六百五十五話 ライvsレクス
力を込めた瞬間、一気に踏み込んでライに肉迫するレクス。それをライは躱し、左回し蹴りを放つ。が、レクスはそれを跳躍して避け踵落としを嗾ける。それを見切って躱し、大地に半径三十メートル程の小さなクレーターを造り出した。
「成る程……確かに最初に会った時よりは強くなっているな。……まあ、エラトマにはコテンパンにやられたみたいだけど」
「……ッ! 腹立つ事言いやがんなテメェ……! だが、やっぱテメェの実力は大した事はねえ!」
「へえ。あの一連だけで分かるのか。言動は馬鹿っぽいけど、多少は考えられるみたいだ」
「んだとゴラァ!」
ライの評価しているようでしていない挑発に、見て分かるように腹立たせるレクス。力はそれなりだが、短気な性格で挑発に乗りやすいのでやり易さはある。
生き物に怒りがあると正面から強行突破してくる傾向があるので、対処法が多いのだ。まあレクスは元亡者で今も生きていないのだが。
「死に晒せえ!」
「嫌だね!」
予想通り正面から突っ走り、第四宇宙速度でライに肉薄するレクス。その速度ならば全力のライよりも遅いので見切る事が出来、紙一重で躱してカウンターのようにレクスの横腹に蹴りを放った。
それを受けたレクスはフラつき、その隙を突いて側頭部を蹴り抜いて頭から大地に叩き付けた。それによって先程のクレーターよりも巨大なクレーターが造り出され、逆さになった足を掴んで剣の草木に放り投げる。
「……ッ!」
そのまま吹き飛び、身体を剣で切り裂きながら進むレクス。一定数の草木を砕き、一つの鉄山に衝突して鉄混じりの粉塵を舞い上げた。
砂と鉄の混ざった粉塵は衆合地獄に降り注ぎ、重い音と共に轟音を響き渡らせる。鉄の山が砕けた事で鉄の塊が降り注いでいるのだ。この衝撃は当然だろう。
「やっぱり今の力じゃ頑丈な鉄の山は一つくらいしか壊せないか。全力ならそれなりの破壊力だけど、実質魔王の三割の俺じゃこれが精一杯だ」
砕けた山を見、魔王。エラトマの三割に匹敵するライの力では一つを砕く程度の力しかないと肩を落とす。別に山は砕かなくても良いのだが、レクスに決定打を与える為にも自身の力を試しているのだ。
「ああ! 痛えなクソッ! まだまだだ!!」
「まあ、ダメージを与えられるだけマシか」
世界の強者にはちょっとやそっとの攻撃ではダメージすら受けない者も居る。テュポーンやエラトマがまさにそうだ。
なのでダメージを与えられるだけ勝利する可能性はあるという事。それならまだ互角でも希望はあるだろう。と言っても、挑発に乗りやすいレクスなら今のところライが有利だが。
「ぶっ殺してやる!」
「……っ。速くなったか……!」
加速し、第四宇宙速度から速度を上げて拳を放つレクス。まだライにも追い付ける速度だったのでそれを躱し、回し蹴りを放つが避けられた。全力ではないが少し力を上げたのだろう。
「テメェも受けてみろ!」
「あ、マズイ」
回し蹴りが空を切る事で生まれた隙。そこを突かれ、脇腹に重い拳が放たれた。
その一撃でライは吹き飛ばされ、剣の草木からなる森に落下した。その落下によって舞い上がった鉄と剣の混ざった粉塵が重力に伴って落下し、その森に複数の穴を空ける。常人なら貫かれてバラバラになっていた事だろう。
「ゴホッ……ゴホッ……! イテテ……。やっぱ痛いな。アイツの攻撃……まあ殆ど互角だし当然か……」
剣の草木によるダメージは無く、身体に付着した汚れを払って呟くように話す。吐血とまではいかないが重い一撃が脇腹に受けた事で空気を吐き出すように咳き込む。
しかしまだ動けるダメージなので即座に起き上がって追撃の為に近寄っていたレクスに向き直る。
「チィ、変わった体質してんな。なんで剣で斬られてねえんだよ。ズリィぞ」
「それを俺に言われてもな。そういう体質なんだから仕方無いだろ」
近寄っていたが、先程から放っていたカウンターを警戒して攻撃を仕掛けては来ないレクス。それよりもライの身体に剣の草木によるダメージが無い事を気に掛けていた。しかしライもその理由は知らないので答える事は出来なかった。
ともあれ、向き合ってしまえば次の行動は限られているだろう。
