六百八十九話 フォンセと大地の女神
人間の国"エザフォス・アグロス"にて、フォンセは街中を駆け抜けていた。
後ろから続々と追ってくる兵士達と直接戦っても良いのだが、ライが民間人を巻き込むやり方を好まないのを知っている。なので広範囲を巻き込む魔術は控えているのだ。
「撃てェ!」
「よく狙え! 街の者は巻き込むな!」
「「「"土の壁"!」」」
兵士達が指示を出し、土のエレメントからなる壁で建物を護り、民間への被害を抑えつつフォンセを銃や弓矢で狙う。
左右へ伸びるような壁は街の建物を傷付けぬように広がっており、フォンセの逃げ道も真っ直ぐにだけなるように工夫されていた。
「成る程な。街の民の事をよく考えている者達らしい。戦闘の被害が周りへ及ばぬように調整されている」
音速を越える銃弾や時速数百キロの矢を見切って躱し、舞うように避けていく。
「……しかし、この壁なら私の魔術も多少は和らげられそうだな」
次々と放たれるそれらを眺めつつ、思案しながら呟くフォンセ。周りには街の人々を巻き込まない為の壁がある。これならばと、フォンセは片手に魔力を込めた。
「まあ、逃げる為の時間稼ぎにも良いだろう。"風"!」
「「「…………!」」」
風を起こし、近寄る兵士達を吹き飛ばす。その余風は土の壁に阻まれ、周りの建物に影響は及ぼさない。その気になればその壁も吹き飛ばせるが、無闇な破壊は行わないのでそのままだ。
「逃げ続けるのも考え様だな。ライたちは無事なのだろうか」
数十人の兵士を吹き飛ばした後で、再び街中を駆ける。一応侵略者としての実感はあるので、逃げ続けるだけでは意味が無いと理解しているのだ。
しかし、下手に行動を起こせば街の者達を巻き込んでしまう。世界征服に周りの犠牲を考えるのも滑稽かもしれないが、あくまで一般人を巻き込まない方針なのでそれを曲げるつもりはない。
「少なくとも、エマとリヤンは捕らえましたよ」
「……!」
──そこから声が掛かると同時に槍のような複数の樹がにフォンセを狙った。
フォンセは思わず飛び退き、簡易的な炎魔術で自身に向かう複数の樹を焼き払う。迫った樹を防いだ後に着地し、声のした方向へ視線を向けた。
「デメテル……!」
「ご無沙汰しております。フォンセ」
「エマとリヤンを捕らえたと聞こえたが……事実みたいだな」
「ええ。少々苦労しましたけど、優しい貴女達でしたからその隙を突けました」
実際、エマとリヤンが周りを気にせず戦うタイプだったのならデメテルは今よりも苦労していただろう。もしくは敗れていた。
つまり、エマとリヤンが力を出し切らなかったからこそ捕らえる事が出来たとデメテルも理解しているという事である。
「そして、貴女も捕らえます」
「悪くない申し出だが……断ろう!」
無数の木々が生え、フォンセを捕らえようと進む。それをフォンセは炎魔術で更に焼き払い、続くように風魔術を放って消し炭となった木片を吹き飛ばす。
同時に別の魔力を込め、大地を変化させて槍のようになった地面をデメテルに放った。それをデメテルは樹の壁で防ぎ、その隙間を貫くように高圧で噴出させた水を一斉放射した。
「四大エレメントの全てを……! それも、手加減している上で全てがかなりの破壊力を誇っています……成る程、魔王の子孫という事は本当みたいですね」
それらを防いだデメテルの言葉に、フォンセは目を見開いて反応を示す。
「……!? 何故私が魔王の子孫だと知っている……!」
「おや、言っておりませんでしたっけ。けれど、私からすれば貴女が誰の血縁者でも構いません。血の繋がりだけで危険因子として扱うのは筋違いですから。まあ、今回は貴女達の目的が目的……種族や血縁で差別しない私でも言動から敵と判断しております」
長々と語り、誤魔化すように本題から逸らす。
デメテルはフォンセが魔王の子孫と伝達係から知ったが、人間の国の仲間なのでその事を明かすつもりはないのだ。あくまで血縁や種族は関係していないと言いつつ、自然な流れで戦闘へと移行する。
質問に答えていないという新たな疑問を与える暇もなく次に移るその行動は、かなりの手練れだ。
「質問には答えないか……」
「フフ……誤魔化し切る事は出来ませんでしたね」
無理矢理作り笑いを浮かべ、左右からフォンセを挟むように大樹を放つ。それをフォンセは飛び退いて躱し、左右に両掌を向けた。
「"衝撃"!」
それによって大樹が砕き飛び、弾かれるようにフォンセの身体も浮き上がる。同時に風魔術で体勢を整え、下方に居るデメテルに向けて魔力を込めた。
「"重力風"!」
「……!」
上空から鉛よりも重い風を放ち、デメテルの身体を押し潰す。
