六百二十話 逃げの戦い・決着
終わりが近付く逃げの戦い。戦況が更に激しくなり、剣魔術と刀。妖力に炎など様々な力が飛び交っていた。
巨大な剣魔術の剣が振り下ろされ、それが何かに掻き消される。刀と刀が衝突して金属音を響かせ、一瞬火花のような光が散る。妖力と炎がぶつかり、周囲へと広がって消え去る。
現在、その余波が研究施設跡地にまで届くのではないかと錯覚する程の鬩ぎ合いが織り成されていた。
「"剣の矢"!」
『またそれか!』
「俺自身も行くがな……!」
『ほう?』
ブラックが剣魔術を矢のように放ち、それを防ぐ酒呑童子。それによって生じた魔力の欠けられに紛れ、次の瞬間に剣魔術の剣を片手に振り下ろした。
酒呑童子は興味深そうにその剣を受け止め、ブラックを弾いて言葉を続ける。
『そう言えば、総大将が相手の時も自身の魔術を片手に持って使っていたな。はっきりとは見えなかったが、剣術にも長けているようだ』
「ああ。剣術だけじゃなくて、大抵の武術は身に付けているぜ。俺たち魔族の幹部はな。魔法使いでも魔術師でも魔族特有の身体能力を生かした武術でそれなりに戦える」
刀を振り下ろし、剣魔術からなる剣で受け止める。幹部クラスとなれば、ある程度の護身術や武術を扱う事も出来るらしい。それは肉弾戦をあまり行わない魔法使いや魔術師も含めてとの事。
なので、高レベルな剣術を使えるブラックの存在は強敵と戦いたい酒呑童子にとっても良いものなのだろう。
「酒呑童子とも渡り合える剣術か。流石の幹部とやらじゃな」
「ブラックはテメェとも戦っていたンだ。相手が鬼にしても侍にしても、幹部である以上剣士としての腕は立つからな」
モバーレズとぬらりひょんの二人が刀を振るい、会話しながら相手を弾く。次に体勢を変えて刀を横に薙ぐ。通り抜けた二つの剣尖は衝突して火花を散らし、甲高い金属音を鳴り響かせる。
次の刹那にもう一度刀が振られ、モバーレズとぬらりひょんの脇腹が切断されて鮮血が飛び散る。その瞬間に互いが弾かれ、大地を擦って遠方に吹き飛んだ。
『ワオーンッ!』
『吠えるでない。獣よ!』
猛々しく吠えるフェンリルが九尾の狐に迫り、九尾の狐は妖力の塊を放って爆発させる。それを突き抜け、九つの尾を持つ妖狐が吹き飛んだ。
しかしフェンリルの身体にその塊が着弾しており、所々火傷のような傷が作られていた。
『……ッ。吠えなければ好みじゃというのに。妾の身体まで傷付けるとは。重罪じゃ……!』
『生憎、お前に好かれても嬉しくない。傲慢な性格を直すのと、全体的に変えなくてはならない部分も多いからな。──カッ!』
『ホホ……妾のような高嶺の花に好かれなくとも良いと申すか。選択を誤ってしもうたのう。"狐火"!』
フェンリルが炎を吐き付け、九尾の狐は妖力からなる炎を放つ。
それら二つの火球は衝突して熱を広げ、辺りを炎で包み込む。そこからほんの少しだけ経ち、炎と炎が混ざり合って消し飛んだ。
『炎と炎がぶつかって消し飛ぶ……? 一体どんな理屈なのか』
『理屈など無意味だ。この世には理屈で言い表せぬ事など多数あるからな。余所見している隙が命取りだ』
『ハッ。隙なんかそうそう見せねえよ! "妖術・大旋風"!』
大天狗が扇を振るい、嵐を彷彿とさせる暴風を引き起こした。それを孫悟空は同じく風。その妖術を用いて相殺する。フェンリルと九尾の狐の炎によって生じた熱を完全に消し飛ばし、空の雲が消え去る。それによって竜巻のような風が生まれ、暫く滞空して辺りがシンと静まり返った。
だが、その静寂などあってないようなもの。既に主力たちは次の行動へと移行しており、自分たちの相手に改めて嗾ける。
現在、更に激しさを増した戦闘は、終わりが見えないのではないかと錯覚する程に続いていた。
「今、戦い始めてからどれくらい経った?」
「大体三、四十分くらいだな。一時間は経っていねェが、シュタラたちはもう出口に辿り着いているだろうよ」
「ああ、それはそうだな。数時間の道のりを短縮出来ない事もない。戦いが行われる事を前提にしていたらそう簡単には使えない魔術だが、俺たちが戦っているから移動に集中する事も出来そうだ」
