六十二話 空から落ちてきた物?
フェンリルとユニコーンを前にし、いざ戦闘を始めんとばかりのジュヌードは、一つリヤンに気なった事を尋ねる。
「ところでだが……そいつら……何処から入ってきたんだ? ……それとも、元々お前が連れていたのか?」
「……?」
リヤンはジュヌードが何を言っているのか分からなかった。
何処から入ってきたんだと聞かれたが、そんなのは"イルム・アスリー"の外からに決まっているからである。
「……何を言っているの……? そんなの……」
リヤンが思った言葉を発しようとした時、それを待たずにジュヌードは言葉を続けて言う。
「確かこの街で戦闘を行う時はよ……邪魔が入らないように見えない壁を張るんだ。内側からならガキでも簡単に壊せるが……外からは支配者クラスじゃなきゃ砕けねェぞ?」
「……!」
リヤンは初耳だった。
しかし、確かにそれは正しい事だろう。壁などを張らなかった場合、外から幻獣・魔物や部外者が乱入する可能性がある。
邪魔が入ってはゲームに集中など出来る訳もない。
支配者クラスとなると、フェンリルが成長すればそのレベルに達するが、このフェンリル……フェンはまだまだ幼い。とても支配者レベルではないだろう。
「……知らない」
リヤンは本当に分からない為、正直に答える。
そもそも、壁の事自体分からなかったのだ。
確かにフェンリルとユニコーンは"レイル・マディーナ"近隣の森に置いてきた筈である。だがしかし、どうやってか、この場所にフェンリルとユニコーンはやって来たのだ。
「そうか……?」
ジュヌードは訝しげな表情をするが、納得はした様子だ。
特に否定しない理由はそれは恐らく、ジュヌードが持つ自信からだろう。
「まあ、連れ込んでいたにしろ、そうでないにしろ……関係無ェよな? 相手に幻獣が手に入ったならそれはそれで面白そうだ……!!」
そして、相変わらず幻獣に対し道具のような言い方をして話す。
その言葉にリヤンはますます腹が立つ。
その怒りを込めて、フェンリルとユニコーンに指示をする。
「フェン! ユニ!」
『ワオオォォォォン!!!』
『ヒヒイイィィィン!!!』
リヤンの合図に従い、フェンリルとユニコーンはブラックドッグ、イフリート、タキシムへ駆け出した。
『ガルルァ!!!』
『グルルァ!!!』
フェンリルとブラックドッグが互いに吠え、互いの首筋に食らい付く。
本来の狼というのは、群れを増やすときに群れに入りたがる者の首を噛む事で味方に率いれる。
だが、ブラックドッグは操られている為、首を噛まれてもフェンリルを味方とは思わないのだろう。
『ギャオン……!?』
そして、力ではフェンリルが勝ったらしく、ブラックドッグを持ち上げたフェンリルはブラックドッグを投げ飛ばした。
『ヒヒィン!』
『……!!』
そして、もう片方ではユニコーンの角がイフリートの身体を貫通していた。
しかし、
『グルオォ!!』
『────ッ!!』
イフリートの身体は炎や煙で創られている為、ユニコーンの角ではダメージを与える事が出来ず、ユニコーンは炎で焼かれる。
「ユニ!」
リヤンは慌ててユニコーンの元に駆け寄り、ユニコーンを庇うように立つ。
「大丈夫……!?」
『ブルヒヒ……』
所々火傷を負っていたり、焦げたりしているが、何とか無事な様子のユニコーン。それを確認したリヤンは一安心する。
「安心している暇は無ェぞ?」
そしてリヤンの安心も束の間、ジュヌードの声と共にイフリートがリヤンとユニコーンを纏めて吹き飛ばさんとばかりに魔術を纏って急接近する。
『ヒヒイィィィン!!』
そして、そのイフリートはユニコーンが防いだ。
その衝撃で辺りに土煙が上がる。そしてジュヌードは、そんなユニコーンを見て疑問を浮かべた。
「……何だ……? あの馬……火傷の痕が消えているぞ……?」
そう、そのユニコーンは所々にあった火傷や焦げの痕が消えていたのだ。
まるで、"回復魔法・魔術"を受けたかのように。
