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六百五十七話 大叫喚地獄

 ──"地獄・大叫喚地獄"。


 此処は叫喚地獄の下に位置する大叫喚地獄。当然此処も叫喚地獄の十倍の苦痛を与えられる地獄であり、罪人は此処で六〇〇〇兆年以上罰を受けると謂われている。

 叫喚地獄よりも巨大な釜があり、更なる業火が罪人を焼き尽くすという。此処にある小地獄は舌を切り裂かれたり毒蟲に蝕まれてその血肉を食われたり動物に食われたりするという小地獄最多の十八の地獄が広がっているらしい。特に舌に対する罰を多く与えられると謂われている。

 そんな血生臭い地獄居るライとエラトマ、テュポーンはエラトマの力でレクスの気配を探っていた。


「どうだ?」


【いいや、やっぱ見つからねェな。だが、ほんのりと何かは感じる】


「それってどういう事だ……?」


 その気配だが、エラトマ曰く感じるようで感じない。不思議な感覚との事。ライは周りで泣き叫ぶ亡者達の大叫喚を聞きながら小首を傾げて考える。

 この騒がしさ。思考するには不向きな環境だが手懸かりがあるかもしれない可能性が少しでもあるなら此処にとどまった方が良い。此処に居る者は殺人を始めとして泥棒、男女問わずその者の尊厳や純潔を無理矢理奪う行為。そして他人を死に至らしめる程の嘘など様々な罪を犯した存在。なので同情はしないが、集中出来ないのは少々大変だ。


【まあ、普通に考えるならさっきまで此処に居たか……もしくは気配を消す術を身に付けた可能性があるって事だな。後者だった場合、漏れ出す数百の悪魔の気配と大罪の悪魔三人。俺の気配を消す事が出来ているっー事になるからアイツはかなり力を付けた事になる】


「成る程な。となると厄介だ。本当にたった数時間でそれ程の力を身に付けたなら、レクスは妄言じゃなくて本当に天才だったって事かもしれない。死後開花するってのも変な離しだけど。地獄に居る以上、最低一回は自分の快楽の為に殺人やその他の罪を犯しているって事。そして常に罰を受けている現状……亡者全員精神力は高いのかもな」


 気配を操る。それはライたちにも出来、少し実力のある者なら誰でも出来る事。しかし、多数の気配を宿しているレクスがそれを出来たとなると事は更に深刻になりつつあるだろう。

 罪人は愚かな者だが精神力はある。ちょっとした切っ掛けがあれば誰でもその様になれる素質があるのなら、地獄の管理も大変そうだろう。


「事態は思ったよりも面倒臭いな。敵の瞬間移動が何気に厄介だ。追い詰めても少しの隙で逃げるからな。他の亡者達にも、悪魔を取り込むレクスの事は噂になっていてもおかしくない。……まあ、一番軽い等活地獄でもなけりゃそれを目論む余裕は無いんだろうけど」


 要らぬ心配は切り捨てる。レクスの事は起こってしまっている事実だが他の亡者がどうなのかは関係無い事だからだ。

 何はともあれ、まだこの地獄を捜査した方が良いという事は変わらない。ライ、エラトマ、テュポーンの三人は再び分かれて大叫喚地獄の探索を行うのだった。



*****



「さて。気配を感じられないならシラミ潰しに探すしかないか? 亡者に聞く事も出来ないし、獄卒にでも訊ねるか?」


 大叫喚地獄を第一宇宙速度で駆け抜け、周囲を見渡しながら進むライはどうやって探すかを呟きながら進んでいた。

 音速を超えた時点で衝撃音が響き、少しばかり五月蝿うるさくなるのだがその事は気にしない。元々薄い可能性。なんとなくレクスは此処に居ないと感じているのだ。


「うーん。この速度はちょっと五月蝿くて速過ぎるか? いや、でも立ち止まったら鬱憤が溜まった亡者に狙われるかもしれないし……悩みどころだな」


 大地を踏み砕き、更に加速して進む。口ではもう少し遅くても良いと言っているが、また亡者に絡まれるのは面倒極まりない。なのでボロボロの亡者には追い付けないような速度で移動しているのだ。

 しかしそれなら音速以下でも良いかもしれない。そんな小さな考えが脳裏をよぎり、一旦速度を緩めて時速1000㎞程になった。


「撃てェ!」

「「「……!」」」


「……!?」


 ──その瞬間、数キロ離れた山間から一斉に放たれた矢や銃。魔法・魔術がライに向けて突き進む。ライは即座に反応を示してかわし、近くの山を蹴って方向転換しつつ着地した。

