六十話 リヤンvsジュヌード
ミノタウロスとの戦いによって満身創痍の状態であるレイとリヤン。
リヤンはレイを介抱しており、安静にする為にレイを寝かせていた。幸いそこには噴水があった為、身体の汚れを取る事は出来たのだ。
何故幸いかというと、汚れがあると傷口に細菌が侵入し、悪化してしまう恐れがあるからだ。
応急措置にもならないが、レイを安静にさせる事が出来たのは幸運と言えるだろう。
そして、そんな二人に近付く人影があった。
「ククク……お見事だったなァ……ミノタウロスを倒すとはよ……。いやいや、お前らはあっさり殺されると思っていたぞ……?」
幹部の側近であるジュヌードだ。
ミノタウロスが倒された事で音沙汰が無くなり、様子が気になったのでやって来たのだろう。
「……!」
そんなジュヌードを見たリヤンはレイを庇うように前へ出る。今度は自分がレイを守る番だと心に決めてるのだろう。
ジュヌードはそんなリヤンを一瞥し、笑いながら話す。
「そう力むなよ……。……まあ、それは無理な話か……。ククク……ミノタウロス『だけ』は倒したらしいが……。実を言うとだな……俺はまだまだ幻獣・魔物を連れているんだよ」
「……!?」
衝撃の言葉に目を見開いて驚愕するリヤン。
ジュヌードはミノタウロス以外にも幻獣・魔物を連れているらしい。
そして、レイとリヤンは分からないがフォンセとキュリテが戦っている側近を合わせても、まだ姿を見せていない幹部の側近がいると言う事。
「他の……?」
リヤンはジュヌードに対し、訝しげな表情で問い掛ける。
質問されたジュヌードは、不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「ああ、そうだぜ。……そうだなァ……何なら……今見せてやろうか?」
パチン、と指を鳴らすジュヌード。
その瞬間、リヤンたちが居る場所にあった"イルム・アスリー"の建物が吹き飛び、そこから獣の声と共に四足歩行の影と、二足歩行の影が現れた。
『グルルルルル……』
『グオオオオオ……』
『……………………』
「こ……これは……」
その三匹を見たリヤンは思わず後ず後退る。
ジュヌードはリヤンの様子を楽しそうに眺めながら笑って告げた。
「ククク……そうだな、説明してやろう。出た順番で良いか? ……最初から……"ブラックドッグ""イフリート""タキシム"だ」
──"ブラックドッグ"とは、"ヘルハウンド"とも謂い、黒い犬の姿をした赤い目を持つ幻獣である。
一国ではその姿と死に行く者の前に現れる事から死の象徴とされており、数人の人間を一瞬で噛み殺すと謂われている。
主な誕生場所は地獄や魔界で、それ故に口から炎を吐くという説もある。
不吉な象徴を持つ犬、それがブラックドッグ。
だがしかし、もう一つの説では人の手伝いをしたり、墓荒らしから墓地を守ったり、路頭に迷った子供を安全な場所まで案内するという話も聞く。
善なのか悪なのかイマイチ分からない幻獣、それがブラックドッグだ。
──そして"イフリート"とは、何処かの話で出てくる、"ランプの魔人"だ。
身体は火で創られていたり煙で創られていたりと、色んな説がある。
その性格は短気で獰猛。
説では魔人、悪魔、魔物……と、あらゆるモノで例えられる。
様々な魔術を扱い、その中でも炎を得意とし、変身する能力を持つ魔物? それがイフリートだ。
──そして最後に"タキシム"とは、生前に強い怨みを持ち、夜な夜な街を彷徨う亡霊である。
強い復讐心を持って死んだ場合、このタキシムとなり、墓から這い出てくるのだ。
タキシムはその復讐を果たすまでは街や森を彷徨い続けると謂われている。
タキシムが現れる前には酷い腐敗臭がすると謂われ、人々はそんな時に外には出ないという。