「じゃあ死ね!」
「いや、なんでそうなるんだよ」
踏み込み、落ちてた剣の欠片を砕いてライに拳を向けるレクスと、それに返しつつ掌で受け止めるライ。
同時に拳を握って自分の方にレクスの身体を引き寄せ、膝蹴りを腹部に打ち付けた。
「……ッ! クソッ!」
「……!」
その一撃で確かなダメージを受けるレクスだが、ただでは引かずライの首元に手を掛けて地面に叩き付ける。二人は互いに倒れる形となって地面に伏せるが、両手を着いて完全に倒れ込む前に起き上がった。
同時に駆け出し、ライの拳とレクスの足が衝突した。それによって爆風が起こり、周りに落ちていた欠片が吹き飛んだ。
「やっぱり殆ど互角……長引かなきゃ良いけど」
「ハッ、そうだな。長引くとテメェの仲間も来ちまう可能性がある。いや、勝てねえ訳じゃねえんだが、色々と面倒だからそれは避けたいな」
拳と足に一際大きな力を込め、互いの身体を引き離す二人。離した瞬間にも肉迫し、互いに相手を打ちのめす連撃を放つ。
ライが拳を放ってレクスの頬を打ち抜き、それを受けたレクスは負けじとミドルキックをライの脇腹に放つ。その一撃で再び蹌踉めく二人だが堪え、身を捻って身体のバネを活用した渾身の力を込めた拳を放って相手の身体を吹き飛ばした。
「「……ッ!」」
剣の草木を突き抜け、身体が傷付くレクスと剣の草木では傷付かないライ。だが勢いは止まらず、二人は互いに離れた崩れ落ちる鉄の山に激突して大地と鉄塊に押し潰された。
そこに鉄の足がやって来、ライとレクスは別の場所ながら奇しくも同じタイミングで追い討ちを掛けられるように潰される。
「ったく。運が悪いな……まあ、地面が柔らかくて助かった。黒縄地獄みたいな鉄の地面だったら穴を掘って避けるのも時間が掛かったからな」
押し潰される直前、拳を地面に打ち付けて深いクレーターを造り出し、鉄の足の脅威から逃れたライ。物理的な攻撃は無効化出来るが、潰されれば直接的なモノよりも少し違ったダメージがいく。なので念の為に穴を造って避けたのだ。
レクスも潰された事は知らないが、見失うと逃げられる可能性があるので吹き飛んだ方向に向けて音速で駆け出した。
「場所からして、この辺りか」
周囲を見渡し、レクスを探すライ。鉄塊が落ちているのでどの辺りに着弾したかは分かりやすいが、鉄塊が落ちているが為に探すのは少し面倒となっていた。
レクスやレクスに宿っている悪魔達の気配は等活地獄にあった気配を消し去る洞窟関係無く掴めないので、直感と推測で探すしか無いのは面倒だろう。
「だぁーッ! 痛ぇなクソがッ! あの鉄の足の持ち主、何れバラバラにしてやるよ!!」
「あ、見つけた」
探し始めて数分。鉄の足による巨大なクレーターの中から全身の骨が折れ、頭や手足があらぬ方向を向いた状態のレクスが姿を現した。
確かなダメージは負い、現世なら死ぬ程の怪我だが此処は地獄なので苦痛は残りつつ生きているのだろう。それから自力であらぬ方向を向いた頭や四肢を戻し、ライに向き直る。
「チッ、テメェも潰されたみてえだが、やっぱ無傷かよ。ズリィなクソッ!」
「いや、俺は直前に穴掘って避けただけだ」
「はあ!? んな事で避けれたのかよ!」
「逆に気付かなかったのかよ……」
レクスの言動に呆れつつ、相手が臨戦態勢に入ったので自分も構えるライ。実力はあるのだが、あまりにも抜けているのでつい身体の力が抜けてしまうのだ。
まあ力は強い。なので油断は出来ない事だろう。
「もういい! だったら俺が俺の受けた相応のダメージを与えてやるよ!」
「そうか。まあ、頑張れ」
殆ど八つ当たりだが、逃げられないようにする為にも相手を努めるのが一番の選択。敵意を剥き出しにして肉迫するレクスは第四宇宙速度で拳を放ち、ライはそれを見切って懐にカウンターを放つ。だが流石に何度も通じないのか、それを避けられ回し蹴りが放たれた。
それを両腕で受け止めて防ぎ、即座に腕を解いてレクスの腹部を拳で打ち付けた。だがレクスもただではやられず、亡者の特権である死なない性質を利用して関節を外し、ライの後頭部に蹴りを叩き付ける。
「「……ッ!」」
