六十一話 フォンセvsスキアー・キュリテvsチエーニ
──"イルム・アスリー"。
フォンセとスキアーは、互いに警戒して睨み合っていた。
先程スキアーは、本気を出すと言った。果たして本気とはどれ程のモノなのか、それが気になっているフォンセ。
しかしお互い闇雲に動き出せない状態だった。
下手に動けば隙を生み出し、この戦いに負ける可能性があるからだ。
「…………」
「…………」
ジリッと、お互いに動きを確認しながら様子を窺う。風が吹き抜け、二人の髪を揺らして通り過ぎる。
その風を感じつつ、先に動き出したのはスキアーの方だった。
「このままじゃ埒が明ねェ!! 来ないってんなら此方から行くぞ!!」
大地を蹴り、加速を付けてスタートを決めるスキアー。何はともあれ、ようやくスキアーの本気とご対面出来る。
「俺が使うのはァ!!」
スキアーはフォンセの眼前へ移動し、片手を突き出した。そしてニッと笑い、一言。
「──"科学"だ……!」
「……!!」
その刹那、スキアーは腕に仕込んでいた銃をフォンセに放つ。その銃弾は空気を突き抜け、ジャイロ回転で近付く。
それに対してフォンセは、スキアーが向かって来た瞬間に身を捻って躱していた為、頬を銃弾が掠っただけで済んだ。
「チッ……! まあ、いきなり近付いたらそら警戒するか……!」
銃を外した事に対して舌打ちをし、一旦距離を取るスキアー。フォンセは頬の傷をチラッと見たあとスキアーに視線を移す。
「仕込み銃か……。反応が遅れていたら風通しが良くなっていたな……」
タラリと冷や汗を流すフォンセ。
避けられたから良かったものの、一歩間違えれば風穴が空いていた事だろう。
普通の銃ならば魔族であるフォンセは少しのダメージで済むのだが、この銃はただでは済まないだろう。
何故ならそれは──
「……"対魔族・魔物用の銃弾"か……」
──魔族や魔物専用に作られた弾だったからである。
通常より身体が頑丈である魔族を倒す為に、人は普通とは違う剣や銃、弓矢を使うことがある。
レイの持つ勇者の剣も似たような感じだ。普通の剣なら振っただけで森を断つ事など不可能に近いだろう。
それこそ、よほどの実力者じゃない限り無理だ。そしてスキアーだが、それ程の威力を出せる物を使ってくるか定かでは無いが恐らくまだ身体の何処かに武器を仕込んでいる筈である。
(考えていても仕方ない……仕掛けるか……!)
フォンセは暫し様子を窺っていたが、頃合いを見てスキアーに駆け出した。
立ち止まっていたのでは先に進まない。なので先手を打たれた事に対して挽回する為近付いたのだ。
「来るか! 良いぜェ! だが……魔術師ってのは普通、距離を取って戦う者なんじゃねェのかァ!?」
スキアーは真っ直ぐに近付いてくるフォンセを疑問に思うような表情だった。しかし、それも当然だろう。
そもそも、魔術師が使う魔術というものは近距離で発動するのは、相手に遅く感じ取られてしまうのだ。
簡単に説明すると、魔力を溜める、敵を狙う、そして溜めた魔力を放つ。という、三つの動作を行わなければならない。
そんな魔術に対し、剣や銃ならば敵を狙う、斬るor撃つという、二つの動作だけで済む。
要するに、銃相手だと難しいが、近距離メインの相手の場合、遠方から魔術を放った方が攻撃としては正しい? のだ。
スキアーは銃を持っているが、近付いて的を広くするよりも、離れて銃よりも精度が良い魔術で狙った方が効果的だろう。
「ま、的が広くなるなら別に良いか?」
カチャ、と銃口をフォンセに向けるスキアー。フォンセは銃口を気にせず、スキアーに向かう。
「ハッ! 頭のネジでも外れたかよ!?」
次の瞬間、ダンッという火薬によって鉛の弾が放出される音が"イルム・アスリー"に響き渡った。
それと同時に加速しフォンセの元へと向かうその銃弾は──
「……"土の壁"……!!」
