六百九話 六日目の終わり
──"九つの世界・世界樹・第二層・巨人の国・ヨトゥンヘイム・巨人の館、スリュムヘイム"。
戦闘が終わった者たちは全員が拠点としている"スリュムヘイム"へと戻ってきていた。他の敵兵士達は味方の兵士が抑え、生物兵器の兵士達も含めて鎮圧済み。此方側に多数の負傷者や意識不明者が出ているものの、既に魔法・魔術を用いた治療は終えているので問題は無い様子だ。
だが、傷は癒えても意識が戻らない程の重傷者は多数存在する。なので負傷者たちは別の部屋にて休んでいる状態だった。
そんな、満身創痍の者たちが多数居る拠点にて、大広間でライとフォンセの姿を見つけたレイたちは心配した面持ちで二人の前に姿を見せる。
「ライ! フォンセ! 二人とも無事なんだね!?」
「ああ、私は自分で治療出来るからな。それより、心配なのはライだ。戻ってきた瞬間倒れたし、目覚めたのもついさっきだからな」
「ハハ。もう大丈夫だ。付け焼き刃の治療魔術だけど動ける程度には回復出来たし、倒れてからも数時間で起きる事が出来たよ。……それより、レイたちは特に何もなかったか? 元の世界に戻る穴を見つけたらしいけど」
「うん。流石に今日中に全員移動は無理だから、一部主力と半分くらいの兵士たちが帰ったよ。けど、敵の主力もまだ残っているから私たちみたいに今回はメインで参加していない主力は残ったよ」
現在の時刻は夕刻から数時間。すっかりと日も落ち、夜というに相応しい時間だった。
半分の兵士と一部主力は元の世界に戻ったらしく、レイ、エマ、リヤンを始めとする主力は残ったらしい。レイたちは暫く元の世界に戻れる穴の近くに居たので、数時間前に帰って来たライたちの安否も知らなかったようだ。
そしてその穴の件だが、数万人と数万匹居る現在の状態。一日や数時間では小さな穴に全員が入れないだろう。敵が何処に潜んでいるかも分からないので夜の行動は避けた方が良い事も踏まえ、残りは明日に移動するらしい。主力たちの状況から考えても確かにそれが一番良いやり方かもしれない。
「成る程な。それにしてもこの被害……他の主力じゃ、意識を失っている魔族の幹部たちと幻獣の幹部たちの大多数がまだ目覚めていないみたいだな。見ての通り、今すぐ戦える状況じゃない。……まあ、もう夜も更けてきたから敵も攻めて来なさそうだけど」
「うん。一応貴賓室に行ってみる? 支配者さんたちが居た筈だし」
「ああ。そうしてみるか。此処に居ても始まらない。俺とフォンセは治ったし、一緒に居たルミエもフォンセが治療済み。なら状況を整理した方が良さそうだな」
多くの主力は意識不明。死してはいないが、それでもかなりの重症だっただろう。レイ曰くシヴァとドラゴンは貴賓室に居るらしく、一先ずライたちはそちらに向かう事にした。
無事だった他の主力たちは、ルミエやキュリテのような魔術や超能力を用いて治療出来る者を始めとして負傷者の面倒を見ている筈。なので恐らくシヴァとドラゴンだけで話し合っているだろう。故に何かが分かるかもしれないと、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンは行動に移るのだった。
*****
──"巨人の国・ヨトゥンヘイム・スリュムヘイム、貴賓室"。
見張りや負傷者たちを横に進み、大広間から貴賓室に移動したライたちの目の前には、湖程の大きさはあるテーブルの上にて向き合うシヴァとドラゴンが居た。
流石に大き過ぎるのか、簡易的な椅子に座り通常サイズのテーブルを囲んでいるがその表情は真剣その物だった。
「ん? ライか。目覚めたんだな」
『ライ殿。調子はどうだ?』
そしてライたちの気配に気付き、訊ねるように話す一人と一匹。ライが目覚めたのはつい先程なので、来た事と倒れた事は知っていたようだが起きた事は今気付いたようだ。
そんな一人と一匹の反応を見、ライは言葉を発する。
「ああ、調子は悪くない。けど、仲間たちがやられて心苦しさはあるかな。それで、やっぱり他の主力はこの部屋に居ないのか?」
「見ての通りだ。ガルダや幹部の側近の大多数は比較的軽い負傷とかで大した事は無いみてェだったが、意識不明者の看病をしている。生憎、俺とドラゴン殿は治療の術が無いから出来る事を考えて今後についての話し合いをしていたんだ」
ライの予想は当たり、やはり貴賓室には一人と一匹しか居なかった。他の主力たちを治療している事は分かっていたのでライたちもシヴァとドラゴンの近くへと移動する。
湖程の大きさはあるテーブルは、高さもそれなりにある。なので軽く跳躍して躍り出るように立った。
「俺も話し合いが目的だ。それで此処に来た。身体はもう大丈夫だし、じっと休む事も必要かもしれないけど……どうも落ち着かなくてな」
