六百五十八話 "憤怒の魔王"
探索を続ける事にした三人は、大叫喚地獄を抜けてレクスを捜索していた。
まだライたちの時間でも夕刻程。緊迫している状態とはいえ、余裕のある時間だ。そもそも時間と言う概念がライたちの住む現世のように厳密ではないのであまり関係のない事だった。
「それで、当てはあるのかのう? 他の悪魔を攻めぬのならば、せめてもの退屈凌ぎを望むぞ」
【ああ。相変わらず気配も感じやがらねェ。ただ適当に進んでるだけじゃ何も分からねェぜ?】
真っ直ぐ。時折曲がったりして進むライに向け、訊ねるように話す二人。手懸かりも何も無く進むしかない現状、真っ直ぐ進み続けるライの事が気掛かりのようだ。
そんな二人に対し、ライは頷いて返す。
「ああ。それは分かっているし、推測だけど当てもある」
当てはある。その言葉にライと共に移動する二人は進みながら静聴する。
「さっき行った大叫喚地獄は俺たちの拠点からかなり離れている。そんな光の速度で数分も掛かる場所にモートの軍隊が居た事がおかしいんだ。移動の魔法や魔術を使った気配も無いし、レクスが瞬間移動で全員を連れて行ったとも考えにくい。となると──予め俺たちの行きそうな場所を推測して待機していたって考えられる。……まあ、そうなると幾ら急いでも此処に辿り着くにはかなりの時間掛かるって事になるから、恐らくレクスがモート達に報告か何かをした後で直ぐに移動の魔法や魔術を使って待機させたんだろうな。それはら気配が消えていてもおかしくない」
淡々と言葉を続けるライ。先ずは前置き。かなり長い前置きとなってしまったが、疑問点を挙げる為に必要な事である。
つまるところ、モート軍の存在がその一つの要因だ。ライたちの位置を知っているのはライたちがレクスのパターンを見破ったと推測したから。そして指示を出したのだろう。
おかしな点には注目がいくが、ライは当てについての説明を続ける。
「それでさっきも言ったようにモートやレクスが居ない事から足止めの為のミスリードって事が分かる。となると、レクス達は案外近場に居るんじゃないかって思う」
【クク……あれがミスリードだから奴らは近場に居る……? 支離滅裂で分かりにくいな。率直に言えよ】
「うむ。長々と語るのは移動の時間潰し程度にしかならなくて退屈だ」
先程のモート軍はミスリード。それをライは先程述べていた。それがどういう経緯で当てに繋がるのか、大人しく待つ事が苦手な二人の急かすような言葉にライは返す。
「ま、簡単に言えば俺たちが此処を狙う事が相手にとって不都合。つまり、だから敵は此処からそう遠くない位置に居るって事はさっき言ったな。えーと、元々遠い位置に居るなら態々部下を配置する必要もない。近くに居るからこそ、俺たちがそこに行く事を警戒して部下を張らせていたって事」
レクスやモートの居場所が大叫喚地獄から近いからこそモート軍に属する部下達が配置された。それがライの考えだった。
此処で足止めを出来れば、レクス達が近くに居たとしても簡単に見つかる可能性は少なくなる。部下が居る理由が大叫喚に何かあると思わせればそこを探してしまうからだ。正しく先程のライたちである。
そして遠くに居るのなら、部下を派遣する必要は無くなる。余計な事をして情報得られるのは敵からしてあまり良くないだろう。それなら遠方で足止めをしても良いかもしれないが、ライたちの考えを読んでいる敵。大叫喚地獄に来ると分かっていたなら遠くに配置する必要も無いだろう。
要するに、此処に部下を配置させた事。それが近場にレクス達が居る証拠になりうるという事だ。
【ほう? 自分達の位置に近いから大叫喚地獄に部下を配置させた……か。長々と語るんじゃなく、さっさと言えば良かったのによ】
「俺も長く言うつもりは無かったんだけどな。話す度に色々な懸念が生まれてそれを払う為に色んな事が思い浮かぶんだ」
「まあ、簡単に言えば大叫喚地獄の近くに居るという事。ならば簡単じゃ。部下兵士を見つけ、潰して行けば到達出来る」
