六十六話 リヤンの記憶?
「イフリート! タキシム! さっさとコイツらを殺せェ!!」
ジュヌードは叫び、イフリートとタキシムに命令する。
『グオオオォォォォォ!!!』
『…………!!!』
イフリートとタキシムはジュヌードの命令を聞き、リヤンとフェンリル、ユニコーンとブラックドッグに向かって駆け出した。
「フェン! ユニ! ハウンド! お願い!」
リヤンは三匹の幻獣に命令をするという訳ではなく、何かを頼むような言い方をしてイフリートとタキシムを迎え撃つように言い放つ。
『ウオォォォンッ!』
『キュルヒヒィン!』
『ワオオォォンッ!』
それを聞き、リヤンに返すよう吠えるフェンリル、ユニコーン、ブラックドッグはイフリートとタキシムに狙いを定めて駆け出す。
「オラァ!」
『『…………!!!』』
「はあッ……!!」
『『『…………!!!』』』
そして次の瞬間には轟音を立てて二人と五匹が激突する。
フェンリルの巨躯とユニコーン、ブラックドッグの身体。イフリートの熱とタキシムの呪い? それらがぶつかり、"イルム・アスリー"の建物がまた崩れる。
恐らくだが、魔族の国の中で今一番被害が大きな街は"イルム・アスリー"だろう。
そんな事を気に止めない"イルム・アスリー"に住むジュヌードと"レイル・マディーナ"近隣の森に住んでいたリヤン。
激突による衝撃で弾き飛ばされ、ザザッと地に足を擦るフェンリル、ユニコーン、ブラックドッグとイフリートにタキシム。
『グオォォ……』
『…………』
対するイフリートとタキシムの方がダメージ的には多かったらしい。
その証拠にイフリートとタキシムは、フェンリルたちの攻撃を受け少し弱っている様子が窺えた。
先程まで威勢の良かった二匹が少し静まり返っている。
「テメェらァ!! 押し負けてんじゃねェよッ!!」
そんな二匹を見たジュヌードは苛立ちで大地を踏み砕き、イフリートとタキシムに活を入る。それに応えるようイフリートとタキシムは半ばヤケクソの状態でリヤンたちへ突撃を試みた。
『グオオオオオオオオ!!!』
そんなイフリートは吠え、両手に魔力を溜める。その魔力は徐々に熱を持ち、ゆっくりと広がるように周りの空気を焦がす。
『……!!!』
次の瞬間、大地を蹴り砕き、リヤンたちに向かうイフリート。その速度はかなりのモノで、瞬く間に距離を詰め寄る。
『ワオォォォンッ!』
それを見たフェンリルは口から轟炎を吐き、イフリート相手に構える。実のところ、イフリートの魔術に対抗できるのはフェンリルだけなのである。
イフリートの魔術はかなりのモノ。なので同じ幻獣だとして、ユニコーンやブラックドッグではイフリートを相手取るのに力不足なのだ。
『ワオオオォォォォォンッッッ!!!』
『グルオオオォォォォォッッッ!!!』
刹那、二つの炎がぶつかり合う。それによって爆発のような音が鳴り響き、火柱を立ち上らせると共に周りを大きく揺らした。
その炎の熱は"イルム・アスリー"全体に伝わり、この街の気温を数度ばかし上げた事だろう。
「チッ……! やっぱ今のイフリートじゃ子供のフェンリルと互角程度の力か……!」
舌打ちをし、悪態を吐くジュヌード。
そして視線をイフリートとタキシムに送り、それが合図となってイフリート、タキシムは再びリヤンたちへ向かう。
『グオォォォッ!!!』
『………………!!!』
「……ッ! 何とか静めなきゃ……」
そんな二匹を見たリヤンは頭の中で策を講じ、互いにダメージを与える事が少なくなるような作戦を考える。
「……あ」
そして、高速で思考を奔らせたリヤンは一つの作戦を思い付いた。
(あのジュヌードって人を倒せば……!)