「私たちはライの付き添いかな。今後についての話し合いなら知っておいて損はなさそうだし」
「ああ。私たちも主力だからな。ライやフォンセと違って、私とレイ、リヤン。主力の治療で此処には居ないがキュリテ。私たちは敵の主力と長時間の交戦はしていなかった。だから情報収集さ」
「うん……。私も何か出来ないかなって……主力や兵士たちの治療はしたけど……」
「という事だな。私やライも負傷していたけど、その点はもう問題無いさ」
シヴァとドラゴンの話し合い。それによって何かを得られるかもしれないとライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人はやって来た。
元々主力や兵士たちには話しておく必要があり、まとめる事も重要だもシヴァとドラゴンは快く受け入れる。
「そういう事なら、俺も歓迎だ。予想以上に敵も強かったからな。ちょいとばかし厄介な事になりそうだ」
『うむ。本気でなかったとは言え、俺とシヴァ殿を相手取れる実力はあったからな。ライ殿たちも知る、ヴァイス・ヴィーヴェレだ。幹部の力を取り込んだとは聞いていたが、その時生物兵器に宿っていなかったデータも戦った瞬間に学習していた』
「成る程な。話題の中心はヴァイスか。確かに支配者に匹敵する実力者が現れたのは厄介だな。肩書きだけじゃなくて、実際張り合ったみたいだし。……うん。詳しく教えてくれ」
シヴァとドラゴン。この一人と一匹が話していた主な内容はヴァイスについての事らしい。というのも、この支配者たちを相手取りながら逃走を成功させた実力は脅威的だろう。
シヴァたちが大きなダメージを負ったという訳ではないみたいだが、支配者から逃げられるだけでかなりのものである。ライたちは簡単な魔術で椅子を造り、座って話に集中する事にした。
その様子を窺い、シヴァは言葉を続ける。
「まあ、基本的なスペックは当然だが生物兵器がベースだ。相手の得意とする再生を使わなくても直ぐに再生するし、生物兵器の完成品だから力も他の主力より頭一つ抜けている。後、驚異なのは他の主力の魔法や魔術を使ったり、幻獣・魔物特有の肉体的な強さだな。殴り合いだけをするなら、俺とも張り合えるかも知れねェ」
「……」
それらについてはライたちも知っている事。ヴァイスと始めて会ったのは旅立って直ぐの人間の国にある小さな街だが、それなりに交易も盛んなところ。
考えてみれば、その時のヴァイスはライが近隣の怪物ペルーダを倒した事を知っているだけで目的も何も分からなかった。悪魔でライを一目見る事が目的だったようだ。
しかし、それからヴァイス達は事あるごとにライたちと啀み合う事が多かった。となると、魔王の力に興味を引かれていたのかもしれない。
だがそれは今回の話し合いに関係の無い事。余計な思考を切り捨て、前屈みになるようシヴァに視線を向ける。
「それで本題だが……ドラゴン殿の言ったように、奴は俺の創造の力をコピーした。それが今回の本筋だ」
「ふぅん? けど、本筋って言っても……"コピーする力がある"。って言葉だけで話し合いも何も必要無さそうだけどな」
それは、最もな疑問だった。
ヴァイスが敵の力を学習し、進化させ、コピー出来る。それだけ言ってしまえば全てが伝わるので話し合う事も無い。それならヴァイスのコピーに対する策を考えていた方が良いだろう。
そんなライの言葉に、シヴァは続ける。
「だから問題は、どの範囲までコピー出来るのかって事だ」
「……!」
そう、能力云々は関係無い。ライの言うように、それだけ言えば話し合いをする必要も無いからだ。一番の問題は、シヴァのような支配者クラスの実力をもコピーしうる脅威性についてなのだから。
「俺の力をコピー出来たって事は、少なくとも支配者の力もコピー出来るって事。そして奴はその支配者に近い実力を持つ魔物の国の幹部や、幻獣の国の幹部の力も使えていた。大抵の事はコピー出来るって訳だ。それに加え、お前たちのような異質な存在のコピーも一部は出来ている。それが問題よ」
「……」
ヴァイスは支配者と同等の実力を誇る魔物の国の幹部や、一部幻獣の国の幹部。それに加えて勇者や魔王、神の子孫であるレイたちもコピーしていた。
何処までの実力者をコピー出来るのか、それが一番の疑問のようだ。
要約すれば、もしヴァイスが異能を無効化する魔王を除いて全ての者をコピーした場合、全世界の生き物の力を使えるようになるという事。更に単純化した場合、本物の全知全能になりうる可能性を秘めているという事だ。
そしてライたちには、"それと同じような事が出来る者の存在"が脳裏に映っていた。
「話は逸れるけど……実はリヤンも似たような事が出来るんだ」