行き先は決まった。この大叫喚地獄近辺だ。まだ確定した訳じゃないが、可能性があるのなら探さない手はない。
ライ、エラトマ、テュポーンの三人は先ずレクスとモートではなく、手懸かりを握る兵士達の捜索を開始した。
*****
「まあこんなもんか。すっかり気配を感じる方法も分かったし、俺自身も気配を消せるようになった。まあ、面倒臭さはあるけどな」
打ち倒した無数の悪魔達の上にて、レクスはその力を益々実感していた。
深層の地獄となれば、相応の悪行を働いた者が集う場所となる。そこに居る悪魔達ですら簡単に勝てる力。亡者として終わりの見えぬ罰を受けていたレクスの気分が良くなるのも当然だろう。
「そろそろ大物を狙うか。確か、俺を追ってる奴らはモートが軍隊を複数配置してるから少しは足止め出来るんだったな。いやまあ、勝てねえ訳じゃないんだけど……それなら好都合だ」
独り言を言い、打ち倒した悪魔を全て取り込むレクス。力の実感が湧き、気分の大きくなったレクスは大物の悪魔を狙うと呟いた。
大物の悪魔は大罪の悪魔。地獄の支配者。ソロモン七十二柱と様々。狙うべき悪魔は多かった。
「……。そうだな……最強の一角だが部下は少ない……あの悪魔……魔王を狙うか」
狙いを決めた瞬間、レクスは瞬間移動でこの場を離れる。モートの思惑通り大叫喚地獄を数時間探していたライたちはレクスとすれ違う形となってしまったという事だ。
そしてレクスは一つの城の前に立ち、その城の中に扉を砕く形で乗り込んだ。
「随分と荒々しい入り方だな。青年よ。我に何の用だ?」
「テメェを狩りにきた」
「そうか。他を当たれ。我は惰眠を貪っている最中だ」
乗り込み、天井を砕いてその魔王の前に姿を現すレクス。魔王は全く動じておらず、椅子に座りながらやって来たレクスを丁重に返していた。
対し、レクスは不敵に笑って一言。
「いやいや、そんな訳にはいかないんだなこれは。……なあ? "サタン"さんよぉ……」
「……」
──"サタン"とは、七つの大罪の憤怒を司る強大な魔王だ。
神と人間の敵対者であり、ルシファーと同一視される事もルシファーの部下であるともされるが真偽は不明である。
名その物が魔王を示す生まれついての悪魔の王であり、その名に相応しい力を秘めている。
七つの大罪の憤怒に位置するという事以外は殆ど不明の強大な魔王、それがサタンだ。
「成る程。多くの悪魔が消えたという一件があったが……青年。お前が犯人か」
「ご名答。ま、お陰様でそれなりの力も手に入れたんで地獄でも有数の大物である貴方を失踪させに来たんだ」
「そうか。他の悪魔がどうなろうと知った事では無いが、狙いが我というのならばそれに答えなくてはなるまい」
ゆっくりと立ち上がり、身体を軽く動かしてレクスを見やるサタン。その悠然とした佇まいは悪魔王と唱われるだけあるもので、威圧感があるものだった。
立ち上がった瞬間にレクスは構え、同時に踏み込んで第六宇宙速度。即ち光の速度となって突撃した。
「言うだけの力は持ち合わせているか。光速の攻撃を出来る者は少ない」
その突撃を軽く躱し、真横に移動して肘打ちを放つ。レクスはそれを避け、空中で身を翻して着地する。刹那に蹴り上げるよう脚を払った。
サタンはそれも躱し、上がった脚を掴む。そのまま持ち上げ、勢いよく床に叩き付けた。それによってレクスの肺から空気が漏れ、床が砕けて陥没する。最下層へと落下し、サタンの居る場所にまで立ち上る粉塵が作られた。
「だが、動きが単調だ。今まではその身体能力だけで何とかしていたようだな」
「ああ。ちょっと人を殺したり人間が勝手に決めた法を犯しただけで地獄に落とされたんだ。復讐だよ」
聞かれてもいない事を言い、勝手に復讐すると述べてレクスは這い上がる。
罪を犯した者が落とされる地獄。完全に自業自得なのだが、罪人というのは自分の事は棚に上げる者。たまに罪だと自覚した上で地獄に落ちる罪を犯す者も居るが、何はともあれレクスは前者のようだ。
