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六百八十八話 安息を破る来訪者

「……」


 翌日、温かな日差しと共に目覚めたライはベッドで起き上がり、窓の外に視線を向けた。上階であるこの場所からは"エザフォス・アグロス"の街並みを見渡す事が出来、その窓から夏の暑い日差しが入り込む。

 時刻は早朝。暑い日差しも多少は緩和されている時間帯だが、やはり暑いものは暑いのだ。


「おはよう、ライ。よく眠れたか?」

「ああ、エマ。おはよう」


 窓の日差しが届かぬ位置にて、ぶら下がるような体勢で逆さまになっているエマがライと挨拶を交わした。

 自然が多い国なので、部屋にも観葉植物が置いてある。かなり頑丈なので、エマがぶら下がっても折れないのだ。


「……う……ん……。……。おはよーライ、エマ、フォンセ……リヤン……」

「ああ……おはよう……」

「おは……よう……」


 続いて、レイ、フォンセ、リヤンの三人が目覚める。そして何時ものように変わらぬ挨拶を交わし、何時ものように寝間着から私服に着替える。今日も変わらない日々を送れる事だろう。

 その後、簡単な談笑をしつつ顔を洗ったり歯を磨いたり食事を摂ったりと何時も通りの準備をし終え、ライたちは宿から外に出た。


「構え!」

「「「…………」」」

「「「…………」」」

「「「…………」」」


 ──そして外に出た瞬間、ライたちはデメテル直属の軍隊に包囲された。

 全員が銃口をライたちに向けており、中には弓矢や杖などを向けている者も居た。その様子を見やり、そう言えばデメテルには側近のような存在が居ないのかなどとあまり関係の無い考えが浮かぶ。


「……。朝から物騒だな。一応客も居るんだ。流石にそれを一斉に放つって真似はしないよな?」


「無論です。しかし、私を含めて全員がアナタ達の敵……勝てる見込みは薄い筈、傷付く前に降伏してください!」


 当然、ライたちはデメテル達が宿を囲んでいた事を知っている。因みに囲み始めたのは朝食後。ライたちが無防備になる頃合いで朝起きてからその時間までを計算して囲んだのならそれはかなりの頭脳である。

 世界最強の国の幹部を努める存在。高い頭脳も兼任という事だろう。


「……。少なくとも、昨日までのアンタは俺たちの事を知らなかった筈……まあ、半年前の人間の国での出来事もあるから、噂くらいは耳に入っていたんだろうけど……誰かに教えられたって事か」


「中々の考察力ですね。それならば答えても答えなくても同じ。ええ、そうです。よって、侵略者ライ・セイブル率いる五人組を捕縛します!」


「「「おおおお!!」」」


 銃や弓矢に杖が構えられる中、その者達の影から剣や槍のような近接武器を構えた者達が姿を現す。

 銃と杖の遠距離攻撃を警戒させて近接武器で攻める奇襲作戦。大抵の者ならこれで終わりだろう。


「"ウィンド"!」

「「「…………!」」」


 そして、攻め来る兵士達にフォンセが風魔術を放ち、一気に吹き飛ばした。

 飛ばされた兵士達は落下して動けなくなり、ライたちは散るようにその場から駆け出す。


「皆様は大人数で行動を! 私は一人で者達の後を追います!」


「「「はっ!」」」


 敬礼し、刹那に後を追う。ライたちの気配はいずれも強い。なので特定の者を追うのはデメテルにしても至難の技だろう。なるべく早くケリを着ける為、デメテルはその場から消え去った。



*****



「見つけました……! 待ちなさい!」


「見つかってしまった。いや、追い付かれてしまったが正しいか。はてさて、どうするか」


「戦うしかなさそう……。どっちにしても……それが目的だから……」


「ああ、その通りだな」


 後を追ったデメテルは、エマとリヤンに追い付いた。

 ライたちにとっても、元々民衆達を巻き込むやり方は避けたい。その為に先程の場所から離れたのだが、結果として個別で分かれる事となり役割も分断される事となった。

 役割と言ってもデメテルと兵士を相手にする事だけであるが、その役割は重要だ。


「……戦わなくとも、今降伏すれば罪は軽くなるでしょう。元々、この街では誰も傷付いていません。罪と言える罪が少ない今なら、死刑は免れます! どうか降伏してください! 昨日楽しくお風呂に入った仲、貴女達を傷付けたくありません!」