そう、その作戦は単純明快でシンプルな、幻獣・魔物を操る主──ジュヌードを倒すという事。
幻獣・魔物が傷付くのは見たくないリヤンだが、それらを"物"としか見ておらず、自身は高見の見物を決めているジュヌード。
そのジュヌードを倒すという作戦を思い浮かべたリヤンは、自身の脳内で否定をしなかった。
「……これしかない……!」
意を決し、フェンリルに跨がるリヤン。ジュヌードはその様子を特に気にすること無く眺めている。
ふと視線を向けると、目の前からはイフリートとタキシムが急接近して来ていた。
「フェン!」
『ウオオオォォォォンッ!!』
リヤンはフェンリルに合図を出し、フェンリルはそれに応えるよう加速する。
そしてイフリートとタキシムの間を抜け、ジュヌードに向かって一直線に突き進んだ。
「ほう? イフリートとタキシムは相手にせず、俺を狙う……って事か……」
ジュヌードはそれを読みとき、クッと喉を鳴らして笑う。
リヤンはそんなジュヌードの態度に構わず、止まる事無く真っ直ぐジュヌードに向かって行く。
「だが、イフリートとタキシムはお前を近付けさせないぜ?」
『グオオオオオオオオ!!!』
『………………!!!』
その時、方向転換し、リヤンとフェンリル目掛けるイフリートとタキシム。
ジュヌードも戦うつもりは多少あるのだろうが、大部分をこの二匹に任せている。自分が手を出すまでも無いと考えているのか気に掛かるところである。
「フェン!」
『ワオォォォンッ!!!』
そんな二匹を見たリヤンは指示を出し、リヤンの指示を聞いたフェンリルはイフリートとタキシムへ炎を放って牽制する。
その炎は直進し、眼前に迫りつつある二匹の動きを止めた。炎による直接のダメージはほぼ無い様子の二匹だが、突然の炎に怯んだのだ。
「今!」
『ガルルルラァ!!』
続くよう、刹那の時に駆け出したフェンリルは、一瞬にしてジュヌードの正面に立ち、そのままジュヌードを前に大口を開き、噛み砕く体勢へと入っていた。
「……ッ! ……っのクソ狼がッ!!」
それを見たジュヌードは咄嗟に身を捻り、胴体では無く腕を噛ませる。その腕からは出血し、フェンリルの口を赤く染める。しかしジュヌードは噛まれていない方の腕でフェンリルを殴り飛ばした。
『グルルル……』
片手が塞がっており、力を出し切れなかったジュヌードの力ではフェンリルを仕留める事が出来ず、距離を離すくらいしか出来なかった。
「チッ、クソ狼が……!」
再び悪態を吐き、腕から流れる鮮血を眺めるジュヌード。怒りを隠さぬそのままの状態で大地を蹴り砕き、フェンリルの元へ向かう。
「テメェには苦痛をプレゼントしてやるぜッ!」
そう吐き捨て、フェンリルに回し蹴りを放つジュヌード。
「フェン! 避けて!」
そんなジュヌードを見たリヤンの言葉に反応し、即座にジュヌードから距離を取るフェンリル。無論リヤンを振り落とさないよう、細心の注意を払っている。
「ハッ、ご主人サマが大事か? 狼よォ……? まあ、犬は忠実って言うしな? ……なら、精々ご主人サマを守りな!!」
距離を取りつつあるフェンリルに対してジュヌードはさらに加速し、フェンリルの背後に回り込む。
「フェン! 後ろ!」
『グルルッ!』
そしてリヤンがフェンリルに言い、フェンリルは直ぐ様後ろを振り向く。
「……ほう? 俺の動きを見切ったのか……?」
見切られたジュヌードは自分の動きを見切った──リヤンに向けてニヤリと笑う。
物理的な強さも持ち合わせているジュヌード。そんなジュヌードの動きを、一見普通の少女であるリヤンが見切った事に興味が沸いたのだろう。
「フェン!」
『ガルルァ!!』
そんなジュヌードの言葉に耳を貸さず、リヤンはフェンリルに合図をする。フェンリルはジュヌードの方を向き、構えて体勢を整える。それを見たジュヌードはクッと笑って姿を消した。
「ククク……息ピッタリだな……」
今、ジュヌードがリヤンとフェンリルの前から姿を消した理由は二つある。一つはリヤンたちの死角に移るよう、そしてもう一つは──
『グオオオオオオオオ!!!』
──イフリートがリヤンとフェンリルの側に近付いて来ていたらからである。
基本的に高見の見物を決め、極力己は労力を使わぬという考えなのだろう。
「フェン! 飛んで!」
『ガウッ!』
そんなイフリートを見たリヤンは指示を出し、聞いたフェンリルは一回だけ吠え、跳躍してイフリートから逃れる。
『ワウッ!』
『グオ……!』
そして、そのまま重力に伴って落下すると同時にイフリートの頭へフェンリルの巨躯がのし掛かった。
それを受けたイフリートは短く鳴きながら倒れる。イフリートを倒した訳ではないが、確かに怯ませる事は出来た。
「フェン! あの人は彼処だよ!」
「……ほう? やはり見切っていやがる……」
イフリートを怯ませた直後、リヤンは直ぐに屋根にいたジュヌードを見つけフェンリルに言う。聞いたフェンリルはピクリと耳を動かして顔をそちらにやり、ジュヌード目掛けて加速する。
『ガルァ!』
フェンリルは直接攻めたのでは避けられると学習し、加速して近付きつつ炎を吐いてジュヌードを攻撃した。
炎が広がる事によって己の姿を隠す事が出来、あわよくばそのまま炎でダメージを与える事が出来るからだ。
「犬は賢いってか? しゃらくせェ!」