──リヤン・フロマ。
神の子孫故に、この世に生まれた殆どの能力。もしくは破壊魔術などのように、他の者が独自に覚えた能力も使える。それは見ただけで使えるものであり、癒しの源とは別であるリヤンの力だ。
それを聞き、シヴァは頷いて返した。
「へェ? いや、確かに様々な幻獣・魔物や妖怪の力を使っていたな」
「ああ。それで、確かリヤンには全ての生き物の力は無理という制約があった……だから、ヴァイスにも何らかの切っ掛けが必要なのかもしれない」
「……成る程、確かに奴や生物兵器は俺の攻撃を受けてから行動に移していた。となると、その切っ掛けは此方から攻撃を仕掛ける事か」
ライの言葉から、ヴァイスの能力についての制約を思案するシヴァ。
リヤンの制約は、かつての神が生み出した元の世界にある宇宙を含めた生物に限っての事。元の世界では全ての生き物の力を使えるといっても過言ではないが今回の"世界樹"のような異世界の者の力は使えないだろう。
それとは違うのかは定かでは無いが、恐らくヴァイスは異世界の力もコピー出来る筈。その事と今までの事からするに、その切っ掛けは攻撃を受ける事と推測していた。
「御名答。その通りだよ、ライ達に支配者さン。私は生物兵器の完成品。つまり、切っ掛けは直接攻撃を受ける事さ」
「「「……!」」」
「「「……!」」」
『……!』
そして聞いていたかのように話し掛けてくる影──ヴァイス・ヴィーヴェレ。
不可視の移動術を用いたのか、何もなかった場所から突然姿を現した。ライやリヤンなら気付いてもおかしくないが、まさか拠点に乗り込んでくるとは思わなかったのだろう。完全に不意を突かれて反応が遅れてしまったようだ。
「噂をすればなんとやらって訳か……!」
「フフ、そう殺気立たないでくれよ。怖いじゃないか」
「そんな事微塵も思ってないだろ? アンタが来たって事は、グラオ達も居るって事だよな?」
「勿論。まあ、グラオは不貞腐れているし他の仲間は近隣で待機しているけどね」
警戒を高めてヴァイスを見やるライだが、今のヴァイスに殺気はない。飄々とした掴み所の無い態度と話し方は普段通りだが、少なくとも戦闘が目的では無いらしい。
グラオが不貞腐れているという事も気に掛かるが、今はグラオの事よりヴァイスだ。椅子から立ち上がったライは警戒しながらヴァイスに訪ねる。
「何の用だ?」
「そうだね……魔族や魔物の特性を手に入れたからか、回りくどい言い方はしたくない。簡単に返そう。私たちは今回の"終末の日"から降りるとするよ」
「……。なんだと?」
回りくどい言い方では無く、率直な返答。それでも多少回りくどかったが、そんな事よりも返答を気に掛ける。
たった今ヴァイスは、今回の戦争から降りると告げたからだ。聞き逃した訳では無いが、反射的に言葉を返してしまう。それと同時に、グラオが不貞腐れている理由も分かった。確定では無いが、恐らくヴァイスの降りるという言葉に不貞腐れているのだろう。
「という訳で、それだけを言いに来た。安心してくれ、魔物の国のテュポーンは降りないらしいからね」
「それが安心出来る理由にはならないけどな。けど、本当なら有り難い事ではあるな」
「嘘は吐かないさ。嘘を吐く為だけに危険な敵の拠点に来るなンて愚かな行為だからね。一先ず私と、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフは明日にはこの世界に居ないよ」
言いたい事を一方的に言い、ヴァイスは姿を消した。しかしそれはもう何度も目撃した事柄。ヴァイス目線ならば、強敵であるライたちの前で長居するのは無謀の他ない。なので言いたい事を言い終えたら帰るのが第一と考えているのだろう。
ヴァイスが去り、辺りの気配を探る。だがもう何の気配も残っていなかった。
「何か、嵐のように去って行ったな」
「ああ。だが、敵の戦力が減ったのは悪い事じゃない。まあ、ヴァイスについてはまだ話していた方が良さそうだけどな」
「そうだな。んじゃ、取り敢えずはまた何時か戦り合うかもしれない奴等と今後について話すとするか。夜も遅ェし、それが終わったらさっさと休むか」
ヴァイスの行動について話すライとフォンセ。そして今後についての事を考えるシヴァ。その言葉に全員が頷いて返す。
ヴァイス達が去ったとしても、言い方を変えれば脅威的な存在を一時的に逃がしてしまったとも取れる。ヴァイスはかなりの速度で成長する故に、帰したのが決して良いとは言えなかった。
何はともあれ、此処からライたちは更に数分間話し合う。そして話し合いが終わると同時に、ライたちも休息を取る。
"世界樹"での"終末の日"も、六日目が終了するのだった。