「その復讐心も"憤怒"。大罪というものは人を死に至らしめる罪と言われているが、全ての大罪の行く末はそれ故の怒りが原因。言うなれば、我は全ての大罪を司ると言っても過言ではない。今は眠い。逃げるのならば無視してやっても良いぞ」
七つの大罪。全てを司ると告げるサタン。確かにそれらの罪は殆ど怒りに繋がる。
"嫉妬"はそのままのように、嫉妬による怒りで死に至らしめる。色欲は他人に貢がせて身を滅ぼす。もしくは色欲を満たす為に他人を殺す。これは憤怒と関係の無い事かもしれないが、色欲が嫉妬に繋がり怒りへと移行する可能性もあるのでやはり関わりがある。その他にも怠惰、強欲、暴食、傲慢。この中でもそれらを実行した事によって怒りを買う事は多い。
正しく、全ての罪の行く先。それが憤怒という事だ。
威圧し、見下すようにレクスへ言い切ったサタンは暫し見つめる。それがレクスの憤怒へと繋がり、一気に駆け出した。
「クソッ! 俺は強くなった! あまり舐めるな……!」
「やれやれ。面倒だな……今の発言は怠惰に繋がっているな」
他人は見下すが、自分は見下されたくはないレクス。怒りのままに光の速度でサタンに肉迫し、一瞬の隙を突かれて顔面に中手指間接節を叩き込む。
ドアをノックするように叩き付けられた威力とは思えない程の力となってレクスの顔は陥没し、サタンの正面壁から外へと飛び出した。
「ハッ、外なら都合が良い……! 消し炭になれ!!」
「……。アスモデウスの炎か」
槍を形成し、サタンに向けて炎魔法を放つ。それをサタンは涼しい顔で受けており、軽く掌を薙ぐ事によって生じた暴風でその炎を消し去った。それと同時にレクスの背後に移動し、肘を構える。
「──っ! いつの間……」
「今さっきだ」
「……ッ!」
それに気付き、何かを言おうとした瞬間肘打ちを背部に叩き込まれた。
それによってレクスは勢いよく落下し、大地に大きな粉塵を舞い上がらせる。同時にサタンは降り立ち、降り立ちながら両足でレクスの身体を更に陥没させた。
「グハッ……!」
この連撃でレクスの背骨と全身の骨が粉々に砕かれ、レクスを中心に巨大なクレーターが造り出される。
体外も体内も大きく負傷した事で大きく吐血し、周囲に血の水溜まりが出来る。その水溜まりは陥没と同時にクレーターの底へと沈み、更なる巨大な衝撃と共に深いクレーターとなりサタンの拠点を埋め尽くす砂埃に包まれた。
「お前は亡者。死ぬ事は無いだろう。しかし、まだ精神が残っている。その精神を崩壊させる事になるが……良いのか?」
「この……!」
地獄の風が吹き抜けると同時に再生し、レクスは再びサタンに飛び掛かる。それも軽く躱されて横から腹部に膝蹴りが放たれた。
その一撃で再び吐血する。そして天高く舞い上がり、一度の跳躍で追い付いたサタンが地獄の赤い空からレクスを叩き落とす。
「頑丈な身体ならば、ギリギリバラバラにはならないかもな」
「……ッ!」
落下途中、連続で拳や足を叩き込まれて更に勢いが増して最後に顔面へと拳が突き刺さる。それに伴って大地へと着弾し、先程広がった粉塵をこの粉塵が消し飛ばした。
数百メートル以上の深さとなったクレーター。そこからサタンは姿を現し、そのクレーターを一瞥する。気配は感じず、動きもない。終わったかと思ったその直後。
「……ハァ……だ、大体分かった……ぜ。テメェの動き……! そして! 俺様もまた一段階レベルが上がったッ!!」
「ほう?」
フラフラになりながら再生しつつ穴から這い出し、再生を終えてサタンに構える。その様子にサタンは軽くレクスの姿を眺めていた。
傷は直ぐに癒えるが死ぬ程の激痛は消えない。それでもなお立ち上がるその姿に、思わず感心したのだろう。
「今度は負けねえぞ、サタン!」
「まだ戦えるか。まあ挑み続ける姿勢は認めよう。我は眠いが、特別にさっさと終わらせるか」
光の速度。それを超えたレクスは一瞬も掛からずにサタンへと迫る。それをサタンは受け止め、弾き飛ばして構え直す。
ライたちが兵士の存在からレクスの居場所を特定しつつある中、レクスとサタンの戦闘は続くのだった。




