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六百三十一話 バアルの城

「じゃあ、早速私はライ君たちが帰る為の下準備をしてくるね。地獄に生者って例は少ないけど、多分何とかなると思うから。ライ君たちはお城でも見ながらのんびり待ってて。少し小さいかもしれないけど、一応さっきの部屋が貴方たちの部屋という事にするから」


「はい。何から何までありがとうございます」


 元の世界に戻るまでバアルと協力する事になったライたちは、アナトに言われて一旦解散となる。

 ライたちの寝ていた部屋は元々使われていなかった部屋なので、準備が整うまでの間は自由に使って良いらしい。因みに此処はエラトマの部屋。アナトが出ていってから、ライ、エラトマ、テュポーン、バアルの四人だけがこの部屋に残った。


「じゃあ、我は今回の戦況を仲間たちに報告してくる。暫く掛かるから、アナトの言うように部屋で待機しても城の見学でも自由にしてくれ。君たちの事も仲間に報告しておく」


「分かった。半ば無理矢理参加しちゃって悪いな」


「いや、今の戦力は足りないくらいだ。我こそ感謝している」


 バアルは地獄での一ヵ月の戦いから帰って来たばかり。なので城のあるじとして、仲間の悪魔たちに報告してくるらしい。纏める事も多そうなので、少なくとも今日一日はライたちとゆっくり話す事は出来なそうである。


「そう言や、今は俺たちの世界的に言うと何時頃なんだろうな。地獄の空は常に燃えて夕方みたいに赤いし、朝なのか昼なのか夕方なのか夜なのかも分からないや」


 バアルも去り、ライ、エラトマ、テュポーンの三人だけがエラトマの部屋に残った。そこでふと、ライはこの部屋の窓から景色を見て、今の時間が気になっている様子だった。

 地獄には朝も夜も関係無いのだろうが、元々居た世界の環境からしても気になるのだろう。


【そうだな……大体夜明けから四、五時間ってところだな。お前らは朝に目覚めたって訳だ】


 そこで答えたのは魔王ことエラトマ。時間的に言えば、大体午前八、九時といったところらしい。

 それを聞き、現時刻を理解したライは気になった事を訊ねる。


「そうか。けど、何でエラトマ。お前はそれを知っているんだ?」


【ハッ、感覚だよ。俺はお前の精神に入り込んでいたんだ。時間とかは、見なくても分かる】


 どうやらエラトマはライの精神に宿っている為、時間や外の様子を見なくとも現在の時刻が分かるらしい。

 確かにエラトマの宿る場所で本人は常に起きている状態であり、ライが眠れば視界が暗くなるだけでエラトマの意識は残っている。次にライが目覚めるまで何もする事がない。何もできないので感覚のみで時間というものが分かるようになったのだろう。


「へえ? そうか、ありがとう。エラトマ。それにしても……まだ朝か。特にする事もないし、言われた通り城の見学でもしてみるか」


 時間が分かり、する事も無い現在。暇潰しにライは城を見て回る事にした。

 そうと決まればとエラトマの部屋の出入口前に立ち、エラトマとテュポーンを一瞥する。


「エラトマたちはどうするんだ? 俺は城を見てみるけど……使いの悪魔たちに喧嘩吹っ掛けたりしないよな?」


 それは、エラトマたちが何をするかの確認。流石に暴れ回る事はしないだろうと分かるが、二人の性格上不安のようだ。

 実際、テュポーンは退屈だからと異世界を含めた全世界を征服しようとした前科がある。暇潰しにこの拠点を滅茶苦茶にしてしまう可能性を考えて訊ねたのだ。


「流石にそんな事はせぬ。まあ、本来の姿と力ならばやったかもしれないが、本来の半分以下よりも更に下のこの力……そこそこの強者つわものも居る地獄では返り討ちい兼ねんからの」


【俺もそんな事はしねェよ。お前が起きたら手伝いと称して戦争に参加するかもしれねェ。そう考えて三週間のんびりと退屈な日々を待っていたんだ。それで、実際に戦争の参加券を得た……今更それを無駄にしちまったら馬鹿以上の愚か者だ】


「そうか。不安なところもあるけど、それならまあ良いか」


 理由はどうあれ、少なくとも今は暴れないと返す言葉をライは信じる事にした。確かにエラトマは三週間待ち続けていた。気の短いエラトマがそこまでしたので、信じるに値すると考えたのだ。