それらの攻撃で二人は弾かれ、数十メートル吹き飛んで鉄の山を崩す。その鉄塊から直ぐに起き上がるレクスはより一層力を込めた。
「こうなったら出し惜しみは無しだ! 全力で行くぜ!!」
「ハッ、そうかよ。なら、俺も今の俺が出せる全力で行く……!」
一気に駆け出し、第五宇宙速度で詰め寄るレクスと魔王の五割に匹敵する力を解放するライ。二人は正面から激突して大地を浮き上がらせ、周囲にある鉄の山と剣の草木全てを粉砕した。
刹那に体勢を変え、同時に拳を打ち付けるライとレクス。それによって大きく吹き飛び、数座の鉄山を砕いて衆合地獄の一部を更地に変えた。
「まだだッ!!」
「ああ、そうだな!」
吹き飛んだ方向から一瞬にして互いの元に詰め寄り、拳と拳が正面から衝突する。更地となった衆合地獄の一部が更に削られ、亡者達が彼方へ飛ばされる。完全にとばっちりだが、まあ今は関係無い。
刹那に回し蹴りを放ち、脚と脚が衝突して二人の身体を地面に叩き付ける。常例通り直ぐ様起き上がって相手に視線を向けるが、そこに巨大な鉄の足が落ちてきた。
「またか……!」
「ハッ! 邪魔だ! 糞足!」
その足に向けて腕を薙ぎ払い、二人は風圧のみで鉄の足を打ち砕く。
元々腕を軽く扇ぐように払うだけで街一つを消し飛ばせる魔王の一割よりも強い今のライの力と同等のレクスの力。鉄で造られた足だろうと、軽く薙ぐだけで粉々に粉砕出来るのだ。
降り注ぐ鉄塊を余所に二人は向き合い、次の瞬間に二人は互いの距離を詰めて次の一撃を放つ。拳と拳。足と足。そして頭と頭に様々な部位。全身を使った鬩ぎ合いが更地となったこの場で行われ、相手を打ちのめす為だけに力を振るう。
そして次の一撃が放たれようとしていた時、二つの声が掛かった。
【クク、なんだよ。もう会ってんじゃねェか。報告してくれりゃ良かったものを】
「そうじゃな。轟音が聞こえた場所を探し回ったが、転々と移動して此処で戦っておるのか」
「エラトマ! テュポーン!」
「マジかよ……」
そう、エラトマとテュポーンの二人だ。
これ程の戦闘が起こっていたなら直ぐに追い付いても良さそうだったが、攻撃の度に吹き飛ばされて移動してしまうライとレクス。なので追い付くまで時間が掛かったのだろう。
ライは平然とした態度で二人を見やり、レクスは絶望の表情で二人を見やる。そんなライとレクスを余所に、二人は言葉を続ける。
【で、手伝うか? 今のお前じゃ苦戦してるみてェだけど】
「そうじゃな。傷などを見たところライが有利だが、今の鬩ぎ合いを見れば互角の力を秘めていると分かる」
二人は今日、まだ戦っていない。ライよりも好戦的な二人だからこそ手伝いたい。つまり自分も戦いたいと考えているようだ。
確かにライとエラトマ、テュポーンが相手ならばレクスに圧勝出来るだろう。しかし、ライがそれに返答するよりも前にレクスは言葉を返した。
「チッ! 今の俺は万全じゃねえ。テメェらが相手だと少しキツい……だから、こんなところに居られるか! 今日はこのくらいにしといてやる! 俺は帰るぜ! 言っとくが、逃げるんじゃねえぞ!? 悪魔で体勢を整える為の戦略的撤退だ!」
──瞬間移動をしながら。
色々と言い訳をし、取り敢えず今回だけは退くとの事。だがこれは間違った選択ではない。ライが同じ立場でもそうしていただろう。
負けず嫌いなレクスだからこそ色々と言ったが、逃げるのは賢い選択であるという事は確かだ。
「逃げられたな。……まあ、という事だ。今回は特に情報も掴めなかった」
【なんだ。つまらねェな。男ならどんなに悪い立場でも戦うもんだろ】
「そうじゃな。情けない。余が同じ立場なら皆殺しという選択以外に無いぞ」
「それは特別力が強いお前たちだからだろ……」
レクスの撤退行動に対してつまらなそうに吐き捨てる二人。この二人なら確かにどんな状況でも戦うのだろうが、力はレクスに近いライはレクスの撤退も仕方無いと理解していた。
ともあれ、衆合地獄で悪魔達を取り込んでいたのは事実。次に何処へ現れるかは大体推測も出来るだろう。
そしてライたちは暫く衆合地獄を探したが手掛かりなども無く、ライ、エラトマ、テュポーンの三人はバアルの城へと戻るのだった。




