六百二十二話 主神との鉢合わせ
「……。さて、エラトマを連れた少年と魔物の王は何処に居るのか」
ライとテュポーンが本気は出さずとも複数の惑星や恒星を消し去る程の戦闘を行っている最中、魔物の国の主力達との決着を付けたオーディンはグングニルの槍を携えて第二層の世界でライとテュポーンの姿を探していた。
というのも、崩壊して縮んでいるとはいえ残った第二層の世界は銀河系に匹敵する程の大きさを誇っている。それに加え、既に消滅したが第三層の世界や第一層の世界。泉地帯や更に下に存在する"無"の世界のように、宇宙よりも遥かに広大な無限の範囲がこの世界には広がっている。
なのでライとテュポーン。テュポーンの大きさが大陸以上だとしても見つけ出すのは一苦労なのだろう。全知全能を謳われるオーディンとはいえ、昔に得た知識からなる全知なのでたった今起きている事柄の捜索は少々大変なようだ。
「参ったな。探知の魔術を使ったとしても宇宙以上の広範囲……少年達を見つけるまでにかなりの魔力を消費しそうだ」
かなりの広範囲でも、元々"世界樹"の主神であるオーディンは宇宙規模を捜索する魔術も使える。そうしなくては主神が務まらないからだ。
しかし今回は勝手が違う。ライやテュポーンと戦う事も前提にする必要があるので、魔力を温存しておきたいというのが心境のようだ。魔物の国の主力達が強者揃いだったが為にオーディンの想像以上に魔力を消費してしまった。なのでこれ以上の魔力の消耗は避けたいらしい。
「まあ、考えても仕方無いか。成さなければ何も始まらぬからな」
しかし、使わなければ意味がない。魔王を倒す事が第一目標のオーディンは腹を括り、軽く呟きながら魔力を気配に集中させて力を込める。
「"探知"」
そして、探知の魔術を使用した。
全身が目のようになりて"世界樹"と外の世界を含めた全世界。全宇宙の景色がオーディンの脳内に直接映し出される。ありとあらゆる世界が目まぐるしく流転を繰り返し、浮遊感に似た感覚を覚えさせつつ移り変わる様々な景色の中からライとテュポーンの姿を探していた。
現在の"世界樹"には無い白銀の世界に深い森。青い空に青い海。草原から街中まで場所を問わず全世界の景色が現れ、現在の崩壊途中である"世界樹"の景色に変わる。消え去る世界に佇む生き物の気配が存在しない森や街。その様な景色が映し出され、最終的に──探知の魔術は現在、オーディンが立っている場所を指定した。
「……! なにっ!?」
「オラァ!!」
『フッ……!!』
その疑問は束の間、轟音と共に大地を抉って足元から姿を現すオーディンよりも背丈が小さい少年と巨大な山を彷彿とさせる生物。
そう、目当ての人物であるライとテュポーンだ。
ライとテュポーンはオーディンを気に止めず戦闘を続けており、拳に足。巨腕に尾。様々な部位を巧みに使った強烈な戦いが行われていた。
「……! 思いの外早く見つかったか。それは好都合だ。余計な魔力を消耗せずに見つけ出せたのだからな……!」
暫し唖然としていたが、我に返ったオーディンはグングニルの槍を構え、ライとテュポーンの争う渦中に攻め入る。
本来ならば多元宇宙を含めた全宇宙の中からこの場所を特定して見つけなくてはならないのだが、この"世界樹"を見つけた瞬間にライとテュポーンを発見出来たのだ。ライ達の発見が目的のオーディンにとっては都合の良い事だった。
「私も入れて貰おうか。エラトマを連れる少年に魔物の王よ!」
「……! オーディン! 成る程な。もう近くに来ていたのか。改めて集中したら、確かに強い気配があった」
『フッ。誰が相手でも構わぬ。余を楽しませてくれるのならばな……!』
気配は感じていたが、気に止めていなかったライとテュポーンはオーディンに気付いて体勢を立て直す。
このタイミングでオーディンが現れた事は一人と一匹にとって都合が良くも悪くもなる。なので警戒も含めた上で、改めて構え直したのだろう。
「穿て、グングニルよ……!」
「その攻撃はもう効くか!」
『纏めて焼き払おう……!』
構えた瞬間にグングニルの槍を放ち、それをライは拳で殴り付けて防ぐ。そこにテュポーンが炎を吐き付け、ライとオーディンはその炎を躱した。
先程までのように直接防いでも良かったのだが、オーディンの加入によって一瞬の隙がピンチを招き命取りになりうる可能性を踏まえた上で躱したのだ。
それはオーディン自身も同じく、防ぐ事によって隙が生じぬように躱したのだろう。
(オーディンも加わったし、もう少しやり方を変えなくちゃならなそうだな。とてもじゃないが、テュポーンとオーディン相手だと手加減出来ないかもしれない)
ライは躱しつつ思案する。力は現在のままとして、真っ直ぐ攻めるやり方を懸念しているようだ。
確かにテュポーンが相手ならばテュポーンも分かっているので手を抜いているライに合わせてくれるだろう。しかしオーディンはそうもいかない。
オーディンは広範囲を消し去らぬ高威力のグングニルを使えるので、本気を出さないにしてもかなりの力を使ってくる事だろう。
なので真っ直ぐ進むより、少し牽制などを交えて戦った方が良いと考えているのだ。
【ハッ。下らねェ事考えずに、正面から攻めりゃ良いじゃねェか。どちらにせよ、無傷で切り抜けるなんてほぼ不可能だからな】
(まあそうだけど。悪魔でこの世界を破壊しないように気を付けなくちゃレイたちに被害がいっちまうし、俺が帰れなくなるかもしれないだろ?)