──土魔術で創られた壁によって防がれた。
大体音速で近付いてくる弾に対し、フォンセは一瞬で反応して防いだのだ。
「ほう! 音速の弾を防ぐか! 面白ェ!」
スキアーは防がれた事へ逆に歓喜し、大地を蹴ってフォンセに近寄る。
銃弾は種類にもよるが、音速を超える事もある。スキアーの弾丸は音速クラスでは無いようだが、音の速さを避けたフォンセに対しては素直に称賛の声を上げたのだ。
「なら、幾ら撃っても駄目そうだな! 至近距離で音速の弾を防ぐことが出来たっつー事は、それほどの反応速度を持っているって事だからなァ!!」
フォンセに近寄り、袖から剣を取り出したスキアー。やはり別の武器も仕込んでいたらしい。
音速の弾丸を数メートルの距離から防ぐ程の反応速度。それを見たスキアーは銃では倒せないと理解したのだ。
「ほらよッ!!」
そしてスキアーは土の壁ごとフォンセに斬りかかり、土の壁を切断する。そんな切断された壁の向こう側では、フォンセが不敵な笑みを浮かべていた。
「フッ……、そう来ると思っていたさ!」
不敵な笑みを浮かべるフォンセは、壁の向こう側からスキアーに向けて片手を突き出している。
「……! やべ……!」
そんなフォンセの腕を見たスキアーはフォンセの思惑に気付き、思わず声を上げて対処しようと──
「"土塊の風"!!」
──した時と、スキアーが気付いた時は既に遅かった。
フォンセは土魔術で土塊を創り出し、それを風の力で吹き飛ばしたのだ。
風によって押し出された土塊は弾丸の如く加速し、正面に居るスキアーへと一直線で向かう。
「……ッ!!」
それを受けたスキアーは、さながら散弾銃で撃たれたかの如く弾け飛んだ。風の勢いで吹き飛ばされ、土塊で身体は切り刻まれる。
そして数秒後、"イルム・アスリー"の建物に激突しそれを貫通して遠方へ吹き飛んだ。
「……さて、当たり前だが……まだやっていないな……」
風魔術を足に纏ったフォンセは、そのスキアーの後を追う。
確かなダメージは与えたが、スキアーも魔族。この程度では普通に起き上がるだろう。
風で加速し、スキアーが吹き飛んだ方向へ向かうフォンセだった。
*****
フォンセから大分距離を取ったキュリテはその動きを止めてチエーニへ向き直り、対するチエーニはキュリテが止まったのを確認して岩の蛇? 龍? の上でその岩を止める。
「やっと止まったわね……! ちょこまかちょこまかと……!! 戦う気あるの!?」
そして、チエーニが止まったキュリテに放った第一声は文句だ。
だが、文句を言うのも仕方の無いことだろう。何故なら魔術を具現化してその形を保ち続けるのは、相当の魔力を消費するからである。
魔術というものは本来、形を保ち続ける事は無い。一般的な魔術、エレメント。そのエレメントは"炎"・"水"・"風"・"土"。
それらは土を除き、『形の無い物』だ。自然は感じ、見ることは出来るが、触れ続ける事は出来ない。
炎はすり抜け、水は零れて風は吹き抜ける。それらを手に取る方法は、凍らせるくらいしか無いのだ。
そして、チエーニが使う"土"だが、土は"四大エレメント"の中で唯一形を造れる物である。
しかし、本来は役目を終えたら直ぐに消え去るエレメント。唯一形を保ち続ける事が出来るが"土"だが、その形を維持し続けるのは至難の技である。常に魔力を込め続けなければならないからだ。
要するに、魔力を込め続けなければ土から創られた岩は粒子となって消し飛ぶ。ということである。
「アハハ、ごめんね。戦う気は勿論あるからゆるしてね?」
そして、おどけるよな態度でチエーニへ返したキュリテ。チエーニはそんな態度を取るキュリテに対して更にイラつく。
「もういい! さっさと貴女をやっつけてやるわ!」
イラついたチエーニは地面から大量の岩を生やした。それはさながら剣山のようであり一気にキュリテ目掛けて放たれる。