そしてタキシムを倒す事は不可能に近い。
唯一の手段は支配者よりも位の高い、かつての神レベル無ければ無理だろう。
そんな神があの世へ連れていけばタキシムの被害が収まるという。
そんな復讐を果たす為に彷徨い続け、人々を死に至らしめる亡霊、それがタキシムだ。
「……ブラックドッグ……イフリートにタキシム……」
リヤンはそんな三匹を見て震える。
自分一人どころか、レイが万全の状態だったとしても勝てるかどうか怪しい幻獣・魔物・亡霊が目の前にいるのだから当然だろう。
最近まで普通の少女だったリヤン。自分の森ならばフェンリルやユニコーンが助けてくれただろうが、此処には居る訳も無い。そんなリヤンの前にこのモノらが現れたのだ。怯えるなと言う方が難しい現状である。
「おっと、驚かせてしまったか? 悪いな。だが、俺は優しく無ェんだ……。……コイツらを使ってさっさとお前を……そうだな。殺すとするか……?」
ニタァと、不気味で不敵な笑みを浮かべるジュヌード。
リヤンはそんなジュヌードを見て疑問に思った事を問う。
「何で……何でこの子たちを……?」
リヤンは幻獣・魔物が好きなので、敵とはいえブラックドッグ、イフリート、タキシムに対し、この子たちと言う。
そしてリヤンが気になったのは、そんなモノを連れているジュヌードだ。何の接点も無さそうなジュヌードが三体を連れている事は深い疑問だった。
「ああ、それはな。『俺が操っている』からだ」
「……! ……操る……?」
それを聞いたジュヌードは答え、リヤンは操るという言葉が気になりジュヌードに返す。そしてジュヌードは説明するよう言葉を続ける。
「ああ。俺は生き物を操る力を持っている。まあ、タキシムを『生き物』ってのはおかしい気もするが、別に良いだろ。……まあ要するに、俺は幻獣・魔物使いのジュヌードって事だァ!!」
バッと両手を広げ、それに合わせるように吠えるブラックドッグ。曰く、ジュヌードは幻獣や魔物を操って戦闘を行うらしい。
ジュヌード自身もかなりの腕だろうが、大まかな部分は幻獣・魔物に任せているのだ。
それを聞いたリヤンは冷や汗を流してもう一歩後退る。
「なーに、ビビる事は無い! 強大な相手を目にした場合、生き物は本能でそれから避けようとする。精々苦しまないよう、楽に殺してやるよ!」
次の瞬間、ジュヌードの指示によってブラックドッグ、イフリート、タキシムがリヤンに向かって駆ける。
「!」
リヤンは今すぐにでも逃げ出したかったが、逃げ出さないように留まっていた。
動けないからでは無く、動かないのだ。後ろには瀕死のレイが居るからである。
「私だって……」
そして、ブラックドッグ、イフリート、タキシム目掛けてリヤンは駆け出した。
今はレイから離すことが最優先だ。その為、標的になっているであろう自分が移動したのだ。
「こっちだよ!」
叫び、ブラックドッグ達の視線を自分に集中させるリヤン。ブラックドッグら三匹は走り出したリヤンの後を追う。
やはりこの三匹は今、リヤン以外眼中に無いようだ。それを確信し、更に走って逃げる。
「ククク……成る程。そこに転がっている奴から距離を置きたいようだな……。まあ、どうせ瀕死の重傷だ……何時でも殺れる。今はアイツを追うとするか……」
そんなリヤンの様子を見たジュヌードは一瞬だけレイを一瞥するが、起き上がる様子も無い為リヤンの後を追い掛けて行く。
*****
『グルオオオォォォ!!!』
「きゃ……!!」
ブラックドッグはリヤンを前足で殴り? 付けた。
それを受けたリヤンは"イルム・アスリー"の建物に激突し、リヤンがぶつかった建物は粉砕する。
「オイオイ……あっさり追い付かれてんじゃねェかよ? 良かったな、ブラックドッグがお前に優しくて。普通ならお前は死んでいた……ぞ!!」
