六百九十四話 人間の国の征服方法・大地の女神の国・終結
──"エザフォス・アグロス"。
戦いが終わって数分後。デメテルの収める街に戻ってきたライはレイたちの姿を探していた。
捜索方法は単純。気配を辿れば大凡の位置が分かるのだが、その位置はライにとって疑問だった。
(三つの気配が城の方から……二つの弱り切った気配が街中からか……)
城の方から感じられる強い三つの気配と街の中心部から感じられる弱い二つの気配。弱い気配というものは見つけにくいが、弱いからこそ逆に目立つ。尋常ではない弱り具合と考えれば、戦闘によってかなりのダメージを負ったと推測出来る。
そして強いままの気配は同じ位置から動かない。単純に考えるなら待機しているという事だが、如何せん場所が城なので捕らえられていると考えるのが最もだろう。
(なら優先するのは弱っている気配だ。それこそ一刻を争うくらいかもしれない)
ライは優先順位を決め、確実に瀕死であろう二人の居る場所に向かう。
例え誰か三人が捕まっていたとしても、気配の大きさから無事であるという事は分かる。デメテルの性格が性格。手荒に扱う事も無いだろう。なので危険な二人の元に向かうと決めたのだ。
「急ぐか」
呟き、踏み込み、加速する。音速で駆ければ街に被害が被るので衝撃波が出ない程度の速度。しかしかなりの速度でそちらへ向かう。
ライは小さな気配を辿り、その者の身を案じながらそちらへ向かうのだった。
*****
「……! レイ! そして……デメテル……!」
「「…………」」
弱った二つの気配に駆け付けたライは、ボロボロのレイと同じくボロボロのデメテルの姿を確認した。
見れば当然戦闘の形跡があり、それによって生じたであろう血溜まりが足元を濡らす。現在の人間の国での季節である夏の気候でも冷えている事から、戦闘から数十分は経過しているだろうと理解出来た。
ともあれ、互いに酷い怪我だ。生きているのが不思議な傷というのはこう言うものを例えているのだろうと納得しつつライは二つを優しく抱き上げた。
デメテルは敵であるが、ライにとっても嫌いじゃない性格をしている。加えて戦う事を何度か躊躇っていた。放置する理由はないだろう。
「一先ず……"回復"……!」
抱き上げ、魔力を込めて回復魔術を使う。フォンセやリヤンの回復よりも遥かに劣るが、応急処置でもしなくては死んでしまう。
それが効いたのか、意識を失いながらも苦痛に歪んでいた表情に和らぎが戻った気がした。
(城に向かうか……けど、俺たちの事は知られている筈……デメテルの意識も失われているし、正面から入るのは得策じゃないな)
二人を担いだライは思考しながら屋根から屋根へと移動する。気配を感じる限り街の者達はこの近辺には居ないので別に地を移動しても良いのだが、念には念を入れて目立たない屋根の上を進んでいるのだ。
それはさておき、城への侵入方法。正当法では一悶着無しに入る事は出来ないだろう。大怪我を負っている二人が居る手前、ゆっくりはしていられない。一悶着も行っている暇は無いのだ。
となると入り方を考えなくてはならないが、当然正面口には見張りが居る。ライは透明になる魔術も使えなければ、相手の意識を自分に向けさせない魔術も使えない。潜入などは専門外である。
(よし。姿は消せないし、目に見えない速さで行けば良いか)
そんなライの至った結論は、それなら目にも止まらない速さで城に侵入すれば良いとの事。
デメテルやヘルメスクラスの実力者なら音速~光速までは見切られる。しかし兵士はそれ程の力を有していないだろう。もしそれなら確かに世界最強の名には相応しいが、既に他の国を制圧している筈。それがないという事は、基本的に数十分前にライたちが相手取った兵士達と同じくらいの実力だろう。
(二人に負担を掛けないようにしないとな。あまり揺らしたら身体に悪い)
レイとデメテルを一瞥し、状態と状況からして衝撃を与えず慎重かつ迅速に進む事を決めた。
今はまだ屋根から屋根に移動しているだけなので衝撃も弱いが、城に着いたら目で追えぬ速度を出さなければならない。それはたった数秒でも大怪我を負っている二人にとっては苦痛だろう。
(彼処か……!)