数万の数を移動させる魔法・魔術その他の力も、使えない事はない。しかしそれ程の数を移動させるには多大な労力を消費する為、敵地では簡単に使えないのだ。
だが、ライとブラックたちが敵を足止めする事で余力を気にする必要はなくなる。故にもう既に他の主力や兵士たちは出口のある研究施設跡地へと着いていると推測していた。
『空間干渉の力を使えばその出口を広げる事も出来そうだな。となると、コイツらを軽く足止めして直ぐにそちらへ向かえば、俺たちも大した疲労無く戻れるかもしれぬ』
『そうだな。しかし、それなりの威力を秘めた攻撃を放てば数キロ程度は軽く消し飛ぶ。しかしそれ程の攻撃じゃなければ奴らにダメージを与える事は不可能……悩みどころだな』
ブラックとモバーレズの、他の者たちの行動を推測した話に便乗して此処から抜け出す策を講じるフェンリルと孫悟空。
というのも、これから放つ攻撃力によって今後の動きが変わるのは明白。しかしダメージを与えられなければ直ぐに追い付かれ、被害を増やしてしまうかもしれない。なのでどう仕掛け、どう動くのかを確かめなくてはならないのだ。
「来ないようじゃな。ならば、攻めさせて貰うぞ」
「……ッ!」
脇腹の傷を気にせず、モバーレズに向けてぬらりひょんが攻め動く。それをモバーレズは咄嗟に反応して受け止め、力に押されて少し後退する。衝撃によってモバーレズの脇腹から再び出血するが、それを気にせず刀を薙いでぬらりひょんを弾き飛ばした。
「考えている暇は無さそうだな。となると、やっぱ広範囲を巻き込む事を承知で攻めた方が良さそうだ」
『ああ。他の奴らはまだ様子を窺っているだけだが、いつ攻めてくるかは分からねえ。うだうだ考えず、駄目元で一気に攻めた方が良さそうだ』
モバーレズとぬらりひょんを一瞥し、ブラックと孫悟空が会話をしながら百鬼夜行の主力達に構える。
最大級の一撃を放つ事は出来ないが、それなりの攻撃をする必要はある。なので改めて力を込め直したのだ。
『……! 何かを仕掛けてくるか。力の込め方からして、これで私たちの気を逸らすという考えのようだな。あわよくばダメージを与え、仲間と共に出口へ向かうつもりか』
『よくもまあ、そんな可能性を複数思い浮かべるのう。しかし、この状況で力を溜めておるのじゃ。確かにその通りかもしれぬのう』
『ならば、我らも力を込めるべきか』
力を込めたブラックと孫悟空。そして会話には参加していなかったが同じく力を込めたフェンリルを見、大天狗が推測して構える。それに続いて九尾の狐と酒呑童子も構え、そらによって大地と空気が揺れて砂が舞い上がり消し飛んだ。
相手に考えが読まれているのならば関係無い。数キロ先の研究施設跡地にのみ気を付けて嗾けるべきだろう。
「フム、やる気のようじゃな。お主も含めて」
「ああ。この場は逃げるのが最優先だからな。一気に決めさせて貰う……!」
力の気配を感じ、モバーレズを見て話すぬらりひょんとそれに返すモバーレズ。
何はともあれ、一気に決めなくてはならない事に変わりは無い。いきなり仕掛けても良いが、先ずは隙を作る事が優先だ。
「"剣"!」
『伸びろ、如意棒!』
『アオーンッ!』
「オラァ!」
「フッ……!」
『ハッ……!』
『ハァ!』
『ホホ……』
ブラックは剣魔術を一気に放ち、それを酒呑童子が刀で弾いて止める。孫悟空の放った亜光速で伸びる神珍鉄は大天狗が妖力の壁で受け止め、扇を放って風を引き起こし鎌鼬を嗾ける。それをフェンリルが炎で防ぎ、炎を九尾の狐が妖力の塊で防ぐ。続くモバーレズが二つの斬撃を飛ばし、妖力の塊と相殺し合って消滅した。
一回の攻防で残り僅かな"世界樹"の世界が揺れ、"ヨトゥンヘイム"の街を大きな粉塵が包み込む。そして、その粉塵を突き破るように六人と二匹が駆け出した。
「数キロ先の奴らに影響を及ぼさねェように気を付けなきゃな。"巨大な剣の矢"!!」
「俺のやり方なら、然程影響は無さそうだけどな! そォらァッ!!」
『二刀流は確かに広範囲を巻き込む危険性は無いかもな。"妖術・煙幕粉塵爆発"!』
『巻き込まない程度に、それなりの威力を秘めた攻撃か。それは大変そうだ。──カッ!!』
ブラックが巨大な剣魔術を矢のように飛ばし、モバーレズが斬撃を飛ばす。孫悟空は逃げる時用に視界を消し去り十分な威力の秘めた巨大な爆発を引き起こし、フェンリルが大口から灼熱の轟炎を放つ。