 テュポーンもテュポーンで、現在の力は本来の力の一割。その足元にも及ばない程度。なのでやろうと思っても実行するまでに至らないのだろう。

 何はともあれ、エラトマとテュポーンは放っておいても問題無さそうである。ライはドアノブに手を掛け、ドアを開けて外に出る。一先ず今日は城の探索だ。



*****



「……ふむ、特に罠とかも無い……。至って普通。歓迎はしてくれているのか? ハハ、勝手に警戒するのは筋違いだったな……」


 城の探索の前に、ライは一旦自分の部屋に戻っていた。自分はバアルたちから見たら外の世界から来た素性の分からない存在。何となく部屋を調べてみたのだが、当然何もなかった。

 自分から言ったので、それを疑うのは検討違いであると自嘲し、数冊の本を手に取る。

 まだ今は朝。なので城の探索前に本から何かの情報を得られないか探っているのだ。最も、此処に置いてある本の大多数はストーリーのある物語。地獄の生物などについて書かれた本もあったが、それは全てライの脳に記憶されている生物。元の世界より詳しく書かれているとは言え、あまり参考にはならなかった。


「やっぱ、本から得るより足で探した方が的確か」


 速読なのか、棚にぎっしりと詰められていた全ての本を一時間弱で読み終え、最後の本をパタンと閉じて軽く身体を動かす。

 文字から読み取れる情報は限られている。それは既に先人が見つけたモノだ。なので、新たな発見をする為には自分の足で情報を集めた方が良いだろう。自室のドアを開け、ライは石造りの城内を探索する事にした。


「そういや、魔王無しでこういった探索をするのは久々だな。旅に出る前以来か」


 城内を見渡し、絵画やキャンドルライト、ペンダントランプ。石像にシャンデリアなどのように、様々な照明器具や他の城などでも見慣れた物を一瞥して独り言を呟く。

 思えば旅に出てから殆ど魔王、エラトマと一緒に居た。なので、本当の意味で一人で探索するのは新鮮に思えた。

 常人からすればそれは当たり前の事。その当たり前が新鮮なので、今までの探索とは少し違った楽しさもあった。孤独には慣れている方なので、それを楽しむ方法も心得ているようだ。


「おや、珍しいの。若い生きた少年が此処に居るとは」


「……! 貴方は……」


 城を見渡しながら歩いていると、白い髭と長い顎を持ち、槍を携えた老兵が話し掛けてきた。

 ライはそちらを見、思わず小首を傾げて訊ねる。此方から名乗るのが礼儀なのは知っているので、ライが慌てて訂正を加えようとした時、嫌な顔をせずに老兵が名乗った。


「すまんの。ワシは"フルカス"。バアル様に仕えるしがない騎士じゃ」



 ──"フルカス"とは、ソロモン七十二柱の悪魔にて、五十番目に数えられる悪魔である。


 二十の軍団を率いる騎士であり、ゴエティア七十二の悪魔にて爵位が唯一騎士である存在だ。


 フルカスは残忍な老人であるとされ、青ざめた馬に乗っていると謂われている。

 騎士ではあるが主に哲学や修辞学、倫理学や天文学。そして様々な占いのようなモノを教えてくれると謂われ、直接的な戦闘よりはそちら方面に長けていると謂われている。


 様々な学術を知っており、ソロモン七十二柱の一人である悪魔。それがフルカスだ。



「ああ、申し遅れました。俺、いや、私の名はライ・セイブル。バアル様の妹君アナト様に命を救われました故、此度こたびこの地獄の戦争にて、バアル様たちの軍に力を貸す事となった者です」


「おお、そうか。これはこれはご丁寧に。して、命を救われたと? しかし……おんしは見たところまだ若い。そして救われた命があるならば死んで地獄に落ちた訳でもあるまいに。おんしのような子供が参加するか」


 フルカスの自己紹介に対し、ライは丁寧に返す。バアルが帰っているこの城に居る時点で敵ではないと知られたようだが、説明不足では相手が困ってしまうだろう。なので名乗り出たのだ。

 そんなライの態度にフルカスは頭を下げ、本当に戦争に参加するつもりなのかと疑問を浮かべた表情で話す。ライは笑って返した。


「ええ。命を助けられたという事は、第二の人生を授かったと同義……ならばその命、恩人の役に立つ為に使おうと考えた次第です」


「ほっほ。こりゃ頼もしいのう。確かにかなりの実力を持ち合わせているようじゃ。この地獄でも上位に入り込める実力者じゃな。そうかそうか」


 無論、ライに命を捨てるつもりなどない。危険な戦いになるのだろうが、フルカスの言葉を聞く限り魔王を連れぬ今のライでもいい線はいくらしい。

 確かに今のライならば本気になれば魔王の五割に匹敵する力を出せる。魔王の五割は目覚め立てのレヴィアタンにダメージを与える事が出来なかった力だが、地獄に住む七人の魔王が全員近しい力を持っているとしたら目覚めたばかりのレヴィアタンでもかなりの強さという事。つまり今のライの全力は地獄に置いて、爵位の持つ悪魔達の上層部くらいには匹敵する力だろう。

