六百二十七話 ラグナロクの終わり・魔物の国・征服完了
──"九つの世界・世界樹"。
今後世界の崩壊が起こるならば、恐らく現在の光景が映し出されるのかもしれない。
美しかった森や川。偉大なる大地は消え去り、残った僅かな"世界樹"の一部も光の粒子となって消えいく。崩壊によって闇に染まる中に光る欠片はさながら、闇夜に映る星の如し。
元々の空に映る星も星の死が幾つか混ざっている。今この世界に広がっているのは、死した星のみから形成された夜空と言ったところだろうか。
「……。ライ……来ないね……」
「ああ。この場所の消滅も時間の問題……。魔物の国の者達や百鬼夜行が来なかったのは良いが、既に私たち以外だれも居ないようだな」
「千の魔法を使えるアジ・ダハーカや様々な神通力を使える大天狗ならば新たな出口を創る事も可能か。しかし、ライはまだ来ないのな……」
「うん……。大丈夫だと思うけど……心配……」
そんな、完全崩壊が数分に迫った"世界樹"にて、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人が消え去る世界を見届けつつライの心配をしていた。
直ぐにでも移動しなければこの場所が消え去る事もあり得る。何も此処が最後に消えるとは限らないからだ。
しかしそれを理解していても尚、ライの事が気に掛かる。それが仲間という存在。無事を信じており、ライ自身も家族程に信用しているが、だからこそ募る不安は多いという事だ。
『……おや、まだ残っていたのか。敵の主力が。いや、やはり……というべきか』
「「……!」」
「「……!」」
そして背後から掛かる、聞き覚えのある声。それは決して落ち着く声では無く、警戒すべき対象の声だった。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は勢いよく振り向き、剣を握り魔力を込め、力を込めて即座に臨戦態勢へと移行する。
『待て。私に戦うつもりはない。お前達が残っていると確認する為に来ただけだ。どうやらうちの支配者様とお前達のリーダーの勝負に決着が付いたようだからな』
その動きを制し、自分は戦うつもりが無いと告げる敵の主力──全ての悪の根源、アジ・ダハーカ。
アジ・ダハーカは三つの頭をそれぞれの方向に揺らし、レイたちに状況を説明していた。
そんなアジ・ダハーカの言葉を聞き、警戒を高めた状態の真剣な面持ちでレイが訊ねる。
「……本当?」
『ああ。私は悪の根源だが、終わった戦いに嘘を吐いても意味がない。紛れもない事実だ』
レイの言葉に、即答で返すアジ・ダハーカ。レイたちの胸中には安堵の色が見え、目の前の恐ろしい顔を再確認して警戒をし直す。
嘘では無いにしても、態々それを報告しに来たアジ・ダハーカ。まだ信用は出来ないのだ。
『やれやれ。折角私が赴いたのだ。もう少し信用しても良いだろうに』
「うん。嘘は吐いていないって信じる……けど、じゃあ何で私たちにそれを報告しに来たの? 貴方と私たちは敵同士。それを言っても貴方達魔物の国に利点はない……!」
それは、最もな疑問だった。
敵同士であるにも関わらず、それを報告するのは何の利点にもならない。寧ろ、放っておくか動けなくしてこの"世界樹"と共に朽ち果てさせた方が利点は多いだろう。
その言葉に対し、アジ・ダハーカは深いため息を吐いて言葉を続ける。
『理由は簡単だ。お前達のリーダーが我らの支配者を打ち破った。故に、我ら魔物は約束通りお前たちに征服させられてやるという事だ』
「……!」
その言葉に、レイは目を見開いた。他の三人も同様。ライはテュポーンとの決着を付け、見事勝利を収めたらしい。
力が全てに置いての物を言う魔物の国。だからこそ、潔く国を明け渡すというのだ。
そんな驚きも束の間、レイに続いてエマが言葉を発する。
「ならば、ライはどうなった? 決着を付けたならば、戻って来ても良い筈。前の魔族の国の時みたいに、ダメージが深過ぎて動けないのならば私たちは助けに行かなくてはならない!」
気になったのは、ライの安否。当然レイたちもそれを気に掛けており、色々と事情を知っているアジ・ダハーカの返答を待つ。
ライが以前のように宇宙空間や無の空間を彷徨っていたのならば、全員が命を投げ捨ててでもそこに向かおうとしていた。
アジ・ダハーカは動き出そうとしていたレイたちの前に土魔法の壁を造り、言葉を続ける。
