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六百四十二話 亡者達の道

 ──"等活地獄・洞穴"。


 洞穴内に入ったライたちは、慎重かつ迅速に洞穴を進んでいた。所々に動かぬ亡者の死体があるのは再生を待ち、数年後に再び終わらぬ戦いにおもむく為だろうか。

 そこには骸骨などもあり、恐らく死体と同じ理由だろう。少し損傷が激しいのが骸骨となったのかもしれない。しかし進行状態はともあれ、全てが朽ち果て骨のみになった死体よりは肉が抉れ臓物が見えて腐っている死体の方が残酷だ。

 罪人なので同情はしないが、ライの目的である世界征服が地獄から見て"悪"と判断された場合、自分も地獄に落ちてこの様な目に遭わなくてはならないのが少々思うところだ。


「結構キツイ場所だな……。いや、多分地獄じゃ日常の光景なんだろうけど、現世生まれ現世育ちの俺にとってはキツイものがある」


「まあそうだろう。だが、ゆくゆくは慣れると思うぞ。我らも一応生まれは現世や天界。様々な理由があって地獄に落とされただけなのだからな」


 周りの光景を見、不快そうに顔をしかめるライ。何度か戦場にはおもむいており、残酷なモノも多数見てきたがやはり慣れないものだ。

 年齢も年齢。それも当然だろう。魔族にとっては生まれたての赤子も同然なのだから。

 いや、生まれた環境によって体質や性格が変わるように、戦場で生まれた者は他人の死などに興味は無いかもしれない。平穏ではないにせよ戦争は少ない地域で生まれてから十数年経過している物心のあるライだからこそ、こういった光景に不快感が生まれるのだろう。


「敵の気配は無し……特に何事も起こりませんね」


「そうだな。エラトマたちの姿も気配もない……何処行ったんだアイツら」


「自由ですもんね、エラトマさんたち」

「ああ、すごくな」


 この不快な光景に気が滅入るライを気遣い、フルーレティが話を逸らしてエラトマたちの事を訊ねる。ライはそれに返し、確かに変だと懸念する。

 幾ら自由な二人とは言え、気配を消してまで隠れる理由が無いからだ。裏切る可能性も今更ないので、強いて言えばライたちを驚かせるくらいしか理由が無い。

 そしてそこから更に奥へと進んだ時、ライたちはとある違和感を覚える。


「……。皆、居るか?」

「ああ。我は居る。お前たちはどうだ?」

「ええ、居ます」

「我も居る」


 突如として周りから気配が消え去り、思わず仲間たちを見渡して確認を取るライとバアル。フルーレティとダンタリオンを始めとし、他の主力たちも頷いていた。

 という事は、ただ本当に気配が消えただけという事だ。しかしそれはおかしな話だった。生き物というものは備わる魔力や他の力。動きによる空気の変化に呼吸など、常に気配を出している。一部の者はそれを意図的に隠す事も出来るが、今此処に居るメンバーがそれをする理由はない。

 つまり──此処に(・・・)来たら(・・・)意図せず(・・・・)とも(・・)気配が(・・・)消える(・・・)──という事だった。


「此処は特殊な魔力や気みたいな様々な力が流れているのか? 皆は居る……けど気配は感じないからな」


「そうみたいだな。それならエラトマの気配が無かった事や敵の気配が無かった事にも合点がいく。エラトマがその気配を読めたのは人智を超越した魔力があったから成せたのか……!」


 点と点が繋がった。

 此処の洞穴には亡者達の怨念や死しても残る魔力。様々な力が充満していた。なので意図的に強い気配へと変えなければ気配が無くなったように錯覚してしまうのだろう。

 此処の洞穴が中々見つからなかった理由はその不可思議な地形のみならず、中に充満している物質が原因だったという事だ。


「成る程な……不思議な場所が多い地獄だからこその洞穴か。誰にも見つけられずひっそりと残っていた洞穴、もとい洞窟。周りに転がっている死体は命からがら逃げ出したは良いけど、力尽きて意識と痛みを保ちつつ誰にも見つけられず再生する事も出来ない死体って訳だ」


 誰にも見つけられないが為に、死体はそのまま再生する事も出来ない。しかし此処は地獄なので死ぬ事も出来ず、身体が動かずに延々と、いや、永遠に苦痛を覚えつつ死んでいる状態という事。

 幾ら生前に様々な罪を犯した罪人とは言え地獄での寿命が尽きるまでこのままというのは辛いかもしれない。逆に他の苦痛が無いので良いかもしれないが、口も利けぬ亡者から話を聞く事も出来ない。なのでバアルは先程の亡者達を見て呟くように話した。


「見てしまった以上仕方無いな。与えられるべき罰を受けなくては再び転生する事も出来ない。我らがこの場所を覚えて亡者達を連れて行くとしよう。このままでも良いと思っている亡者には怨まれるだろうが、怨まれるのには慣れている」