「あの女が何かしたのか……? 特に怪しい動きは無かったが……」
そこまで考え、別に良いかと割り切るジュヌードは、改めてリヤンの方を見る。
「まあ、どうせ殺すんだ。気にしなくて良いか」
その後、ブラックドッグ、イフリート、タキシムを一瞥し、視線で合図を送る。
『『『…………!!!』』』
瞬間、合図を送られた三匹は同時に飛び出した。
リヤンの近くにはフェンリルも来ており、フェンリルとユニコーンでリヤンを庇うように立ち塞がる。
『ウオオオォォォォンッ!!』
フェンリルは口から炎を吐き、ブラックドッグ、イフリート、タキシムを牽制する。
そしてユニコーンは、炎で怯んだブラックドッグ達目掛けて強固な角で突き刺す。
『キャワン……!』
それにより、この中では身体が一番普通なブラックドッグが倒れる。
「フェン!」
一瞬の出来事でイフリートとタキシムが怯んでいるうちにリヤンは視線で誘導して声を上げ、フェンリルにブラックドッグを乗せる。
この場合は、フェンリルがブラックドッグを持ち上げ、自分の背中に乗せたというのが正しいだろう。
そしてブラックドッグを抱えたフェンリルは改めてイフリートとタキシムに構える。
「あと二匹……!」
「ケッ! とことん使え無ェな。ブラックドッグはよ……!」
まだまだ余裕がある様子のジュヌード。リヤンは眉を顰めてジュヌードに言う。
「アナタの方が……使え無い!!」
初めて挑発というものを行うが、これで正しいのか分からないリヤン。
「テメェ小娘!! 散々負けそうな癖に口だけは達者だなァ!!」
しかし、ジュヌードには効果が会ったようだ。
初めての挑発に成功し、内心で喜ぶリヤンだが、直ぐに気持ちを切り替える。
「口だけなのはアナタも……!」
「上等だァ!!」
どうやらジュヌードは乗せられやすいタイプらしい。
リヤンの挑発に乗り、イフリートとタキシムへ指示を出す。
「イフリート!! テメェが使える魔術を見せてやれ!!」
イフリートに魔術を命じるジュヌード。イフリートは両手を突き出し、魔力を込める。
『グオオォォォッ!!』
そして両手に込めた魔術を一気に放出するイフリート。
ユニコーンはリヤンを乗せ、その場を離れる。それに続くようフェンリルも離れた。
それから、先程までリヤンがいた場所は消し飛ぶ。
「……何て威力……」
もしもあれが当たっていたら……と、頭に浮かんだ不安を掻き消すリヤン。
その威力とは裏腹に、怪訝な表情をしているジュヌード。
「……やっぱ威力は下がるか……まあ、自分の意思で魔術を使った訳じゃ無ェしな…… 」
ぶつぶつと何かを言っており、リヤンの耳にはその言葉が届かなかった。
そして、リヤンはユニコーンの背からフェンリルの背へ移る。
「大丈夫……? ……ブラックドッグ……ヘルハウンド……ハウンド……?」
ジュヌードが何かを考えているうちにフェンリルの背中に居るブラックドッグに話し掛けるリヤン。
そしてリヤンは、ブラックドッグに勝手に名前を付けていた。
ブラックドッグからでは良い名前が思い付かなかったらしく、ヘルハウンドの方から名前を取り、ブラックドッグを撫でる。
「可哀想……」
『…………!』
その瞬間、ピクリとブラックドッグはフェンリルの背で動き、フェンリルの背から降りる。
「……! 大丈夫……なの……?」
突然行動を示したブラックドッグに対し、心配そうな表情でブラックドッグを見るリヤン。
それを目撃したジュヌードは、先程よりも難しい表情をする。
「……な……!? ま、まさか……あの女……奴が触れたものを回復させる力があるのか……!?」
そう、先程のユニコーンといい、今のブラックドッグといい、リヤンが撫でた生き物はその傷が癒え、一瞬にして回復したのだ。
「……これはヤバイな……。仲間を回復させられたら厄介だ……!」
そして、ジュヌードはある事を危惧する。
それはリヤンの力により、今は瀕死状態に陥っているレイや、怪我を負った他の仲間を回復させられないか、だ。
