六百九十六話 人間の国・工業と鍛冶の街
──"人間の国・鍛冶の街 ・スィデロ・ズィミウルギア"。
出入口に書いてあった"スィデロ・ズィミウルギア"という看板を見て街の名を知った後、ライたち五人はその街の内部で街の様子を観察する。
予想通り鍛冶や工業。科学などが発展しており、遠目から見て聞いたようにあちこちから金属音が響いて加工などによる煙が立ち上っていた。
環境は自然の多かった"エザフォス・アグロス"に比べると環境が悪く思われるかもしれないが、小気味好い金属音と活発な人々が居るので然程気にならなかった。
この街の建物は他の街と同じように木材をベースにした煉瓦造りだが、金属が使われている建物も多く他の街より幾分頑丈に出来ているようだ。
「暑い街だな。二つの意味で」
「うん。活気があるのもそうだけど、加工や鍛冶で火を使っているのが多いからね。夏の気候もあってかなり暑いや」
街並みを眺めつつ、簡潔な感想を述べるライとレイ。エマ、フォンセ、リヤンの三人にもその感覚は伝わっており、確かに暑い街であるという事を理解していた。
しかし周りの人々はライたちを一瞥しても特に気にしている様子は無く、自分の仕事をしている。恐らく街の者達にライたちの話は届いていないのかもしれない。
それなら反って好都合。ライたちも気にせず街を探索していた。
「鍛冶、製鉄、加工。"造る"って事柄に対しては殆ど精通しているみたいだな。それもあって、魔族の国"イルム・アスリー"並みかそれ以上に発展しているや」
「そうだな。見たところ武器や防具の店も多い。"エザフォス・アグロス"と"セルバ・シノロ"を通って国境からも割りと近いから、鉄や武器。鉱石などを使って貿易をしているのだろう」
辺りを見渡すと、ある店は武器や防具。金属を利用した物やアクセサリーなど、加工が必要な物が多い。この街の技術力を最大限に生かしたやり方で発展しているようだ。
見れば街行く馬車に紛れて四つの車輪が付いた鉄の乗り物が走っている。それは"世界樹"で見た乗り物だが、この街では普通ではないにせよ流通しているようだ。
「"世界樹"でも見た変わった乗り物が走っているな……ああやって動かすのか」
「うん。不思議……速さは馬と同じくらいかな」
他の街でも目撃する事の多い武具屋やアクセサリーの店は捨て置き、街を走る奇妙な乗り物に釘付けになる。
"世界樹"で見た時は動かし方も推測でしか分からなかったが、改めて見ると好奇心旺盛なライは気になるのだろう。
「おっと、先ずは宿とかを探さなきゃならないな。俺たちの情報は多分、幹部クラスには伝わっているけど街の人々には伝わっていないんだろう。宿に泊まるのも問題は無さそうだ」
「うん。そうみたいだね。もう少し街も見ていたいけど、私たちの居場所がその幹部クラスに見つからない可能性は低いし」
鉄からなる乗り物に暫し見惚れ、ハッとして気を引き締めて行動を起こす。幹部が居る街かどうかは分からないが、早く行動を起こすに越した事は無いだろう。
その方が様々なリスクも減るからだ。
早速ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は今日泊まる為の宿を探すように"スィデロ・ズィミウルギア"の街を探索する。
*****
「よォイケメンの兄ちゃんと美人の嬢ちゃん達! 見ねえ顔だが、旅人かい? ちょっくら武器を見ていかねえか? 品揃えは"スィデロ・ズィミウルギア"一って自分で思ってるぜ!」
宿を探す途中、ライたちは武器の商売を行う武器商人に止められた。
ライたちの事を"見ない顔"と言ったという事は割りと古参らしく、それなりに顔の利く者のようだ。
「いえ。ご厚意には感謝しますけど、俺たちは宿を探しているので。宿を見つけたら改めて来ますよ」
だがそんな事をしている暇は無い。なのでライは丁重に断った。
しかしやり手なのか、それだけで引く商人でも無く、商人はまだまだ食い下がる。
「いやいや、あっしはこう見えても武器以外にも詳しくてね。なんなら兄ちゃん達の持ち物で気になる物を見てやろうか? 宿を探しているってのなら、あっしがオススメを教えてやるよ」
「……」
それは悪い話ではない。なのでライは思案する。
