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六百七十話 無限地獄

 構えた瞬間の四人の行動は迅速だった。

 レクスの近くに居るライとエラトマは光を超えて駆け出し、その本人へけしかける。背後からはテュポーンがサポート役を兼ね、巨腕と炎で牽制していた。

 対するレクスは戦闘中常に見る事は不可能な三人の未来を先程一瞬だけ見た。なので場所を読み、ライたちの攻撃を避ける。


【ハッ、避けられるのは俺以外の攻撃だろ?】

「……ッ! まただ……! またコイツの攻撃だけは読めない……!」


 避けたと思った矢先、未来予知と違う動きのエラトマから回し蹴りを腹部に受ける。それによってレクスは吹き飛ばされた。そこへテュポーンの両巨腕が現れ、柏手かしわでを打つようにレクスの身体を押し潰す。


【そう言やお前……素の力で俺の七割に匹敵する力を使えるようになったんだな】


 その様子を横に、ライの力を見て訊ねる。最下層の地獄で受けた体感時間は数百年以上だが、現実では数分しか経っていない。そんな短時間でこれ程までに力を上げたのだ。当然エラトマは気になる事だろう。

 エラトマの言葉に対し、ライは一瞥して言葉を返す。


「ああ、色々あってな。使えるようになったのはついさっきだけど」


【クク、成る程な。百鬼夜行の出身地である極東の方にゃ、男子三日会わざれば刮目して見よって言葉があるらしいが……お前は数分で成長したか。刮目しなくても分かる程にな】


 不敵に笑い、テュポーンの握り潰すレクスに視線を向ける。レクスはテュポーンの巨腕を無理矢理()じ開け、自由を手に入れた。


「ハッハッハァ! こんな力で俺を閉じ込められるものか! 直ぐに脱出できるぞ!」


【んじゃ、新しい牢獄に落ちて貰うぜ?】


「……!」


 脱出した瞬間、レクスは上から叩き落とされる。それによって熱せられた鉄板の大地に沈み、鉄と岩盤を砕いて更なる下層へと落とす事に成功した。

 その後を追うエラトマは、ライとテュポーンに覚悟を問うた。


【ハッハ……この下は生半可な地獄じゃねェぞ? 何せ地獄で最もキツいって言われる最下層だからな。お前ら、来れるか?】


 此処から下に続く地獄は、凄まじい苦痛を伴うモノ。今までの地獄も十分な苦しみを受けたが、その程度(・・・・)の比にならない苦痛が襲うのだ。

 故に、この質問は珍しいエラトマの良心だったのだが、


「ああ、行ける」

「フン、誰に言っておる」


 二人は即答で返した。

 テュポーンは兎も角、力を得たばかりのライも臆する事無く返答する。それならばもう何も言う必要は無いと、エラトマは下に向かう。その後を追い、ライとテュポーンも最も苦しい地獄へと落ちるのだった。



*****



 ──"阿鼻叫喚・無限地獄"。


 此処は阿鼻地獄。無限地獄。様々な名のある、最もキツく苦しい地獄。

 一番上の場所でも現世から落ちるには数兆年掛かる地獄の最下層に位置しており、どの地獄よりも巨大な地獄だ。

 前にあった七つの地獄。その全てを一とするならその一〇〇〇倍の苦痛が伴われるという。

 此処では前の地獄にあった剣からなる樹。針山。熱湯。火。血の池。その苦痛を絶え間無く受けさせると謂われている。此処に居る獄卒は巨躯の身体に無数の目を持ち炎を吐く。落ちた罪人は舌を抜かれて釘打ちの刑に処され、先の苦痛と共に毒蟲にさいなまれる。その他にも多種多様。人の想像を絶する苦痛を与えられると謂う。この地獄に比べれば、大焦熱地獄までの苦悶は楽園に等しき苦痛と比喩される程だ。

 この地獄では三〇〇京年から六〇〇京年以上という程に気の遠くなる月日を日々新たな苦痛が襲うと謂う。

 そんな、罪人達の阿鼻叫喚が止まぬ無限地獄にて、ライ、エラトマ、テュポーンの三人はレクスの前に構えていた。


「……ッ。前の地獄より遥かに熱いな……! 俺の力が強くなってなけりゃ、魔術の壁を造っても蒸発していた……!」


「フ……ム……。ま、まあこんなもんじゃろ……思ったより大した事は……無い……」


【ハッハ……流石のお前たちも苦しいか。ほらよ、俺の魔術で普通に過ごせる程度の環境は整えてやる】


 この地獄では流石のライとテュポーンも参っており、見兼ねたエラトマが世界を創造する程の魔術で防壁を創り出した。

 罪人として落ちた訳では無いライたちに罰は下らないが、環境その物が世界を崩壊させる程の悪環境。故に、エラトマが防壁を創ってくれなければまだテュポーンは兎も角、ライは完全にリタイアする事態だった事だろう。