幾ら幹部やその側近といえど、永遠に復活して続ける者を相手にすると敗北してしまうだろう。
その危険性を察したジュヌードは、直ぐにブラックドッグへ指示を出す。
「オイ! 起き上がったならさっさとその女とユニコーン、フェンリルを殺せェ!!」
「……!!」
リヤンは指示を出すジュヌードの方を見、そのあとブラックドッグに視線を移す。
肝心のブラックドッグはというと……。
『…………』
全く微動だにしておらず、四本脚でしっかりとリヤンの近くを立っていた。
見る者が見れば風格すら感じそうな佇まいである。
それを見たジュヌードは、驚愕の表情をする。
「……な……ま、まさか……言う事を気かないだと……? あ、あり得ねェ! 俺の能力は相手が幻獣・魔物なら必ず言う事を聞く筈なのに……!?」
ジュヌードの表情は、何かこの世の物では無い物を見たかの表情だった。
それほど操る能力に自信があったのだろう。
「オイ! 動け! ブラックドッグ!」
再びブラックドッグに声を掛けるが、ブラックドッグは動かない。
そして、ジュヌードの脳裏にある可能性が思い浮かんだ。
「……まさか……いや、そんな筈は……だが……」
その思考を消し去り、試しにフェンリルとユニコーンを操ろうとジュヌードは動き出した。
「なら……! フェンリル! ユニコーン! テメェらのどちらでも良い! 言う事を聞けェ!!」
『『………………』』
シーン……と、ジュヌードの言葉に耳すら貸さないフェンリルとユニコーン。
「……?」
リヤンは先程からジュヌードが何をしているのか疑問に思っていた。
「やはりか……」
ジュヌードはキョトンとした表情のリヤンを見、リヤンに尋ねる。
「……お前……お前も『生き物を操る力を持っている』な……?」
「え……?」
突然ジュヌードに言われた、"生き物を操る力"という言葉。
リヤンはそんなもの知らなかった。
全く知らないような表情をするリヤンを見たジュヌードは、呟くように言う。
「見たところ……お前は自分で気付いていないらしいが……俺が操れない生き物は既に他の者が支配しているか、俺よりも遥かに格上の生き物のみ。あとは人間や魔族のような知恵を持つ生き物だな……」
「…………?」
突然能力の説明を始めたジュヌードに対し、キョトンとするリヤン。
ジュヌードは構わずに言葉を続ける。
「そこのフェンリルとユニコーン……そいつらはまだ俺よりも遥かに格上って訳じゃ無ェ……フェンリルはいずれ成長するが、そいつはまだ子供だ。ユニコーンも然り。……そして、既に操り主がいる場合……そいつの格が俺よりも高い時にのみ俺の能力を無効化する……!」
「……え?」
つまり、リヤンの格はジュヌードよりも上だという事。
ジュヌードは信じられないような顔付きでリヤンに言う。
「お前は……見るからに俺よりも弱い筈だろ……!? 俺どころか、そこら辺の魔族にも……下手したら普通の人間にも勝てない!! なのに何故だ!? 何でお前の操る生き物が俺に操れない!?」
見るからに動揺しているジュヌード。
何を言っているのかはよく分からないが、とにかく今がチャンスだろう。
「そんなの……知らない! 私はこの子たちを操ってなんかいない! 勝手なこと言わないで!」
リヤンの合図と共に、フェンリル、ユニコーン……そしてブラックドッグがジュヌード目掛けて駆け出した。
ジュヌードはそれを見、口角を吊り上げて言う。
「ククク……そうか……知らないか……なら、さっさと片付けるかァ!! テメェは今此処で仕留めなきゃ俺の気が気じゃねェ!!」
ジュヌードはイフリートとタキシムを連れ、リヤンに仕掛ける。
そうして、リヤンvsジュヌードの戦いも終着へ向かう事となっていた。
*****
ガラガラと、瓦礫の中からスキアーが出る。
スキアーは頭を掻いて身体の汚れを払った。
「クソ……! お前……もしかして四大エレメントの全てを使えるのか……? 水は使って無ェが……"炎"・"風"・"土"は使ったしよォ……?」
そしてスキアーは立ち上がり、近くに来ていたフォンセへ尋ねるように言い放つ。
