六百七話 ライたちの決戦・三人と一匹の戦い
光を遥かに超越した二つが鬩ぎ合い、広範囲が巻き込まれて消滅する。そこへ巨腕が差し込み、神の武器であるグングニルの槍が縦横無尽に飛び回る。
そしてそれらを織り成す三人と一匹が正面からぶつかり合い、数億キロの範囲を消滅させた。
元々崩壊しかけているこの"世界樹"だが、それを加速させているのはこの三人と一匹、ライ・セイブル。グラオ・カオス。テュポーン。オーディンだろう。
「ハハ、いいね。流石だよ君達。こんなに楽しい戦いは久し振りだ」
「ハッ、俺は別に楽しくないけどな。命懸けが楽しいものか。【俺は楽しいぜ?】お前はな」
「フム、エラトマを連れる少年は戦いを好む訳では無いか。しかしエラトマに流されるのも時間の問題だろう」
『フン、そんなどうでも良い事を話している暇があるなら余をもっと楽しませよ』
一瞬止まり、軽く交わした瞬間に再び嗾ける。現在のテュポーンは大陸に匹敵する大きさとなっており、巨腕の一振りで大陸を消し去る力を有している。
攻撃をするつもりでぶつかれば惑星や恒星を消し去れるが、一挙一動でかなりの破壊を及ぼすのは脅威的だろう。
「オラァ!」
最も、一挙一動で大陸。それよりも広範囲を破壊出来るライならば容易く防げる。その体格差によって弾き飛ばされたが、惑星並みの山に衝突して停止した。当然無傷である。
『フン、これくらいは防げるか……!』
その瞬間、一瞬にしてライの眼前に迫ったテュポーンが両巨腕を押し付ける。それによって惑星並みの大きさを誇る山が崩れ落ち、大きな粉塵を巻き上げた。
そして土塊の中からライが飛び出し、テュポーンの身体を殴り付ける。そのまま吹き飛ばし、グラオとオーディンの横を光速で通り抜ける。それに便乗するようグラオがライを狙い、吹き飛んだテュポーンに向けてオーディンがグングニルを放つ。
「そらっ!」
「ラァッ!」
「穿て!」
『効くものか……!』
それらが衝突して弾き飛ばされ、グングニルがオーディンの手元に戻る。次に構え直し、テュポーンは体勢を立て直したオーディンを巨腕で吹き飛ばした。
吹き飛ばされたオーディンは直ぐに方向を転換し、複数の山を貫くが無傷で構える。眼前にはテュポーンが来ており、光速を超えた巨腕が放たれていた。
「"風"」
『……ッ!』
そして、オーディンの掌から風魔術が放たれる。その風魔術はテュポーンの巨腕をすり抜けて腹部に向かい、そのまま大陸サイズのテュポーンを遥か彼方まで吹き飛ばした。
吹き飛ばされたテュポーンは巨腕を大地に差し込んで勢いを弱め、広範囲の大地を巻き上げながらもオーディンに視線を向ける。そこへグングニルの槍が現れ、テュポーンの身体を貫通して遥か上空に舞い上がる。それによって再び赤い湖が造られるが、それは大した問題では無い。
勢いを完全に殺したテュポーンはオーディンを探し、次にオーディンが視界へ映ったのは天空にて舞い上がったグングニルを掴んで構える姿だった。
『フッ!』
「……!」
刹那、光速を何倍も超越した速度の巨腕がオーディンを背後から打ち抜き、その状態で弾き飛ばされるように吹き飛ぶ。
一瞬にして停止したテュポーンを抜き去り、山々に衝突して大きな粉塵を舞い上げた。そこへ巨腕を放ち、惑星程の範囲を陥没させた。
『吹き飛ばされたとしても、ただではやられんぞ』
「そうか。やはり手強いな、テュポーン。全宇宙を崩壊させる力を有するだけある。本来よりも遥かに小さな状態でこの力だ」
『まあ、此方も何度か攻撃を受けているがの。今日は気分も調子も良い……まだまだ余を楽しませよ』
「仮にも主神の私にその口の聞き方……大物だな」
『褒め言葉と受け取ろう。事実、余は相応の力を有しているからの』
グングニルを構え、テュポーンに向けて跳躍するオーディン。テュポーンは巨腕でオーディンを薙ぎ払い、それを紙一重で躱してグングニルを身体に突き刺す。それでも尚大したダメージは負っておらず、巨腕が小さな身体を勢いよく叩きつけた。
それによって更に大地が沈み、衝撃波が千里を駆ける。
「"反発"!」