 魔法や魔術が少し掠った事によって頬が傷付き、そちらの方向を振り向く。そこには多数の軍隊が整列していた。


「モート軍か……! モートは居ないみたいだけど、此処に居るって事は何らかのヒントはあるみたいだな……」


 ライたちを狙う軍隊は限られている。そして悪魔のような気配も無い事から、向こうに居るのはモートの部下達という事が分かった。

 元々怨念や恨み辛みが流れている地獄。例え警戒しようと殺意を向けられようと、周りに飲まれてしまうので反応するのが遅れてしまうらしい。


「……取り敢えず、ヒントがあるならそれを探すか。モート軍の部下達は静めさせて貰う……!」


「「「…………!?」」」


 数キロ離れた場所に向け、力を込めるライ。そして一瞬で第三宇宙速度となり、秒速16.7㎞の速度で距離を詰め寄ってモート軍の前に姿を現す。

 ライの姿を捉えた瞬間に構えた軍勢だったが、何もせずに着地だけをした訳では無く、複数の部下兵士を吹き飛ばしていた。

 吹き飛ばされた兵士の一部は熱湯の入った煮えたぎる大釜に落ち、他の一部は大釜を焼く炎に飲み込まれる。そして大多数は高所から落ちて全身の骨を折っていた。


「不意討ちってのは良い戦法だ。けど、相手が悪かったな。俺に武器類は通じない。……まあ、魔法や魔術は効くからちょっとした攻撃なら本当に効かないエラトマやテュポーンよりはまだ戦える相手か、俺」


 自分に攻撃が効かないと言いつつ、効くモノもあるので狙った事は別に間違いじゃないなと自己完結して納得するライ。

 その後で周りを見ると、周りの兵士達の中にモートはおらず、ただの足止めでしかないという事が分かった。


「「「…………!!」」」


 そんなライの言葉は聞かず、残った兵士達は再び武器を構える。剣と槍。弓矢に銃。そして魔力を込めた杖。地獄でも現世とあまり変わらない武器を構える兵士達を見、ライは言葉を続ける。


「それが正しい反応だよな。……それはいいとして、アンタら……レクスの居場所知らないか?」


「撃てェ!」

「「「…………!!」」」


 またもやライの言葉は聞かず、構えたそれらを一斉に放つ軍隊。それによって大きな爆発が起こり周囲は爆炎に包まれた。次いで爆炎に覆われるライの立つ場所に向け、剣や槍を使った近接戦へと移行する。

 ライはこの程度では倒れない。それを知ったので肉弾戦に持ち込もうと言うのだろう。


「だから、俺には同等以上の力が無きゃ効かないってんだよ!」


「「「……ッ!?」」」


 そして、兵士達は吹き飛ばされた。肉弾戦なら自分と同等並みの力が無ければライには効かないので当たり前だろう。

 爆炎を切り裂き、粉塵から姿を現したライが猪突猛進の勢いで真っ直ぐに突き進む。

 武器を構えた兵士を拳で打ちのめして周りを巻き込み、回し蹴りで複数の兵士を弾く。二人の兵士を両手に持ちながら進み、その兵士を弾丸のように飛ばして兵士達を薙ぎ払う。

 同時に跳躍して魔力を込め、少しは練習した土魔術で槍を形成して兵士達に突き刺す。殺す心配が無いので、己の力を存分に振るえるのだ。


「ああ、悪い。同等の力が無けりや効かないってのは言ってなかったな。まあ、武器類は通じないしそこそこの魔術は使えるからそういうことで」


 一騎当千の力を放って大多数のモート軍を静め、もとい沈め。数人の兵士と隊長格の兵士に告げるライ。

 物理的な力を無効化するライは、レクスのように力が同等かそれ以上の力でなければダメージを負わない体質になった(・・・)

 それはエラトマの影響が主な要因だが、兎にも角にも一つの軍隊程度ならば打ち倒すのは造作もない作業である。ライは改めて残りの兵士達に訊ねるよう言葉をつづった。


「さて、この状況……人数はアンタらの方が多いけど、実力は俺の方がある。脅している訳じゃないが……レクスの居場所に当てがあるなら教えてくれないか?」


「……ッ!」


 軽薄な目付きを一転させ、冷徹なモノとして兵士を睨み付ける。

 思わずその眼光に肩を竦めてたじろぐ兵士だが、その手に握られた剣は離さず睨み付き返すような双眸そうぼうでライを見やる。


「ああ……駄目か。その目をする奴はそう簡単には口を割らない……。まあ、その目をする奴見たこと少ないけど……。まあそれは良いか」


「残った兵士達よ、一斉に掛かれェ!」

「「「おおおおッッ!!」」」


 雄叫びを上げ、隊長を含めた兵士がライに迫る。その数は十人前後。ライは掌底しょうてい打ちを放って一人の兵士を吹き飛ばし、二、三人を巻き込む。次いで踏み込み、拳を放って更に複数吹き飛ばした。