「はあああァァァッ!!」
ドンッドンッと、次から次に岩が生え地鳴りのような音が街全体に響き渡り、その振動と岩によって建物は崩れ、粉砕し、砕け散る。
街なんかよりもキュリテを倒すことに力を込めるチエーニ。
キュリテは呆れたようにチエーニへ近寄る。
「ちょっと! やり過ぎ……よッ!」
「……きゃ……ッ!」
"テレポート"でチエーニの側に近寄り、サイコキネシスでチエーニを吹き飛ばすキュリテ。
チエーニは小さく声を上げ、石畳の上に落下する。その衝撃で岩と石畳は砕けた。
「ッ! 痛いじゃない!!」
そして所々小さな傷はあるが、立つのには問題無い様子のチエーニが瓦礫から出てきた。それと同時に再びキュリテへ向けて岩を放つ。
「アハハ、まだまだ元気じゃない!」
そしてキュリテはその岩をサイコキネシスで破壊する。破壊ついでに岩の破片をテレキネシスで持ち上げ、チエーニへ放った。
「私の岩を利用するな!」
チエーニは怒鳴りながらその岩の破片に岩をぶつけ、キュリテの放った岩を相殺する。
それによって生まれた破片は街中に散らばり、建物を砕いていく。
「アナタねー。自分の街を破壊する気なの?」
キュリテは街があろうと気にせず攻撃を続けるチエーニへ苦笑を浮かべながら言い、チエーニは鼻で笑ってその言葉に返す。
「ハン! そんなの関係無いわ! 私は貴女を倒せればそれで気が晴れるの!」
曰く、どうやらキュリテを倒せるならば街など知った事ではないようだ。
それを聞いたキュリテは訝しげな表情をしつつ、呆れながらチエーニへ聞く。
「本当にもう……。私が何もしていないから私を嫌いってどういう事なの? 説明してくれる?」
それは、先程チエーニにキュリテが何故自分を嫌いなのかと聞いた時に言った、"何もしていないからよ"という言葉についてだ。
何もしていないから嫌いとはどういう事かイマイチ理解できないキュリテ。チエーニはため息を吐き、肩を竦ませて質問に応える。
「……分かったわ。なら、私が貴女を嫌いな理由を教えてやろうじゃない。……私は、何もしないでそんな能力を持っている貴女が嫌いなのよ!」
「……!」
チエーニがキュリテを嫌っていた理由は、キュリテが超能力を持っているからだと言う。
キュリテは眉をピクリと動かして反応した。そんなキュリテに返さず、チエーニは言葉を続ける。
「私は努力してこの魔術を平均以上に扱う事が出来るようになった……! けど貴女は、何もせずに生まれつき超能力という全能に近い力を使える……!! そんな貴女が嫌いだったのよ!」
「…………」
キュリテは何も言い返す事が出来なかった。
確かに努力せず全能に近い力を使えるというのは幸運だろうからだ。
しかし、その事よりもキュリテは気になったのは事がある。
「……チエーニに能力を教えた事は無かった筈だけど……どうして超能力を知っていたの? 今日初披露の筈なのに……前から知っていたみたいな言い方……」
そう、キュリテが疑問に思ったのはチエーニが『キュリテの持つ超能力の存在を知っていた』事だ。
前に一度述べたように、幹部の側近という者は他の幹部やその側近に自分の能力を易々と明かしたりしない。その能力にどれ程自信があってもだ。
こんな性格のキュリテだが、勿論他の幹部や側近には超能力の存在を明かしていなかった。
なのにチエーニは超能力の存在を知っていた。それがキュリテの浮かんだ疑問だ。
「はあ……。貴女は自分で気付いていなかったの? ……だって、頻繁に"テレポート"を使って色んな街に行っているし、サイコキネシスやテレキネシスで色んな物を操っていたし。……寧ろ、貴女に会った事がある人だったらほぼ全員が気付いているわよ……?」
「えぇ……そうだったんだ……」
その質問に対し、呆れたようにキュリテへ返すチエーニの言葉。それを聞くに、その事はキュリテの不注意によって生み出されていた事だった。