此処で武器や小物類を見て時間が潰れたとしても、宿を探す手間が省けるなら総合的な時間は寄った方が少なくなる。そうなると問題はこの者が本当に良い宿を知っているのかどうかという事になるが、この街を良く知る熟練の武器商人なら言っている事は事実の可能性が高い。
ライが至った結論は、
「そうですか。宿を教えてくれるなら有り難い。じゃあ、少しだけ寄って見るとします」
「そう来なくちゃ! 新しい街に来たら、先ずは街を見て回るのはロマンだからな!」
その者の言葉に乗る事にした。
ロマンというのはよく分からないが、利点は多い。もし騙そうとしているのならライも出る所を出るつもりだが、今の所悪意などは感じない。売り物を見てくれというのは商売としてだが、宿を教えてくれるのは良心だろう。
「よっしゃ! 良いもんあるぜ! 見て行きな!」
商人が先に店へ入り、ライたちがそれに続く。
先に店に入った所を見ると、逃げる可能性などを考慮していないらしい。この者も気の良さそうな者なのでやはり騙される心配は無さそうだ。
そしてライたちの視界には、ズラリと並んだ武器や小物の数々が映り込んだ。
「へえ。品揃えはこの街一って豪語するだけはある。かなりの種類だ」
先ず目に映ったのは、複数の剣。短剣長剣、小太刀に太刀。両刃刀に両刃剣。片刃刀に片刃剣。一概に刀剣と言っても様々な種類があるが、その殆どは揃っていた。
武器のみならず盾や防具などもあり、頑丈そうな鉄の鎧に鉄の盾。起動を重視した木と皮が基盤となる軽い鉄の鎧に木材と鉄の合わさった盾。その種類も豊富だった。
その他にも槍を始めとした武器類。当然近接の武器のみならず、弓矢に銃。大砲なども売っていた。
この世界では実力者によって使用する武器の強さが変わる。常人が手っ取り早く力を手に入れたいなら銃や大砲。素の能力が高い実力者が使うなら刀剣や槍のような近接武器と区別されているのだ。
しかし実力者が使えば決められた力しか出せない銃や大砲も変化する。対魔族用の弾丸など、臨機応変に力を変えられるのだ。
「どうだ? 中々良い品揃えだろ? 集める……というより造るのに苦労したぜ!」
ニコやかに笑い、誇らしげに告げる商人。その言葉にライは反応を示した。
「造った……。へえ、これ全部貴方が造ったんですか」
「応ともよ! 人間、その気になりゃ何でも出来て何でも造れるんだ!」
それは、素直に称賛出来る事だ。
魔法や魔術を使えば自分の魔力を消費するがそれだけで簡単に様々な武器を造れる。
しかし見たところ魔法使いでも魔術師でもないこの者。この加工技術は熟練の技が成せるものでかなり高い位置にあり、精度もその魔法使いや魔術師によるが、魔法・魔術で造れる武器や武具よりも圧倒的に良い。しかも見たところ一人しか居ないこの者が造ったとなれば、とてつもない労力と試行錯誤を繰り返した事だろう。ライは改めてこの者とこの街の技術力に感心していた。
「で、何か買ってくかい? 後、面倒だから普通に話して良いぜ?」
「ああ、そうですか。いや、そうか。けど、別に必要無いな……旅の物は大体揃っているし、武器も問題無い……。それよりアンタがさっき言ってた事……気になる物があるんだ。それを見てくれないか?」
今のライたちに、武器類などは特に必要無い。
なのでライは先程商人。もとい店主が言っていた気になる物を見てやろうかという言葉を飲み込む事とする。これ程の技術力があり、"製造物"についての知識もそれなりに持っていそうなので色々と聞いてみたい事はあるのだ。
宿の事を聞くよりも前に、その可能性を訊ねるのは悪くないだろう。
店主は快く許可をくれた。
「応、構わねえぜ。売れないのは残念だが、兄ちゃんが気になる物ってのはあっしも気になる」
「ああ。助かるよ。それで見て欲しい物って言うのはこれなんだ」
「ん? ……! こ、これは……!」
袋から取り出し、店主の前にそれを置く。店主は瞬く間に驚愕の表情へと変貌させ、その物を手に取ってライへ訊ねた。
「この何よりも紅い深紅の輝き……"賢者の石"……だと……!? か、欠片だが……間違いなく本物だ。一体何処で?」
「手に取っただけで本物って分かるのは流石だな。入手元は……えーと、少し複雑でな。詳しくは言えないけど、とある街で多分魔女。その魔女に貰ったんだ」
入手元は魔族の国。此処が人間の国である以上、幾ら気の良い店主にも言えなかった。なのでライは入手した者の事についてだけ言い、後は軽く濁す。