屋根から飛び降りたジュヌードは炎を抜け出し、自分目掛けてやって来るフェンリルを見つけ拳を放つ。
「違う……、貴方を狙っているのは……フェンじゃない!」
「……な!?」
『ヒヒィンッ!!』
──刹那、辺りには何か刺さったような鈍い音が響いた。ジュヌードの背から腹部を貫通し、ユニコーンの角が突き刺さったのだ。
「コイ……ツ……。……グハッ……!」
ジュヌードは一瞬ユニコーンを見るが、激痛に耐え切れず腹部を抑え吐血して地に落ちる。
「テメェら……ざけんじゃねェよ……!!」
地に落ちたジュヌードは依然として腹部を押さえながら口の血を拭い、ふらつきながら立ち上がる。その目には先程までの余裕は消え去っており、怒りと殺意が垣間見えていた。
「ぶっ殺してやらァ!!!」
ジュヌードの叫びに合わせ、イフリートとタキシムが大きく反応を示す。
「……もう止めてッ!!」
そしてそれを見たリヤンがジュヌード──
「あ? 止める訳ねェだ……「貴方じゃない……! その子達……!」……ろ。……あ?」
──ではなく、イフリートとタキシムに言ったのだ。
「……あァん?」
そんなリヤンの態度に対し、ジュヌードは少しイラ付いた。その言い方と口振り。それはジュヌードを怒らせるには十分なモノだ。
リヤンはそんなジュヌードを無視し、イフリートとタキシムに向けて言葉を続ける。
「アナタ達は傷付けたくない……! だから……もう止めて……!」
言葉をイフリートとタキシムに言い終えるリヤン。それを聞いていたジュヌードは──
「……! 確かコイツは……! ……ッ!!」
リヤンの持つ能力? の事を思い出し、これは不味いと大地を踏み砕いて加速する。
「させるかァ!!! テメェに俺の物を操られたら面倒臭ェ!!!」
ジュヌードが懸念した事。それはリヤンが自覚していない、他の生き物を操る? 能力。
流石にフェンリル、ユニコーン、ブラックドッグ、イフリート、タキシムを操られてしまえば、ジュヌードといえど骨が折れるのだろう。
「私は操ってなんかいない!」
「テメェの意見なんか知った事かァ!! テメェが自覚していなくてもなァ!! テメェはその能力を持っているんだよ!!」
ジュヌードがさせるかと言い、リヤンはそのような事をしていないと反論する。そして、そんなジュヌードが駆け寄る事で大地は抉れ、街が揺れる。直進したジュヌードは次に大地を踏み砕きながら高く跳躍し、
「だから今、此処で!! テメェを殺さなきゃ後々面倒なんだよォッ!!!」
リヤン目掛けて身体全体を使って攻撃をした。
その衝撃によって辺りには爆音と共に大きく砂煙が舞い上がり、仕掛けられたリヤンは──
「……ッ! クソッタレェ!!! 遅かったかクソ共がァァァ!!!」
『グオオオォォォォォ……』
『…………………………』
──イフリートとタキシムによって守られた。
「……え? この子たちって……」
そして困惑の表情を浮かべるリヤン。その様子を睨みながらジュヌードは言い捨てる。
「……言ったじゃねェか……!! テメェには俺以上に生き物を操る能力があるってよ……!! とことんイラつくぜェ……!! 俺の幻獣を奪う能力を持っても尚、その能力に気付かねェクソアマはよォ……!!」
ジュヌードは手を振りほどき、イフリートとタキシムを吹き飛ばしながらリヤンに向けて吐き捨てるように言い放つ。
リヤンの持つであろう、今の力に自覚が無いリヤン。自分が操っていたモノが取られた事と、そんな力に気付いていないリヤンに腹が立っているのだ。
「結局こうなるのな……。イライラし過ぎて何かもう楽しむのは止めたぜ……。テメェを、今、この瞬間、惨殺してやるァ!!」
そして言い終えると同時に姿を消し、
「俺は身体能力が普通じゃねェんだよッ!! これを受けて死ねやァァァ!!」
「…………!?」
リヤンを力いっぱい殴り飛ばした。
女性のリヤンにも手加減をせず、容赦なく顔を殴って吹き飛ばしたジュヌード。
リヤンの美しかった顔は拉げ、口が切れたのか口から出血し建物を貫通して吹き飛んだ。
「…………」
リヤンはまだ意識を失っておらず、瓦礫の中から何とか出る。その一撃を受けて既にボロボロであり、鼻が折れたのか鼻血が止まらず口からも鮮血が流れている。目の上には青い痣が作られており、頭からも血が流れていた。
そして、
「……やっぱ……イラつくから遊びながら殺すか……?」
「……!」
次の瞬間ジュヌードに腹部を蹴り上げられ、嘔吐感と共に空中へと上がった。
その一撃で再び吐血し、衝撃が強かったのか目からも涙のように血が噴き出る。
「ほらよ……吹き飛べ!」
「……ッ!?」
その刹那、そのまま空中で更に蹴られて吹き飛んだ。腹部を二度蹴られたリヤンは内臓へのダメージによる血を何度も吐き、血と共に涙を流しながら吐瀉物が出そうな嘔吐感を覚える。
「終わりだッ!」
「…………! …………────!」
そして、吹き飛んだリヤンに追い付いたジュヌードはリヤンの首を掴んで地面に叩き付けた。
その衝撃で辺りには粉塵が舞い上がり、それと同時にゴキッという何かが折れる音が響いてそこでリヤンは意識を失ってしまった。
*****
サアッと風に流れ、暖かな空気と自然の香りが鼻を付く。
その風と共に流れてきた全く知らない懐かしい匂いが──リヤンの鼻腔を擽った。
(…………ここは……?)
