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六百八十三話 人間の国・自然の街・ライたちの故郷

 ゴルゴーン三姉妹の神殿をったライたちは、森を抜けて人通りの多い道に来ていた。

 人里が案外近くにあったらしく、それなりに盛んなようだ。確かにメドゥーサ達の神殿に入らなければ危険は少ないので街を経営する分には問題無いだろう。道も整備されており、先程までの場所より賑やかな雰囲気だった。


「此処からは本格的に街に入るみたいだな。"セルバ・シノロ"よりも賑わっている」


「この街は国境の街みたいに魔物の国と近くないからね。国境の街の住人が少ない分、この街に来ているのかな」


「そうだな。光の反射するものも無いから傘一つで光をいなせるのも良い」


「エマにとっては傘が生命線だからな。まあ、昨日みたいな上下左右に流れるという奇妙な河など滅多に無い筈。基本的には大丈夫だと思うがな」


「うん……」


 周りを見渡しながら歩くライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人。賑わっている街を眺めるのは悪くない。活気ある姿は元気付けられるからだ。

 この街は農作物の栽培などを中心として発展しており、商業などもそちら方面で行われている。馬の引く荷車にはいずれも取れたての新鮮な野菜などが見受けられた。


「何か懐かしい雰囲気だなぁ。来るのは初めてなんだけど、農作業を中心に生活しているのが私の住んでいた村に似ているよ。まあ、農作業が中心の街は多いんだけどね」


「へえ。レイの村は農作業が中心だったのか。俺の街は貴族や王族が牛耳っていたな。……そう言えば、レイの住んでいた場所の話……そもそも、俺たちの住んでいた街や村の事って話した事が無かったな」


 街の様子を眺め、懐かしさを感じるレイ。ライはその事に興味を示しつつ、自分たちの故郷について詳しく話す機会がなかったなと呟いた。

 その言葉にレイが反応を示した。


「そう言えばそうだね。ライたちとは一緒に旅して半年くらいだけど……お互いの故郷はあまり分かっていなかった」


「ふふ……そうだな。まあ、私は世界中を彷徨さまよっていたから故郷と言える場所は無いが」


「故郷か……。思い出したいような……思い出したくないような微妙な気持ちだな……」


「故郷……私は何処で生まれたんだろう……」


 故郷。フォンセは迫害され、リヤンは生まれた時から魔族の国の森で過ごしていた。なので二人は思うところがあるらしい。

 謎と言えば一番よく分からないのは実はエマ。エマは世界中を放浪していたのもあり、あまり考えた事は無いようだ。故郷も数千年前にったと考えれば、里帰りする機会も作らなかったのだろう。


「ああ……フォンセ。リヤン。悪いな。二人にとっちゃ、故郷の話というのは話したくない事だった」


「ごめん……二人とも……」


「ふっ、気にするな。良い思い出も当然ある。身体というのは不思議なもので、嫌な記憶だけが思い出してしまうんだ」


「私も気にしていないよ。それに、記憶が無いから……」


 フォンセとリヤン。二人の過去は二人の様子からあまり思い出したくない過去と分かるのでライとレイは聞かなかったが、今回の話題で傷付けてしまったと謝罪する。

 当然良い思い出もあるフォンセとそもそも覚えていないリヤンは気にしないでと返す。エマは余計な事は言わず、四人の様子を見守っていた。

 一旦区切りが付いたところで、フォンセとリヤンは言葉を続ける。


「しかし、ライたちの故郷に興味が無い訳じゃない。折角の機会だ。この長閑のどかな街で故郷について教えてくれないか?」


「うん……。ライたちの故郷……気になる」


「ハハ。ああ、良いよ。半年も一緒に居るんだ。互いをもっと知っておきたいところだからな。じゃあ早速この街……"エザフォス・アグロス"に入るか」


 互いの故郷は気になる。ライは自分で滅ぼしているが、滅ぼすその時までそれ程悪い思い出も無いので気にしていなかった。

 ライたち五人は農業が盛んな街──"エザフォス・アグロス"に入り、一旦自分たちの故郷について話し合うのだった。



*****



 ──"エザフォス・アグロス"。


 農業が盛んな街、"エザフォス・アグロス"。此処は豊かな土壌に囲まれており、森と水源である河が近い。街の至る所に河から引いた井戸があり、農業をするには最適の街だった。