「ハッハ……だらしねえな……。俺は……この……環境に……慣れて……来ているぜ……!」


 ライたちがエラトマの防壁に護られる中、レクスは強がりを述べていた。しかしこの環境でも失わない根性。罪人であるレクスは様々な苦痛が何処からともなく迫っているが、それでも諦めないのは好感が持てる。

 同情したのか、ライはエラトマに視線を向けた。


「……」

【ハッ、しゃーねェな。確かにこの状態で戦うのはつまらねェ。アイツも入れてやるよ】


「ハァ……ハァ……。あぁ……?」


 その視線からライの思考を読み解き、レクスに防壁を回す。それを受けたレクスは立ち上がり、身体を動かして自分の様子を確認した。

 確認した後、クッと笑って言葉を続ける。


「ハッ……有り難えが……んな事して良いのか? 敵に塩を送るようなもんだろ、それ」


「あまりにも無様で見ていられなかったんでな。感謝してくれよ?」


「クク……テメェも無様だっただろ、さっきまではよお……」


 戦闘の環境は整えられた。動き出せば最後、この防壁から外に出てしまう事になるのだろうが四人は気にしない。

 今はかく、敵を打ち倒す事のみに集中していた。


「行かせて貰う……!」

【クク……当然】

「無論だ」


「ハッ、来やがれ! テメェら全員、さっさと終わらせてやるよ!」


 光からなる光線を複数飛ばし、着弾させて爆発を生み出す。この光の爆発は触れるだけで消滅する力を秘めている。直接触れて光を砕くエラトマを除き、ライとテュポーンはかわしながら進んでいた。


「アイツには効かねえか。まあいい!」


 光線から更に広範囲を巻き込む光球へと変化させ、防壁の外にまで届く大爆発を引き起こした。

 無限地獄に居る亡者と獄卒は光に飲まれて消え去り、レクスは気にせず連続して第六宇宙速度の光球を放っていく。


(……。狙いを定めている訳でも無ければ、規則がある訳でも無い……。闇雲に撃っているだけか)


 次々と放たれる光球をかわし、レクスの狙いを考えるライ。しかし決まった動きがある訳でも無く、ただ本当に数撃てば当たるという考えで放っている事が分かった。

 なので全てを見切りながら進み、レクスの前に躍り出る。


「そらよっと!」

「……ッ!」


 出た瞬間に蹴りを放ち、それをレクスは片腕で受け止める。同時にテュポーンの巨腕が切り込み、その巨腕を跳躍して避けた。そのまま空中で体勢を変え、回転を加えて受け止めたライを地面に叩き付けた。


「この防壁があるとはいえ、さっきまで立つだけで死ぬ程だった大地。此処に叩き付けられたら一堪りもねえだろ?」


「ああ、効いたよ……!」


 まだライの腕は掴んでいる。離した瞬間に姿を眩まし、反撃を受けるのは読んでいるからだ。

 劣悪な環境のこの場所は、本来なら立っているだけでかなりの苦痛。エラトマの防壁があっても、先程まで野晒しだった余熱はそう簡単に消えないだろう。最も、防壁があっても常人なら即死の環境であるが。

 ライは灼熱の大地に顔を擦りながらレクスに訊ねる。


「それで、ずっと掴んでいるけど……どうするんだ?」


「そりゃもう、自由を奪って一方的にボコるだけだが」


「いや、無理だろ」

「そうなんだよな」


 ライの腕を握り潰す威力で掴んだまま、背後から迫るエラトマと左右から再び迫るテュポーンの巨腕を避けた。それによってライはレクスの手から逃れ、大地を踏み砕いて生じた土塊を光速以上で吹き飛ばす。

 それら全てを避けたレクスは、跳躍して上から複数の光球を隕石のように落下させた。

 隕石と言っても光である事は変わらない。空から無数の光球が降り注ぐ様子は圧巻だが、その全てが触れたら即座に消滅させられる光なので質が悪い。しかも光速だ。


【クク、下がってろ。お前ら】


 そんな隕石と見紛う光球に向けてエラトマは軽く腕を薙いだ。よって、全てを消滅させる光球が逆に全て消滅した。風圧で光は消えないので、恐らくダークマターからなる無効化のエレメントを混ぜたのだろう。