『……!』
その瞬間に反発魔術を使い、テュポーンの大陸程の巨躯を弾き飛ばすオーディン。吹き飛ばすと同時に立ち上がり、跳躍してテュポーンの身体を見下ろした。
「"雷"!」
刹那に雷魔術を放ち、テュポーンの身体を感電させる。大陸程の身体全てを覆うように鳴り響く轟音と発せられる凄まじい電流が周囲に目映い光を照らし出す。その閃光と電流は大地を砕き、大きく広がった。
『フン、この程度か?』
そんな雷を受けても大したダメージを負っていないテュポーンが炎を吐き付け、焼き払う。その瞬間に虫を落とすかの如く動作で巨腕を振るい、大地に勢いよく叩き付けた。
それによって舞い上がった粉塵諸とも、更なる炎を吐き付けて追い討ちを掛ける。
「"炎"!」
そんな炎に炎をぶつけ、相殺させる。熱は周囲に広がって恒星並みの範囲を誇る火の海を創り、その海が炎に焼かれて焼失した。
その炎を突き破り、オーディンとテュポーンが正面からぶつかり合う。
『ハッ……!』
「"衝撃"!」
巨腕がオーディンの身体を打ち抜き、遥か彼方へ吹き飛ばす。その一方では衝撃がテュポーンに伝わり、同じく遠方に弾き飛ばす。
一人と一匹は数万キロ吹き飛んだところで止まり、再び互いに向けて加速した。光の領域を当に超越している一人と一匹が到達するには秒も掛からず、刹那を越えて激突する。
【オラァ!!】
「……っと!」
──そんな一人と一匹を遮るよう、荒々しい声の魔王とそれを相手取るグラオが光速を超越した速度で横切った。
次の瞬間に二人は拳を放ち、先程生じた火の海を全て消し去りテュポーンとオーディンを余波が包んで大きく揺らす。そして弾かれるように数万キロ進んだ。
『邪魔が入ったか。いや、元々戦っていた者達だ。邪魔という訳では無いな。どの道余が打ち倒すつもりだ』
吹き飛び、片手で大地に差し込んで停止したテュポーンはもう片方の手を払って全員を薙ぎ払う。片手とはいえかなりの破壊力を秘めており、三人は巻き込まれて数万キロ先にて山々を砕きながら爆発的な粉塵を舞い上げた。
その粉塵を突き抜け、三人が鬩ぎ合いながら一瞬にしてテュポーンの元へ肉迫する。
「そらっ!」
【おっと!】
「やれやれ」
グラオが魔王を吹き飛ばし、オーディンがグングニルを薙いで半径数億キロを消し飛ばした。
グラオに吹き飛ばされた魔王はテュポーンの身体に激突して巻き込み、更に彼方まで行く。しかしそれもあってグングニルには巻き込まれず、グラオが数億キロを薙ぎ払う一撃を受けた。
『次はお主か、ライ。いや、今のお主はかつての魔王と言っていたな』
【ああ、同じ"魔"の付く王同士、夜露死苦な。怪物の王様?】
互いに巻き込まれた一人と一匹は離れ、巨腕と拳を放つ。それによってまたもや広範囲が消え去り、大陸程の巨躯を誇る魔物とかつてこの世の全てを我の思うがままに貪った魔王(元)が鬩ぎ合いを織り成す。
『減らず口を。しかし、確かな実力はあるようだな。最も、ライとは分からぬがお主と余は気が合わなそうじゃ』
【そうかよ。そりゃ素晴らしい事だ。テメェみてェな甘い奴と気が合うのなんて真っ平御免被るからな。「オイ、それって遠回しに俺の事も入ってないか?」ハッ、勇者に憧れる根本からして甘いお前と、俺のような行動も気紛れで起こすアイツは元々違うだろ】
魔族にして旧世界の王だった魔王(元)と、魔物にして現在の魔物達を統べる王であるテュポーン。
この一人と一匹は似ているようで違う。甘い奴とは気が合わないという言葉にライは反応を示すが、テュポーンの場合は甘い中に確かな残虐性も秘めている。残虐性に全振りの魔王(元)からすれば、少し似ているテュポーンと大半が違うライは真逆の性格であってもライとの方が気も合うらしい。
「エラトマと気が合うか。やはり摘むべき芽なのかもしれないな。あの少年について知りたいという意欲はあるが、今は主神としてお前を摘もう」
「させないよ。楽しむ為にはもっと熟してくれないと駄目だからね。君がライを先に倒すつもりなら、君を滅した後でライを倒す」