「儂に出来る事はこれくらいじゃな」
『なら、私がカバーしよう』
『我も斬撃を飛ばすくらいだな』
『やれやれ。遠距離なら妾と大天狗が主戦力となるか』
それらの攻撃に対し、ぬらりひょんと酒呑童子が斬撃を飛ばし、大天狗が扇に妖力を込めた風を放ち、九尾の狐が特大の妖力の塊を放った。各々の技は正面から衝突し、この"ヨトゥンヘイム"の街を消し去る程の大爆発が引き起こされる。
そして、ブラックたちと百鬼夜行は互いに飛ばされ、世界を崩壊させる事無く引き離された。
*****
「……。どうだ?」
「……なンとか引き離せたな。敵も手加減していたのか、俺たちよりも遥か彼方に吹き飛ンで行ったようだ」
『俺の妖術もあったから、多分そう簡単にゃ追い付けねえ筈だ。目立った気配を放出しなけりゃな』
『ならば、さっさとこの場から退散するのが得策という事か』
吹き飛んだ一方。視界を遮る粉塵に包まれた場所にて、ブラック、モバーレズ、孫悟空、フェンリルの三人と一匹は多少の傷を負いながらも無事な状態で立っていた。
どうやら百鬼夜行の主力たちは別の場所へと引き離せたらしく、ブラックたちとは真逆の方向に居るようだ。
そこから周囲。というよりも、この"ヨトゥンヘイム"があった場所全てに掛けて煙に包まれているのでそう簡単には見つからないという確信があった。
「んじゃ、行くか。元の世界に帰る為にな。ライも大丈夫と信じておこう」
「そうだな。長居は無用。元々逃げる為の時間稼ぎ。場所が分からない状態なら、敵に見つかるよりも前に帰れるかもしれねェ」
『じゃあ、気配を出さずに行くから。お前たち。全員觔斗雲に乗れ。空でずっと待機させていたが、此処から秒も掛からずに戻れる』
『ならば、俺も姿を人としよう。これなら負担少なく帰れる筈だ」
「「ああ」」
戦闘に使っていた觔斗雲を再び呼び寄せ、ブラック、モバーレズ、孫悟空、フェンリル。もといリルフェンがそれに乗る。
そしてブラックたちは、雲に乗って出口のある研究施設跡地へと進むのだった。
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「……フム、完全に見失ってしまったのう。これじゃ逃げられてしまう」
ブラックたちとは別の場所で、ぬらりひょんが粉塵に包まれた視界で目を凝らし、吹き飛んできた遠方を見ていた。
ブラックたちの気配も消えており、見失ったと理解したようだ。
『やはり手加減をするべきでは無かったか。まあ、今更それを言ってもつまらん言い訳にしかなるまいがな』
『そうだな。今回は逃げられた。我らの敗北という事だろう』
『案外敗けを認めるのが早いのう、大天狗に酒呑童子よ。しかし、確かに敵の気配も見えず、眼前に広がる煩わしい粉塵で視界も見えぬ』
ぬらりひょんの近くにて、此方も多少の傷はあれど殆ど無傷に等しい状態である百鬼夜行の幹部達が会話する。
やられた時は潔く敗北を認めるのが大天狗に酒呑童子。なので達観しているようだ。
その様子に九尾の狐こと玉藻の前は呆れた様子だが、もう長い付き合い。なので同じく敗北を認めていた。
「……さて、儂らも元の世界に帰るとするかの。飛ばされたからか、此処から出口までは数十キロ程になっておる。あの者達も出口を目指しているのならば、急いで向かえば途中で出会うかもしれぬからの。のんびりと急いで行こう」
『それは急いでいると述べて良いのか気になるが、ヴァイス殿たちも既に帰ったからな。今回は成果無しでも良いだろう』
『ああ。恐らく部下達も大量に転がっている筈。ゆっくりと行った方が発見もしやすいだろう』
『やれやれ。明確な勝利を得る事は出来なかったか。残念じゃ』
歩み出し、ザッザッと草履を踏み締めて先に進むぬらりひょん。大天狗と酒呑童子、九尾の狐もそれに続き、白い煙の中に霞や幻のように消えていく。その姿、正しく妖というのに相応しいものだった。
ブラックたちと百鬼夜行の戦闘。それは百鬼夜行を遠方に引き離す事で決着が付いた。そしてこの世界での戦闘は、ライとテュポーン。オーディンの織り成している残り一つのものだけとなるのだった。




