六百十五話 逃げの戦い・ブラックと大天狗・フェンリルと九尾の狐
「"剣の矢"!」
『フッ、容易く見切れるぞ……!』
無数の剣魔術を正面に放ち、大天狗を狙うブラック。それを大天狗は全て見切って躱し、刀を上げてブラックに振り下ろした。
「ハッ、そうかよ!」
『……!』
それをブラックは避け、剣魔術で受け止める。受け止めた瞬間に複数の剣魔術を創り出し、大天狗の身体に魔力からなる複数の剣を突き刺した。
大天狗はそれによって出血するが即座に体勢を立て直し、扇を払ってブラックの動きを止める。刹那に刀を突き刺し、ブラックの脇腹を赤く染めた。
「……ッ! 互いに一発ずつか……!」
『お主の場合は複数の剣魔術……傷の数は私の方が多いがな……!』
「気にすんな」
再び剣を創り、大天狗目掛けて穿つ。それを大天狗は最小の動きで躱し、片手に刀。もう片方の手に扇を持って肉迫する。刹那にそれらを振り抜き、ブラックは刀を避けたが扇を受けて身体が吹き飛んだ。しかしブラックは吹き飛ぶ途中で体勢を整え、剣魔術を地面に突き刺して減速する。
『気になるものだ。不公平だろう』
「意外に小せェんだな、お前……! 一撃一撃の差なら俺の方が食らってんだろ」
扇を振るい、鎌鼬を起こしてブラックの身体を切り裂く。それだけならば大したダメージにはならないが、鈍い痛みが延々と続くというのは集中力を切らしてしまうかもしれない。
しかしその痛みを気に掛ける暇も無く、大天狗の刀がブラックの眼前に迫っていた。それを辛うじて躱し、剣魔術を周囲に展開させて一斉に放つ。それらが弾かれ、二人は離れて向き合った。
「一応俺を生かして連れて行くつもりらしいが、さっきの刀を受けてたらそれも危うかった。殺しても構わないという感じで攻めてんだな、テメェ」
『そうだな。逃げる為の戦いとはいえ、そう簡単に逃がしては百鬼夜行幹部の名折れ。協定を結んでいたヴァイス殿たちも帰ってしまったし、目的を遂行せずとも良いと判断した次第だ。無論、なるべく生かすつもりだがな』
「そりゃご苦労な事だ。仕事熱心な妖怪だな」
『私の故郷は、他国から見ても仕事熱心な者が多いからな。それもあって日々精進する毎日だ。"神通力・天耳"……!』
扇を閉じ、刀を構えて妖怪を込める。そしてあらゆる音を聞き分ける為の神通力を使用し、ブラックの動きを筋肉の鼓動から読み解く体勢となった。
未来視の神通力や心を読む神通力を使わないところを見ると、確かに手加減はしてくれているらしい。
『行くぞ……!』
「……!」
刹那に迫って刀が振り下ろされ、ブラックがそれを剣魔術で受け止める。次の瞬間には刀傷のある腹部へ蹴りを放ち、より鋭い激痛が走って奥歯を噛み締める。
その痛みを堪えて剣魔術を無数に放った。
『闇雲か。一旦距離を置こうと考えているらしい』
「ハッ……心を読んでないのによく分かるな……!」
『心を読まずとも、動きから相手が何かをしようとしているのくらい見切れるぞ』
剣魔術の弾幕を全て避けられ、刀が横に振るわれた。それをギリギリで躱すが掠って首に小さな切り傷が作られる。
流石にこの程度の傷ならば出血多量になる事も無いのだろうが、首という急所の一つを狙っている事からやはり最悪の場合は殺すつもりで挑んでいるようだ。
最も、大天狗にとってブラックを殺す事が最悪の場合になりうるとは限らないが。
「"剣"!」
何はともあれ、このまま易々と殺られる訳にはいかない。ブラックは剣魔術を具現化させ、片手にその魔力からなる剣を握った。
遠距離から攻めるのも良いが、今の距離ならば近接戦が有効だと判断したのだろう。
『ほう? "剣"魔術とは名ばかりに、投擲武器のようにしか嗾けて来ないと思っていたが、通常の剣術も使えるのだな?』