そんなスキアーを見やり、フォンセは腕を組ながら返した。
「そうだな……。もう殆ど気付いている様子だし……隠す必要性は無くなったな。答えを言うなら"そうだ"。この言葉だけで足りるだろ?」
「ああ、十分だ……」
身体を少し動かし、痛みが無いかを確認するスキアー。
フォンセも警戒を解かずスキアーの様子を眺める。
──そして、二人は同時に動き出した。
「"炎風"!!」
「"対魔族用・ロケットランチャー"!!」
──その刹那、炎を纏った風と火薬筒兵器が激突し、爆風と共に周りが消し飛んだ。
その衝撃は辺りに散りばめられ、轟音と共に粉塵を巻き上げてフォンセとスキアーの視界を埋め尽くす。
至近距離でこれを放ったなら普通は無事じゃないが、フォンセとスキアーを"普通"というのは少々無理があるだろう。
爆風から抜け出したフォンセとスキアーは、一旦距離を取って離れる。
「ダラァ!」
次の瞬間、スキアーは剣を取り出してフォンセに斬りかかる。
「……ッ!」
そしてそれを防ぐフォンセ。
しかし剣に押されてしまい、後ろへ吹き飛ぶ──という程ではないが、大地を擦って移動してしまう。
「……どうでも良いことだが……一つ気になった事がある……」
両足で倒れないように堪えていたフォンセはスキアーに言う。
「……あ?」
突然の質問にスキアーは"?"を浮かべ、フォンセは言葉を続ける。
「剣って……科学か?」
それはスキアーが使う武器の事だ。
スキアーは科学を使うと言っていたが、剣という物がイマイチ化学かどうか分からないフォンセ。
スキアーは成る程。と頷いて返す。
「まあ、一応科学だろ。ほら、剣を造るときは何やかんややるだろ? つまり科学だ!」
「……そうか」
フォンセは一瞬でスキアーに科学かどうかを説明させるのは不可能と気付く。
そして取り敢えず適当に納得して終わらせ──
「"雷"!!」
──不意討ち紛いで電気を放つ。
魔術同士を組み合わせ、雷を生み出してそれを放ったのだ。
「うお!?」
スキアーはその雷を跳躍して避け、屋根の上に立ってフォンセの方を睨み付ける。
「オイオイ……質問しといて不意討ちたァよォ……? ちょっとズルくねェか?」
「何を言っている。ただ質問しただけの訳が無いだろう。気を取られているうちに攻撃を仕掛ける。立派な作戦だろ?」
スキアーが卑怯じゃね? 的な事を言い、フォンセは何がだ? 的に返す。
スキアーは肩を竦ませて話す。
「……まあ、確かに油断はしていたな……腑に落ちねェが……しょうがねェかァ?」
疑問が消えない様子だが、油断したのが悪かったと割り切るスキアー。
そして屋根の上から手を突き出した。
「じゃ……俺も……」
次の瞬間、火花と共に連続して音が響いた。
そうスキアーは、屋根の上からマシンガンのような物を放ったのだ。どうやらそんな物まで仕込んでいたらしい。
「くっ……"風と土の壁"!!」
それを見たフォンセは即座に土の壁を創り出す。
そしてそこから風を放出し、自分に向かってくる弾丸の勢いを殺して全て防いだ。
「ハッ! やっぱ遠距離攻撃は防がれるか、お前の魔術によォ……!」
スキアーが再びフォンセに近付き、剣を持って斬りかかろうとする。フォンセも返り討ちにする為に魔力に集中する。
フォンセvsスキアーの戦いは、これから後半戦に縺れ込む。
*****
──そして次の刹那、目映い光と共に、空が何かに照らされる。
終着へと向かっていたリヤン、フォンセ、ジュヌード、スキアー──ライとゼッルは空を見上げ、六人はそれを確認した。
「「「「「あ……あれは……!」」」」」
空から降ってくる『岩のような物』。
それはまだ遠いが、第二宇宙速度を遥かに凌駕した速度で降ってくる。
大気との摩擦により赤く燃え上がり、プラズマが発生してとてつもない光を発するそれは紛れもなく……。
「「「「「隕石ィ!?」」」」」
その隕石は、真っ直ぐに"イルム・アスリー"目掛けて降ってきていたのだった。