この程度では身動きを取りにくくするので関の山だが、一瞬でも動きを止める事によってフォンセは次の行動へと移行しやすくなった。
「"上昇大地"!」
「……これは……!」
大地を操り、デメテルの足場を自分の近くに引き寄せる。それは片手で操る大地。
フォンセは残った片手を使い、そのまま魔力を込めた。
「全身の骨はイくかもしれないな! "土の大鎚"!」
「……ッ!」
上昇する大地で身動きが取れぬまま、フォンセの鎚によって押し潰される。それによって浮き上がった大地は砕け、街中に衝撃波を走らせた。
轟音と共に空気が振動して街を揺らす。足元の大地もフォンセの土魔術で強化していたので、全て砕けて勢いが弱まるよりも前に衝撃が街の地面に広がったのだ。
「流石にこれだけでやられるとは到底思えないが……多少はダメージを負ってくれただろうか」
フォンセがダメージを与えられていて欲しいという希望論を口走る。そこそこ強く放ったつもりではあるが、やはり効かない可能性が高いので気になるのだろう。
全身の骨にダメージがいくというのは衝撃が伝わるという事。なので砕けるとも折れるとも言っていないのだ。
「ええ。少しはダメージが入りました。咄嗟に足元から植物を生やさなければ、自らの手で砕く必要があったでしょう」
「どっちにしてもダメージは負っていないという事か……」
そして砂塵の中から、ほぼ無傷のデメテルが姿を現す。見れば植物が生えており、それが威力を弱めたのだろう。
尤も、本人の口調からして自分の肉体的な力でも防げたらしいが。
「分かり切っていた事だが、思った以上に厄介だな。攻撃に防御。高レベルの植物というものはこうも万能なのか」
「御安心を。降伏すれば手荒には扱いませんよ?」
「残念だ。私とお前の利害は一致していない。私たちはこの街を落とすのが目的だからな」
「それは、確かに残念ですね」
再び樹が放たれ、それを跳躍して躱す。足元から来た樹を跳躍したまま踏みつけ、胴に来た樹を反って避ける。避けた先の正面から複数の樹が現れ、それを魔術で牽制して防いだ。
次いで背後からも樹が現れ、掌で幹に触れて自身の身体を浮かして躱す。そのまま樹の上に着地し、踏み込むと同時に距離を置いて魔力を込め直した。
「"炎の大砲"!」
「"樹の守護"」
距離を置きつつ放った炎の大砲はデメテルの創り出した樹によって遮られる。その衝撃で炎の大砲が破裂し、周囲に火の粉と煙を散らした。
フォンセはそれらに紛れつつデメテルとの距離を詰め、近距離で高威力の一撃を放つ。
「"爆発"!」
「……!」
もとい、爆発魔術。
本気ならば惑星から恒星と大小様々な星一つを破壊。そこそこ力を込めれば惑星・恒星を欠けさせる破壊力を秘めた爆発魔術を放ったのである。
しかし此処は場所が場所。あまり大きな破壊力は秘めておらず、地形を変える程度の低威力に絞ってそこから更に圧縮し、対象のみを粉砕する爆発魔術だ。
圧縮された爆発は一点に力が込められるので、受ける本人からすればそこそこの爆発魔術と同程度の衝撃が走る事だろう。
「それなりの威力は秘められていたと思ったんだけどな……少なくとも、範囲は兎も角、威力だけなら星一つを欠けさせる程度の破壊力は込められていた」
「道理でこの威力。少し痛かった……いえ、熱かったですよ」
広がる爆炎から姿を見せる、少し焦げて衣類が燃えただけのデメテル。フォンセは肩を落とし、ふうっとため息一つを溢した。
人間の国の幹部を任される存在。常人を超越したこの耐久力も当然なのだろうが、メドゥーサ達に引き続いての久々の強敵。鍛練は怠っていなかったが少し思うところもあった。
「まあ、それも想定の範囲内。エマとリヤンを捕えたと言うのなら、相応の実力は秘めているのだろうからな。二手三手先、出来る範囲内の行動は考えてある」
「おやおや、それは恐ろしい。私も油断出来ませんね」
カラコロと鳴るように笑い、フォンセに構えるデメテル。飄々としているが、恐らくそれは挑発。本心では戦いたがっていない事が分かるので、フォンセは構わず嗾ける。
「ああ、油断は禁物だ。"土人形"!」
魔力を込め、土のエレメントに干渉する。そして魔力から形を造り、三体のゴーレムを生み出した。
「ゴーレム……成る程、土魔術で片手間にゴーレムを造れる程の実力。やはり油断はなりません。私も相応の力を以てしてお返し致しましょう……! "樹の魔人"!」
対するデメテルは樹を操り、それを人の形として動く人形を創り出した。
その数は一体だが、フォンセの造り出したゴーレムよりも遥かに巨大である。互いに操る必要は無いので、ゴーレムと樹の魔人がぶつかり合う間にも二人は衝突する。
「サポートを兼ねて仕掛けるか。"炎"!」
「させません。"樹の壁"!」