『大丈夫だ。ライ"殿"たちは無の空間を彷徨っているが、少々ダメージが酷い。主らが先に帰り、後からライ殿とテュポーン"さん"が帰るらしい。それが望みのようだ』
「何故それが分かる!?」
焦りを見せ、土魔法の壁に阻まれたフォンセがアジ・ダハーカに訊ねる。
アジ・ダハーカの反応は、まるでその現場で見て聞いていたかのような反応。色々と知っているにしても、あまりにも詳し過ぎるのが疑問だ。
『見ていたのさ。その対象だけを見る魔法を使ってな。最後に激しくぶつかり合った後は正直詳しく分からないが、テュポーンさんは敗れたものと直感で分かった』
「直感……」
実際に見ていたが、最後に頼るのは直感。つまりライやテュポーンの心境は分からないままだ。フォンセは冷や汗を掻きつつ、アジ・ダハーカの三つの頭を窺う。
アジ・ダハーカはため息を吐き、更に続けた。
『信用出来ないのも無理はないだろう。だが、私たち魔物はお前たち人間や魔族。ヴァンパイアよりも直感や他の勘が優れている。ヴァンパイアもどちらかと言えば魔物だが、私たちの方が精度は高い筈だ』
つい先程までライと敵対していたアジ・ダハーカ。信用出来ないのは無理もない。アジ・ダハーカ自身もそれは重々承知の上のようだ。
しかし現在、見ての通りアジ・ダハーカはレイたちの信用を得ようと自分の知っている情報は与えている。全ての悪の根源だけあって言動全てが怪しく見えるが、その事にアジ・ダハーカ自身は参った表情をする。
「……分かった……。貴方を信じる……」
『「……!」』
「「……!」」
そんなアジ・ダハーカに反応を示したのは神の子孫、リヤン・フロマ。その言葉にレイ、エマ、フォンセ。アジ・ダハーカまでも驚きの表情を見せた。
そんな三人と一匹を意に介さず、リヤンは言葉を続ける。
「大丈夫……。多分信用して良い魔物……。これは私の直感……」
リヤンの直感。アジ・ダハーカと同じような物言いだが、リヤンの直感には妙な信憑性があった。
リヤン自身に宿る神々しさ。神の子孫であるという現実。全てを見通す全知全能の子孫だからこそ、大人しい彼女に信憑性があるのだろう。
「……。分かった、リヤンを信用する。だから、貴方も信用してあげる……!」
第一声を切ったのは、勇者の子孫レイ・ミール。
元々正義の為に戦った勇者。アジ・ダハーカの事を完全に信用出来る訳ではないが、仲間の事は信じている。人がいい勇者の血筋だからこそ、仲間に対しての信用は厚いのだ。
「……。分かった、私も信じよう。貴様では無く、レイとリヤンをな。魔物の国とは敵対していたが、自ら負けを認めるのならばそれを受け入れる」
「ああ。アジ・ダハーカを含めた魔物の幹部や側近は今までの事からしても信用しきれないが、味方の兵士たちを殺したのはロキやヴァイス達。強敵以外に興味のないお前たちは私たちの味方の兵士は殺していなかった」
レイとリヤンに続き、ヴァンパイアのエマ・ルージュと魔王の子孫フォンセ・アステリも信じると告げた。
確かに考えてみれば、魔物の国の主力たちは兵士などに手を上げていない。元々興味が無かっただけなのだが、それも踏まえて信用に値すると考えたのだろう。
当然、完全なる信用には程遠いが。
『助かる。我ら魔物は常に退屈している。必要とあらば力は貸そう』
「だが、ヴァイス達や百鬼夜行とは協定を結んだままだろう。その点に関してはいいのか?」
形として信用してくれた事に礼を述べるアジ・ダハーカ。そこにエマが、ヴァイス達と百鬼夜行についての協定を持ち出し訊ねるように話した。
確かに魔物の国はヴァイス達や百鬼夜行と手を組んでいた。なのでその協定を破るような事をしていいのか気になったのだ。
『ああ、それは問題無い。ヴァイス殿達は目的を遂行したら直ぐに帰った。元々私たちや百鬼夜行は目的を果たす道具に過ぎなかったのだろう。かくいう私たちも彼らを利用していたに過ぎない。今更協定を破ったところで、私がヴァイス殿に掛けた契約が切れるくらいだ』
「契約?」
『ああ。私たちに得た情報を与えなくては即死する契約だ。それも協定あっての事。魔法というものはリスクは少ないが、契約魔法などは容易く縁が切れるのさ』
ヴァイス達や百鬼夜行との協定は、悪魔で魔物たちの異世界を含めた全世界を征服するという暇潰しの為に結ばれたもの。ヴァイス達は優秀な人材を集める。百鬼夜行は兵力を増やす。
つまり、それらの協定はヴァイス達が一足先に帰った事で消え去っていた協定という事。腑に落ちない部分もあるが、表面上だけでの約束というものは案外脆く崩れ去るものだ。