リヤンは、『目を閉じた状態で目を開ける』。
あり得ない話だが、今この状況はそう説明するしかない。視界に光が入り込むが、目は閉じているのだ。だが、目を開けているのである。
こんな訳の分からない状態に混乱するリヤンの意識は、一つの声に集中する。
「ゴメンね……リヤン。まだ赤ん坊の貴女を置いて行くのは嫌なのだけれど……貴女を連れていったら……貴女が死んじゃうかもしれないの……」
泣くように肩を震わせながら話す、女性のような声。
リヤンはこの人? が誰かは知らないが、何処かに懐かしさがあった。
「……貴女のお父さんが死んでから数千年……。貴女のお母さんが死んでから数十年……。……死に行く前、貴女の母親……私の姉が最後に残した……姉が生きた娘……」
(…………え?)
リヤンは話に耳を傾ける。この人物? は、自分の──両親の事を話しているのだ。
その女性のような人? は近くで見ているであろうリヤンに気付かず言葉を続ける。
「確かに……姉の夫は飽きたからという理由で世界を滅ぼそうとした……。それは許される事じゃない……。けど……確かにこの子の父親だった……。ふふ……赤ちゃんの貴女にそれを言っても意味無いわね……」
クスッと、涙を溜めている目を閉じて笑う──女性のような人。リヤンにその女性の顔は見えないが、その女性が持つ優しさは伝わっていた。
「そろそろ行くわね……。……永遠の別れになるかもしれないけど……」
女性のような人は立ち上がり、赤ん坊だというリヤン? の頭を撫でる。
「ここは幻獣・魔物の棲み家で有名な森……けど、この森の……いえ、世界に生息する幻獣・魔物の殆どは貴女の父親が創り出した子たち……。きっと貴女の良き理解者になってくれるでしょう」
温かい手がリヤン? の頭を撫で続け、その女性のような人は立ち上がった。が、何かを考え思い留まる。
「……でも……やっぱり不安ね……貴女はまだ赤ん坊ですもの……。……そうだ。これをあげるわ! 世界に数個しか無い、"癒しの源"! ……これがあれば貴女と幻獣・魔物の傷を癒せるわ! ……そして、もし出会うならば……出会わせてくれるなら……貴女の仲間や……貴女が好きになって……貴女を一生護ってくれるような人にも癒しの力を……!」
そして最後にしゃがみ、リヤン? の胸へ温かな光を放つ美しい宝石のような物を当てる。
その宝石はリヤン? の体内に取り込まれ、次の瞬間にリヤン? は目映い光を放って元に戻った。
「ふふ……心配し過ぎかしら? ……でも、親がいないこの子に与えられる……最後になるかもしれない愛情だものね……。これくらいなら姉や姉の夫にどやされる事も無さそうだわ!」
リヤン? に宝石のような物を与えたあと、その女性のような人は後ろを振り向いて立ち去る。
「大丈夫よ……リヤン・フロマちゃん。……だって貴女は……自分勝手だけど世界を創った……──神様の血が流れているんだもん。……ま、最後は世界を滅ぼそうとして正義に倒されちゃったけどね♪」
笑顔でそれだけ言い、その女性のような人はリヤン? の視界から消えた。
(……私が……私が"神"……様? ……の……?)
リヤンの視界は暗くなり、遠退くようにその景色が消える。
リヤンに何かがあったという事は理解出来た。どこか寂しく、悲しい映像がそれを物語っているのだ。
そしてリヤンは、何故か胸が痛く、そこはかとない虚しさを感じていた。
──そんな映像が終わった瞬間、リヤンの視界が大きく開け、リヤンの意識は覚醒した。