 此処にある全ての死体を回収し、再び再生させると述べるバアル。それが誰にとっての良い事で誰にとっての悪い事かは分からないが、今回ばかりは仕方無い。部下の悪魔たちも頷いており、此処に居る亡者達には救いという名の罰が与えられる事となった。


「さて、そうこう話しているうちに見るからに怪しい門に着いたな。……壊れているし、犯人の大凡おおよその検討は付くけど」


 まだまだ並んでいた忘れ去られた亡者達の道を通り抜け、巨大な門があったであろう場所に到達するライたち。しかし門は何らかの強い力によって砕かれており、大人の平均的な人間や魔族が入れる程の穴が空いていた。

 しかし砕いた者は面倒臭くなったのか、門その物を破壊したらしい。高さ二十メートル程はある分厚い鋼鉄の門が見事なまでに粉々だった。


「オイ、ライ。これはもしかすると……」

「さあ、張り切って行くか。この先に目的が居るからな!」


 訊ねるバアルと話を逸らすライ。もう犯人は分かった。そして見張りをしていた二人が何処に向かったのかも分かった。

 なのでライはおかしなテンションで進み、フッと苦笑を浮かべるバアルと部下たちがその後に続くのだった。



*****



 門を抜けると、ひらけた場所に辿り着いた。特に物のようなものは無く、あったのは奥へと続きそうな複数の分かれ道だけだった。人の気配も依然として感じられない。

 人の気配は兎も角、人気ひとけも無いのでライたちはこのひらけた場所を更に奥へと進んで行く。エラトマたちが本当に入ったなら、奥の方に居る筈だからだ。


「何もないな……。まあ破壊の痕跡は色々あるけど、適当に暴れただけで戦闘があったって訳じゃ無さそうだな。捜索目的で暴れたか。気配は無いし、正面を進むか」


 周りを見渡し、破壊の跡を見て何があったのかの大凡おおよそを推測するライ。エラトマとテュポーンが敵? の姿を探す為に暴れた事は分かったが、気配が掴めないので何処に行ったのかは分からない。なので一先ず真っ直ぐ進む事にした。

 幾つか道も分かれているが、エラトマとテュポーンの性格から回りくどい道では無く真っ直ぐ進むと考えたのだ。

 人は無意識に左を選ぶという事も言われているが、恐らくエラトマとテュポーンはライの予想通り動いた事だろう。


「念の為に左右や他の方向にも分けよう。我とライは我の方が実力は上だが、高いクラスの実力は秘めている筈。我とライ。上級者の主力で別れるとするか」


「ああ。分かった。じゃあ、俺は正面を行くよ」


「よし。フルーレティ。着いていってやれ」


「はっ! 分かりました」


 別れたのはライとバアル。その他の上級爵位の持ち主という、バランスの良い編成だった。

 ライの実力も理解しており、エラトマを宿さない状態でもエラトマ。つまり魔王の五割に匹敵する力を出せるので確かに問題無さそうだ。フルーレティを含めた名のある悪魔から名も無き悪魔まで様々な悪魔たちが着いてくれるので今のライにとっては心強い。

 ライとバアル。その他の主力たちはチームを分け、各々(おのおの)の道へと進んで行くのだった。



*****



「薄暗くて気味の悪い場所だな……。まあ、地獄自体がそんな感じだけど」


「そうね。現世に比べたら少し暗いかもしれないわ。けど、これもこれで慣れたら大した事無くなるわ」


「確かにそうかもな。だけど現世に戻った時は大変そうだ」


「ふふ。もう一ヵ月居るからね。現世では数分だから、問題は無いと思うわ」


 ライと共に歩くフルーレティは、バアルの前よりも砕けた態度となって軽い口調で話していた。ライに仕える者では無いので関係無いのだろう。

 しかし敬語の方が話しにくいライからすれば、今の態度の方が幾分話しやすさがあった。


「フルーレティ様。ライ様。奥の方に光が……!」


 ライとフルーレティで歓談しながら数分間進んだところで、一人の悪魔が遠方を指差して言い放つ。暗くて見えにくいが、そこには確かに光があった。

 元々暗いところにも悪魔は数多く存在する。なので暗闇でも眼が利くのだろう。


「本当だ……微かに光が見える。まだ気配は感じないけど、彼処にエラトマたちが居るのか?」


「さあ。けれど、行くしかないわね」


「ああ」


 フルーレティの言葉にライは頷いて返し、ライたち一行は少し歩みを早めてそちらへと向かう。

 それから更に数分後、ライとフルーレティたちは一つの大広間に到達した。周りを見れば折れた柱と折れていない柱が一つの噴水を囲むように複数あり、地獄に似付かぬ青々しい葉と鮮やかな色の花がその周りにあった。

 柱、噴水、葉や花。一見すれば神殿などのような場所を彷彿とさせる物が多数存在している。それなりの広さがあり、半径六〇〇メートルくらいだろうか。その中心にそれらの物々が顕在している状態だ。


