六百四十三話 奥に居た者・一日目の調査終了
更に奥へと進み、声なども聞き取りやすい位置に到達したライとフルーレティたち。まだ完全には近寄らず、エラトマたちが何を話しているのかに聞き耳を立てる。
【クク……まさか、敵であるテメェが協力してくれるとはな。意外だったぜ】
その内容は、何やら協力についての事らしい。元々味方であるテュポーンに言っている訳では無く、近くに居る三人目に向けて放たれた言葉だった。近くに居る者はエラトマに返答するよう言葉を発する。
「協力などではない。私も今回の件は少々気に掛かっていた。そして、現世で名が広がっているテュポーンや現世のみならず此処まで噂が届く魔王エラトマが相手になると、私も少々骨が折れるんでな」
「余たちは弱体化しておる。貴様程度でもそれなりに戦えると思うがな」
「だから言っただろう。少々骨が折れる……とな。本領のお前達には恐らく勝てないが、今のお前達ならばどうにか出来ると言ったんだ」
【クク……威勢が良いじゃねェか。つか、少々って言葉多用し過ぎだろ】
「口癖だ。気にするな」
だが、敵と言っているだけあって仲が良いという訳では無い。ギスギスしており、言葉の選択を間違えれば今にも開戦の合図になりそうな雰囲気だった。
しかしその挑発には乗らない二人。三人目もテュポーンに挑発には乗らず、言葉のみで返していた。
「決して良い雰囲気って訳じゃ無いけど、戦い出しそうにもない……。味方なのか?」
「さあ……。けど、エラトマさんたちに隠れてよく見えないわね……。ライ。少し寄り掛かるわよ」
「え? ああ」
影になっている場所とエラトマ、テュポーンによってよく見える訳でも無いのでフルーレティはもう少し前屈みになり、ライの手に肩、胸を押し付け背に乗るように前に出た。
それによって姿が鮮明になり、その三人目の姿を見たフルーレティは目を見開く。
「……! あれは……いえ、彼は"アマイモン"……! 強大な悪魔だわ……!」
「……! 何だって……!?」
──"アマイモン"とは、四方を司り四大エレメントの地に位置する王子と謂われている悪魔だ。
かなりの力を秘めた悪魔であり、配下に大罪の悪魔であるアスモデウスやソロモン七十二柱のガープ、セーレがおり北や東を収めていると謂われている。
数居る悪魔の中で王子の異名を持ち、四大エレメントを土と四方向を司る大悪魔、それがアマイモンだ。
「誰だ?」
「あ、ヤバ……!」
「私も……!」
ライとフルーレティの声に反応を示したアマイモンが此方の方向を見、二人は慌てて出入口の角から横に移動する。エラトマたちも居るので別に隠れる必要は無かったのだが、つい反射的に隠れてしまったのだ。
しかしただの物音ならまだしも、流石に声は誤魔化せない。エラトマとテュポーンも気付いており、此方の出方を窺っていた。なのでライが改めて前に出る。
「俺だ、エラトマ。テュポーン。……そしてアマイモン」
【なんだ。お前かよ。集中しなくちゃ気配を感じねェから気付かなかったぜ】
「お主か。いや、しかしあの分かれ道から余たちの居る場所を引き当てるとはの。流石だ」
「……。フム、中々の力を秘めた少年だな……そして生きている。テュポーンも然り、地獄で生きているとは少々珍しいな」
ゆっくりと出入口の場所から姿を現し、エラトマたちを見渡すライ。三人は各々の反応を示し、警戒を解いた。
いや、それには少し語弊があるだろう。エラトマとテュポーンは始めから警戒などしていなかったのだから。
「……。アナタたち。私も居るわ。ライと私の主力二人と悪魔たちで来たの」
頃合いを見計らい、自分も姿を見せるフルーレティ。その後続に悪魔たちが続き、ライとフルーレティ。エラトマ、テュポーン、アマイモンの主力に多数の悪魔という構図が出来上がる。
それを見たエラトマたちは大凡の事を理解し、ライたちに向けて言葉を続ける。
【成る程な。その様子だとバアルたちを呼んできて、俺たちの姿が無いから幾つかのチームに分かれたってところか】