 全ての光が消えたのを確認したライは空中のレクスに跳躍して向かい、テュポーンは巨腕を光以上の速度で放つ。


「そらっ!」

「っと、危ね」


 未来を読み、ライの動きを見切って避ける。迫るテュポーンの巨腕は瞬間移動で避け、地獄の最下層で言うのもおかしいが、地上に居るテュポーンの背後へ回り込んだ。

 そこから炎魔法を放ち、テュポーンの身体を焼き払う。テュポーンはそれを直撃したが無傷で耐え、鞭のような巨腕でレクスの身体を吹き飛ばした。


「……ッ! やべっ……外に……!」


 その衝撃で安全圏の防壁から飛び出し、レクスに向けて様々な罰がけしかけられる。何処からともなく現れたペンチに剣。針に血液と炎。それら全てを吹き飛ばし、複数の目を持つ獄卒の首をねて光で存在を消し去る。最悪と謳われる無限地獄の環境や罰も、それなりの苦痛は与えられるが今のレクスにはあまり意味が無いようだ。


「周囲の物を消して自身を護ったか。フッ、よくやる」


 周りの物を消し去ったレクスを見、称賛しつつテュポーンの巨腕が防壁の外に出る。レクスが周りを消し去ったという事もあり、まだまだ悪環境だが来たばかりの時よりは環境がマシになっていた。

 そんなテュポーンの腕は更に巨大化し、周りにある針山などを含めて破壊行為を行う。


「俺が言えた事じゃねえが、滅茶苦茶しやがるぜ……。まあ、ある意味環境はマシになっているがな」


 テュポーンの一暴れで更に広範囲が整えられる。その破壊様はレクスですら少し引く程のものだった。

 しかし宇宙で暴れて宇宙全てを滅茶苦茶にしたという伝承のあるテュポーンからすれば、この程度の行為は何て事なかった。


「どうせ直ぐに再生するんだ。地獄を砕くのも一興という事よ」


「ハッ、気が合うな。俺もこんなところ、さっさと壊してやりてえよ!」


 テュポーン自身が防壁の外へと向かい、空中でレクスとぶつかり合う。巨腕を放ちそれを拳で打ち返し、衝撃を散らして無限地獄の山々を砕く。

 死する程の環境も、既に死んでいるレクスと今は弱体化しているとはいえ現世で最強格である支配者のテュポーンからすれば問題無い。逆に無限地獄を破壊する勢いでせめぎ合いを織り成していた。衝突のたびに山は崩壊して崩れ落ち、剣の樹が砕かれる。炎を突き抜け、二人は再び激しく衝突した。


「外では激しい戦いが起こっているな……俺じゃ参加する事も叶わないや」


 レクスとテュポーンの戦闘を見やり、自身の力不足を感じるライ。本来なら十分な力を秘めているのだが、地獄で最強となったレクスが相手だとこの力でも不足しているようだ。

 そんなライに向け、不敵で軽薄な笑みを浮かべるエラトマが言葉を発する。


【ハッハ。なら、俺を纏えば良いじゃねェか。力が上乗せされりゃ、本来の俺に匹敵する力も扱えるようになる。俺を纏えば、肉体も強化されてこの無限地獄でも問題無くなるぜ?】


 それは、エラトマを纏わないかとの事。確かにエラトマを纏えばライの力が上がり、この環境でも耐える事が出来る肉体となる。完全じゃない今のエラトマよりも力は数倍になるだろう。


「……。そうか、分かった。数日振りにお前を纏うよエラトマ。いや、魔王!」


【クク……了解……!】


 ならば断る理由もない。ライがエラトマの言葉に返した刹那、ライの身体に漆黒の渦が纏割り付いて血がたぎる。この戦闘に引き込まれる感覚も久々だろう。

 そして目の前からはエラトマの姿が消え去り、完全にエラトマと一体化した。

 アスモデウスの時はエラトマの身体も残っていたが、今回は勝手が違う。本気にならなければ勝てない相手故に、ライの中に宿ったのだ。


「さて、これでようやく同じ立ち位置に並んだ……!」


 悪魔で同位置と呟く。力は確実に上がったが、レクスも常に成長している。なので決して優位になったという事にはならないのだ。

 ある程度動きを確認したライは元々決まっていた覚悟を決め直し、防壁から無限地獄のテュポーンとレクスの元に進む。

 ライ、エラトマ、テュポーンとレクスの織り成す戦闘は、終局に向かっていた。

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