 噴水からは絶えず清らかな水が噴き出しており、周りの草花にその水が掛かる。そこから柱の方に飛んだのか、柱の下は少し湿っているようだ。何処からとなく風が吹き抜け、草花を撫でるよう静かに揺らしていた。

 この場から数キロ離れたすぐ近くの場所には亡者達の意識の残っている死体が転がっており、外では日々亡者達が殺し合いをおこなっている等活地獄。そんな場所にあった此処は俗に言う穴場スポットというやつだろうか。


「綺麗な場所ね……。等活地獄の誰も知らない洞窟にこんな場所があったなんて……」


「ああ。地獄に来てからはまだ一ヵ月と三週間だけど……今まで見た地獄の中では一番綺麗だ」


 柱と噴水。草花を見たライとフルーレティは感嘆のため息を溢す。

 ライならば何度か似たような光景を見た事はあるが、地獄に一ヵ月と三週間滞在していたのでこの様な光景が新鮮なのだろう。目の保養にはもってこいだった。


「……。おっと、こんな事をしている場合じゃないな。もう少し見ていたいけど、目的は違う」


「あっ、そうね。思わず魅惚れてしまったわ」


 暫しボーッと眺めており、ハッとしたライと少し赤面したフルーレティが目的を思い出す。

 本来の目的は洞穴の探索を兼ねてのエラトマとテュポーンの捜索。此処に二人はおらず、まだ奥へと続いていそうなのでそこに向かう事にした。


「建物……。考えられる線はこの中か……」

「ええ。気配は無くても、怪しさはあるわ」


 少し進んだところにて、周りの景色と同化している建物があった。

 大理石のような柱に壁など、先程見た噴水と類似する石質を持った素材が使われており、明らかに何かがありそうな建物だ。

 この建物も中々に美しいが魅惚れている暇はない。ライたちは建物の奥へと進んで行く。その道中にあったツタなどが絡まった状態である黄ばんだ白亜の壁を気にせず進み、光が現れ光の先に三つの影(・・・・)があった。


「……! 影が三つ……! エラトマとテュポーンか? そうだとしても、それだけじゃなさそうだ……!」


「ええ……! 一旦様子をうかがいましょう」


 三つの影。うち二つがエラトマとテュポーンだとしても一つ多い。その二人の影でない可能性もある。

 なのでライとフルーレティは警戒し、後続の悪魔たちを止めて白亜の煉瓦レンガからなる出入口らしき場所の外枠から顔だけを出して覗き込む。まだよくは見えないが、その背丈などのように影から分かる事は大体理解した。


「やっぱり姿は分からない……まあ、二人と普通に話しているから敵ではないのか?」


「さあ……。けど、確かに戦っている様子も無いわね……」


 ライの頭が下。フルーレティの頭が上。ライの背後から前屈みに寄り掛かるような状態で覗くフルーレティ別に邪魔でもないが、少々背部に伝わる熱が気になった。


「そういや、フルーレティって悪魔だけど体温は存在しているんだな」


「え?」


 そう、ライはフルーレティのような者でも体温は温かいんだなと考えていたのだ。体温というものは血液が流れる事によって生じる熱。生きている訳では無い悪魔に体温がある事が不思議なのだろう。

 少し間を置き、ライの意図を理解したフルーレティは三人の様子を窺いながら言葉を続ける。


「ああ、成る程ね。そうよ。私たち悪魔は地獄出身……現世や天界に居た者で悪事を働いたか地獄で生まれたかによって此処に辿り着く……言わば罰みたいなもの。血が流れる事で傷などによる不快感を更に増やす罰なの。だから、痛みも感じるし出血もして現世と同じような苦痛もある。体温っていうのも地獄にとっては罰みたいなものね」


「へえ……。確かに感覚があって数兆年生きるって言うのは辛そうだ。これ以上にない罰だな」


 地獄にあるのは苦痛のみ。生者と同じような感覚がある事で地獄の苦痛を延々と感じさせる。それが一つの罰なのだ。

 故に、フルーレティたち悪魔も罰として体温も感覚も存在しているという事である。


「ふふ。ええ、そうよ。さて、観察を続ける? それとも、乗り込んでみる?」


 ライの言葉に軽く笑って返し、次の行動を委ねるフルーレティ。対するライの答えは決まっていた。


「じゃあ、そろそろ行ってみるか。声も姿もよく分からないし、見ているだけじゃ先に進めないからな。何はともあれ、手懸かりが掴めるかもしれない」


「了解。さて……行くわよ、アナタたち」

「「はっ」」


 どちらにせよ見ているだけじゃ何も分からない。なので警戒が七割。その他の感情が三割程の気持ちで更に奥へと進む。

 亡者の道を抜けたライたちは別行動を起こし、先にライたちがエラトマ、テュポーン。そして謎のもう一人と出会う事になった。

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