熟練の店主はその事を理解したのか皆まで言わず、納得したように言葉を続ける。
「そうか。色々と事情があるみたいだ。余計な事は言わないが……これをどうしたいんだ? 欠片しかないから金を生み出す事は出来ねえし、復元させるにしてもかなりの労力を要する……この店の武器を全て一から造り直すより大変な作業だ」
どうしたいのか。復元出来るならしてみたい気持ちもあるが、ライが一番知りたいのは何の意図があって魔女はこれを渡したのか。
しかしとてもじゃないが復元させる事は出来ないらしいので、ライは自分なりの考えを綴る。
「ああいや、どうしたいって訳じゃないけど……これが少し気になってな。使い道も無いし、どうすれば良いのか分からない。だから、せめて何か分かればなって思ってアンタに見せたんだ」
「成る程……あっしは分からないが……幹部様なら分かるかも知れねえ」
「……!」
しれっと言われたその言葉に、ライはピクリと反応を示した。
後ろのレイたちも同じように反応しており、店主に向けてライが聞き返す。
「幹部……この街にも幹部が居るんだな?」
「ああ。基本的に城で作業をしているが、確かに居るよ。というか兄ちゃん。幹部の街と知らずにやって来たのか。まあ珍しい事でも無いが、一応知っていた方が利点もあるぜ」
どうやら本当に幹部が居るらしい。最も、此処で嘘を吐く理由もないのだが居る事が分かればやはり迅速な行動は必要になるだろう。
「どうやら俺たちも早く行動した方が良さそうだな」
「うん。幹部が居るとなれば、色々と問題が起こるもんね。」
「……!? ちょ、ちょっと待ってくれ兄ちゃん達!」
なのでやはり宿は自分で探そうとライたちは店の外に出ようとするが、そこで店主は血相を変えてライたちを引き留めた。
ライたち五人はそちらを振り向いて訊ねようとするが、ライたちが訊ねる間もなく店主は理由を述べる。
「その剣……一体何処で手に入れた!?」
「剣……?」
レイの腰にある剣を指差し、驚愕の表情で訊ねる。
何処で手に入れたという言葉は先程の"賢者の石"と同じだが、今回は勝手が違う。店主の形相がそれを物語っていた。
この者が示す剣は天叢雲剣ではなく、勇者の剣の方だろう。なのでレイは言葉を続ける。
「これは……私の御先祖様から受け継いだ剣。家宝だったんだけど、旅に出る時お父さんとお母さんが持たせてくれたの」
「先祖の……剣……」
この反応。もしかしたら店主は勇者の剣を知っているかもしれない。
今まで指摘した者が少なかったので知らないと思い込んでいたが、考えてみればこれ程までに武器に精通している者。知っていてもおかしくない。失言だったかとレイが息を飲む。しかし聞かない訳にもいかないだろう。レイは店主に向けて返す。
「この剣を知っているの……?」
「いや、あっしもある程度の武器には詳しいが……その剣は知らねえ。知らねえんだ」
知らない。それは普通だが、武器には詳しいが知らないという言葉には含みがある。
そう、武器に詳しい筈の店主が知らない剣。それは、かなり未知数である事を証明しているだろう。
だが、知らないなら知らないで新たな疑問も生まれた。
「えーと……じゃあ、さっきは知らないのに引き留めて訊ねたって事?」
それは、先程の口調は何かを知っているようなものだった。しかし知らない。それを指摘され、店主は呆気からんと答える。
「ああ、そうだが? 未知数な武器というものは武器商人として気にならない筈が無い。当たり前だぜ!」
「アハハ……そう言うものなのかな……」
武器商人の性なのか、見た事の無い武器は気になるらしい。なので結局勇者の剣について詳しい事は分からなかった。
レイは苦笑を浮かべ、話が終わったならとライたちは改めて宿を探しに向かう。
「あ、そうそう。宿なら店を出て左を真っ直ぐ進んだ所と真っ直ぐ進んで東に行ったところ。それと真っ直ぐ進んで西に行ったところにあるぜ」
「ああ、ありがとう。そのどれかに泊まるとするよ」
ライたちが行くのならばと、思い出したかのように店主がオススメという宿の場所を教える。確かに詳しいらしく、宿は三ヶ所にあるらしい。
それならばと、ライたちは早速そのどれかに行こうと試みる。
人間の国三つ目の街"スィデロ・ズィミウルギア"。そこにある武器屋を後にし、教えられた宿に向かうのだった。