『キャンッ……!』
そんなリヤンを見たジュヌードは笑い、次の瞬間には表情を一変させ苛立ち交じりに突然ブラックドッグを殴り付けた。殴られたブラックドッグは小さく悲鳴を上げて怯む。
「……!! な……仲間じゃないの……!?」
そんな、いきなり殴り付ける様子を見たリヤンはジュヌードを睨み付ける。敵とは言え、幻獣が傷付けられるのを見たくないのだろう。
それに加え、勝手に操っているにも拘わらずそのような事をしたジュヌードに怒りが沸いたのだ。そんなリヤンに対し、ジュヌードは嘲笑って返す。
「仲間ァ……? な訳ねーだろ? ミノタウロスもブラックドッグもイフリートもタキシムも……ただ操っているだけの僕だ。つーか、幻獣・魔物自体がそんなもんだろ?」
「そんな……! ただの道具みたいに生き物を……!」
クックッと嗤うジュヌードは、リヤンのみならず他の幻獣・魔物を馬鹿にしている様子だった。
そんなジュヌードに対してリヤンは、怒りと悲しみで言う。幻獣・魔物はリヤンにとって友にして親。それらが馬鹿にされる事が許せないのだろう。
「道具みたいにってよォ……? 事実を述べたまでだろ? 世の中にゃ家族や友人みたいに幻獣・魔物を『慣らしている』奴もいるが、それはただの自己満足だ。一部を除いて知恵を持たねェ動物をどう扱おうが、何されているか分からねェから問題無ェだろ?」
何言っているんだ? と、呆れるようにそう言わんばかりの表情で淡々と述べるジュヌード。
前述したように、昔から幻獣・魔物と生活してきたリヤンにとっては友が馬鹿にされたかのような腹立たしさがある。そんなジュヌードに向け、リヤンは立ち上がった。
「……ッ! ……許さない……!」
「許さない……だと? 誰もお前に許しを請うた覚えは無ェぞ?」
怒るリヤンに向け、ジュヌードは飄々とした態度で話す。それにリヤンは言葉で返さず、握り拳を作ってジュヌードを睨み付ける。その目には鋭い殺気が込められていた。
「ハッ、俺とやる気か? なら、まずはコイツらを倒してからだな!!」
ジュヌードの合図で倒れていたブラックドッグは起き上がり、待ち構えていたイフリート、タキシムがリヤンに向かう。
『グルオオオォォォ!!!』
『グオオオオオ!!!』
『………………!!!』
「……ッ!」
しかし、リヤンにそれらを相手にする術は無い。
幸い? ブラックドッグ以外はそれほど動きが速くない為、ブラックドッグに注意すれば何とか避ける事は出来た。だが、避ける事は出来ても攻撃する事が出来ない。
ライやエマ程の力も無ければ、レイの剣みたいな物も無い。そしてフォンセやキュリテのような魔術や超能力も無いのだ。
力無きリヤンは悔しさを持ちながら、三体の攻撃を避けては策を練る。
「一体……どうしたら……」
策を練る中、ブラックドッグとイフリートが建物を砕き、タキシムがリヤンへ触れようとする。その攻撃に対してもリヤンは何とか逃げているが、逃げる事しか出来なかった。
『グルオオオォォォ!!!』
『グオオオオオ!!!』
『………………!!!』
そして、最終的に追い込まれてしまうリヤン。
リヤンは冷や汗を流しながらブラックドッグ達を一瞥し、素早く脳内で策を講じるがどう足掻いても惨殺される未来しか思い浮かばなかった。
『『ギャアアアァァァァァッッッ!!!』』
リヤンが策を講じる中、ブラックドッグとイフリートが似たような声を上げ、爪と拳がリヤンに降り注ぐ。
──次の瞬間、リヤンは二度目となる、"死"を覚悟した。
身体は千切れ、血塗れになって冷えていく自分の姿が頭の中を過る。
衣服は粉々になり、全裸となった自分の身体から引き摺り出されるであろう臓物。脳や目、それらも全て無惨に補食されるその姿を。
