六百七十三話 地獄の決戦・決着
──"阿鼻叫喚・無限地獄"。
此処は、今まで訪れた地獄の中でも一番の苦痛を伴う、最強の地獄。全ての地獄の罰を数千倍にした苦痛を数百京年受け続けるという、正に最強にして最凶、最狂の地獄。────だった。
「オラァ!」
「ハァッ!」
二人の鬩ぎ合いによって、そんな無限地獄は見る影も無くなっている。砕かれ朽ち果て消え失せる。それら全てが即座に再生しようと、その刹那に更なる破壊と消滅を伴いながら粉砕する。
この地獄に居る歴史から抹消されるレベルの凶悪犯である亡者達。その者達に罰を与える最強の獄卒と鬼。そして様々な毒蟲。恐らく彼らは皆、久し振りに死への恐れを感じているかもしれない。既に死しており、死ぬよりも重い苦痛を常に与え与えられてきた彼らが恐れ戦慄く程の戦いがこの無限地獄で起こっているのだから。
「そらっ!」
「……!」
ライの放った蹴り。それによってレクスは光すら遅く感じる程の速度で吹き飛び、銀河系複数個分の距離を飛ばされる。
本来この地獄は銀河系一つよりも小さいのだが、端に到達した瞬間別の端から姿を見せる無限状の形をしているのでそれ程の距離を移動したと分かるのだ。
通常は壁があり、その壁に到達すれば自動的に止まるのだが、その壁を砕いた先の世界が無限ループの世界という事である。
「チッ、こうなりゃ駄目元だ!」
「……!」
吹き飛ぶ最中、レクスは無数の光球を自分の吹き飛んだ場所全てに配置した。その何処かにライが居るのは分かっている。なので纏めて吹き飛ばそうという魂胆のようだ。
「名付けて、"破滅の光"!!」
並べた瞬間、何とか停止してその光を一気に爆発させる。その場所は亡者や獄卒を含めた全てが跡形も無く消滅し、剥き出しの大地のみが残っていた。
「やったか!?」
「訳ねえだろ!」
「……!?」
それを見れば誰でも勝利したと思うかもしれない。しかし相手が相手。レクスからすれば、これ程までにやりにくい相手は未来永劫、金輪際現れる事が無いだろう。
背後から掛かったライによって吹き飛ばされ、剥き出しの大地に落下する。丁度大地が再生したところであり、レクスの身体は剣の樹によって全身を貫かれた。
「……ッ! 何で貫かれたんだ……!?」
剣が肉体を貫くのは当たり前だが、レクスにとっては当然の疑問。銀河系破壊クラスの攻撃を受けても形の残っているレクス。そのレクスが、通常の剣よりも鋭利で硬いだけの剣に貫かれる訳が無いからだ。
そしてレクスには一つの疑惑が過っていた。
「テメェか……! 威力の上がった魔術で俺を貫くレベルの剣を造ったろ!?」
「さあ、どうだろうな?」
現在、進行形で魔力を込めているライが造ったのではないかという事である。
ライはすっとぼけているが、ほぼ間違いは無い。無限地獄に落ちてきたばかりの時よりも遥かに増幅した力。そんな、戦うに連れて上がった能力と強度になった肉体を傷付ける事が可能なのは同等がそれ以上の力を持つ者でなければならないからだ。
「ハッ! ほぼ確定だ! 無限地獄に居る亡者達もさぞ苦しむだろうよ!」
「そうかもな! だが、アンタを倒さないよりはマシだ!」
此処に居る亡者は、前述したような極悪人。なので罰を与える物が重くなったところで問題は無いのだが、ライの良心が少し痛んでいた。しかしそれを気にしている暇は無い。改めて攻め来るレクスに向け、ライは構え直した。
「これならどうだ!」
「アイムール……! レクスが魔術から造る簡易的な槍よりも遥かに強大な矛か……!」
レクスが取り出したのはバアルの武器である矛。
ライの状態を見ての通り、異能を無効化する力よりも物理的な攻撃を無効化する力の方が些か劣っている。なので矛で嗾けようとしているのだろう。
「然り気無く俺の造った槍をディスってんじゃねえ! 行けっ、アイムール!」
「……確か、自動追尾だったな……!」
バアルはその使い方をしなかったが、アイムールはオーディンの使うグングニルのように自動で敵を打ちのめす力を秘めている。
なのでアイムールを放ったレクスは自由に攻められるという、自然に挟み撃ちの形へ持ち込めるのだ。
「っと……! そらっ!」
「ハッハッハ! たじたじだな! テメェも二人一組なんだ、容赦はしねえぞ!」
「それならアンタは何百人一組だよ!」
自動追尾の矛、アイムールを躱したライはレクスも相手取る。
レクス曰く、ライとエラトマで二人一組なら容赦する必要はないとの事。しかしその何百倍の悪魔を宿しているレクスにそう言われるのは少し癪である。なのでライはツッコミつつ、八つ当たりを兼ねて仕掛けた。
「邪魔だ! "暴風"!」
「風魔術……! だが……この威力……!」
