六百九十五話 もう一組の侵略者・次の街
──辺りには激しい戦闘があったであろう惨状が広がっていた。
結果を言えば、この場には何も残っていない。"無"。無のみが残っている状態だった。
「ハァ……ハァ……つ、疲れた……」
そして、"私"の目の前には見ての通り疲れ切っている者が手持ちの剣を杖代わりとして身体を支えていた。
今にも倒れそうな程にフラフラだけど……大丈夫なのかな?
「けど、魔王は倒したぞ!」
次に高々と拳を上げ、最高の笑顔で叫ぶ者──勇者、ノヴァ・ミール。
私のご先祖様のノヴァ・ミールさんはどうやら、諸悪の根元にして全てを支配していた最強で最凶の魔王を打ち倒したみたい。凄いなぁ。けど、此処は私たちの星じゃなさそう。移動して宇宙に来たのかな?
【クハハハハッ!】
「……!」
そこに、豪快な笑い声が聞こえる。ノヴァ・ミールさんはそちらを振り向き、そこからは虚空が話し掛けきた。
【見事だ、ノヴァ・ミール! テメェは今後、勇者と呼んでやる! 名前は面倒だからな。テメェは勇者だ!】
「何が言いたいんだよ……」
疲弊し切っているノヴァ・ミールさん。勇者に魔王のノリは着いていけないみたい。
肩を落とし、呆れたように剣を構え直した。疲れ切ってもどんな状況にも対応する様子。参考になるなぁ。
【要するに、だ。俺はテメェを認めた。名前を知る今までは勇者って呼んでいたが、名前を知ったからと言って勇者と呼ぶ姿勢は変えないって事だ】
「それを宣言してどうなる」
【どうにもならねェ。俺ァ今、見ての通りこの身体になっちまった。だが、認めた暁に何時でも消せるこの身体で相手をしてやるって事だよ!】
「成る程。お前のノリは変わらないが、互いに満身創痍の状態で戦うって事か」
【その通りだ! 俺はこの身体でやられない限り、死なねェからな!】
声のみ聞こえる虚空の姿。それは魔王が弱り切っている証らしい。けれど、その姿にまで追い込まない限り倒されないって、かなりの強敵だったんだな……。
「じゃあ話は早い。満身創痍だから殺せるかは分からないが、せめて数千年の封印くらいは施してやるよ」
【また暴れるかも知れねェぜ?】
「構わない。何時か現れるって知っているからな。俺がこの戦いで生き延びれば子孫に託す事が出来る。別の誰かが復活したお前に認められるなら、世界は安泰だ」
【ハッ、俺にもガキは居るからな。それも世界中にだ。誰か一人でも生き残れりゃ、そいつが俺の代わりに世界を支配してくれるだろうよ。もうガキが居る分、俺が一歩リードだな】
「うるせえ! 今に見てろよ! 俺だって直ぐに子供作って幸福に暮らしてやる! この戦いが終わったら結婚してやるよ!」
魔王の声に返し、虚空へ向けて剣を構えながら進む勇者。──そこで私の意識は遠退いた。
これだけ見ると、勇者と魔王はそこまで仲が悪くなさそうに思える。
魔王の性格もあるんだろうけど、勇者……ご先祖様も敵意を剥き出しにしているという訳じゃない。出会い方が違えば、私とフォンセみたいな仲になれたのかな。そんな事を考えながら、スッと声が消え去った。
「────!」
【────!】
──何を話しているのかは分からない。
「────?」
【────!】
──けれど、心なしか楽しそう。
「────!」
【────!】
──そんな様子を見ながら、私の意識は覚醒した。
*****
「……」
夜明け前。日が昇る時間帯だが、夏の気候であるが為にジメジメして蒸し暑かった。そんな事を考えながら、レイは一番に目が覚める。
起き上がり、辺りを見渡す。レイの隣に寝ているのはライ。その隣にはリヤン。そしてレイのもう片方の隣にはフォンセが居た。蒸し暑さがあるので狭いテント内でも少し距離は離れているが、全員仲良く寝ていた。
「暑い……」
パタパタと寝巻きの襟を扇いで胸元に心許ない風を送る。
どうせ誰も起きていないならと、その場でさっさと寝汗に濡れた寝巻きを脱いで普段着に着替えた。
