。その事から侵入者だと分かり、この部屋の前に来た時に例の侵略者の一チームであるという事が分かった」
鍛冶作業を止める事無く淡々と綴るヘパイストス。
どうやらヘパイストスはライたちの存在に始めから気付かれていたらしい。しかし気配を消していた事も相まり、本当の正体にはこの部屋の前に来た時分かったとの事。
それでも分かっていたのは驚いた。何という鋭い感覚。一目も向けられずに正体がバレたライは諦めて言葉を続ける。
「ああ、その通り。例の侵略者だ。この街を征服したいから、アンタと戦いに来た。断るなら別に構わない。その時はまたやり方を変える。この国を征服するつもりだからな」
「そうか。断る」
金属音を響かせ、ライの言葉を即答で断った。
断ったとしてもやり方を変えると忠告はした。それでも断ったという事は戦いたくは無いのだろう。だが、平和主義者なので戦いたくないという訳では無さそうだ。
その証拠にヘパイストスは言葉を続けて話す。
「そんな時間があれば、鍛冶をしていた方が良い。戦うなど面倒だからな」
「じゃあ、何で俺たちを引き止めたんだ? その時点で無駄な時間を過ごしているって事になるけど」
「アンタらの持っている物が気になってな。感覚で分かる。それ、"賢者の石"だろ?」
戦わないのは鍛冶作業に集中したいから。ライたちを引き止めたのはライたちの持つ"賢者の石"が気になったから。ヘパイストスのような熟練者はそこにあるだけで存在を理解するらしい。それらの理由でゆっくりしても良いと許可を出したのだ。
ライは念の為に持ってきた"賢者の石"を懐から取り出し、ヘパイストスの方に向けた。
「これについて何か知っているか? とある街で貰った石なんだ。別に金銭にも困っていないし、良ければ引き取ってくれないか?」
「……。ほう、私にくれるのか。それは随分親切な事だな」
「俺が持っていても意味が無いからな。アンタがこれを再生出来るなら、宝の持ち腐れになる俺よりアンタが持っていた方が良い」
「フム、確かにそうだな。確かに私なら再生させる事も可能だ。だが、誰かに貰った物を渡しても良いのか?」
「ああ。かなり不気味な魔女だったし、正直言って困っていたんだ」
鍛冶作業を続けつつ、ライとの会話を成立させるヘパイストス。別に望まず入手した"賢者の石"。魔族の国に居た魔女の目的も分からないので手放したい気持ちが強かったのだ。
貰った物を渡すのは確かに少し思うところがあるが、このまま持っている訳にもいかない。なのでこの手に出たという事。
ヘパイストスはそれに返す。
「まあ、特に等価も必要無いのなら貰っても良い。その魔女とやらに呪われたり祟られたりしなければの話だが」
「その心配は無いな。何て言うか、異界の存在だったからな。その魔女。直接会った俺たちにもよく分からない存在だった」
鍛冶の作業は止めず、別に貰っても良いと告げた。
ヘパイストスは魔女と聞いて祟りや呪いなどを懸念していたが、ライは魔女の存在が不確かでこの世の者では無いと考えた事から大丈夫だと返した。
それは曖昧で、寧ろ異界の者だからこそ何かありそうなものだが、恐らく今後その魔女と関わる事は無いであろうと理解しているのだ。魔王の持つ性質で未来予知染みた勘が冴えているのだろう。
「けどまあ、それとこれは別……さっきも言ったようにアンタが乗らないなら此方としても別の方法を取る事になる。力を用いた侵略行為はなるべく避けたいけど……人間の国の全ての幹部と一人の支配者を倒したら完全にこの国を征服するって言ったからな。アンタにもその報告は届いているんだろ?」
「ああ。好きにしろと言いたいが、一応幹部を任されている手前無視は出来ないからな。アンタらも今のところは何もしていない。何か問題が起こったら行動に移るとする」
力尽くはライの主義に反している。しかしデメテルに幹部全員を倒して国を征服するというタンカを切ったからには行動を起こさない訳にもいかなかった。
なのでこの場で勝負を買ってくれれば良かったのだが、ヘパイストスは慎重なようだ。自分からは嗾けず、相手の出方を窺って行動を起こす。さっさと終わらせたいライたちからしたら厄介な相手だ。
「一先ず俺たちは城を出る。元々此処で戦うつもりは無いし、長居するつもりもなかった。まあ、あわよくばこの場で乗ってくれたら行動も起こしやすかったけど……どうやら駄目みたいだからな」