樹は燃える。なのでフォンセが自分に少しでも有利になるよう炎魔術を放ったが、燃える筈の樹によって阻まれる。当然だろう。樹が燃えると言っても、一瞬で消え去るにはかなりの高温が必要になる。デメテルの頑丈な樹なら多少の高温も軽く防げる。
『『『…………!』』』
『……!』
その一方で、フォンセの造ったゴーレムとデメテルの創った樹の魔人がぶつかり合っていた。その衝撃が"エザフォス・アグロス"の街に迸る。
拳のような樹一つで三つの拳を防ぎ、足のような樹で薙ぎ払う。加えて、手の代わりとなる樹は複数生み出せる。数は多くとも手数ではフォンセのゴーレムが不利だった。
「数は居ても、私のゴーレムが押されているな。早いところ決着を付けた方が良さそうだ」
「そうですね。私もそろそろ次の者を捕らえる必要がありますので、貴女を捕縛します」
デメテルを倒したところで、まだ征服が完了するとは決まっていない。力が全てではない人間の国では街の者達による反対もあるだろう。なので決着を付けたとして、これからどうなるかは分からないままなのだ。
因みに街の者達は兵士を除いて家や建物内で待機している。戦況を見守っているという状況だが、その者達から見たフォンセたちは悪として映っている事だろう。なので事が済んでも征服出来ない可能性は高い。
「"衝撃"!」
「はぁっ!」
だが、デメテルが相手ではそんな事を悠長に考えていられる程の余裕はない。
フォンセは即座に衝撃魔術でデメテルを狙い、デメテルはそれを樹で防ぐ。衝撃の当たった樹は破裂するように弾けるが、デメテルは無傷。フォンセは更に魔力を込め、連撃を仕掛ける。
「"元素の連撃"!」
「……ッ! "樹の守護"」
炎を放ち、それが樹で防がれた瞬間に樹の隙間から重い風を叩き付ける。そこから水柱が立ち上り、デメテルの周囲を覆った。次いで大地が揺れながら上昇し、更に水が広がってデメテルの視界が完全に水で消える。この一連の動きは水による目眩ましの為の前哨戦。先程と同等、デメテルの逃げ場を無くす作戦だ。
と言ってもただ大地を上昇させただけなので水によって歪んだ視界が戻れば即座に次の行動に移ってしまうだろう。なのでフォンセが、次は鎚ではなく別の魔術で嗾ける。
「"風の衝撃"!」
「……ッ!」
風魔術を纏い、デメテルの眼前にてそれを放出した。風の衝撃はデメテルの身体を貫き、圧するように背後の大樹とデメテルの身体を押し付ける。そのまま周りを砕き、大樹が粉砕した。
それでも尚風の圧力は続き、息もさせぬ間に大樹と大地を圧縮する。多少は周りも巻き込んでしまうが、それも仕方無い。大樹によって多少は緩和されているので良いだろう。
更に風の力が込められ、デメテルは呼吸が儘らなくなって意識が遠退く。肉体は惑星破壊の攻撃も耐えられるのだろうが、この手の技には弱いのだろう。一気に優勢となり、フォンセが自分の勝利を視野に入れ始めた時、
『『『…………!』』』
『……!』
「なっ!?」
三体のゴーレムが樹の魔人によって飛ばされ、フォンセの上から降ってきた。
それによってフォンセは潰され、三体のゴーレムが山となる。この程度ではダメージを受けないが、それによって生まれる隙が問題だった。
「……! 今です! "樹の拘束"!」
「……っ。蔦が……!」
そしてデメテルはゴーレムごとフォンセを拘束した。
三体のゴーレムを絡め取り、フォンセの腕と足を封じる。胴体や胸にも蔦が伸び、全身を拘束されたフォンセは身体の自由が利かなくなった。
しかしこれだけならフォンセは魔術を使える。なので魔力を込めるフォンセの行動を読み、デメテルは次の行動に移った。
「貴女は抵抗するでしょう。なので、少し眠って頂きます」
「……!」
次いで放たれた、麻酔効果のある植物。これが魔法や魔術ならばフォンセも防げたかもしれないが、上手く魔王の無効化能力を使えないのと物理的に近い力なので防ぎ切れない様子だ。
「……っ。まさか……こん……な……。……」
それによってフォンセの意識は徐々に消え去り、最後には眠ってしまった。
「……。はぁ……はぁ……この戦いも……疲れました……けれど、後二人……私が……やらなくては……」
眠るフォンセを見届けた後、デメテルは創り出した薬草を一口頬張って体力を回復させる。エマ、リヤンに続いてフォンセ。何れも支配者や幹部クラスの実力を誇る存在だが、街中という事もあって比較的有利に戦えた。
優しい彼女たちでなければ確実にやられていたと理解しつつ、デメテルはライとレイの消息を探る。
人間の国"エザフォス・アグロス"。ライたちとデメテルによる追って追われての戦闘。それも終盤戦に差し掛かっていた。




