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六百八十一話 神殿への道中

 ──"人間の国・神殿に続く道"。


 国境の街"セルバ・シノロ"をったライたちはヴァイスらに襲われたというメドゥーサ達の神殿に向けて進んでいた。

 時刻は正午から三、四時間。この国の夏気候でなければそろそろ日も傾く頃合いだが、今の季節から考えて大丈夫のようだ。


「うぅ……。恨めしや……太陽……日が長いと左右からも攻めてくる……」


 最も、大丈夫ではない者が一人居るが。

 無論、日光が天敵であるヴァンパイアのエマだ。特殊な加工を施された傘も左右や足元から射し込む光は防ぎ切れない。なので弱っていた。

 何故あらゆる方向から光が射し込んでいるのか。その答えはライたちの現在位置がサラサラと静かに流れる美しい河のほとりだからである。

 その河の不思議な形から不規則に屈折した光は彼方あちら此方こちらを照らし、着実にエマの体力を奪っているのだ。

 というのも、メドゥーサ達の神殿に行くには河を通る必要があった。しかし流水を通れないエマの為に遠回りをする事となる。その遠回りがより一層エマの身体をむしばんでいるという事だ。

 今更言う事でも無いが、不死のヴァンパイアとは言ってもやはり様々な弱点はあるらしい。


「大丈夫か? エマ。何なら俺たちが土魔術で日除けの壁を造るけど……」


 そんな不調のエマを見兼ねたライは訊ねるように話す。確かに土魔術によって日除けを造れれば幾分楽になるだろう。

 しかしエマはライにてのひらを向けて断った。


「いや……めておこう。魔力の気配から敵に居場所がバレたら元も子もない……。私は何度か日晒しになっているからな……他のヴァンパイアのように即死はしない……」


「即死"は"って……かなり不安な言い回しだけど……本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だ……問題無い……」


 エマの言葉に不安を抱きつつ、確かにこの状況でヴァイス達のような強敵と鉢合わせてしまうのはマズイと判断する。

 エマは心配だが、もしもの時は危険を踏まえても壁を造るか、安全を考えて日陰に移動させるという事で納得する事にした。

 それからサラサラと流れる河の畔を更に進み、エマの状態を除いて長閑のどかな時間が続く。ライたちがエマを囲うように動く事で、エマへの直射日光と反射の光による影響も軽減されていた。


 それから更に数時間進み、現在は先程から一、二時間を経て夕刻となっている。夏特有の気候で日は長いが、そろそろエマに及ぶ影響も少なくなる事だろう。街と街の間の距離も中々ある。後少しの辛抱と言ったところだ。


「ふう……。大分落ち着いた。日が沈み掛かっているお陰だな」


「そうか、それは良かった。もう少し進んだらそこで今夜は過ごすとしよう。悪いなエマ。旅の当初は夜を中心に行動するって言ったのに昼間の行動が多くて」


「ふふ。気にするな。お陰で日差しへの耐性も割りと出来た。まだフラつくが、気力があれば意識が消え去る程の影響は及ばなくなっている」


 当初ライたちは、ヴァンパイアであるエマの為に夜の行動を多目にすると言っていた。しかし結果的に昼間の行動が多くなってしまっているので気にしていたのだろう。

 実際支配者クラスの実力者となるとこの世界に影響を及ぼさぬ為に別の空間。銀河系や宇宙を用意する事も可能。テュポーンの場合はヴァイス達によって用意された世界だったが、兎にも角にも現実世界の昼夜は関係の無い世界だった。