 残った兵士はわずか。その僅かな兵士を吹き飛ばし、残った隊長に向き直る。


「それで、レクスの居場所は……」

「ハァッ!」

「言う気は無し……か」


 そのまま聞こうとした瞬間に剣を振り下ろす隊長。ライは片手で受け止めて軽く流し、距離を詰めて懐に拳を打ち付ける。それによって動きが止まり、後ろ回し蹴りを放って隊長を近くの山に叩き付けた。


「ぐっ……ガッ……ハッ……!」


 その瞬間に意識を失い、隊長はズルズルと落ちる。周りを見渡し、残った兵士がゼロになったのを確認したライは早くレクスを見つけ出す為、先を急いで大叫喚地獄を進んで行った。



*****



 モート軍を相手にし終えてから数時間。一向にレクスの姿を見つける事が出来ないライはエラトマ、テュポーンと合流していた。


「エラトマたちもモートの軍隊に会ったのか」


【ああ。まあ、特に何も知らねェみたいだったから軽く捻ったがな】


「同じく。たかが一軍隊が余に歯向かうなど身の程知らずにも程がある」


 どうやらエラトマとテュポーンもモートの軍隊と会っていたらしく、既に打ち倒したとの事。まあこの二人がそう簡単にやられる訳も無いので当然と言えば当然だ。


「しかし……モート軍が居たならやっぱり協定を結んでいるって見て良さそうだな。この大叫喚地獄に何かあるからけしかけたのか、それとも……」


【「……?」】


 ライの含みのある言い方に、エラトマとテュポーンは小首を傾げて視線を向ける。

 二人も同じ事を考えていたらしいが、ライとは少し違うみたいだ。その反応に気付いたライは言葉を続ける。


「いや、此処にモート軍が居た事自体がミスリードで、レクスは別に行動しているんじゃないかって思ったんだ。数時間、俺たちが探しても見つからないならその可能性は有り得るだろ?」


【クク……確かにそうだな。一応気配は集中させていた。だが居なかった……誘導されていたかも知れねェ】


 普通に考えれば、厳重な警備のある場所程何かがあるという思考になる。

 だが、その先入観を逆手に取られてレクスを別の場所で伸び伸びと行動させる為に軍隊を派遣したという可能性があるのだ。

 現世では部下にも限りがあり、そう簡単に派遣する事は出来ない。しかし死ぬ事が無く数も無限に居る地獄ならば、使い捨ての兵士も多いという事だ。


「となると敵の狙いは何だ? 俺たちの足止めをしたいなら俺たちと関わりのあるバアルには知られる危険性があるからまだ挑まないだろうし、他の大罪の悪魔は地獄の王と堕天使。そして最強生物だけだぞ? 最強生物の方はもう俺たちで倒したし……」


 敵の狙い。それが分からずライはれったい心境になる。

 残りの大罪の悪魔は、ライたちと協力していない者が一人だけ。最強生物、つまりレヴィアタンは行方不明なので戻ってくるとも考えにくい。

 名のある悪魔は多いので、もしかしたら大罪の悪魔程の実力が無くとも力の強い者を狙っているのかもしれない。

 可能性は様々なので牴牾もどかしさにより拍車を掛ける結果となっていた、


「考えていても結果は分からないな。一旦バアルの城に戻るのも良し、地獄の探索を続けるのも良し。はたまた他の悪魔に会いに行くも良し……どうする?」


「また帰るのは面倒じゃな。余的には地獄の探索を続けるか他の悪魔達に攻めたいところよ」


【オウ。待機は嫌だが攻めるのは大歓迎だぜ?】


「いや、攻め込むとは言ってないけど……それに、今の時間は俺たちの世界で言う正午から四時間くらい……季節が季節なら日も暮れ始める時間だ」


 他の悪魔に会いに行く、それを宣戦布告に行くと取り違えたエラトマとテュポーンにツッコミつつ、元時刻からして帰った方が良いのではないかとも考えるライだが二人にはその様な気が無さそうなのでやはりこのまま探索を続ける事になりそうだ。

 一先ず他の悪魔は保留。ライ、エラトマ、テュポーンの三人は相手の目論見を考えつつ大叫喚地獄と近辺の捜索を続行する。

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