魔力を込めて風を起こし、追尾矛のアイムールを吹き飛ばした。同時にレクスにも嗾け、その身体も吹き飛ばす。
今はエラトマを取り込んだ事で魔法・魔術の効かない体質であるレクスだが、圧は受ける。ダメージが無いだけで、風ならば吹き飛んだりする事もあるのだ。
「そこォ!」
「グハッ……!」
風に押される途中、反応し切れない速度でレクスの腹部に拳を突き刺す。それによって腹部に穴が開き、レクスは大量の血を吐いた。
腹部からも大量の血が流れており、魔王の力で再生も妨害されているが故に中々治らぬ傷が作られる。
「ガァッ!」
「……ッ!」
だが、レクスもただではやられない。貫いたライの腕を掴み、逃げ場を無くしたところでもう片方の拳を放つ。その一撃でライは複数の山々を粉砕して遠方に吹き飛んだ。
それを見た瞬間、レクスは自身に治療を施す。
「まだなのは此方も同じだ!」
「チィッ! もう戻ってきたか!」
手を抜いた一撃ではない。なのでライもかなりの苦痛を感じている筈だが、それを堪えてレクスに肉迫しているのだ。
レクスは悪態を吐きつつ応急措置は終え、ライを正面から捉える。──筈も無く、姿を眩ませて瞬間移動で移動した。死角、正面、全く違う場所。何処に居るかは分からない。確かに大きな動きをしなければ見つかりにくいので奇襲を仕掛けるのにも治療に専念するのにも良いだろう。
(……。気配は無い……姿も……けど、レクスの性格からして回復するにしても一撃は与えられそうだ……!)
だがライは、レクスの性格上逃げて治療をしている可能性は薄いと考えていた。
知っての通りレクスは根に持つタイプ。なので一矢放ってから行動を起こすだろうと容易に推測出来た。
──何故なら、ライもレクスと同様、負けず嫌いで根に持つタイプだからである。
(直接殴る位置は……!)
そこから推測する、レクスの狙い。
正面から来るか、死角から仕掛けるか。それとも別の位置か。ライが導き出した答えは──
「顔だ!」
「……ッ!」
──顔である。
顔も弱点だが内臓の詰まっている腹部も弱点。そこを狙うのも良いが、何となく顔を殴りたくなる心境なのだろう。
姿を見せたレクスに向け、クロスカウンターの形で顔に拳を放つ。よって、レクスの身体は更に吹き飛んだ。
「読めてたぜ、アンタの動き!」
「チッ、読まれてたのかよ! てぇ事は、テメェも何度か同じような動きをした事があるって事だな!」
「ご名答!」
吹き飛ぶレクスの上から蹴りを放ち、それをレクスは受け止める。同時に二人は弾かれるように飛び退き、無限地獄を粉砕しながら吹き飛んだ。
広範囲が砕け散って土塊が舞い上がり、その土塊を足場に二人が鬩ぎ合う。瞬く間に全ての土塊は消え去り、無限地獄の形が形成され直す。
「「オラァ!」」
再生した無限地獄が刹那に砕かれ、崩壊する。針山の針を投げつけ近くの岩を放り、炎の中に投げ飛ばす。無限地獄にある物を牽制として活用し、次いで自分自身が互いの敵に向かった。
拳と拳がぶつかり合い、互いの身体が弾かれる。即座に駆け出し、周りの炎を消し飛ばしながら放たれた蹴りと蹴りの衝突。互いの顔を殴り付ける為に拳を放ち、二人は放たれた拳をいなす。ライが平手で腕を弾き、懐ががら空きになったレクスは瞬間移動で死角に回る。何度も同じ事を繰り返しているが、確実に攻撃を避けられて隙を付けるのだから乱用するのも頷ける。
しかし、それ程使ってくるとなると、流石に動きも読めてくるというものだ。
「そこかッ!」
「ッ! やっぱ使い過ぎたか……!」
後ろ回し蹴りを放ち、レクスの側頭部を蹴り抜く。そのまま弾き飛ばして地面に叩き落とし、ライ自身も加速して隕石の如く速度と勢い。それ以上の力で大地に居るレクスの腹部に強烈な打撃を与えた。その衝撃で深さ数キロの巨大なクレーターが造られるが特に問題は無い。惑星一つ程の大きさであるクレーターじゃないだけ、まだまだ加減している方だ。
そんなクレーターの中心にて向き合う二人。ライの一撃は確かに入ったようだが、レクスは即座に離れていた。
「となると、他のやり方を考えなくちゃならねえな」
「ふうん? 色んな悪魔の力を使えたり、魔法や魔術とはベクトルの違う未来予知とかを使えても思い付かない事が多いんだな?」
「うるせえ! テメェ、沢山の力持った事ねえだろ!? 手札が多いってのは逆に何すりゃ良いか分かりにくくて結構面倒なんだよ!」
使える力が多過ぎるあまり、迷って本領を発揮しないまま敗北する。ライ自身も何度か見てきた光景である。
自分の力を理解し、それを適切な場所で実行に移す。数日で多くの力を手に入れたばかりのレクスにはそれが難しいのだろう。予め色々と調べていなければ、手に入れたばかりの力を即実行に移すのはライでも難しい事だ。