 なので昼間の行動によってエマに及ぶ事態の重要性が疎かになっていたのかもしれない。


「しかし、この河は長いな。数時間歩いてもまだ続いているぞ」


「人里の近くに湖や大河は付きものだけど、確かに広い河だな。けど、この先なら人も近寄って来ない。メドゥーサ達が比較的平穏に暮らせた訳だ」


 広く巨大な河。古来より人は水源の近くに住む存在である。この河もその為の物だろう。

 そしてこんなに広い河の先ならば、人間達も滅多に近付かない。近付けない。冒険者などは寄り付くかもしれないが、棲み処がバレなければ問題無く行動出来る。

 要するに、メドゥーサ達のように人間を遠避けて生活する者達には好都合という事だ。


「後は……メドゥーサ達の神殿には侵入者達の石像があるかもしれないな。それが噂になってより一層人間が近付かない可能性もある」


「そう言えばそうだな。恐らく、侵入してくる者に容赦する性格でも無い。河の向こうに行った者が帰って来なければ噂の一つや二つ生まれてもおかしくないな」


「立ち入り禁止になっていなきゃいいけど」


 神殿に向けて進む中、様々な可能性を思案する。

 というのも、平穏に暮らしていたと言うのならメドゥーサ達から手を出す事は滅多に無いだろう。しかし好奇心の高い者が神殿に入ってくる可能性もある。なので神殿に向かった者が帰って来ないならそれだけで良からぬ噂広がるかもしれない。

 つまり、メドゥーサ達の神殿に向かう道には監視が置かれているかもしれないという事である。その場合ライたちが向かうにしても色々と面倒な問題が生じる事だろう。


 そしてそれから数時間。日が完全に沈み、夜となった人間の国。相変わらずの大河近隣にてライたちは休む事にした。

 此処まで旅人が何人か居た程度で街も無いこの道。国境の国の人が少ない理由は通行の悪さもあると理解出来た。


「今日は此処までか。夜に進むのも良いけど、色々と不安要素もあるからな」


「そうだね。今日は久々に移動以外で身体も動かしたし、今後に備えて身体を慣らしていかなきゃ」


「此処からは森が続くみたいだから、私も今日よりはマシに進めそうだ」


 拠点を決めてからの行動は手慣れたもの。魔術を使うのは先程言ったように魔力からバレてしまう懸念があるので控えており、テントを使う。特に何も買わなかった"セルバ・シノロ"だが、ヴァイス達の話を聞いたのでこれだけは買っていたのだ。

 テントで休むのは初めてだが、案外何とかなっていた。やはりライたち五人は元々器用のようだ。

 食事などの準備もそそくさと進め、火を焚く。煙の場所からバレる可能性もあるが、今日の出来事から考えて他の場所でキャンプをする者達も居る筈。実際に高い木から周りを見渡した結果数個の場所があったので魔術以外で火を使うのは問題無さそうである。


「魔法や魔術を使わないって結構大変なんだな。一つ一つの一瞬で終わっていた作業にかなり時間を費やす事になる」


「うん。結構森の木を斬っちゃったけど……大丈夫かな?」


「そのくらいなら問題無いだろう。倒れる瞬間に抑えていたから、音も然程さほど届かない筈だ」


 普通の初心者よりは早いが、それでも時間が掛かってしまう手作業。疲れる程では無いにせよ、中々大変だ。

 それでも三、四十分程で下準備を全て終え、ライたちは夕食を摂る。食料は新鮮な肉や魚を焼いた物。そして同じく新鮮な野菜の数々。主食はパン類である。

 街に寄った日は長期保存の利く物だけでは無く、その日仕入れた物が食せるので楽しみの一つだった。

 夕食を終えたライたちは河の水を汲んだ後、木で枠を造ってそのまま水を熱する。自然から風呂に変え、身体を清めた後で歯を磨く。そのまま殆どの事を終わらせて就寝の準備に移った。