そしてライは城へと辿り着き、二人の門番を視界に入れて行動を起こす。
「「…………?」」
──刹那、疾風が吹き抜けた。その風を受けて二人の門番は小首を傾げて互いの顔を見る。その後、ただの風であると判断して警備に付き直る。
よって、ライは負傷した二人を担ぎながらデメテルの城へと侵入する事に成功した。
*****
──"───・───"
「ただ今戻りました。ゼウス様」
「そうか。しかし、随分と簡単に負けてしまったようだな」
「ええ。魔王の力を使わせる事も叶わずままにやられてしまいました」
「ああ。知っている」
人間の国にある支配者ゼウスの街。ヘルメスは第四宇宙速度程で移動して自分の拠点に戻っていた。
拠点へと戻って先に行うのはゼウスへの報告。身体のダメージはまだ残っており、足元がフラつきながら肩で息をしている状態だった。
しかしその話し方に呼吸の乱れは感じない。自分が尊敬し、仕える支配者であるゼウスの元であるが故に、疲労を見せて醜態を晒す訳にはいかないとでも考えているのだろう。
「無理をしなくても良い。我が治してやろうか?」
「いえ、この程度の傷で御手を煩わす訳にはいきませぬ」
「そうか」
だが全知全能であるゼウスにはそれもお見通しだった。
ゼウスは善意で治療を告げるが、ヘルメスはそれを飲まない。ゼウスも知っていた事なので窓の外へと視線を戻す。
「ならば、一先ず医療師の元で治療を受けるといい。その傷を放って置く訳にはいかないと自分で理解しているだろう。報告諸々は我にはしなくてもいい。他の幹部たちにでも成果を伝えておけ」
「はっ! では……!」
疾風のように消え去り、点々とした血痕のみがその場に残った。
ゼウスの部屋を汚すのはヘルメスからしても不本意だろうが、ヘルメス自身が気付かずに行ったのでゼウスは特に気にせず血痕を消し去る。ヘルメスはそれなりに大きな事に気付かない程の傷を負ったので、消す余裕も無くなっていたと理解しているのだ。
「しかし、成る程。彼らはこの様な征服方法を選んだか。確かにこれなら、普通に征服するよりはあまりヘイトも買わないのかもしれない。結果は今、この世で我のみが知っているがな……」
空を眺め、再び寛ぐ。常に寛いでいるが、全知であるが為に新しい発見も何もない手前、常に暇なのだろう。寛ぐ時間はイコール退屈な時間という事だ。
人間の国の支配者ゼウス。全ての結果を知る彼は自分の街で時折来る仕事を塾してのんびりと過ごす。
*****
「……っ。此処は……」
閑散とした空気の広がる牢獄。その檻の外にあるベッドにてデメテルは目覚めた。
それから直ぐに現在位置を確認し、自分の身体を見る。記憶の通りならば大きく負傷していた筈。にも拘わらず、身体を確認しても傷が無い。混濁とした意識の中、更に記憶を呼び覚ます。
「……! そうだ。私はレイさん……レイに……」
「気が付いたみたいだな。デメテル」
「……っ。ライ……!」
負傷した理由を思い出し、ゆっくりと立ち上がる。すると後ろにはライ。厳密に言えばライたち五人がおり、デメテルの姿を見ていた。
「そう睨まないでくれよ。勝負は既に着いたんだから。アンタも理解しているだろ? 何故自分がボロボロだったのか、何故今の今まで俺たちの気配に気付けない程だったのか。何故城の牢獄。それも檻の外に居るのか」
「……っ。加えて言えば……エマ達が檻の外に出ているのか……も入りますね……」
「そう言う事。そのベッドも、元々檻の外には無い。簡易的だけど、フォンセが作ってくれたんだ。床に寝かすのも失礼だと思ってさ」
「国を征服しようとする方が失礼だと思いますけど」
「いやいや待て待て。確かに俺たちの目的はそうだけど、まだ何もしていなかっただろ?」
「"まだ"と言っている時点で信用は地の底にあると思いますよ」
「否定はしない」
現在置かれたデメテルの状況。それからするに何があってこうなったのかは完全に理解していた。
そしてそれが結果ならば、受け入れるしかないだろうと奥歯を噛み締める。
「……っ。この戦闘はアナタ達の勝利です……煮るなり焼くなり、奴隷にされようと、敗者である私はどんな無理難題にも答えなくてはありません……! さあ、征服したいというのならばご自由に。私は何でも言う事を聞きます。けど代わりに、住人の皆様は見逃してください……!」
敗北。確かに今後する予定だったが、ライたちは仕掛けていなかった。自分で挑んで敗北した今、どの様な事に対しても相応の対応をしなくてはならないだろう。
なのでデメテルは敗北を受け入れ、覚悟したように目を瞑る。この街を征服したいのならそれを明け渡す覚悟もある。街の住人達を見逃してくれるようにだけ願い。
それ程までに大きな覚悟を決めたデメテルを前に、ライはため息を吐いて言葉を続ける。
「色々言いたいけど……一先ず結論から言う。俺は"まだ"この街を征服するつもりはない」
「……!」
その言葉にデメテルは目を開き、キョトンとした様子でライの姿を二度三度と見やる。
戦闘を挑んだ挙げ句敗北し、その者の目的は国の征服。その者が幹部の街を保留すると言ったのだ。この様な表情にもなるだろう。