 デメテルが望むのは、あくまで降伏。本人が傷付けたくない心境故に、降伏を求めていた。

 やはり優しい性格であり、それは女神として相応しいものだろう。その様子を見、エマとリヤンは二人で会話する。


「なんか……私たちが悪役みたい……」


「ふふ、元々悪役の考える事だろう。世界征服というものはな。御伽噺おとぎばなしの悪役も何故か世界を欲しがる者が多い。かつての魔王も然りな」


「あ、そう言えばそうだね」


 傍から見れば完全なる悪役だろう。人間を襲い続けたエマは慣れているが、リヤンはイマイチピンと来ていないらしい。

 確かに力で全てが決まる他の国では自分たちの立場を上手く理解する事は出来なかった。なので自分たちの目標は世界から見たら悪であるという事を改めて実感する機会になっていた。

 会話を終わらせ、降伏を求めるデメテルに対し、エマは言葉を続ける。


「確かにお前とは争いたくない。お前の事は嫌いじゃ無いからな。だが、私たちの目的が目的。"貴様"が相手とて、私は容赦しないぞ!」


「……っ。そう……ですか。それならばやるしか無いようですね。元々腹はくくっていました。それを今、実行に移すだけです……!」


 互いに、出来る事なら戦いたくない。しかし二つの国を征服し、此処まで来た手前退くにも退けない。なので不本意ながらも、エマ、リヤンとデメテルが相手に構えた。


「なるべく傷付けぬよう、気を付けます!」


「気にするな。私とリヤンはちょっとやそっとの傷、即座に癒える」


「うん……!」


 足元から複数の大樹が創り出され、その木々が槍のようにエマとリヤンに放たれる。二人はそれらを飛び退いてかわし、大地を踏み込んでデメテルへ直進した。


「"樹の鞭デンドロン・マスティギオ"!」


 直進する二人に向け、樹からなる鞭を複数放つ。その一つ一つに山河を抉る破壊力が秘められているが、外した鞭は街の道に触れずエマとリヤンの後を追う。

 戦闘ではよく周りを巻き込む事が多いが、そこで調整して直接仕掛けないのはデメテル本人の優しさが滲み出ていた。


(傘は狙わないか。となると、本当に命まで取る気は無さそうだ)


 蛇行する鞭を避けつつ、片手に握る傘を見やるエマは考えていた。

 敵からするとヴァンパイアのエマは日差しにさえ当てれば後はどうとでも出来る。燦々と照り付ける太陽の下、弱点である傘を狙わない事から、デメテルの目的は本当に捕縛するだけであると改めて理解した。

 まあ、エマの行動は変わらぬままであるが。


「本当に優しいのだな。貴様は。その優しさがみずからを危機に陥れる事になるぞ」


「大丈夫です。人間の国にて幹部を努める手前、そんなに柔な存在ではありません!」


 鞭を避けながら着地し、もう一度踏み込んでデメテルの眼前に迫る。先ずは小手調べとして拳を握り締め、そのままデメテルの顔を付け狙う。


「"樹の守護デンドロン・フィラクス"!」


 それに対してデメテルは樹を正面に張り巡らさせ、ヴァンパイアの怪力からなる拳を軽く受け止める。拳の衝撃で樹の皮が少し剥がれたが、その護りに与えられたダメージはそれくらいである。


「堅いな。たかが樹と侮っていたよ」


「樹は嵐にも耐えうる力を持っております。私の樹はその力を一点に込めたものを具現化させた存在。故に、自分の力に自信のある者でもそう簡単に私の樹を傷付ける事は出来ないでしょう」


 樹を操り、エマの身体を弾き飛ばす。伸縮自在の樹魔術。それは中々に厄介だ。


「そして、先程も見せたようにこの力は攻撃へと移行出来ます!」


 刹那、弾かれたエマの身体を複数の樹が貫いた。ヴァンパイアなので傷によるダメージは薄いが、見るだけで痛々しそうである。

 デメテル自身も歯を食い縛っており、貫かれたエマの姿を悲しむように見やる。


「ふふ。不死身と分かっていても、直接は貫かないか。やはり優しいな貴様は」


「他人が傷付くのを楽しむ方が理解し兼ねます。けれど、それでも貴女は身動き一つ取れないでしょう」


 エマの貫かれた箇所は両手足。加えてその両手足を樹が枝や根で縛っており、腹部と胸も縛り付けていた。背後にも大樹が創られている状態で、その葉が傘を持てなくなったエマの身体を日差しから守る。