 街の雰囲気は煉瓦レンガ造りの建物などは通常と変わらないが、何処か古風なたたずまいで派手な装飾も無く全体的に落ち着ける雰囲気である。

 しかし前述したようにこの街は活気に溢れている。上級階級の者も居るのか、この街の領土であろう遠方の丘には大きな城があった。恐らく、この街で一番上の立場に居る者の城であろう。


「農業が中心だけど、発展しているな。科学や魔法的な発展じゃなくて、農業を名物とした在り方で工夫されているや」


「うん。街は静かな雰囲気だけど、賑やかで活気があるね。木や草花が規則的に植えられているから、そこが観光スポットなのかも」


「田畑以外の自然も多いな。空気もうまい」


「小川もあるが……あれは神殿に続く道の大河から井戸に引いている通り道か」


「動物たちも沢山居る……!」


 各々(おのおの)で街の感想を述べるライたち五人。

 そう、この街は農業を中心としているが、何もそれだけではない。名所や名物などを自然で表しており、自然で出来る事を体現させていた。

 整備された道の周りには街路樹が植えられており、空を広く見せる為に街中には巨大過ぎる樹が少ない。店などは煉瓦では無く木材を中心に使っていた。

 井戸から繋がる水の通り道は小さな川のようになっており、所々に木造の橋が架かっている。周囲を見渡せば邪魔にならないように注意の払われた目に優しい緑色が映り、此処に居るだけで落ち着ける雰囲気だ。

 牧場のような場所もあり、そこに放たれる牛や馬のような動物たちも街の景色として見事に溶け込んでいた。


「丁度良さそうな店があったな。此処で話そうか」


「「うん」」

「「ああ」」


 暫し街の景観を眺めながら歩いていると、目の前に木造の茶屋のような店があった。故郷について話そうと考えていたので丁、ライたちは度良いその店に入っていく。

 そこは外観のみならず内装も木材で造られており、窓側には観葉植物が置いてあった。そこに居る者達は親しい者との会話を楽しんでおり、ライたちも簡単な飲食物を頼んで話す体勢に入る。


「まあ、故郷の話と言っても簡単な事だけだな。俺の故郷は──」


 それから、ライたちは自分たちの故郷について話し合う。ライは自分の故郷を自らの手で滅ぼした事を軽く流すように話、祖母との思い出などを中心とする。

 好奇心は幼い頃からあり、危険な事も何度かしたという他愛の無い思い出だった。


「私は勇者の子孫だからって特別な扱いとかも無かったかな。お爺ちゃんが好きで、よく小さい頃話をしていたんだ。滅多に笑ってくれないお爺ちゃんだったけどね。それで、広い世界を見てみたくなって飛び出したんだ」


 レイの故郷は村。この街のように農作業を中心とした村であり、幼いレイはよく祖父と話していたと言う。

 自宅には勇者の絵画とレイの持つ勇者の剣。その他諸々の私物があり、それなりに裕福な暮らしをしていたらしい。それでも両親や祖父は決して周りを見下さず、村での行事も進んで行う尊敬出来る対象だったようだ。


「私の故郷は暗い村だったな。まあ、種族からして暗くなければ死ぬのだが。それは置いておく。幼い頃に家族と呼べる存在も亡くしたから記憶にはないな。物心付いた時には人を襲って食事を摂る毎日だった。そんなある日、世間を怯えさせる怪物を退治する為の勇者が来て、怪物は敗北した。まあ、反省するなら命までは取らないと言っていたな。約束は守っていたが、勇者が神を倒して聖域に概念として残った事を聞いたら我慢するのが面倒臭くなって僅か数十年で約束を破ってしまったよ」


 エマは故郷についてよく覚えていないらしく、それならばと今までの生活について話した。

 一時期は勇者の言い付けを守って人を襲わなかったらしいが、勇者が居なくなっても守り続けるのは意味がないと判断して再び怪物になったらしい。


「次は私か。まあ、生まれ育ったのは精々五、六年くらい。それからは人間に捕まって闘技場生活だ。父と母は魔族という事と魔王の子孫である事を隠して住んでいたらしいが、何故かバレてしまってな。それで追われて戦闘奴隷という訳だ。せめてもの抵抗として、私の純潔は守り続けている」