「征服をしない……"まだ"……」
「ああ。"まだ"征服はしない。何れはする事になるけど、俺にも俺なりの考えはあるんだ。力に物を言わせて行う征服は、二つの国なら問題無いけど残った二つの国は大問題だ。だから今のうちは征服をしない」
確かに人間の国を攻める場合、人間の国に住む者達から多くの反感を買うだろう。誰だってそうだ。
なのでライは征服方法を考えた。そして結論からして"まだ"征服はしないという事である。
それについて言葉を綴って話す。
「先ず大前提として、なるべく反感を買わない事が第一優先。だから、順を追う事にした」
「順……」
ライの言葉を繰り返すように呟くデメテル。ライは頷いて続ける。
「そう、順。と言っても根本的な事を言えば力による制圧と変わらない。周りから征服されても仕方無いって思われるように──全ての幹部と人間の国の支配者を倒した後で征服を宣言する。それなら買う反感も少なくなる。当然、純粋な力のみでの征服。つまり侵略行為を避ける為に周りからの評価は上げるつもりだけどな」
「……!?」
その言葉に立ち上がったばかりのデメテルはフラつき、背後のベッドへ倒れ込むように座る。驚きが大きければ人はこれ程までの反応をするのかと参考になった。
それはさておき、ライの考えを聞いたデメテルは言葉を発する。
「そんな事……」
──不可能です。とは言えなかった。
この世には起こらない事が存在しない。それを実行出来る者を知っているからだ。だからこそ不可能とも言えるのだが、兎にも角にも無謀なのは変わらないだろう。
何度も言うように世界最強を謳われる人間の国。その国の幹部となれば、全員が支配者に近い実力を誇る魔物の国に匹敵する。加えてそれらはオリュンポス十二神。その事から確実に幹部の数は十二人以上だ。
「言いたい事は分かっている。けど、それが俺の目標だ。曲げるつもりが無ければ、もう撤退出来る場所には立っていないからな」
齢十四、五の少年とは思えない程に真っ直ぐな目付きで、じっとデメテルを見つめる。デメテルは落ち着きを取り戻し、ライに向けて言葉を続けた。
「……そうですか。私はそれを止めません。既に敗北した身。止める理由はありませんから。しかし、一つだけ言うとすれば、決して楽な道ではありませんよ」
「……」
その言葉は、ライたちの身を案じるデメテルの本心からの注意だった。
敵対関係にあるが、ライたちに悪い印象は受けなかった。なのでせめてもの警告なのだろう。そんなデメテルにライは笑って返す。
「ああ。分かっているさ。世界征服を決めた時から、俺は既に覚悟を決めている」
「ならば要らぬ心配でしたね。いえ、元より心配などしていませんが。はい。心配と言えば私の仲間たちの心配です。アナタ達も精々頑張って下さい。いえ、頑張らなくて良いのですが」
立場上、激励する訳にもいかない。なので少し変な言い回しとなったが、ライたち五人は気にせず牢獄の外へと向かう。
そして五人が居なくなり、より一層閑散とした空気が立ち込める牢獄にてデメテルが一言。
「……気を付けてください」
誰にも聞こえないその言葉は、牢獄に残る最後の音となった。
*****
「ふう……出る時も何とかバレずに行けたな」
「そうだね。私の傷もすっかり良くなったし、流石だね。フォンセ、リヤン」
「ふふ、気にするな。レイ。仲間だからな。当然だ」
「うん……当たり前……。皆大事だから……」
「しかし、悪くない奴だったな。デメテルは」
デメテルの城を出て数十分後、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は既に"エザフォス・アグロス"の街を出ており、整備された道を進んでいた。
現時刻は正午の少し前。朝の支度を終えて始まった戦闘の事を考えれば妥当な時間帯だ。戦闘のピリピリした空気は無くなり、ライたちは全員が普段の様子と同じだった。
「ああ。優しい女神だった。街の住人も気の良い人達だったし、事実だとしても侵略者として見られるのは少し嫌だな。その嫌はただの我が儘にしかならないけど」
「我が儘で良いと思うよ。私もあの街は良い街って分かっているから」
「そうだな。侵略者としての宿命だが、辛いものはあるだろう」
「ふふ、そのうち和解も出来るだろう。世界征服と言っても、ライの目指すモノは多方面から感謝される事だ」
「うん……大丈夫だと思う……」
"エザフォス・アグロス"の街を惜しみつつ、世界の平穏を創造する目的を達成させる為にライたちは進む。
人間の国、魔物の国を発ってから二つ目の街にして一人目の幹部、豊穣と大地の女神デメテルが居た街を終えた今、改めて旅の再開である。
残り十数人の幹部と一人の支配者を倒すという、眼前に迫った世界征服。幻獣の国も残っているが、旅の終わりは近い。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人の旅は、まだ続くなりに終わりへと向かっていた。