 表面上のダメージは少なく、常人でも耐えられる程。しかし全身を樹が覆っているので力を込めて脱出する事は難しいだろう。


「エマ……!」

「次は貴女です。リヤンさん。いえ、リヤン!」


 捕らえられたエマの元に駆け寄るリヤンを、デメテルの創り出した木々が阻む。

 リヤンの力なら突破するのは容易いが、最も巨大な大樹からなる木々。大樹が消滅すればエマも傷付いてしまう。まあ既に傷だらけなのだが、日差しによって不死身のヴァンパイアでも癒えにくい傷が付くという事だ。

 これがデメテルの作戦ならば、大したものだろう。


「二人とも身動きは取りにくくなっている筈……しかし、私からは一方的に仕掛ける事が可能です。さあ、降伏するか痛い目見るか、二つに一つです!」


「違う……。選択肢は二つに一つじゃない……自分で自分の道を作る、一つに一つ……!」


 速度を上げ、一気に加速した。木々の反応が追い付かない程の速度となったリヤンは樹の隙間を巧みに抜け、上下左右とあらゆる方向から迫り行く。


「……っ。流石ですね……!」


 デメテルも負けじと植物を操り、更なる数の樹を放つ。リヤンは持ち前の動体視力と反射神経でそれらをかわし、樹の弾幕を抜けてエマの元に近付いた。


「今、焼き切ってあげる……!」


 魔力を込め、炎を片手に纏う。一気に消滅させるのではなく、エマを捕らえている部分から焼き切れば日晒しになる事無く済むと判断したのだ。

 しかし、折角捕らえたエマ。デメテルはリヤンのそれを許さなかった。


「させません!」

「……っ!」


 近付いた瞬間、高速で通り抜ける樹。先端が鋭利な樹は最早もはやただの槍だった。それによってリヤンは一歩分離され、手に纏った炎も消える。遠方から放てばエマも焼いてしまう為、何とか近距離で事を済ませたいところである。


「リヤン。私は気にするな! 捕まったのは私自身の失態だからな。構わず焼き払え! それか、私を助けなくとも良い!」


「エマ……」


 それはエマの本心だった。情の薄いエマが心の底から仲間だと思っているライ、レイ、フォンセ、リヤン。片手でも動かせれば全身をバラバラにして脱出したところだが、今回は勝手が違う。

 自分の失態によって仲間が傷付く姿は見たくないのだ。デメテルに傷付ける気が無くとも、戦闘では傷付く可能性は必ずある。

 元々降伏を迫っていたデメテルの言葉を聞かずに挑んだ事が原因でもある。完全に自分の所為せい。なのでリヤンには無理をして欲しくないのだろう。


「大丈夫です。私が傷一つ負っていない現状、今からでも降伏してくれればこの場は穏便に済むでしょう」


「……」


 デメテルは温厚である。実際、何度か仕掛けてもデメテル自身が傷を負っていないので許してくれるとの事。例え傷付いたとしても、降伏さえすれば許してくれるだろう。

 このまま戦ったとして、本気になれば勝てるかもしれない。しかし街中である以上、周りにも人が居る。この街の者達は気の良い人々。出来る事なら傷付けたくは無いだろう。

 暫し悩んだところで、リヤンは結論を出した。


「ゴメン……デメテル。私、やっぱりライたちの仲間だから……戦う……!」


「……。ならば、仕方の無い事です。自分の信念に従うのは悪い事ではありません。けれど、貴女の信念が私たちから見た悪行ならば、私には幹部としてそれを阻止する義務があります。貴女がその結論を出した以上、私も引けません故に……!」