そして勇者の剣を持ち、テントの中から外に出る。蒸し暑い空間から解放され、少し暖かいが比較的涼しい風がレイを出迎えた。
「おはよう。レイ。今日は一番早く目覚めたのだな。それに、寝起きも良さそうだ」
「おはよう。エマ。うん、少し暑いけど結構スッキリした気分だよ」
そして上から掛かるエマの声。
レイは笑顔で返し、エマもフッと笑う。何時も通りのやり取りが行われ、暫く二人で雑談を行っていた。
それから数時間後、ライたちも目覚め、ライが先。その後にフォンセとリヤンが続くようにテントの外から出てきた。
「おはよう、レイ、エマ。レイ。今日は早いんだな」
「アハハ……たった今エマにも同じ事言われたよ。ライ、フォンセ、リヤン。おはよう」
「ふっ、そうだな。兎に角三人共、おはよう」
「ああ……おはよう……」
「おはよう……」
ライは寝覚めが良く、フォンセとリヤンは寝起きという事柄を絵に描いたような様子。つまり何時も通りだ。
普段と同じ朝を迎えたライたちはテントを仕舞い、朝食の準備をする。
現在はデメテルの街"エザフォス・アグロス"を発ってから三日程。普段のライたちからすればスローペースだが、大凡の事がバレている立場上、妥当なペースなのかもしれない。
此処が森という事もあって見つかりにくいのは良い事だ。数日間この様な生活をしているので、朝食の準備諸々の手付きも魔法・魔術を使わず行うのに慣れたものである。
「これを料理って言うのか分からないけど、中々面白いものだな」
「食べ物を作っているんだから料理で良いと思うよ。楽しいのは同意だね」
朝食を作りつつ、他愛ない会話を行うライたち。手際よく料理を並べていき、使用した火は即座に消し去る。旅人は多いので煙が立ち上っていてもライたちを特定出来る者は少ないのだろうが、念には念を入れても良いだろう。
ライたちの朝。それは変わらず平穏に過ぎ去って行った。
*****
──周囲には瓦礫の山が広がっていた。
乾いた風が吹き抜け、カラカラと瓦礫の欠片を転がす。一つだけ言うと、此処はほんの数時間前まで賑やかな街だった。たった数人の者達によって見る影も無くなってしまったが。
「なあ、街を壊す事って意味あんのか? まあ、力の見せしめにはなると思うが……兵士だけ手に入れりゃ良いんだから街は残しても良いんじゃねェの? 破壊は楽しいが、破壊痕を見ると勿体無い感情も湧いてくる」
「先程まで楽しんでいたのによく言いますね。けど、確かに勿体無いという部分には賛成です」
その瓦礫の山の中、それを形成した張本人の数人のうち、ゾフルとハリーフがリーダー格であるヴァイスに向けて訪ねるように話した。
街を破壊する事は別に構わないと言っているが、科学力も魔法・魔術力も高いレベルの人間の国。そもそもの人間の特性がオールマイティーに近いものだからこその発展があるので勿体無いと感じてしまうのだろう。
「確かに。最もな意見だ。実際、私も高水準な位置にある人間の国の建造物や街を破壊するのは少し気が引けている。けど、見せしめというものはかなり重要な事柄だからね。存在による威圧だけで相手をひれ伏せさせる事も出来る……より優秀な者を誘うには、如何様な手を使ってでも優秀な者の関心を向けさせる必要があるンだ。この破壊活動は必要不可欠な破壊活動さ」
優秀な者を選別して新世界を創るのが目的なヴァイス。だからこそ、派手に動いて優秀な者を誘い出そうと行動に移っているようだ。
しかし知っての通り、何人かの優秀な者は見つけたが中々行動を起こさない。人間の国の幹部や支配者もそうだ。あからさまな誘いには乗らず、観察して行動を起こす。犠牲は増えるが、優秀な存在が敵の手に渡って悪化する事を防げると考えれば決して正しくないとは言えない過ごし方だった。