自分ではしっかりと隠していたつもりの超能力だが、割りと知られていたらしい。
「だから、私は貴女を見て確信したわ。全能に近い超能力を宿していても尚、貴女は倒す事が出来るってね!!」
そして、突然岩を大量に生み出すチエーニ。
キュリテを嫌いだった理由はロクな努力をせずに世界で上位に入る能力を持っていた事。
とにかくキュリテの疑問は晴れたので、キュリテも戦闘に戻る。
「行け!!」
チエーニが手を突き出し、それに合わせるよう岩がキュリテ目掛けて突き進む。そしてその岩はキュリテを囲むように空中で止まった。
「潰れなさい!!」
刹那、キュリテを囲んでいた岩はチエーニの合図により、キュリテを押し潰す──
「ふう……危ないなぁ……」
──そして、その岩はキュリテによって砕かれた。超能力で周りの岩を消し飛ばしたのだ。
「ほらね! 努力した私の岩を容易に砕くのが貴女の超能力よ!」
その様子を見て悪態を吐くチエーニ。そんなチエーニは岩を操りながらキュリテに話す。
「貴女の持つ才能に努力じゃ勝てないのよ!」
「えぇ……!? なんか……それは違うと思うけど……」
チエーニの生み出す岩を砕きながら会話を続けるキュリテ。
「何が違うの!? 私が苦労して身に付けたこの魔術! 貴女は文字通り、手も触れずに防いでいる!!」
荒ぶるチエーニは、岩を次々生み出してそれをキュリテへ放つ。
先程から岩を放っているようにしか見えないが、その一つ一つの威力は建物を軽く倒壊させる程で幾ら魔族のキュリテといえど当たったらただでは済まないだろう。
「うう……言い返せない……」
キュリテはチエーニが綴る言葉に何て返せば良いか分からなかった。
生まれ付き能力を持っているということは、それだけで他人よりも苦労が無く生活できるからだ。
「確かに私は生まれつきだから……他人よりは苦労をしていないかもしれない……!! けど、この超能力を持っていても……自分に都合の良いことだけ起こるって訳じゃないの……!!」
しかし、キュリテは良いことばかりではないと言う。それを聞いたチエーニは、半ば自棄気味に話す。
「ハハ! 何が言いたいの!? 苦労も知らない貴女が!!」
「…………ッ!!」
ゴウと風を切り、岩がキュリテの肩を貫く。それによってキュリテは地に落ちた。
それを見たチエーニは訝しげな表情をする。
「……何で避けなかったのかしら? もしかして、それで私の機嫌を取るつもり?」
そう、チエーニが繰り出していた攻撃は単調で捻りの無い物。
しかし、それを避けられる筈のキュリテは避けなかったのだ。
キュリテはチエーニを睨み付けて言う。
「確かに私は苦労を知らない……だったら今……! 此処で苦労して、策を講じる努力をして貴女を倒す! それでどう!? 苦労を知らないのが嫌なら、今までの苦労を此処でするよ! 貴女の攻撃は避けない! 全て生まれつきの超能力で防ぐ!」
キュリテの周りにサイコキネシスの渦が発生する。
キュリテは今までの苦労を感じる為、チエーニの攻撃をその身で受けると言う。
前にもライとシュヴァルツが似たような事をしていたが、勿論キュリテはそれを知らない。
それを聞いたチエーニは、一瞬キョトンとしたが直ぐに表情を変える。
「そこまで舐められていたのね!! 良いわ!! 努力で手に入れたこの土魔術!! 貴女に全てぶつけてあげる!!」
少し勘違いしている様子のチエーニだが、キュリテの提案に乗る。
チエーニは魔力を溜め、キュリテへ放つ攻撃の下準備をする。
対するキュリテは──"サイコキネシス"・"テレキネシス"・"パイロキネシス"・"エレクトロキネシス"・"ヴォルトキネシス"・"アクアキネシス"・"シャドウキネシス"・"エアロキネシス"etc.と、自分が使える攻撃用の超能力に力を込める。
そしてその瞬間、着々と戦闘が終着へと進み続けるのだった。