「ああ、そうだな。何かあって此方に来たんじゃないかと思ったけど……アマイモンとやらが関係してるのか?」
【まあ、そんなところだ】
ライとは何かあった時にだけ動く約束をしていた。なのでライは此処に来た理由が気になっている様子だ。
エラトマは頷いて返し、アマイモンの方を一瞥だけして説明する。
【俺とテュポーンはあの穴を暫く眺めていてな。体感数十分くらい経ったところでコイツが此処に入ったんだ。んで、これは何かあったって事にカウントしても良いんじゃねェか? って事で俺たちはこの穴に入った】
「成る程な。もっと詳しく聞きたいけど……どうせ説明するなら皆集まってからの方が良いな。一旦外に出よう。お前たちが良いならな」
その内容は、エラトマが見張っていた時アマイモンがこの洞窟に入っていったらしく、それを見て後を追ったとの事。
さっさと何かしらの行動を起こしたかった二人はその事から移動し、追い付いて現在に至るらしい。
他にも何で協力する事になったかのような謎もまだまだあるが、ライはそれを話すならバアルたちも一緒にと考えていた。しかしまだ信用し切れていないので、一応アマイモンに牽制を入れる。お前たちと複数形で話しているが、二人の返答は既に分かっている。なので悪魔でアマイモンに向けた言葉だった。
それを聞き、向けられた者は言葉を続けた。
「良いだろう。私は大罪の悪魔とも違うが、地獄の派遣を争うベルゼブブの敵だ。だが、今回は少々不可解な事柄が多過ぎる。素直に乗った方が良いと判断した」
「そうか。良かったよ」
今回の大罪の悪魔が消え去る事件。その手懸かりはこの洞窟から掴めなかったが、協力する事になるというアマイモンが加わった。
ライとフルーレティ。エラトマ、テュポーン、アマイモンの五人は状況を纏める為に複数の道のある大広間へと戻るのだった。
*****
──"等活地獄の洞穴・大広間"。
噴水と柱の場所も更に戻り、分かれ道のある大広間に着いたライたちは他の悪魔たちが連れ戻すバアルたちを待っていた。その間に簡潔な会話をしており、ライは気になった事をエラトマに訊ねる。
「そう言えばエラトマ。お前が感じた気配って何だったんだ? 此処に居たのはアマイモンだけ。他の場所にも誰か居るのか?」
それは、此処に来る切っ掛けとなったエラトマの感じた気配について。
此処に来た理由は大罪の悪魔達の失踪事件でその手懸かりが無いかを探す為。確かに大罪の悪魔達の気配は掴んだと言っていたが、その持ち主は現れなかった。なので此処とは違う場所に誰か居ないかを訊ねたのだ。
【ああ……今は分からねェな。アイツらが来てるなら他にも気配があるって事になるし、集中が必要な中で複数の気配を除外するのは面倒だ。後はアイツらに任せておく】
気配はバアルたちのものを含めて複数に増えた。なのでより強い集中力を用いた作業が必要になる為、探る事は出来るにしてもかなり難しいらしい。
バアルたちの行った方向に居るのかどうかも分からないが、大罪の悪魔達の気配を感じたのならバアルたちが何かを見つけてくれる事を待った方が良いという判断だった。確かにその通りかもしれない。
何れ再び気配を探す事になるとしても、今やるよりは主力や悪魔たちが纏まった位置で実行した方が探しやすそうだからだ。
「そうか。分かった。そろそろ戻ってくるだろうし、手懸かりがあったか聞いてみるか」
エラトマの言葉に頷いて返し、バアルたちを待つライ。かれこれ数十分は待っている。なのでもうそろそろ戻ってくると考えているのだ。
その考え通り、バアルたちと他の主力たちは直ぐに戻ってきた。
【噂をすればなんとやらって訳か。何か掴めたか?】
「いいや。特に何も。だが、気になる事なら見つけた。残留思念……とは少し違うが、確かに集中したら大罪の悪魔達の気配があった」
バアルも手懸かりは特に掴めなかったようだが、少し集中して探ったところ確かな悪魔達の気配を感じたらしい。