「当然だ。俺は剣魔術を主軸として使っているからな。剣術もそれなりに鍛えている」
意外そうに、しかし楽しげに。ブラックの動きを見てフッと笑う大天狗。
確かに先程までのブラックは剣を矢のように放っているだけだったが、それは距離や相手の動きを見極める為の小手調べ。前述したように、近付かれているのならば近接戦に持ち込んだ方が分がある。そして純粋に反射神経だけで防ぐならば直接剣を携えた方が良いと考えたようだ。
『主の剣術、見せて貰おう……!』
「ああ。"魅"せてやるよ……!」
刀を振るい、それを携えた剣魔術の剣で防ぐ。それによって金属音が響き、衝撃が空気を揺らす。刹那に体勢を変えて敵の急所を狙い、確実に討ち仕留める戦法へと移った。
剣と刀がぶつかり合い、弾かれた瞬間を狙われる。ブラックはそれも防ぎ、そのまま右から斬りつけた。が、防がれてしまい左から攻め入られる。それを剣の腹で受け止めるが、神通力によって先読みをしているかのような動きで追撃される。それらも何とかいなし、隙を突いて剣を突く。高速の突きは刀身に防がれるが、その衝撃で離れる事が出来た。
『フッ、距離を置いたところで即座に追い付ける。更に威力を上乗せしてな……!』
「ハッ、一瞬でも距離を置けて思考する時間があれば十分だ!」
距離を置いた瞬間に刀の突きが心臓目掛けて放たれ、ブラックはそれを躱した。大天狗は急所を狙っている。最も致命的なダメージを与えられるのは頭か首。それか心臓だ。なので狙いをその三択に絞る事が出来れば、後は反射神経のみで躱せる。
つまり、その三択を脳裏に過らせる為の一瞬。ブラックにとってそれは大きなアドバンテージだったという事だ。
『ならば、次の次の手はどうする?』
「当然、さっきのうちに何百手か先まで考えたぜ。これで暫くは防げる。後はのんびりと確実な隙を突けるのを待つだけだ」
読んだのは悪魔で次の手。しかし、ブラック程の実力者ならばその更に先の手を読む事も可能。剣を放ち、それを受け止める大天狗は笑って言葉を続けた。
『フッフ……そうだな。だが、お前が考えられるならば私にも何百手先のやり方を推測する事が出来る。長期戦なら私が有利だ』
そう、大天狗も大天狗で、ブラックの先を推測している。今まで生きた年月からしても、戦闘経験が豊富な大天狗の方が何枚か上手なのかもしれない。この勝負、長引けば長引く程ブラックの首を締める事になりそうだ。
「長期戦なんか無理だろ。見てみろよ、この崩壊しかけた世界をな。此処からじゃ見れねェが、確実に消え去りつつある」
『ああ。そのようだ』
だが当然、長引く事などほぼ無い。それはこの"世界樹"の世界が後数時間で消え去る運命だからだ。その事は大天狗も知っている。それでも大天狗が少し有利だが、完全な長期戦に持ち込む事が不可能と考えればブラックにもやれる事があるだろう。
そして二人は剣と刀を振るい、再び大きな衝撃波を広げて次は二人を中心とした足元から大地を抉り半径数十メートル程のクレーターが造り出された。
*****
ブラックと大天狗の一方で、というより数百メートル先の場所にて、巨躯のフェンリルと様々な妖術を扱う九尾の狐が鬩ぎ合っていた。
しかしフェンリルは巨躯ではあるが、まだ常人にとっての家くらいのサイズしかない。逃げの戦いなので隙を突いてある程度のダメージを与えつつ、出口となる穴へ追い付かれない程の距離を置いたら元の世界に帰るつもりなのだ。
『ホホ……逃げに徹する者よりも追う者の方が強いと相場は決まっておるのじゃながのう……』
『だが、生き残る確率が高いのは逃げに徹する者だ。臆病者程生き残ってしまうものだからな』