ライたちは幹部の姿を一目見たら帰るつもりだった。なので用が済んだ今此処に居る筋合いも無いのだ。
この場で乗ってくれたら楽だったが、やはりそう簡単に行く事は無いらしい。ライは"賢者の石"の欠片を放り、ヘパイストスがそれを受け取る。刹那にこの場を離れた。
「あれが噂の魔王を連れる少年か。此方としても調べた方が良さそうだな」
"賢者の石"の欠片を受け取ったヘパイストスは火に映して石を輝かせ、呟くように話す。隣のサイクロプスは最初から黙ったままだが、元々寡黙なのだろう。
何はともあれ、これでライは偵察を終えたのだった。
*****
「あ、ライとエマ、リヤンが戻ってきたみたい」
「その様だな。特に慌ててもいない様子を見ると、何とも無かったみたいだ」
ヘパイストスの城の外で待機していたレイとフォンセは、兵士達の目を掻い潜って城から高速で抜けるライたちを見て事は済んだと理解した。
高速で動いているのは兵士達にバレない為。速度から考えても慌てた様子が無く、無事に終えたと理解出来た。
「待たせたな。レイ、フォンセ。先に言っておくと逃走用の魔術は必要無い」
「そうみたいだな。何事も無くて良かった」
「まあ、何事も無かった訳じゃ無いけど、詳しい事は昼食を摂りながら話すとするよ」
「……? そうか、分かった。何かはあったみたいだな」
「ハハ。まあな」
自分たちを迎えるレイとフォンセ。問題が完全にゼロという訳でも無いので詳しくは腹拵えをしつつ話すとの事。
二人はその問題を気になっていたが、詳しく話すというのでそのままライに続いて城を後にした。
それから来た道を戻り、一旦宿の近隣に移る。そのままライたちは近場の飲食店へと入り詳しくレイたちに説明した。当然他の客や店員には聞かれぬよう細心の注意は払っている状態だ。
「──って事で、幹部とその側近? にはバレて、"賢者の石"を譲ったんだ」
「ヘパイストスか。確かに鍛冶を司る神なら"賢者の石"をどうにかする事も出来るかもしれないな。……まあ、本来の"賢者の石"は熟練の錬金術師が創るものだが、直せると言っていたなら問題無いのだろう」
「ヘパイストスにサイクロプス……この街の相手も手強そうだね」
説明の内容はヘパイストスの事について。主に見つかった事と勝負を挑んだが一蹴された事。そして"賢者の石"の欠片を渡した事を説明した。
それを聞いたレイとフォンセは周りの客や店員に聞こえぬよう、小さく呟くように話す。しかし多少なれど驚きはあったようだ。
オリュンポス十二神の誰かが来る事は分かるが、オリュンポス十二神は何れも強大な神。人間の国の幹部は本来の神々とは少し違う受け継がれた神なので厳密に言えば本人じゃないが、それでも十分な力は誇っている筈。誰が来ても驚きは残ってしまうものだ。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
丁度話を終えた時、明るい女性店員が頼んでいた料理を運んできてくれた。話は聞かれていないようなので一安心。そして人心地付く為にその料理を手に取った。
頼んだのはよくあるパンに果実のジャム。そして飲み物として果実を絞った物に焼いた肉や卵と特に珍しくもない基本的な料理である。何れも手頃に食べられるので旅には持ってこいの食材だ。
「まあ、そう言う事で。今日はどうやってヘパイストスに挑むかを考えながら街を探索するか。相手が乗ってくれなくちゃ始まらないからな」
「うん。良いアイデアが浮かぶと良いね。私たちも含めて」
「相手も何もしていないとは考えにくいからな。今日勝負を買わなかったのは建前で何らかの準備をしてくる可能性もある」
「ああ。聞いた話だと慎重そうな奴だからな、ヘパイストス。此方の行動は重要だ」
「うん……」
パンを千切って頬張り、飲み込んで話す。レイたちも上品に食事を摂りながら行動について思案していた。
相手が慎重なら、慎重な程に確実な案が必要になる。生温いやり方だと簡単に返されてしまうからだ。それを踏まえて行動を起こさなくてはならないが、やはりそれが思い付かない。
不足の事態でも起これば良いのだが、余程の事が無ければ会話中ずっと鍛冶作業をしていたヘパイストスが動く事も無いだろう。