「そうか。それならば余計なリスクを背負う可能性は無いな。始めから無いような協定ならば、変な恨みを買われる事も無さそうだ」
『そうだな。結果的にはヴァイス殿達や百鬼夜行と相対する事になるかもしれないが、特別な因縁などは無いだろう』
魔物の国を征服したとして、魔物の主力たちが味方になるだろう。それについて変な恨みを買われては堪ったものではない。
しかしあってないような協定だったが為に、大した影響は及ばないらしい。
「それで……その報告だけの為に此処に来たの?」
『そうだ。ライ殿とテュポーンさんは恐らく無事……故に、お前たちはこの世界をさっさと離れた方が良いという忠告だ。既に魔物の国の主力や兵士達も国に帰っている。百鬼夜行も然り。残っているのは私とお前たちだけだからな』
「そう……」
改めてアジ・ダハーカの来た理由を聞き、アジ・ダハーカはそれに返す。一応信用するという事にしたので、その点については信用するレイたち。
そしてアジ・ダハーカは天を覆い尽くす程に巨大な翼を広げ、レイたちに一瞥を向けた。
『彼らは恐らく帰ってくるだろう。それまで、お前たちが死んでは意味が無い。早いところ、この世界を去る事だな』
「……。分かった」
恐ろしい目付きで睨み、言葉を告げてアジ・ダハーカは自分で創ったであろう出口に向かう。目付きは生まれつきなので、悪意が無くとも睨んだように錯覚してしまうだけである。
レイは小さく頷き、ライが向かった方向を一瞥してエマたちと共に出口の穴へと入っていく。ライの無事を信じ、元の世界へと帰るのだ。
そして全員がこの"世界樹"から消えたその時、一筋の光と共にこの世界は消滅した。
*****
──"魔物の国・支配者の街・メラース・ゲー"。
「……!」
出てくると同時に感じたのは、一週間振りだが何処か懐かしく感じる元の世界の風だった。
一陣の風が吹き抜け、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの美麗な髪を撫でるように揺らす。
周りを見渡せば、豪華絢爛な装飾に施された部屋に居た。魔物の国の支配者。つまりテュポーンと相対していた時、偽りの"世界樹"に招待されたレイたち。なので出口が此処に繋がっていたのだろう。
ふと視線を逸らすと、硝子のない窓が映り込む。吹き抜けた風はこれが原因のようだ。
「……あれ? 他の皆は……?」
「……そう言えば居ないな。魔族の支配者と幻獣の支配者が帰ってからまだ数分……流石に消えるのは早過ぎる」
そして伽藍とした景観を眺め、シヴァたちの姿が無い事を気に掛けるレイとフォンセ。
周りの様子を窺い、エマが憶測を綴った。
「恐らく、"世界樹"に入る前の状態になったのだろう。となると斉天大聖とドレイク、ニュンフェは共に行動していた筈だが……忙しいと言っていたし、既に幻獣の国へ帰った可能性もあるな」
その憶測は、元の世界の元々居た場所に戻るのでは無いかと言うこと。
確かにそれならば魔物の国にある支配者の街"メラース・ゲー"。その城に居ない理由にも合点がいった。
そして共にこの城に乗り込んだ孫悟空、ドレイク、ニュンフェは支配者たちよりも最初に元の世界に戻っていたので既に帰ったと推測していた。
「成る程。確かにその通りだな。魔族の者たちや、私たちと共に行動しなかった幻獣の国の者たちは勝手に連れていかれたらしい。ならば戻る場所も元々居た場所になるか。となると、後はライと魔物の国の支配者が来るのを待つだけだな」
「ああ。戦争は終わった。ライが来るまで待つとしよう」
フォンセとエマの言葉に、レイとリヤンも頷いて返す。常に気を抜けない状況から元の世界に戻った事により、七日目にて長かった"終末の日"は完全に終わりを迎える事となった。
しかしまだ終わらぬのは、世界征服を目指した旅。魔物の国も征服し終え、残る国は人間の国と幻獣の国だけとなる。
目的の主軸であるライはまだ戻らぬが、恐らく無事であろう事を信じる四人。
そしてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人が行く世界征服の旅は、魔物の国を侵略完了する事でまた一歩先に進める事が出来た。残る二つの国も、征服を終えるのは時間の問題だろう。
ライたちの行く世界征服の旅。非現実的で思い付いても実行した者は居なかったが、着実に目的の先へと進んでいる。
終わりの見えなかったライたちの旅は、終わりに向けてまだまだ続くのだった。