「そうかよ。まあ、こんな生活をしているから金銭なんてもんは必要ねェし。好きなもんを食えて戦闘も拠点もある。今の生活は気に入っているから、もっと旨いもんを食えたかも知れねェ事を除いてこの生活も全然構わねェかもな」
「やれやれ。このチームでの常識人は結局私だけですか」
「む? 私もヴァイスたちに比べれば比較的まともだと思うんだけど?」
「ハハ。賑やかでいいね」
「俺も戦えりゃ良いからな。今程楽しい事はねぇぜ」
ゾフルは現状に満足している。なので前述したように構わないと言った表情と態度だ。
それを見たハリーフは呆れ、そんなハリーフの発言に反発するマギアと楽しそうに笑うグラオとシュヴァルツ。
やられる側の立場からしたら迷惑極まりないが、本人達は楽しそうだった。本人達からすればそれで良いのだろう。
「さて、少し無駄話をしてしまった。この街は終えた。選別も完了。使えない者達は直ぐにでも生物兵器へと改造するとしよう。ライ達も既に来ているのだろうけど、もしかしたら思ったよりも早くに出会うかもしれない。ともあれ、私たちも起こす行動は迅速にしなくてはいけないね」
その言葉を聞いたグラオ達はヴァイスと共に次の目的地。特に当ては無いが人が居る街に向かう。
この街はもう終えた。それは要するに、新たな生物兵器の種も入手したという事。改造するという言葉からまだ改造は施されていないのだろうが、それも時間の問題だろう。
「てか、ヴァイス。人間の国にだけいやに積極的じゃねェか。確かに魔族の国や幻獣の国にも攻め込んだが、人間の国との積極性が違う気がするぜ?」
他の街に向かう途中、気になったゾフルがヴァイスに訊ねる。それはマギアやハリーフも気になっているらしく、ヴァイスの返答を待っていた。
グラオとシュヴァルツを除いた三人に見られる中、ヴァイスは簡単に返す。
「当たり前じゃないか。世界最強と謳われる人間の国。人間が強靭な種族だからこそ、更に強い生物兵器や他の兵士を造る事が出来るのだからね。全生物の選別には必要不可欠な人材だ。人間の国の主力やライ達は脅威的だけど、それに対して勝利する為にもより強い生物兵器を集めなくてはならない」
それだけ言い、少し進んだところで不可視の移動術を用いてその場から消え去る。続いてシュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフの三人も移動した。
ライたちの目的が順調に進む中、ヴァイス達の目的も順調に進むのだった。
*****
「見えてきたな。彼処が次の街か」
「うん。あちらこちらから煙が立ち上っているし、鍛冶や工業が発展しているのかな?」
「この位置からも金属音が聞こえるからな。本当にそうみたいだ」
「自然の街の次は鍛冶や工業か。おかしくはないが」
「うっ……空気が苦い……自然の方良かったな……」
朝支度を終えたライたちは、次の街に到着していた。と言ってもまだ遠目から少し見えるだけだが、その位置から分かる程の黒い煙が立ち上っており、そこが工業や鍛冶関連の事柄で発展している街という事が分かった。
その煙は有害かは分からないが、少なくともリヤンは少し気が引けている様子だ。エマに負けず劣らず五感が鋭いので匂いや吸い込む事で感じる味がキツいのだろう。
「大丈夫か? リヤン」
「うん……ライたちが居るから平気……私も慣れると思う……」
リヤンの様子を見て心配に思ったライが訊ね、リヤンは頷いて返す。と言うのも、リヤンは環境適応能力も高い。なのでそのうち慣れると自負しているようだ。
それも神の血縁だから成せる技か分からないが、この様な状況に置いて便利なものである。
「じゃあ、街に入るとするか」
「うん。私たちの事、伝わっているかな?」
「さあ。けど、行ってみなくちゃ分からないさ」
遠目でも目の前にある事は変わらない。なのでライたち五人は街へと入っていく。
魔物の国を抜けた後の人間の国では三番目の街。鍛冶や工業が発展しているであろう街に向かうのだった。