*****
──そして、ブラックドッグの爪とイフリートの拳は巨大な狼と角の生えた馬によって止められる。
「あん……?」
「…………?」
その衝撃で周りから土埃と砂煙が舞い上がり、その粒子は風にまかれて吹き抜けた。風に毛を揺らす、リヤンの目の前に現れた生物──
「フェン! ユニ!」
リヤンの昔ながらの友、フェンリルとユニコーンだ。
リヤンはフェン、ユニと呼んで二匹に近寄る。何気に名前を聞くのはは初めてだろうが、まあそれは置いておいても良いだろう。
何はともあれ、フェンリルとユニコーンがどうにかしてこの場所に駆け付けたのだ。
その二匹を見たジュヌードは苦笑を浮かべてリヤンに聞く。
「オイオイ……何だァそいつらはよ……? フェンリルにユニコーンなんか呼んだ覚えは無ェぞ?」
突然の出来事に頭が追い付かない様子のジュヌード。ジュヌードにフェンリルとユニコーンを操った覚えは無い。
なのに突然現れた事へと驚愕したのだろう。そんなジュヌードを横にリヤン、はそっとフェンリル、ユニコーンを撫でる。
「この子たちは……私の家族で友達……」
ザアと、一筋の風が吹き抜ける。それはまるで、自然がリヤンに共鳴するように。
フェンリルとユニコーンはジュヌードを睨み付けている。
ブラックドッグ、イフリート、タキシムは後退りをした。
「さっきも言った……私はアナタを許さない……!!」
リヤンは再びジュヌードを睨み付ける。その目には光が宿り、怒りが溢れている目だった。そんなリヤンを見、ジュヌードは再び笑みを浮かべて話す。
「ハッ! そうかよ! じゃあ、ブラックドッグ・イフリート・タキシムvsフェンリル・ユニコーンの戦いといこうじゃねェか!!」
そしてリヤンvsジュヌードの、幻獣・魔物vs幻獣・魔物・亡霊対決が始まろうとしていた。
*****
──ヒュウ、と風が吹き抜ける。今日は小さな風が多い日らしい。
そんな中、"イルム・アスリー"の外側で待機しているエマは、高い木に立ちながらお気に入りの傘を差して空を見上げていた。
「……中の様子は分からないが……激しい戦いが起こっているのか……? 先程から土埃や砂煙が舞い上がっているが……。それに岩の……蛇? 龍? が矢鱈と飛び交っているな……」
遠方の様子を眺めるエマは"イルム・アスリー"に居るライたちが心配だった。
そしてそんなエマが立っている木の下には、無謀にもエマに手を出そうとした魔族達が転がっていた。
「つ……強ェ……」
「まさか……111人の部下のうち……五〇人を……」
「かっ……ブハッ……」
力尽き、気を失う魔族達。
寧ろ倒されてから今まで気を失わなかったのは褒めてやるべきだろう。
倒されたのは大体一〇数分くらい前である。
「ほう……? まだ意識があったか……まあ、もう終わったがな」
そんな魔族達を一瞥し、軽く呟いたあと直ぐに戦場となっている遠方に視線を戻すエマ。
「さて……と言っても、取り敢えず今はする事が無いな……ただただ退屈だ……。情報収集ももう無いし……何もする事が無い……。それにどういう訳か、何か壁のようなモノが街を覆っているな……戦闘の邪魔はさせない……という事か」
戦いに参加できないエマは木の上に腰を下ろす。エマが調べた感覚だと街に入ることは出来ないようだ。
風を身体に感じ、それによって乱れた金髪を掻き上げるエマ。
そんなエマは、ただライ、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテ? の無事を祈るしかなかった。
時刻はまだ朝方。しかし数時間で昼に近くなる為、魔族達は静かになるだろう。
そんな穏やかな朝の感覚。
しかし中ではライたちが強敵と戦っている筈だ。
戦闘終了まで時の流れに身を任せ、ただ独りで吹き抜ける風を感じながら天を仰ぐエマだった。