だが此処にその気配の持ち主は来ていない。やはりと言うべきか、確かに大罪の悪魔達は此処に来ていた。しかし既に居なくなっているというのが正しい答えのようだ。
「成る程な。藻抜けの殻って訳か。あ、そうだ。悪魔から聞いたか? アマイモンが今回限り協力する事になったって」
「ああ聞いた。理由は纏めて話すって事らしいが……まあ大体分かる。他の奴らが戻ってきたら場所を変えて詳しく聞くとしよう」
その言葉に納得しつつ、アマイモンの事について訊ねるライとそれに答えるバアル。まだエラトマとテュポーン以外誰も聞いていないが、バアルはアマイモン協力の理由を大体分かっているようだ。
その後、ライたちはバアルたち。そしてアマイモンと共に洞穴の外に向かい、比較的安全な場所へと向かうのだった。
*****
──"地獄・バアルの城前"。
等活地獄から数万キロを数時間かけて進み、バアルの城へと戻ってきたライたちはその城の前で止まっていた。
「何故城に入らない。少々気掛かりだ」
「敵を城に入れるかよ。今回はとある理由とやらで味方みたいだが、敵である事に変わりはない。一つの国を収める王として、油断はしない」
アマイモンは、今回は何かの理由で味方になると言っていたが、敵であるのは変わらない。なので城に招き入れ、此方の不利益になりうる可能性は排除したのだ。それを聞いたアマイモンは言葉を続ける。
「そうか。確かにその通りだな。しかし、その理由の大凡は理解したと言っていた。改めて聞く必要はあるか?」
「ああ、あるな。我も悪魔で少ししか分からない。所詮は推測の範囲だからな。そして他の悪魔たちやライに教える必要もある。聞かない理由は無く、何も知らないなら敵と見なして討ち仕留めよう」
「やれやれ。少々野蛮だな。だが、仕方ない。確かに私一人じゃ此処に居る全員には勝てないからな。面倒だが話すとしよう」
ライを除いた周りの主力と悪魔たちが構えを取り、アマイモンを狙う体勢に入る。
エラトマとテュポーンもライと同様に動かないが、ライと違うのは戦闘が始まれば即座に行動へ移りそうな不敵な笑みだ。しかし流石のアマイモンも分が悪いとこの場は身を引き、協力する理由を話す。
「先ず、狙われたのが大罪の悪魔であるという事が一つの要因だな。私の配下であるアスモデウスも行方不明だ。次に、この戦争に置いて戦力を削るのは少々キツいものがある。そして他の悪魔が狙われない可能性も少ない。なので戦力補充も兼ねて今回は協力する事にした」
大罪の悪魔にして色欲を司るアスモデウス。そのアスモデウスが行方不明なので合流するまでは協力するとの事。
今回、地獄で行われている戦争は総力戦。なので主力クラスの部下が欠けては厄介というのは確かな事だ。それに加えて大罪の悪魔達の行方不明事件に第三者が関わっていた場合、事態はより深刻になる。だからこそ今回限りは力を貸すという。
「成る程な。そんなに仲間思いかどうかは分からないが、戦力不足で危険がある。確かに賢明な判断だ」
「少々棘のある言い方だな。まあ、戦力不足は事実。貴様らも何れ消し去ってやるが、今回は貴様の挑発に乗らないでおこう」
協力した理由は配下であるアスモデウスに何かがあったから。そして戦力不足だから。それらの理由は戦争中の今、最も重要な事である。
故にバアルの警戒を交えた挑発を意に介さず、特に何も言わなかった。これ以上挑発すれば逆にバアルが悪となる。因果応報という言葉があるように、挑発も程々にしていた。
「そうか。だが、城には入れない。次の行動に移る時まで自分の城で待機するか調べていてくれ」
「言われなくてもそうするさ。立場が逆なら私もそうしたからな」
何はともあれ、バアルたちとアマイモン達も協力はする事に変化無し。今日起きた出来事はまだまだあるので、一先ず纏める事が第一優先だろう。
ライ、エラトマ、テュポーン、バアルとその部下たち。そしてアスモデウスを配下にするアマイモン。この二チームが手を組み、今後も手懸かりの無くなった地獄を調査する事となる。少なくとも今日一日の調査はこれで終了するのだった。