「じゃあ、力を見せられるよりも前にケリを付けるか……!」
「……!」
──刹那、ライに纏う魔王の力が更に強化された。
漆黒の渦が更なる黒を映し出し、力が何倍にも膨れ上がる。既にダメージを負っている身体は悲鳴をあげるが、意に介している暇はない。レクスはそんなライから何かを感じ取り、瞬間移動で遥か遠方に離れる。周りを見れば、既に無限地獄が再生していた。
「マズイかもな……。一旦気配を消しとくか……!」
再生していたのなら好都合。レクスは気配と姿を消し去り、再生した無限地獄の何処かに潜む。未だクレーターの中心に居るライは、レクスの気配に集中していた。
(気配は無い……けど、闇雲に攻撃すれば炙り出せる……。いや、まあ今更かもしれないけど、地獄側に大きな迷惑を掛けちゃうかもな……)
力を増幅させたライは思案する。既に何度も崩壊させているので今更感は否めないが、レクスを炙り出す為に所構わず暴れるか悩んでいた。
地獄の再生も簡単ではない筈。なのに今まで壊し過ぎた。此処に来てライの良心が歯止めをかけていた。しかしやらなければ別の意味で地獄が滅茶苦茶。本当の地獄になる。なのでライは覚悟を決めた。
「よし、無限地獄を崩壊させるのはこれが最後。見つけたらその瞬間に嗾けよう」
地獄はもう一度崩壊させるが、それを最後にする。見つけ次第、レクスを本気で打ち倒すという結論に至ったようだ。
力を使えば使う程にダメージが振り返すが、その事を気にしている暇は無い。痛みには慣れないが、死ぬ程の傷を負う事には慣れている。なのでこれを最後にレクスへトドメを刺すようだ。
「じゃ、早速……!」
──刹那、ライは既に再生したクレーターの中心。つまり足元を殴り付けた。
その一撃で無限地獄が決壊し、轟音を立てながら巨大な土塊を造り出してそれごと崩壊する。通常の大地よりも遥かに頑丈な無限地獄の大地。その大地が音を立てて消滅した。
「……ッ! 滅茶苦茶しやがる……! だが、奴を葬る手は見つかった!」
目論み通りレクスの姿が露になる。しかしレクスは何やら手を見つけたらしい。
だが、そんな事は関係無い。有言実行を決める為、ライは力を更に高める。
「やり方は、物理で殴り殺す!!」
瞬間移動ではなく、なるべく加速を付けて威力を上げる為に現在地から進むレクス。光を何段階。何百段階も超越した速度で加速する。そして限りなくゼロに近い時間でライの眼前に迫った。
「受けて立つ、レクス!」
「その覚悟、今までも何度も正面から敵を打ちのめしている証拠だ!」
レクスの予想通り、ライは最後を必ず全力の拳一つで決めていた。なので分かるのだろう。ライの拳にどのような力が秘められているのかを。
しかしそれは気にせず、レクスは正面から──
「ハッ! 後ろががら空きだ!」
「……!」
──受けなかった。元々亡者であるレクス。嘘は十八番である。勢いそのまま、ライの背後から拳を放つ。
「それも……予想通りだ!」
「なにっ!?」
しかし、レクスが正直に正面から攻める事は無いと分かっている。故にライは力を込めたまま回転を加え、背後のレクスの顔面に拳を突き刺した。
対象であるライが予期せぬ行動を起こした事によって空振ったレクスは成す術無く、ライに今以上のダメージを与える事もなく完全に直撃した。
「だってアンタ……正面からぶつかり合ったの最後の方に少しだけだっただろ?」
「……成る程……な……」
そのまま拳を振り抜き、無限地獄の遥か下方に叩き落とす。それによって一際大きな轟音が響き渡り、無限地獄を揺らす震動と包み込む程の土煙が舞い上がった。
そこから遅れて新たな衝撃が生まれ、辺りは静まり返った。
「……! あれは……」
そして、ライの視線の先に無数の何かが見えた。それは漆黒の光。何か禍々しいモノが飛び出したかのような、そんな光だった。
しかしライはその光が何か分かる。エラトマの封印が解かれている地獄に置いて、今回のような事以外で先ず封じられるという事は無い。レクスの落下地点からするに、その光の正体は取り込んでいた悪魔達だろう。全員取り込まれた場所に戻ったのか、無限地獄にはライと魔王のみが残っていた。
「終わった……のか?」
【ああ、確実にな。取り込まれた俺の力も戻った】
いつの間にか近くに姿を現していた魔王。もといエラトマ。エラトマがそう言うのなら本当にそうであるのだろう。根拠は無いが、何となくそんな気がした。
「さて、大変だけどレクスを回収した後、テュポーンの封印を解いて復活? させるか」
何はともあれ、ライとエラトマ、レクスの戦闘はライが勝利を掴む事で終える。
一先ずライは土によって封じられたテュポーンを探す為、レクスを捕らえつつ無限地獄を暫く進むのだった。