 つまりそれは、バアルよりも劣る力という事。実力はあるが、上には届かない力。なのでライを知らぬ他の悪魔達にも、そこまで警戒される心配も無さそうである。反乱が起こってもバアル一人で抑えられるからだ。


「フム、折角じゃ。儂が主の手相を見てやろう。手を出してみ」


「え? ああ、はい」


 唐突に、ライの手相を見てくれると言うフルカス。味方なので運勢などを占ってくれるのだろう。

 言われるがままに手を差し出し、フルカスは数秒そのてのひらを見つめる。そして口を開いた。


「フム、中々良い手相だ。不思議な形の運命線……数奇な人生を歩んでいるようじゃな。それに、生命線の長さは──ほう? 覇王線に……天下取りの相もある。そして──」


 暫く手相を見せて数分。満足したのか、フルカスはライの左手を離した。

 色々な線があったらしく、手相をかじっていないライはよく知らないが中々に面白いモノだったようだとその表情からうかがえる。


「いやはや、良いものを見せて貰ったよ。しかし、おんしは波瀾に満ちた人生をこれからも歩み続けるようじゃな」


「は、はあ……」


「フフ……。なに、手相は切っ掛けに過ぎん。歩み方次第で主の波瀾な人生も幸福に満ちる事もある。城を見て回っていたんだったの。邪魔してしもうた。気を付けるんじゃよ」


「ええ、御気遣いありがとうございます」


 手相を見て貰い、フルカスは城の見回りに戻る。よく分からなかったが、特に気にせずライは再び歩みを進めた。

 石造りの壁に囲まれた道。周りの壁に置かれたキャンドルに照らされるレッドカーペットの上を進み、ライは見学を続けるのだった。



*****



【で、何でテメェは俺の部屋に居座ってんだ? 俺は城でも見て回りながら久々に肉体があるこの感覚を味わいたいんだが】


「行けば良いではないか。それは主の自由じゃ。余はくつろいでいるだけだからの」


【何で自室に行かねェんだよ】


「それも余の自由じゃ。主が居たこの部屋……力が漏れている可能性もあるだろう? それにあやかる事が出来れば余の力も戻るやも知れぬ」


【ハッ、そうかよ】


 ライが城を見て回る一方で、エラトマとテュポーンは未だにエラトマの部屋に居た。というかテュポーンが一方的に寛いでいた。

 エラトマは自室に居座るテュポーンを気に掛けていたが、テュポーンは自身の力を取り戻すヒントが無いかを探しているらしい。確かに魔王という存在は隠し切れない威圧感を持つ。魔力にしても何にしても、早いところ本来の力に戻りたいのだろう。

 エラトマは呆れるような声音で返し、自分も部屋の外から城の探索に向かった。


「さて、暇じゃの。力の根源らしきモノも無し……やはりエラトマも本来の姿と力ではないから漏れている事も無かったか」


 エラトマが部屋を出てから数分。暫く部屋に力の源や漏れ出たモノが無いかを探していたが、どうやら成果は得られなかったらしい。

 確かに魔王も本来の姿と力ではない。なので余分な力は無いという事だろうか。


「さて、このまま此処に居ても意味がないか。地道な作業は嫌いじゃが、起こった事を纏めて根本から見直すとするか」


 テュポーンは特に何もせずエラトマの部屋から外に行く。此処に来て知らない事も多いので、一旦自室で色々考えるようだ。

 自由奔放な性格でも、一応支配者のテュポーン。ただ好戦的なだけでは無く、当然情報を纏めたり推測したりする力も高かった。

 ただそれを実行するのは気が進まず面倒臭いので、国の運営は基本的に自由でどうしても必要な事のみアジ・ダハーカ辺りに任せていたのだ。

 何はともあれ、ライ、エラトマ、テュポーンの三人は探索や情報収集など、空いたほんの少しの時間でも各々(おのおの)で出来る事をしていた。

 うち二人は地獄で目覚めて数十分。エラトマは三週間。開戦の合図はまだない。何かが起こるまで、暫しバアルの城を調べる三人だった。

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