そんなライを見兼ねた魔王(元)がライに向けて話、ライは無傷で抜けられないという点にはそうだと納得するが、それによってレイたちに被害が被る事と自分自身が帰れなくなる可能性を考慮した上で力は出せないと返した。
現在の会話はライと魔王(元)の空間の話なので、戦況はそれ程変わっていない。光速以上の領域で織り成される鬩ぎ合いなのでゆっくりと話している暇は無いが、どうすれば良いか悩んでいた。
【ハッ。じゃあ、また下の無限に広がる"無"の空間に誘い出せば良いだろ。そこなら幾ら暴れてもこの"世界樹"に与える影響は少ねェ筈だろ】
(……。そうだな。確かにこのまま第二層の世界で戦うよりかはそっちの方が良いかもしれない。まあ、テュポーンとオーディンを連れていかなくちゃならないのが少し厄介だけどな)
悩むライに向けて言い放った魔王(元)の提案に、ライは納得して返す。
確かにこの世界は、消え掛かっているが空間全てが消える訳ではない。シヴァの創った銀河系や元々存在していた何も存在しない"無"の空間など、無限に空間が広がっているのだ。
なのでそこにテュポーンとオーディンを誘い込む事が出来れば、レイたちへの影響を考えずに戦えるかもしれない。
(よし、そうするか。レイたちが傷付かないならそれで良い)
【そうこなくちゃな!】
ライは魔王(元)との会話を終わらせ、改めてテュポーンとオーディンに構える。経っていた時間は一瞬にも満たない程の短時間。その間にも鬩ぎ合いは繰り広げられていたが、一応魔王(元)と会話しながらも相手取れていたので問題無い。
早速ライは行動に移す為、魔王の力を八割纏って下方に加速した。
『何処かに向かうのか、侵略者? その方向……成る程の。ステージを変えるか』
「ふむ、それならば私も着いて行こう。この広い世界、見失った後で見つけ出すのは一苦労だからな」
再び光を超えて移動したライに向け、わざと乗せられるように追う一人と一匹。
テュポーンは元々戦いを楽しみたいから。オーディンは今回のような偶然で見つける事は難しいから。それらの理由から後を追っていた。
「さてと。アンタらもちゃんと着いて来てくれたみたいだな」
『当然よ。余は楽しみたいのだからな』
「追い付かなければ、私の面目が潰れてしまう。魔王の復活。それだけは阻止しなくてはならないからな。天界の最上層近辺から私が来たのだ。やるべき事はやらなくてはならない」
移動してから物の数秒で最下層の泉地帯があった"無"の空間に到達し、そこから更に数分間進んでライ、テュポーン、オーディンの二人と一匹は構えながら話す。
純粋に楽しみたいだけのテュポーンとは違い、天界でもかなりの地位に立っているオーディンが態々下界に降りて異世界の"世界樹"を見つけ出してまでライを探していた。それ程までに魔王の存在というものは危惧されているらしい。
ライにはあまり関係無い事だが、魔王を封じられるのはライ自身の目的を達成するには少々問題がある。目的。戯れ。使命。戦う理由は様々といったところだろう。
「それじゃ、俺も八割の中で少し力を上げるか……」
『やはりな。態々消滅した下方に来た理由は全力は出さないにせよ、それなりの力で戦う為か』
「ああ。察しが良くて助かる」
「さて、相手をして貰おうか」
何もない"無"の空間ですら分かる程の漆黒がライを包み、更にテュポーンは巨大化する。オーディンもグングニルに魔力を込め、ライ、テュポーン、オーディンの二人と一匹は相手の出方を窺っていた。