 フォンセは概要を掻い摘んで簡潔に話す。実年齢は十代後半。なので十年も経っていない程度の嫌な過去はあまり話したくないのだろう。

 当然ライたちもそれを理解しており、余計な事は言わなかった。

 しかし気になる事はある。ライもだが、何故ライやフォンセのような魔族。それも魔王に関係している者が人間の国で生活していたのかという事だ。

 それが普通だったのであまり気にはしていなかったが、改めて考えると気になる所である。


「私は……エマと同じように故郷については分からない……多分人間の国なんだろうけど……生まれ育ったのが魔族の国の森だから……言うなら……森が故郷……」


 何時ものように静かな言葉でつづるリヤン。

 住んでいた家は不思議な感覚だったが、リヤン自身の記憶としては森で生活していたのでそれが普通。普通な事には疑問をいだかないように、特に疑問なども無いようだ。


 これにて旅の理由や故郷についての会話が終わる。ライたちはほぼ同時にカップに入った飲み物を飲み、会話で疲れた喉を潤す。互いの親交をより深める会話となった故郷の話題。そしてカップを置いた時、何やら周りが騒がしくなっていた。


「オイ、アレ……!」

「まずいな……」

「どうする?」


 先程まで談笑していた人々が席から立ち上がり、窓の外を見やる。そんな騒がしい人々を見、ライたちは疑問を浮かべていた。


「……? 一体何の騒ぎだ?」

「さあ、なんだろう? 少し焦った声からして祭りとかでは無いみたいだけど……」

「まあ、魔物か何かが攻めてきたか……この街で何らかのトラブルが起こったって雰囲気だろうな。この様子じゃ」

「ああ。恐らくな。敵というよりは、後者かもしれない」

「うん……」


 周りの人々は窓の外を見て慌てている。なのでライたち五人も立ち上がり、人々の間を抜けて同じく窓の外に視線を向けた。

 そして視線の先に映ったものは──勢いよく押し寄せてくる水だった。


「水!? 何で水が流れてくるんだ!?」


 それを見たライは驚愕の表情でその水を見やる。速度は時速五〇キロ程。あと数分で"エザフォス・アグロス"の街を飲み込んでしまう程の水量だった。

 恐らくあの水は、先程通った河の水の氾濫からなるもの。大雨などの要因が無ければ起こらない筈だが、何故か今は起こっている。驚愕の理由はそこにあった。

 要因も無く迫るという事は、何者かによる策略という線も考えられるからだ。そうでなくてはライが驚愕するという事も無いだろう。


「……っ。ちょっと行ってくる!」

「わ、私も……!」

「河の水なら……私は見ている事しか出来ないな……!」

「あのくらいならば簡単に抑えられる。エマもあまり気にしないでくれ」

「うん……大丈夫……」


 何はともあれ、話している暇も考えている暇も無い。なのでライ、レイ、フォンセ、リヤンの流水が苦手なエマを除いた四人が店を飛び出したんだ。


「オイ、君達! 何をしている!」

「戻ってこい! 彼処は危険だ!」


 飛び出したライたちを見た町人が慌てて止めに入る。と言っても声を掛けるだけだが、確かに傍から見れば無謀だろう。止めるのも頷ける。

 だがライたち四人は目の前の水に向けて構えた。


「"神秘の森ミスティーリオ・ダソス"!」


「「……!」」

「「……!」」


 ──その瞬間、何処からともなく掛かった声によって大木が生え、それが瞬く間に巨大な森となりてライたちが行動するよりも前に氾濫している河の水を塞き止めた。

 暫くは轟々と水が流れ、ぶつかる音の響いていた森だが徐々に静まり返って完全に収まる。

 そしてライたちは、声のした方向を振り向いた。


「勇気と無謀は違いますよ。何とか出来る力を持っていたとしても、危険を省みず挑むモノではありません」


「……」


 そこに立っていた。厳密に言えば足元から伸びる樹の上に立っていたのは、大地の色をした長髪に葉の色をした瞳を持つ美しい女性だった。

 長髪を揺らし、優しそうな瞳でライたちを見てニコやかに笑う。恐らくこの者がこの街で一番の地位を持つ者だろう。

 突然溢れてきた水によって、ライたちは責任者の女性に出会うのだった。

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