 木々を操り距離を離させ、前後左右上下と先程よりも圧倒的に多い方向から槍のような樹が迫る。それをリヤンは砕き、焼き払い、いなしてかわす。

 隙を見つけたらデメテルの元に進み、魔法や魔術をもちいた戦法から肉弾戦まで様々な方法でけしかける。


「意外と戦闘慣れしていますね。当然ですか。しかし、所々に粗が見える。どうやら先にエマを捕らえたのは正解だったみたいです」


「……っ!」


 エマを巻き込まない範囲の魔法や魔術は大樹に阻まれ、肉弾戦は一撃も与えられずに防がれた。純粋な実力では、とても敵う相手では無さそうだ。


「すみません。隙があるので、やらせて頂きます!」


「……ッ!」


 刹那、リヤンの隙を突いた正面蹴りがその腹部を打ち抜いた。それを受けたリヤンは血の味混じりの嘔吐感を覚え、何とか堪える。即座に体勢を変えたデメテルは回し蹴りを脇腹に叩き付けた。

 それによって飛ばされ、大樹からなる林に激突する。そこから石造りではない道が多い"エザフォス・アグロス"を転がり、粉塵を巻き上げた。


「……。謝りながら仕掛けるのは失礼に値しますね。戦闘に置いて同情は無用……次の瞬間から、余計は事は話しません」


「……!」


 樹に乗り、地面を滑るようにリヤンへと迫るデメテル。先程(おこな)った、謝罪しながらの戦闘は失礼に値すると踏んで次はにも言わずに樹を叩き付ける。

 リヤンはそれをかわし、跳躍して上空へ避難。飛べる幻獣・魔物の力は持っているので上空で不自由になるという事は無かった。


「空の戦いも苦手ではありませんよ。"突き上げるスプロックスト・プロスターパノ(・デンドロン)"!」


「わわ……!」


 無数の樹が大地から生え、空を飛ぶリヤンの身体を狙う。それをリヤンは辛うじて躱し、一糸乱れぬ動きでそれらを全て見切る。まだまだ足元から木々が生え、槍のように突き上がる。

 リヤンにもヴァンパイアの再生力が宿されているとはいえ、貫かれたら一堪ひとたまりも無いだろう。


「上からなら……!」


 下から上へと生える木々。リヤンは敢えて更に上空へと昇り行き、樹が届かなくなった辺りで一時停止。即座に落下し、身体を硬質化させて木々を砕きながら進む。

 始めから硬質化すれば良かったかもしれないが、デメテルの放つ樹が相手では長く持たない。なので一気に加速し、身体が砕けるよりも前にけしかけるのが最善の策と判断したのだ。

 空気を蹴って加速し、落下速度を更に速める。そのうち全身が熱を持ち、僅か数十メートル上空で隕石のような力を宿して下方にデメテルに迫った。本気ではないので神の力は使っていないが、大きなクレーターは造り出される程の破壊力を秘めているだろう。これならエマを救出する事も出来るかもしれない。


「はあああ━━ッ……!」


 慣れない大声を出し、急降下の一撃に力を込める。街へ及ぶ影響は心配だが、デメテルの大樹が衝撃を弱めてくれるだろう。

 そのまま落ち、デメテルの眼前にリヤンの拳が迫った。


「私を倒す程の魔法・魔術を使えば世界に多大な影響が及ぶ……なので直接仕掛けたのですね」


「……!?」

「当然、それは読んでいました」


 落下途中、リヤンの身体は樹によって拘束され、そのまま勢いが殺されて停止する。

 確かに木々は砕きながら進んだ筈、リヤンがその事を疑問に思っているとデメテルが丁寧に説明してくれた。


「私の樹は私の魔力からなるもの。つまり、砕かれたとしても完全消滅しなければ自在に操れるのです。貴女を止めたのは簡単な話……砕いた樹を使って徐々に絡め、本元であるこの大樹の枝を操って止めました」


 どうやらデメテルに掛かれば魔力の欠片を操れるらしく、砕かれた瞬間に絡み付かせてリヤンの動きを止めたとの事。直進するのに夢中だったリヤンはそれに気付けず、結果として捕まってしまった。

 次いでリヤンの身体に樹を巻き付け、両手足を縛って完全に拘束する。その後、デメテルは言葉を続けた。


「少しの辛抱です。一旦、貴女達は私のお城の牢獄に閉じ込めます。残りの者達も即座に捕らえるつもりなので悪しからず……では」


 それだけ告げ、エマとリヤンを拘束した大樹はデメテルの城へと伸びた。自在に操れるとは言え、城に運ぶ役割までこなせるとは少々驚きである。

 兎も角、エマとリヤンは捕まってしまった。デメテルは侵略者であるライたちを探す為、"エザフォス・アグロス"の街を一気に進むのだった。

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