「全て手作業だったから、思ったよりも時間が掛かちゃったな。まあ、これはこれで貴重な体験だけど」


「戦場じゃないのが良いね。戦場だと見つかるリスクを踏まえて魔法や魔術で早めに事を済ませなきゃならないもん」


「ああ。時間に余裕があるのは良い事だな。そう言えばエマ。エマは今日寝るのか? 日差しを少し浴びたから、何時もより疲労が溜まっていると思うけど」


 日差しを浴びた事で多くの疲労があるであろうエマ。

 しかしエマは寝る準備をしておらず木の上で見張りの体勢となっていた。ライはそのエマが寝なくても良いのか気になっていたが、エマは笑って返した。


「ふふ。大丈夫だ。言っただろう? 以前よりは日差しにも慣れた。今日の疲労も大した事は無くなりつつある」


 どうやら大丈夫らしい。本当かは分からないが、今のところ問題が無いというのは事実である。エマは遠い目で星空と月を眺め、微笑を浮かべる。

 それなら大丈夫だろうと、ライ、レイ、フォンセ、リヤンの四人はテントの中に入っていった。



*****



 ──"人間の国・───・───"。


 夜も更け、虫の声が静かに響く時間帯。今にも降り出しそうな星空の下、人間の国の支配者の街にて伝達の青年が戻っていた。

 今日の事を報告するつもりなのだろうが、他にも色々と調べていたからこれ程までに時間が掛かったようだ。


「只今戻りました」

「ああ、知っている。お前が今日確認した事も、お前が戻ってくる時間も全てな」


 既に伝達者の調べた事を知っていると言う支配者。ならば何故偵察に行かせたのかという疑問が浮かぶだろうが、ちゃんと目的はある。

 支配者は椅子に座って空を眺め、手元の菓子を一つかじって視線を向けた。


「お前も知っていると思うが、報告すべき対象は全て知っている我ではない。今回の目的は主に他の幹部たちに報告する事だ」


 理由は支配者に教える事ではない。国の情勢を他の幹部達に知らせる事が本当の理由だった。

 支配者自身の力で簡単に行える事だが、それを実行しない。本人は何でもこなせるが面倒臭がり屋な性格のようだ。

 何でもこなせるからこそ面倒臭がりな性格となったのだろう。


「ええ。理解しております。一応報告が義務なので報告した次第です」


「それも知っている。だが、裏無く義務を守れる姿勢は好感が持てるな。さて、他の者たちに報告するが良い」


「はっ」


 めいが下され、青年は再び疾風のように消え去る。ライたちの存在を理解しているからこそ、支配者は懸念しているのだろう。

 何でも知っていると豪語する支配者ですら読み切れない存在が居るのもその要因かもしれない。


「あの者達がこの街に来るのもそんなに遅くは無い……結果は全て分かっているが……分かった上での暇潰しには良いかもしれないな」


 青年が去ったのを見送り、再び窓から空に視線を向ける。余程よほど退屈しているのか、時折菓子を摘まむくらいで殆どは空を見上げていた。

 挑戦する喜びも挑まれる感覚も存在しない、常に退屈を強いられる支配者の中でもよりつまらなそうな様子。空を見上げ、その時を静かに待つ。



*****



 翌日、起きたライたちは何時ものように朝仕度を終え、朝食や身嗜みの整えなど大方終わらせた。

 それから数時間森の中を進み、そのまま河の先にある場所に向かう。その道中、立ち入り禁止という意味を示した看板があった。


「……。予想通りというか何て言うか。やっぱりこうなっているか。幸い見張りは居ないみたいだし、先に進むとしよう」


 死にたがりを除けば誰だって自身の命が惜しい。なので危険があると分かる場所に懸念していた監視や見張りの者は居ないようだ。

 この看板には補償された形跡があり、それは今までも看板を破って中に入っていった者達が居たという事を示していた。

 そこの主に既に会っており、勝利しているライたち。なので看板を気にせず進み、そこから更に数時間歩いてライたち五人は神殿の前に辿り着いた。


「何事も無かったな。他の人間や魔物に会う事も無かった。すんなり行き過ぎて逆に不安だ」


「うん。けど、多分大丈夫だと思う。気配は無いから」


「ああ。上手くいっているならそれに越した事はない」


 目の前にあったのは、砕かれた白亜の柱に巨大な宮殿。そして石化させられたであろう石像。不思議な絵が描かれた建物は周りの木々から見えにくく、隠れ住むには適正な場所だった。

 ライたちが起き、今日が始まってから僅か三、四時間。思っていたよりもトラブルなどは無く、あっさりと到達したからこそ逆に不安なのだろう。嵐の前の静けさと言ったものである。


「……。思ったより壊れていない。手懸かりは見つかるか分からないな」


「うん。けど、今後の行動としても探さなきゃね……!」


 神殿全体を見渡し、ライはその様子を確認する。影も形も無い程に壊されているのを想像していたが、殆ど形が残っている神殿に少し驚く。しかしこれならこれで探しやすさもあるので置いておく事にした。

 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は神殿に一歩踏み込み、その中を進む。ライたちが行う人間の国での次の行動は、神殿の探索から始めるのだった。

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