一つの物音で張り裂けそうな緊張感を醸し出し、次の刹那にライ達の加速で緊張の糸が切断された。
「オラァ!」
『ハァ!』
「穿て、グングニル!」
魔王の八割を纏った拳と大陸並みの巨腕。魔力を纏い貫通力と破壊力を増強させた槍。それらが同時にぶつかり合って凄まじい破壊の余波を広げ、無の空間すらをも震わせる程の衝撃で突き抜けた。
それによって、恐らく銀河系程の範囲は消し飛んだが、ライ達は既に銀河系一つ分以上の距離を数分で移動していたのでその余波によって残り僅かな"世界樹"を消し去る事は無いだろう。
「……ッ!」
『……ッ!』
「ふむ……ッ!」
ライ、テュポーン、オーディンはその攻撃を受けて、内部から肉体が爆ぜるそれなりのダメージを負っていた。銀河系破壊規模となると、流石に軽傷では済まないのだろう。それは直接関与していないオーディンにも当て嵌まるらしく、全身を深く傷付けたライ達は距離を置き、各々のやり方で回復を試みる。
ライとオーディンは回復魔術。テュポーンは持ち前の再生力。ライの回復魔術は応急処置程度で激痛は走り続けているが、戦闘を行う分には問題があまり無さそうである。
対してテュポーンとオーディンは傷が殆ど癒えており、見て分かるようにライが圧倒的に不利だった。しかし今回の戦いを挑んだのはライ。故に、依然として悠然とした態度で構えている。
『フフ……侵略者よ。お主は少しばかり回復が遅いようじゃな。それでは面白味が半減してしまう』
「……ハッ。俺は俺と魔王で一つの肉体を共有してるんだ。元々人格やら戦法が一つ多い分、これくらいが丁度良いハンデだろ」
『フッ。減らず口を。しかし、主が良いと申すならば構わず攻めても良いのじゃな? 遠慮はせぬぞ』
「ああ、構わねえよ」
ライの様子を見、どの様な意味なのかは分からないがテュポーンは気に掛けていた。皮肉、哀れみ、嘲笑。理由は色々と上げられるが、ライが構わないと告げたのでテュポーンも気にせず攻め立てる。
「まだ魔術は未熟か。かつてのエラトマは素の力も魔力も圧倒的だった。少年がエラトマになる可能性はまだ薄いと見ても良さそうだ」
一方で、ライの魔術の使い方を見ていたオーディンからライへの警戒が少し薄れていた。
かつての魔王。それは、ライの力は兎も角、数千年の時を経て誕生したフォンセを見ての通り、魔術もかなりのモノだった。
現在のフォンセはかつて魔王の使っていた魔術に近付きつつあるが、まだまだ本来の魔王の魔術には程遠い。今でも銀河系くらいならば容易く消し去れる力を秘めた魔術だが、かつての魔王は肉体的な力と同様、多元宇宙を消し去れる魔術を有していたのだ。
つまり、それよりも遥かに劣る現在のライの魔術。今程度ならば、警戒する対象にならないのである。
「最も、力は強い。油断は出来ないな」
「さっきから何を言っているんだ! オーディン!」
「何でもない。ただの独り言……懸念が故の戯れ言だ」
テュポーンを相手にしつつ、両者を相手取るという自身の有言実行の為にオーディンへ向けて蹴りを放つライ。オーディンはグングニルで光を超えたライの蹴りを受け止め、弾いて返答する。
オーディンの懸念は決して戯れ言ではないが、現在の観点から見れば戯れ言でしかないと判断したのだろう。
そこにテュポーンの巨腕と巨尾が放たれ、ライとオーディンは躱して向き直る。
ライ、テュポーン、オーディン。魔王を宿す侵略者と魔物の国の支配者。"世界樹"の主神。
彼らの織り成す、宇宙を破壊し兼ねない大規模な決戦は、第二層の世界から移動した"無"の空間にてまだ始まったばかりである。