「混沌の神よ。性格が変わったな。数百億年生きて、創造から戦闘に興味が移ったと聞いたが此処までとは」
「神だって変わるんだ。全てを救う神が全てを破壊する神になったり、全てを破壊する神が全てを救う神になる事だってある。自由にさせてくれよ。僕は全ての上に立つ神なんだからさ」
「私も神だ」
魔王とテュポーンの鬩ぎ合いの中に、グラオとオーディンが参戦する。グラオはオーディンを殴り飛ばし、オーディンはグングニルで世界を崩壊させる拳を受け止める。
その勢いは殺し切れずに吹き飛ぶが、即座に体勢を立て直して逆に攻め行く。複数回の衝突を経て、グラオとオーディンも魔王とテュポーンの近くに降り立った。
【ハッハッハ! やっぱ全員が揃うか! 一時的にはバラバラで戦ったが、テメェは俺を止めたいんだろ、オーディン!】
「当然だ。本来の私はフェンリルに食されてその生涯を終える事が確立されていた。だが、本当の"終末の日"が起こらなかったこの世界の私は役目を果たそうと思ってな」
「役目、ねえ? 君、そんな正義感に溢れていたっけ? そんな大層な事を果たさなくても良いじゃないか。かつての君は知識欲だけで生きているような存在だった。別の世界で君が死んでも、この世界でその意欲は変わらない筈だよ」
『神々の会話には着いて行けぬな。平然と平行世界を行き来出来るからか、この世界とは関係の無い事を話す』
「え? アンタ達って平行世界を行き来出来るのか? いや、まあ確かにこの"世界樹"は元の世界とは違う宇宙に創ったって聞いてたけど……今の"世界樹"とこれとは関係が無さそうだからな」
ただ戦いを楽しみたい魔王(元)と、この世界や平行世界について話すグラオにオーディン。詳しくはないようだが神々の事情を知るテュポーンと完全に置いてけぼりを食らうライ。
世界の事情が複雑という事は何となく推測出来るが、まだ生まれて十数年のライには話に着いて行く事が出来なかった。
「ああ、そうか。ライは知らないんだっけ。まあ、君には関係の無い事さ。天界の事情だからね。役目といってもそんな大層なものじゃない。現在の、君の中に宿る魔王を始めとしたアジ・ダハーカとかのように悪の存在を消し去る事さ。オーディンの死ぬ筈だった運命がこの世界線では無くなっているからね。天界も地上に蔓延する悪の気配を感じたから斉天大聖とかも送ったんだし」
「斉天大聖たちってそうだったのか!? 初耳だ……。まあ、結構大した事あるように思えるけど……確かに俺にはあまり関係無さそうだ。魔王とも今は仲良くは無いにしてもそれなりにやってるし」
「それが問題だ。打ち倒すべき悪と親しいのはな」
『フン、下らんな。そんな事を話している暇があるなら、さっさと余の相手をしてみよ』
この世に蔓延る様々な悪の形。かつての魔王や全ての悪の根源であるアジ・ダハーカ。その他にもありとあらゆる悪が存在する。
斉天大聖こと孫悟空が幻獣の国に降りたのもそれを憂いての事。なので天界ではライ。魔王(元)の事が話題になっていたのだろう。
しかしそんな事は微塵も興味が無いテュポーンが戦闘の続きを促す。確かにそうだと、ライたちは再び構え直した。
「ハハ、一理あるね。面倒な事を考えるよりも、適当に暴れて楽しむ方が優先だよ」
「気になる事は色々あるけど、グラオにテュポーンや魔王は戦いたいみたいだからな。俺にはよく分からないし、兎に角敵なら倒すだけだ。【ハッハ! 益々俺っぽくなってきたじゃねェか!】お前とは違うよ。俺は戦意の無い者や一般人は巻き込まない」
「少年自身は他人を巻き込む行為はしないつもりのようだが、エラトマの性格からしても警戒対象のまま変わらないな。そのエラトマが自分のようと告げているから尚更だ」
『さっさと続きと行こうでは無いか。余は退屈じゃ』
テュポーンに促され、戦闘を再開するライ達。
ライは魔物の国征服の為。グラオは純粋な楽しみ。テュポーンは暇潰し。オーディンは悪を滅ぼす為。各々の理由を持ち、三人と一匹は光を超えて駆け出す。
残り一つとなったライたち。もとい、三人と一匹の決戦は、まだ続くのだった。