『主の場合、素の実力も踏まえての事じゃろう?』
『さあな』
九尾の狐が妖力の塊からなる球体を次々と放ち、それを軽々と躱すフェンリル。妖力の球体は着弾と同時に大きな爆発を起こして光の粒子となり、周囲が粉塵に包まれる。その粉塵を突き破り、九尾の狐へ大口を開けて突進した。
『獣め……主の見た目は好みじゃが、獣としての性が残っておるのは少々駄目なところじゃのう』
『何故俺がお前に測られているのか分からないが、この方が力も強くなる。俺的には都合が良いんだ』
『フム、そうかの』
フェンリルを躱し、九つの尾を放つ九尾の狐。フェンリルはそれを躱しながら言葉を返し、全ての尾は空を切って大地に突き刺さった。轟音と共にまた粉塵が上がり、その粉塵から複数の尾が放たれる。
それらも避け切ったフェンリルは大地を蹴り砕く勢いで加速し、遠吠えを上げながら炎を吐き全身でぶつかり行く。
『炎に肉体の突進。やはり下賎な戦い方じゃ。もっと雅に、優雅な戦い方をせんとな』
『ふっ、下賎でも良いさ。時間を稼ぐ事が一番の目的だからな……!』
突進を躱して輝かしい光の球体を九つ創り、尾の先で滞空させながら綴る。それに笑って返し、全身の毛を逆立てて体勢を立て直した。
そのまま四肢に力を込め、大地に小さな亀裂を造り出す。刹那に駆け出し、巨腕を用いて九尾の狐を押し潰した。
『しかし、戦い方が単調じゃな。使える力は肉弾戦と僅かな炎のみ。本来の速度と脅威的な身体能力でかなりの破壊力にはなっておるが、時間を稼ぐ事が目的のお主。今の妾ならば容易に躱せる』
それを避け、フェンリルの力を分析する九尾の狐。それだけでも十分に戦えるが、九尾の狐の言うように時間稼ぎを目的とした今のままでは決定打を与えられないだろう。
次の瞬間に妖力の球体をフェンリルに放って嗾け、直後に目映い光を放って大きな爆発が巻き起こる。それを避けたフェンリルが言葉を続ける。
『躱せても、急激に速度を上げて死角から攻めれば当たるだろう?』
『……!』
速度に緩急を付けて加速したフェンリルが尾を放ち、九尾の狐の身体を掠める。妖力の集合体からなる光の爆発によって視界が消え去り、気配を感じる間もなく高速で嗾けたので掠らせる事には成功したようだ。
だが、このダメージでは相手を逆撫でするだけだろう。
『小癪な……!』
『ふふ、かなりのモノだろう。下賎な戦い方というのもな』
九つの尾が逆立ち、鋭い射殺すような双眸がフェンリルを貫く。狐の眼には吸い込むような威圧が込められており、妖狐となればそれに妖力が備わって更に鋭くなる。並みの者ならば今の眼光を見ただけで意識を失ってしまうだろう。
しかしフェンリルは動じずぬ態度で返し、九尾の狐を挑発するように話す。敵がムキになってくれるのならばやり易さも出てくるのでその様な話し方なのだ。
『……。フフ……ホホホ……じゃが、妾も少しは温厚になったらしい。腹立たしさはあるが、堪える事が出来る』
しかし九尾の狐は挑発に乗らず、変わらぬ佇まいで滔々と返した。
腹は立っているようだが、冷静ではあるらしい。一度封印されており、腹が立つ事が多数あったので慣れ始めているのだろう。それは少々面倒である。
『そうか。なら、時間を稼ぐのも少しばかり大変な事になりそうだな』
『相も変わらずの減らず口を。殺すつもりで行くぞよ。神に恐れられし巨狼よ……!』
体勢を低くし、四肢に力を込めて構えるフェンリルと妖力を尾に集め、妖力の塊を生み出す九尾の狐。悪魔で時間稼ぎだが、全てが完了するまではまだ暫く掛かるだろう。
ブラックと大天狗。フェンリルと九尾の狐。他の者たちも含め、魔族と幻獣の織り成す百鬼夜行との戦いもまだ続く事だろう。