兎にも角にも、課題は山積みという事だけは揺るぎない事実である。
「何とかして動かすか……力に物を言わせないで相手の同意を貰ってから行動するってのは改めて大変だな……。力が全ての魔族の国や魔物の国は何とかなったけど、人間の国は最初のデメテルの時点で起こせる行動は少なかった。向こうから仕掛けてくれたから良かったものの、何もしてこなかったら今もまだ"エザフォス・アグロス"に居たかもしれない」
「ああ。多種多様の性格の者が居るのは当たり前だからな。似たり寄ったりの戦闘好きが多い二つの国は捨て置き、口論による啀み合いも起こり兼ねん」
一筋縄ではいかないと思っていたが、想定していた方向性とは少し違う。征服後ではなく征服前の現在ですら起こす行動は限られてしまうのが問題だった。
その事は全員が理解しており、戦えば解決する今までと違うというのは厄介極まりないだろう。
「ヘパイストスは鍛冶と向き合う時間を最も優先している……。本人に直接攻めるしか対応してくれる術は無さそうだけど、それじゃかつての魔王と同じような侵略者だ。やる訳にはいかない」
【ククク……別にやっても良いと思うけどな。その方が手っ取り早いだろ?】
(本当にその通りなんだよな……けど、俺は乗らないからな)
呟くように思案していると魔王(元)が話し掛けてきた。思わずその考えに乗りそうになるが、ライはグッと堪えてそれはやらないと返す。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人も行動の起こし方を考えているが、結局昼食を終えるまで何も思い浮かばなかった。
「仕方無い。少し街を見て回った後、宿に戻って詳しく考えるか」
「うん。そうだね」
思い付かないなら仕方無いと割り切り、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は街の探索に移る。身体を動かせば今後の行動を思い付くかもしれないと単純に考えたのだ。
しかし何も起きないまま、この一日が静かに過ぎていく。
*****
一つの建物を除き、ただひたすら何もない場所。日の落ちてきた時間帯にそんな場所で六つの影が話し合っていた。
「順調に進んでいるな。"終末の日"で失った生物兵器も大分戻ったんじゃねェか?」
「そうだね。私たちに勝てる、幹部や支配者のような邪魔が阻止しに来ないのには少し思うところがあるけど、入ってこないからこそ結果として順調に事を運ぶ結果を生ンでいるよ」
当然、ヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフの六人である。
シュヴァルツは揃えた生物兵器を見て呟き、ヴァイスがそれに返す。
見ての通り順調に選別活動を行っている六人。ライたちのように自分に制約を課せないからこそのこの結果だった。
「さて、街の破壊はこれくらいにして次はゴルゴーン三姉妹が居た神殿を始めとした他の場所を見てみようか。もしかしたら全ての罠を解いた者が居るかもしれないからね。そうなれば私たちの選別もグッと先に進む」
「そうだね。面白そうな奴が居れば良いけど……世界最強の人間の国。幹部に挑んでいないとは言え、個人的に今のところは期待外れだからね」
街の破壊を繰り返し、順調に兵士達を集めたヴァイス。もう少し実力のある者を利用しようと、至るところに仕掛けた罠の様子を見に行くつもりのようだ。
罠が解かれ、解いた人物が生きていれば上々。例え解かれておらず偶然罠に引っ掛かった者が死んでいても死体は効率的に再利用出来る。実に楽な作業である。
「それと、グラオもそう言っているし……そろそろ幹部クラスに挑むのも悪くない。勝とうと負けようと、私の力の更なる強化にも繋がるからね」
「ハハ。そう来なくちゃ。ヴァイス。その方が面白い!」
「ああ、同感だ。世界最強を堪能したいからな」
「クク。そうだな」
「フフ……一理ありますね……」
「あーあ。ハリーフを含めて、魔族の二人とグラオにシュヴァルツはよく戦闘に飽きないね。私なんかお気に入りが見つからないままだもん」
殆どの者が知らぬヴァイスの拠点。生物兵器を生成しつつ、順序よく次の行動を決めていく。
今後の行動を悩むライたちと順調なヴァイス達。二つの侵略者は自分たちのやり方を考えつつ、その一日を終えるのだった。